双星の雫   作:千両花火

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Chapter11 双星の軌跡編
Act.99 「思い、動くもの」


「レッドティアーズtype-Ⅲ、損傷度は中破。……修理は必要だけど、とりあえず比較的なんとかできる程度だね」

 

 束は自身の研究室にて今回の戦いでダメージを負った機体の調査と修理を行っていた。その束の隣では新たに技術開発部に所属となった紅火凛が束の補佐としてデータ分析を行っている。束も火凛もすさまじい速さでキーボードを叩き、その視線は次々に表示されるデータと数値を舐めるように追いかけていく。

 

「ほかの機体も、想定以上のダメージは受けてるけど、まだマシな程度ですね。VTシステム搭載機とやりあった割には被害は少ないです。部隊の練度が高い証ですね」

「ま、専用機持ちは単機戦力としても規格外を揃えているからね。でも火凛ちゃんがせっかく作った武器は木端微塵だけど?」

「あのバカワイイ弟子だからしょうがないです。壊して覚える子なんです」

 

 火凛としてもせっかく用意した竜胆三節棍が真っ二つになって戻ってきた姿を見たときはがっくりしたし、「ごめん折れちゃった」と宣う鈴に思いっきりデコピンをした自分は悪くないと思っている。ちなみに鈴の石頭のせいで指が腫れてしまいなおさらナーバスになったのはもう忘れたいことだった。

 

「それより、問題は……」

「損傷度は……確認するまでもないね。完全に大破……コアが無事だったことが不幸中の幸いかな」

 

 二人の目の前に横たわるのは無残に破壊されたブルーティアーズの残骸だった。かろうじて形は残っているものの、潜在的なダメージは既に修復不可能なほどに蓄積されており、ビットも十機のうち九機までが破壊されていた。第二単一仕様能力の発動中にダメージを受けすぎたことが原因だった。機体すべてに過剰なまでのエネルギーを循環させている中で破壊されたことでエネルギーのバイパス、そして供給、制御機構がオーバーフローを起こして結果的に機体内部に過負荷がかかってしまったのだろう。装甲はどうにかなっても内部機構はすべて作り直すレベルで破損していたのだ。

 

「フレームは一から作り直すしかない、か」

「できるんですか?」

「予備フレームがあるから、なんとかできる。まぁ、問題は……」

「type-Ⅲのコアに適合できるだけのもの、ですね」

「そういうこと。火凛ちゃんだと話が早くて助かるね、うん」

 

 しかし、それこそが一番の問題だった。今のブルーティアーズはtype-Ⅲコア、つまり第三形態への移行を果たしたコアなのだ。進化したコアに対し、その機体も同様にそれに見合った進化を果たしている。だから仮に形だけを予備フレームで復元しても、それはハリボテ同然なのだ。type-Ⅲの真価を発揮することができない低スペック体になる。

 ISの進化の頂ともいえる第三形態移行はコアと、そのコアの出力に耐えられる機体があってはじめて発揮される。ならそうした機体を作ればいいと思うが、そう単純な話ではない。

 ISは自己学習し、それぞれに適した進化をするアルゴリズムが組まれている。そのコアが獲得した情報や操縦者との意思疎通など、さまざまな外的要因によって左右されるためにコアと同時にフレームもそれに適した形で変化していく。無限とも思えるほどの膨大な情報を獲得し、その中から己に最適と判断した進化を選択し、進化していく。それが篠ノ之束が作り上げたISという存在だった。

 

「これまでのデータから近いものは作れるけど、それはあくまでバックアップ。超えることなんてできないし、むしろそれでこれ以上の進化の可能性を妨げることもある……むむむ、どうしたものか」

「それじゃあ、もう予備もなにもないですね」

「この子たちは生きているもの。私たち人間に予備がいないことと同じだよ。ま、予備を作ろうなんて下衆はいるけど」

 

 痛烈な皮肉をいいながらも、束は自身の抱えるジレンマを自覚して苦笑した。ISに心を授けようとしながら、機械であることを誰よりも理解している。開発者である束は、これもある意味では友好的なフランケンシュタイン・コンプレックスなのかと自嘲気味に考える。

 

「ブルーティアーズのコアはレッドティアーズと違って、まだ自我形成は完璧じゃないからね。安定させるには未だ情報が必要だろうし……」

「いっそ、コアと対話できれば方向性もわかると思うのですけど。……まぁ、言っても詮無きことですけど」

 

 それができれば苦労しない。しかし、セシリアが倒れた今、ブルーティアーズのコアを覚醒させるファクターが絶対的に足りない。せめて、コアがセシリアのことをもっと知っていれば―――と、そこまで考えた束が「あっ」と声を上げる。

 何故気がつかなかったのか、何故その可能性を除外していたのか。その理由もはっきり自覚しながら、束はそれをクリアする唯一の方法を思いついた。思いついてしまった。

 

「急に頭を抱えて、どうしたんですか?」

「いやなに……運命は、アイちゃんを贔屓してるってわかってね……でも代償貰うあたり、運命の女神様は強欲だよね、ホント。これは運命がアイちゃんの意思を後押ししているのかもね」

「……つまり?」

「前例がないけど、やるしかないか……アイちゃん、君は本当に私の予想をどんどん超えていく子だよ」

 

 束はふーっと大きく息を吐くと、覚悟を決めたように表情を引き締める。はじめアイズに言われたときはリスクが大きすぎるから実行するには準備がいると先延ばしにしたが、これは本当にアイズの要望通りにしなければ事態の打開はできそうにない。

 もしかしたらアイズは直感でわかっていたのかもしれない。セシリアを救い、そして現在の劣勢ともいえる事態を切り拓く術は、これしかないのだと。

 

 アイズ・ファミリア。

 どこにでもいそうな純朴そうな少女のようで、運命に翻弄されてきた少女。そして今でも自身を取り巻く運命と戦うアイズは、きっと誰よりも立ち向かうことに真摯に向き合っている。その怖さも、意味も、そのために必要な勇気も知っている。セシリアをはじめ、そんなアイズに影響されている者は多い。本人は無自覚でも、そんなアイズだからこそ、仲間たちも引っ張られている。普段が可愛らしいためにあまり言われることはないが、これもカリスマといえる一種だろう。

 そして束も、そんなアイズに大きく影響された一人だった。

 

「アイちゃんが立ち向かうっていうんなら、それを助けるのが私の役目だもんね。手のかかる弟子を持つと大変っていうのがよくわかるかな」

「同意です」

「でも、だからこそ可愛がっちゃう?」

「それも同意ですね」

「ふふっ、私はアイちゃんが望む不可能を可能にすることが特技なのっさ、あの子はどんどん新しい可能性を見せてくれる。今回はどんなものを見せてくれるのやら。くきゃっ、考えただけでワクワクしちゃうね! まるで遠足前夜のように! 行ったことないけど!」

 

 束が先程まで垣間見せていた暗鬱とした陰も今は欠片も見られない。未だ事態は好転していないのに束はワクワクしていると全身でその高揚を表している。

 

「ふふ、それなら火凛ちゃん、ちょっと大変だけど手伝ってくれるかな?」

「喜んで」

「不謹慎かもだけど、最高にワクワクするね! アイちゃん、今度は私になにを見せてくれるんだい? ふふふっ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「なんだって!? セシリアとアイズが落とされた!?」

「……あの二人を。にわかには信じられないわね……」

 

 レオン達、セプテントリオン関係者からもたらされた知らせに一夏が信じられないと驚愕し、楯無もあの二人を倒すほどの敵がいると知ったことから顔を顰めてしまう。

 

「罠にはめられたのか?」

「それもあるが……単機の相手にやられたらしい」

「なおさら信じられないわね……どんな化け物よ」

 

 IS学園に在籍していたとき、その強さを見せつけていたセシリアとアイズがそろって敗北したと聞いても容易に信じることはできなかった。一夏も楯無も、むしろ二人をよく知るからこそ簡単に鵜呑みにすることができないでいた。

 しかし、それが事実だということはセプテントリオンの三人を見ればすぐにわかる。レオンはどこか焦燥しているように見えるし、リタは苛立っているようにピリピリしている。シトリーも冷静そうに見えて目線はさきほどから落ち着かずに彷徨わせている。

 むしろあの二人の強さを一番実感していたのはこの三人だろう。IS学園に来る前からずっと同じ部隊で切磋琢磨してきた仲間だ。そして部隊の絶対的なリーダーであるセシリアと誰からも好かれていたアイズの二人の撃墜は一夏たちが思っている以上にセプテントリオンは揺れているのかもしれない。

 

「……それで、二人は無事なのか?」

 

 ある意味、この場で一番落ち着いていたのはそう問いかけた箒だった。これまでISに深く関わってこなかった箒はアイズやセシリアを強者として見るのではなく、ただ純粋に友として心配していた。セシリアとは級友程度の付き合いだったが、箒はアイズとはクラス内でもかなり親密に付き合っていた友だった。

 人付き合いが苦手で、かつ他者と壁を作っていた箒にも分け隔てなく声をかけていたアイズは箒にとってもけっこう特別な立ち位置にいた少女だ。箒もあとになって知ったことだが、アイズは束の妹である箒には入学前から気にかけていたらしい。束の事情を知っていたアイズは仲違い……いや、すれ違いをしている篠ノ之姉妹に仲良くなってほしかった。だからクラスでも孤立しがちだった箒をずっと気にかけていた。アイズの人柄もあってか、箒もアイズと時々一緒にご飯を食べたりと、そんな他愛ない時間を一緒に過ごすようになった。頑なだった箒の心にもすんなりと通ってくる。そんなアイズに箒も救われた気がしていた。

 だからこそ、アイズの撃墜と聞いて心配でしょうがなかった。姉がついているから大丈夫だとは思うが、アイズがいつも無茶をして怪我をしていたことを知っている分、箒の不安は消えそうになかった。

 

「アイズはまだマシらしいけど、……」

「セシリアがヤバいのか?」

「意識不明。そういうアイズだって、全治二週間くらいの大怪我………」

 

 そうシトリーが言った時、突如として一人の少女が机をバンと叩きながら立ち上がった。これまで一言も喋らずにただ俯いていたその少女……更織簪がいきなり立ち上がり、ゆっくりと顔を上げた。眼には生気がなく、しかしまるで幽鬼のように虚ろで殺気が込められているかのような凄まじい眼をゆっくりと姉である楯無へと向ける。

 妹のあまりの変貌ぶりに硬直していた楯無が冷や汗を流しながら口を開く。

 

「ど、どうしたのかな、簪ちゃん……?」

「外泊許可」

「え?」

「外泊、許可。ちょっとイギリスまで行ってくるから」

「え、え? いや待って、あの……」

「返事はハイ。もしくはイエス、だよね?」

「は、はい……じゃなくて! ちょ、ちょっと落ち着きなさい簪ちゃん」

「私は落ち着いている。私がしなくちゃいけないのは、アイズに会いに行くことだって冷静にわかってる」

 

 冷静にキレていた。

 簪の心中にあるのは傷ついたアイズの傍にいくこと。そしてアイズをそんな目に合わせた愚者に鉄槌を下すこと。ただそれだけだった。普段おとなしい人ほど怒ると怖いというが、簪のそれはもはやそういう次元を超えていた。いくつも修羅場をくぐった楯無でさえ今の簪の気迫に呑まれていた。

 よくよく見れば眼鏡の奥の眼も血走っているように見える。はっきり言って怖い。楯無は助けを求めるように周囲を見るが、セプテントリオン三人も差はあれど似たような状態だし、他の面々も簪に気圧されている。

 

「…………ならば、私も行こう」

「ちょ、あなたまでなに言ってんの?」

 

 さらに横から箒が自身もイギリスに行くと言い始めた。ただでさえ慌ただしく、油断のならない状況なのに今の生徒会の運営において重要な情報分析役と、一般生徒との橋渡し役である箒を欠くのはマズイ。箒も今のIS学園では地味ながらかなり貴重な役目を請け負ってくれている。そんな二人の一時的とはいえ離脱することは楯無としては避けたかった。

 

「わかっているとは思うが、俺たちは一度戻りますよ」

「あー、それはわかってるけど」

 

 レオン達に関しては問題ない。いや、問題はあるが、もともとそれを拒否できる関係ではないというのが正しい。あくまでこの三人はカレイドマテリアル社側からの好意として協力してもらっているのだ。引き止めることなどはじめからできないのだ。

 

「それと、なんだがな………博士からの要請がある」

「要請? それに博士って……。いいわ、聞きましょう」

 

 博士、という人物を察した楯無が佇まいを直してレオンに向き直る。

 

「更織簪と織斑一夏。この二人にも同行して欲しい、と」

「それは……イギリスに来いということなのかしら?」

「肯定だ」

 

 また頭の痛くなることを言われたと楯無は頭を抱えたくなった。そっと簪を見ればガッツポーズをしてすでに行くことが決定しているかのように満足そうに頷いている。一夏もやはり行きたかったのだろう、今まで生徒会長の引き継ぎやらで忙しいとわかっているからこそ口には出さなかったが、内心でイギリス行きに喜んでいるようだ。

 

「理由を聞いていいかしら?」

「詳しくはわかりません。ですが、必要なことだと」

「何に対して?」

「お嬢様の治療です」

「……どういうこと?」

「これ以上は機密に該当するので言えません」

「正確には私たちも知らないだけ」

「リタ。余計なことは言わない」

 

 よくわからないが、どうやら一夏と簪になにかしらの協力を求めるといったところだろうか。その博士――篠ノ之束がどんなことをさせるつもりなのか想像もできないが、そう言われればそれで納得するしかない。

 

「………わかりました。両名の一時的な外出を認めましょう。名目上はISに関する技術指導か、新型コアの研修といったところかしら?」

「ええ、そのように」

「それと……」

 

 楯無はそこで改めて箒へと目を向ける。彼女の名前はなかった。必要とされていない、というのは言葉が悪いが、彼女がいなくてもなんとかなるとみるべきだろう。それに、箒は一度誘拐されている。その前例がある以上、IS学園から出したくないというのが束の本音だろうと思っていた。

 

「彼女……篠ノ之箒さんについては?」

「……なにも言われてない」

「なら、彼女も連れて行ってあげて」

 

 その言葉に一番驚いたのは箒だった。箒は自分がこの場で一番力がないことを自覚していた。ISにおける戦闘力は言うまでもなく、今精一杯やっていることだって生徒会と一般生徒たちの意見の円滑な疎通を促す手伝い程度だ。そんな自分ができることなどないだろうと思っていた箒にとって、楯無のその言葉は予想外だった。

 

「……いいのか?」

「そりゃあなたまでいなくなるのは痛いけど、友達のお見舞いに行くなとも言えないでしょう」

「……すまない」

 

 それに箒がいけば束が出張ってくるのは当然だ。少しでもカレイドマテリアル社とのパイプを強くしたい楯無としてはそうした繋がりを強くできる可能性をもつ篠ノ之箒という存在は非常に重要だった。姉である篠ノ之束の個人的な繋がりとはいえ、束自身がかなり重要な役職にいるために箒がIS学園に所属している限りいろいろと便宜を図ってくれる可能性が高い。今なお非常に危ういバランスの上にいるIS学園としてはこうしたパイプはかなり重要だ。

 束は接点の薄い楯無からみても身内に甘く、多少の無理はあっさりと押し通すような人物だ。それだけに箒は箒自身が思っている以上に有効なカードになり得るのだ。

 そんな打算的な思考をする自分に少し嫌気を覚えながらも、情と利から楯無は箒のイギリス行きを許可する。一夏、簪、箒、この三人が一時的に抜けるのは痛いが、カレイドマテリアル社側のことも心配だ。個人的にもアイズとセシリアの容体は気になることだ。総合的に考えた結果、これがベストだろうと判断した。

 

「今日の夕刻には出る。それまでに準備を」

「わかった」

「当然、スターゲイザーは使えないから途中までは通常の交通機関を使います。箒さんは私たちで護衛しますが、念のためこれを」

 

 シトリーが取り出したのは赤い花を模したペンダント。否、それはアクセサリーではなく、待機状態のISだ。束が箒のためにあらゆる防御能力を詰め込んだ箒を守るための機体――フォクシィギア“紅椿”。かつて箒と一夏が誘拐されたときプラント強襲作戦のときに箒に渡した機体だ。

 

「だが、それは……」

 

 しかし、差し出されたそれを箒は渋る。以前の作戦後に返却した機体であるが、箒はシトリーがIS学園に来た当初にこれの譲渡を断っていた経緯があった。未だISをうまく扱う技術に乏しい自分が量産機とはいえ、専用の機体を受け取るわけにはいかない、と。

 

「ホウキの気持ちはわかってる。でも、一度狙われているという自覚も持って欲しい。私たちはあなたの護衛も命令されているし、せっかくある有効な防衛手段を捨てるのは愚策」

「俺たちも可能な限りあんたを守るが、それでも本人がそれを持っているかどうかは雲泥の差だ」

「別にいいじゃん。それに、ほーきはけっこう強いよ?」

 

 シトリーだけでなくレオンやリタからもそう告げられる。確かに過去の経緯を考えれば、無防備で外へ出ることは愚行だろうとわかる箒は少し気おくれしながらもそれを受け取った。以前会ったときに束が楽しそうに箒に似合うようにして改造したという機体。凛とした椿の花をイメージしたというこの機体を手に取り、なにか思いを馳せるようにそれを見つめる。

 

「センチだねぇ。使えるもんは使えばいいのに」

 

 そんな空気を読まないリタの発言も箒の耳には届いていなかったようで、大事そうにそのISを握りしめていた。

 

「一夏、白兎馬も持って来いって。博士がついでに調整してくれるらしい」

「ありがたい。アレはちょっと手に余ってたからな」

 

 白式専用支援ユニット「白兎馬」。前例のない規格外のその支援ユニットの調整は簪たちの協力を得ても万全な調整はできていなかったためにその知らせは嬉しかった。もちろんセシリアやアイズのことが第一優先であるが、確実に騒乱の足音が聞こえている今、自分たちの戦力確保も必須だとわかっている。

 

「当然、簪の天照も」

「うん」

 

 そしてそれは天照も同様だった。基本となったのは簪がアイズや楯無と共に作り上げた打鉄弐式とはいえ、今のこの機体はそこいらのIS技術者が目を回すほどのオーバースペック機だ。しかしそのために簪も整備に手間取っており、完璧とは言い難いのが現状だった。かつてIS学園が襲撃された際の戦闘によるダメージの修理にもかなり手間取っていた。アイズに会うという目的が大前提だが、簪にも一度機体の調整が必須だった。

 

「…………あれ、そういえば交通機関を使うのは途中までって言ったか? その途中からはどうするんだ?」

「ん? ああ、どうせ監視と尾行がつくだろうから途中で姿をくらます。そこからはISを使って移動だ」

「……面倒だけど、アヴァロンの場所を明かすわけにはいかないから」

「でも、亡国機業にはもうバレてるんじゃないか? 前に襲撃されたって聞いたことがあるが……」

「ああ、それも問題ない。あの島はちょっと特殊でな。詳しいことは向かいながら説明する。あまり時間もない、すぐ準備するぞ」

 

 そう言ってレオンたちは先に部屋を退出していく。同行する一夏たちもそれぞれ準備をしようと動き出そうとする。

 

「三人とも」

 

 しかし、そこに楯無が声をかけた。三人は振り返りながら真剣な眼を向けてくる楯無と対峙する。

 

「わかってると思うけど、今のIS学園はカレイドマテリアル社が潰れたら終わりよ」

「…………」

「今のIS学園があるのは、カレイドマテリアル社がそのほうが都合がいいから。だから守ってくれている。おそらく軌道エレベーターを建造すれば、その利用価値は下がるわ」

 

 その頃にはおそらくIS学園のみならず、各国に誰でも使えるようになったIS操縦者の育成機関が作られるだろう。現状、その役目を担うことができるのはIS学園のみだが、そうなればIS学園の存在価値は一気になくなってしまう。だからこそ、そのときにはIS学園が存在しなければならない理由が必要となる。

 

「今はカレイドマテリアル社との一蓮托生だけど、いずれ独立した運営とその指針が必要になる。いつまでもお情けで存続させられるわけにはいかないからね。だからこそ、これを機によく見てきてほしいのよ。カレイドマテリアル社がなにをしようとしているのか、どこへ向かおうとしているのか。そして、そんな中でIS学園はどう付き合っていくべきなのか。もちろんスパイ行為をしろってんじゃないわ。ただ、その空気を感じて欲しいだけ」

 

 こんな無粋なことを言わなくちゃいけないことに少し憂鬱になるが、それが生徒会長である自分の役目だろう。おそらく純粋にアイズやセシリアを心配している三人に少し申し訳なく思いながら、最後には茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

「もちろん…………アイズちゃんたちのお見舞いのついでに、ね。今でもあの二人を慕う人間は多いわ。三人はそんな学園の代表よ。よろしくね」

 

 楯無の言葉に、三人は揃って力強く頷いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ここが悪の秘密結社の頭領の部屋だと聞いて誰が信じるだろうか。

 まるで片付けられないダメな女みたいに部屋を散らかしながらベッドの上で丸まってうーうーと唸っている女性がいた。シーツを頭から被り、引きこもりみたいにダメな姿を晒しているこの女性が史上最悪な魔女であり、セシリアやアイズを打倒して蹂躙した張本人とはとても信じられないだろう。

 そんなダメな姿を見せるボスに白い目を向けながら、シールが面倒くさそうに部屋の片付けを行っていた。

 

「…………いつまでそうしているんですか?」

「……」

「やることが溜まってるんですけど。今頃スコール先輩が死に物狂いに仕事してるんじゃないですか?」

「……明日から本気出す」

「そんな情けないことを言わないでください。あなたは私たちのボスなのですよ?」

「ラスボスだってだらけていいじゃない。今は働く気になれないし……」

「なにをいじけてるんですか? あんなに容赦もない蹂躙劇を見せておいて、なんでその張本人が落ち込んでいるんですか」

「だってだって、絶対嫌われたわ! きっと次に会ったら、お母様なんて大嫌い! って言われちゃうわ! そうなったら私はもうダメよ、うう!」

「………はぁ」

 

 あれだけのことをしておいて今更なにを言っているのか。あれで嫌われないほうがおかしいだろうとシールは思う。シールとて、母などという存在がいない身ではあるが、あんな真似をすれば嫌悪されるであろうことはわかる。むしろ嫌われる程度ならまだマシだろう。憎悪されてもまったく驚かないほどの蛮行だった。

 

「シールはいいわよね、アイズちゃんはなんだかんだいってあなたのこと好きみたいだし。ちょっとデレればきっとすぐに仲良しになれそうだもんね、二人とも頭が緩そうだし」

「ぶっ飛ばしますよ」

「でもセシリアは生真面目だし、あんな真似をしたことを絶対許してくれないわ」

「許されようなんて思ってたんですか? あんなことまでしておいて」

「思ってないけどヤダ」

「わがままを言わないでください。子供じゃないんですから」

「失礼ね。“生きた年数”で言えば私はまだ子供よ!」

「そういう迂闊な発言を外でしないでくださいよ」

 

 いろいろと緩んでいる主を見て脱力しそうになるシールはため息をついて頭を抱える。シールにとっては今更ではあるが、どうにもマリアベルはその揺れ幅が激しすぎる。シールですら顔を青くするほどの恐ろしい暴挙を笑顔で実行しながら、今では子供みたいに駄々をこねている。側近であり補佐のスコールの苦労がよくわかる。

 

「はぁ……どうして私はこの人に忠誠を誓ってしまったのでしょうか」

「ひどいわねぇ。なら、“本物のマリアベル”のほうがよかった?」

「あんなクズに従うことなんてありえません」

 

 殺気すら滲ませながら即答するシールであるが、そんな様子をみてもマリアベルはくすくすと楽しそうに笑っている。

 

「私が言うのもなんだけど、私だって十分クズだと思うけどね」

「……あなたをそのように思っている人間は、少なくともこの亡国機業にはいません」

「あら、ツンデレのシールが素直にデレるなんて珍しいわね」

「私はツンデレではありません!」

「ツンデレはみんなそう言うのよ。でも嬉しいわ。今日は一緒にごはんでも食べに行きましょうか」

 

 すぐに機嫌をよくしたようなマリアベルが笑顔でそんな誘いをしてくる。本当にコロコロと表情を変える人だ、とシールも苦笑する。確かにこの人は悪だ。それでも、それ以上にこの人に惹かれている人間は多い。敵も多いが、味方も多い。矛盾するようなカリスマ性がこのマリアベルという女性は持っている。

 

「ささ、なにを食べに行きましょうか。最近は和食にハマってるのよ。スキヤキとか、ソバとかどうかしら? 美味しいものでも食べて気分転換でもしましょう」

「なんでも構いませんが…………いいのですか?」

「任せなさい。部下に奢るのも上司の甲斐性よ」

「そうではなく…………そこまで落ち込むくらいなら、やらなくてもよかったのではないですか?」

「あら、心配してくれてるの? たしかに落ち込んじゃうけど、いいのよ。あのとき私が言ったことは本音よ?」

 

 苦しみを、絶望を与えておきながら、それでもマリアベルは聖母みたいに暖かく、思いやりのある笑顔を見せる。その笑みが向かう先は、自身で傷つけた娘に対してであった。

 

 

 

「私は信じているもの。セシリアが、再び立ち上がってくれることを……誰よりもね」

 

 

 

 

 




新章の導入編でした。次回から本格的にアイズが動きます。

亡国機業側にもなにやらあった様子。そのあたりも最終決戦に向けて明かされていきます。

最近は仕事が立て込んでいて安定した更新速度が維持できないです。安定更新されている方々は本当にすごいと思いながら、自分もがんばっていきたいです。

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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