双星の雫   作:千両花火

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Act.97 「It falls in a nightmare.」

「ラストぉッ!!」

 

 蹴りと共にゼロ距離から叩き込まれた虎砲によって襲いかかってきた最後の一体を破壊する。残心を怠らず、間違いなく機能停止をしていることを確認した鈴がようやく大きく息をして肺に溜まった空気を吐き出した。もう一度周囲の索敵を行い、改めて甲龍のコンディションをチェックする。

 

「シールドエネルギー残り二割か……けっこうやばかったわね」

 

 耐久力が自慢の甲龍も相当のダメージを受けていた。竜胆三節棍は酷使しすぎたために半ばで折れており、装甲の各部にも斬痕やビームの熱で焼かれた形跡が生々しく残っている。

 そんな奮戦した鈴を最後まで援護したシャルロットが苦笑しながら合流してくる。

 

「無茶しないでって言ったのに……また火凛さんや雨蘭さんに怒られるよ?」

「う……リアルに怖いこと言わないでよ。でも……気づいてたでしょ?」

「うん……どういうわけか、撤退していったのは向こうだったね」

「まだこっちは保護対象の安全も確保しきっていないタイミングだったわ。不自然でしょ。だから追撃、とまではいなかくても倒せるだけ倒した方がいいと思ったのよ」

「それには同意するけど……」

 

 援護に回っていたシャルロットの消耗も相当だった。いくらウェポンジェネレーターがあるとはいえ、カタストロフィ級兵装であるミルキーウェイの使用、そして複数の重火器同時展開によってジェネレーターを酷使している。これ以上の長期戦は厳しかっただろう。実弾兵装の残弾の底が見えている。敵群が撤退したからよかったが、さすがに消耗戦までするほどの準備は整えていない。

 

「それより、セシリアは?」

「反応はロストしたままだよ。量子通信機でだいたいの場所はわかるけど、相当強力なジャミングがかかってる。通常のレーダーはもうエラーしか表示しないくらい。あと、アイズもロスト状態」

「……二人を探すわよ」

 

 力強い眼光で見つめながら言う鈴にシャルロットも神妙に頷く。

 二人は未だ無人機に砲撃される危険性が消えていないことを承知の上で高度を上げる。未だ夜明けが遠い闇の中に在る戦場を見据え、宵闇の空を駆ける。

 

「アレッタのほうは?」

「VTシステム搭載型のせいで多少の被害は出たけど、おおよそ問題なく」

「ま、でしょうね。VTシステム……戦ったからわかるけど、あれは無人機の特性のひとつを潰してるわ」

「特性?」

 

 シャルロットは首をひねる。後方援護をずっとしていたが、無人機を観察するまでの余裕はなかった。しかし最前線にいた鈴はなにかに気づいたのだろう。興味を惹かれたシャルロットは視線で先を促す。

 

「アレの特性は高火力、生産性、そして集団戦。この三つに長けていることよ」

 

 鈴の考察はおおよそ間違ってはいない。かなり大雑把ではあるが、ビームを主体とした高火力兵装、容易に数を揃えることができる高い量産性、そしてクロエのトリック・ジョーカーのように統制機が操ることで容易に完璧な連携を実現できるシステム。これらが無人機の特性であり、同時に厄介極まりない性質でもある。

 

「でも、VTシステムは完全に個の性能を底上げするのみ。数を揃えた集団戦に向いた代物じゃあ決してないわ」

 

 実際に、鈴が戦ったときもVTシステム搭載型同士は決して連携してはいなかった。味方が邪魔で行動が阻害されていた状況も多々あった。

 

「ようは、千冬ちゃんもどきを大量に生み出してるようなもんよ。よくあるたとえ話だけど、スポーツかなにかでも最強の選手だけでチームを作っても、それは最強にはなれないってやつよ」

「ああ、なるほど……そもそも、VTシステム自体がそういうものだものね」

「いいとこ、四機編成くらいがもっとも脅威的ね。それ以上はダメね。かえって隙があったわ」

「……よく見てるね」

 

 シャルロットは素直に脱帽する思いだった。よく誤解されているが、鈴はこれでもかなり優秀な頭を持っている。鍛えた人物がよかったのか、鈴の洞察力と思考力はあのセシリアでさえ驚かされている。気性は獣で、そして知能は高い。これが鈴の強さであり、恐ろしさでもある。しかし、そんな鈴だからこそ味方でいると頼もしい。

 

「だからせっかく数を揃えても、それを活かしきれない。それに比べて、セプテントリオンは世界のどの部隊よりも連携練度は上でしょう。集団戦になればウチが有利になるってわけよ。ま、あたしは単独の特攻役ばっかだけど」

「むしろ単機だと苦戦するってわけだね」

「それでもあの程度なら二、三機くらいなんとかなるでしょ。脅威であることには変わらないけど、攻略法もちゃんとある。そのあたりの完璧な対処方法は先生とかが作ってくれるわよ。あたしの三節棍ももっと強度を上げてもらわないと」

「それは自業自得だと思うけど。荒っぽく使いすぎでしょ」

「荒っぽく使わない武器なんてないわ」

「すごい暴論」

 

 二人は会話しつつも、視線はずっと眼下に向けられている。量子通信機があるおかげでおおよそのセシリアの位置は把握できるが、こうも視界が悪くては目視確認が難しい。

 セシリアが奇襲されておよそ十五分と少しが経過している。その間、まったく通信がなかったことからまだ戦闘中なのかもしれないが、いくらなんでも遅すぎる。

 本当なら奇襲された時点で援護に向かいたかったが、第一優先はシュバルツェ・ハーゼの安全確保だ。トラブルがあってもそれを最優先に行動するようにと事前にセシリアから言われていたこともあり、そのために無人機を放置できずに撤退させてようやく動けるようになったのだ。

 

「まぁ、セシリアなら大丈夫だとは思うけど……」

「シャルロット、危ないわよ。そういう根拠のない願望はやめときなさい」

「……!」

 

 鈴の指摘にシャルロットが息を呑む。言われてはじめて気付いたのだ。自分は、セシリアの無事を盲信している、と。

 

「たしかにセシリアは部隊でも最強だし、アイズもそれに並ぶわ。悔しいけど、あたしもまだ追いつけないくらいに……。でも、最強がイコールで無敵にはならないのよ。アイズを見てればわかるでしょ? あの子、あれだけ強いのに今までで一番負傷してんのよ?」

 

 以前に起きた【銀の福音奪還作戦】ではアイズは全治二週間の重傷で入院。同じく鈴とラウラも入院を余儀なくされた。無人機プラントへの強襲作戦の際も決して無傷とはいかなかったし、IS学園防衛戦でも戦闘時間がわずかでも長時間戦っていた鈴に次ぐ負傷をしている。

 

「まぁ、あたしもアイズも陽動とか足止めとか、前線の危険なとこに飛び込むことばっかしてることも原因だけど、どれもこれも楽勝だった戦いなんてないわ。今回だってこのザマだしね」

「…………」

「お師匠に言われたことだけど、最強なんて無敵とは程遠いらしいわ。最強は一番狙われて、一番危険な戦いを引き寄せる。呪いみたいなもんだって。お師匠の体験談っぽいから多分ホントのことよ」

「でも、鈴だってそんな最強を目指してるんでしょ?」

「あたしの場合はあのお師匠に追いつきたい。そして誰よりも強くなりたいっていう、むしろ強敵ウェルカムだから。でも決して自分が負けない、傷つかないなんて思ったことはないわ。むしろそういう覚悟をしてる。負けたくないって強く思いながらね。でも、セシリアとアイズは違うでしょう?」

 

 セシリアは勝つことを己に課している。義務と言っていいかもしれない。それは強制されたことではなく、セシリア自身が望んだことでもある。部隊長としての責任、アイズを守るため、そんないろんな理由によって絶対の誓いとして抱いている。

 アイズももちろん覚悟をしているが、それでもアイズにとって戦うことは夢への手段だ。鈴のようにそのものが目的というわけじゃない。もし戦い以外に有効な手段があればそれを優先しているかもしれない。

 

「あの二人は、そういう心のゆとりがなさそうだからね。それでも結果を残していることがすごいんだけど、それはいつまでも絶対ってわけじゃないわ。あいつらだって人間だしね」

「そう、だね……」

「頼るのはいいわ。それが仲間ってもんでしょ。でも、無条件で大丈夫と思うのはストッパーがなくなるからやめときなさい」

「うん。これは反省しなきゃいけないとこだね。……でも、そういう鈴こそまとめ役に向いてるんじゃない?」

「あたしはそういうのはいいの。こういうのが言えるのだって新入りだから見えるもんだし。あたしは好き勝手に口出しする生意気なポジションでいいのよ。それより今はセシリアたちよ」

 

 鈴の言葉に頷きながら、シャルロットは周辺のサーチを継続して行う。しかし、ただでさえジャミングがかかっており、セシリアも通信に応じないために正確が位置は未だにつかめない。大まかな方向と距離がわかることだけが幸いだった。

 

「……未だに反応はない。たぶん、この周辺だとは思うけど……」

「レーダーもダメ、通信もダメなら足を使うまでよ。狙撃に注意しつつ、上から探すわよ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、ぐっ……ッ、うう……」

「どうしたのセシリア? さっきから反撃ひとつしないで。あら、もしかして私を撃ちたくないとか、この期に及んでまだそういう可愛いことを思っているのかしら?」

 

 ボロボロになりながらセシリアは優しげに声をかけてくるマリアベルを睨みつける。しかし、その眼には明らかに迷いと困惑が表れていた。ニコニコと朗らかな笑みを見せるその女性に、銃口を向けても引き金が引けない。指がそれを拒否しているように、目の前の敵を撃つことができない。いや、そもそも敵として認識したくなかった。

 

「うーん、どうしたら戦ってくれるのかしら? 私はあなたと戦いたいんだけどなー? どうすればいいかしら? 言ってごらんなさいよ」

「………ッ」

「まだその能力は展開しているんだから、いくらでもやりようはあるでしょうに。それにしても綺麗な能力ねぇ、さすがセシリアだわ。優雅でぴったりね」

 

 マリアベルの言葉を雑音だと思い込もうとするセシリアだが、その声はまるで魔力でも宿っているかのようにセシリアの思考をかき乱していく。

 

 認められない、認めることができない、認めることが怖い。

 

 そんな追い詰められた思考を必死に遠ざけようとするも、セシリアの芯の部分が揺らいでせっかくのマルチタスクもまったく役に立たない。どれだけ冷静な思考を確立させようとしても、その尽くが滑り落ちていく。聞きたくなくても、聴覚はその人の声をすべて脳へと伝達する。

 しかし、あくまで優しく語りかけるその言葉すら、もう聞きたくなかった。その声が否がおうにもセシリアの心の奥底の繊細な柱を刺激して、セシリア・オルコットという存在が揺らいでいくような気さえしていた。

 

「見たところ光の操作のようだけど……収束、圧縮、追尾、固定。と、いうことは粒子性と波動性のコントロールが可能。これらの現象をすべて統べる能力となると……、ふむ、なるほど。面白いわね。大雑把に予想するなら、【光の停止】かしら?」

「……っ!?」

 

 ポーカーフェイスすら作れずにセシリアが目を見開く。ブルーティアーズtype-Ⅲの真の力、第二単一仕様能力であるソレはマリアベルの予測とほぼ一致していた。

 

 第二単一仕様能力【S.H.I.N.E.】――――Starlight Hold Import Noninterference Energie.

 

その能力は言ってしまえば【光からエネルギーを抽出し、それを操作する】というものだ。光が内包するエネルギーを励起させ、ブルーティアーズの制御下に置くと言ってもいい。そしてその手段がマリアベルが言ったような【光を停止させる】こと、つまり光を一時的に拘束し、励起させて再び開放させることがこの単一仕様能力の力だった。

 しかも励起させたエネルギーは、取り出した光が拘束状態にあるためにほとんど減退をしない。エネルギー効率でいえば100%に近い抽出を実現している。

 そして抽出したエネルギーは光の性質を備えているため、波動性、粒子性の二つの特性を持つ。これにより恐ろしい汎用性を実現している。

 

「ホーミングレーザーはその応用ね。停止ができるなら連続して【停止】と【直進】を繰り返せば擬似的な可変弾道ができるわけね」

「…………」

「エネルギーの抽出が見事だわ。おそらくQuantum Loaded Energyの派生か亜種かしら?」

 

 セシリアは内心で焦りを強くしていた。マリアベルの考察は無駄がなく適切だ。まさかわずかな使用だけでその能力のシステムを見破られるとは思わなかった。シールのような分析力とはまた違う、現象と知識に基づいて導き出された結果だろう。

 ホーミングレーザーの原理はまさにその通りであり、エネルギー変換した光を停止、再発進を連続で行うことで相手を追尾するように操作した擬似ホーミングレーザー射撃だ。さらに空間、または機体の装甲部に固定することで光による防御壁―――光装甲を形成できる。

 シールに対して使った最後の大技は単純に光を収束させて大容量のエネルギーを取り出し、それに指向性を付与させて開放したものだ。これ以外にもあらゆる形でこの能力を使用できる。

 引き換えに情報処理が凄まじい量となり、マルチタスクを駆使しても長時間の使用は激しい頭痛に襲われるというリスクがある。これは表裏一体なので絶対に背負う代償となる。

 

「素晴らしいわ! 能力自体もそうだけど、それを操るセシリアもとってもステキ!」

 

 惜しみない拍手を送るマリアベルだが、セシリアは唇を嚙んだままだ。一人だけ幸せそうに笑みを浮かべているマリアベルだけが、この殺伐とした空間において場違いなまでに浮き上がり、それでいて誰よりもこの場を支配している。

 

「でもそれならもっといろいろできそうだと思うけど……それこそ、ここ一帯を焼き払うくらいは、ね。しないのかできないのかはわからないけど……なにかリスクがありそうね」

「それが、なんだというのです」

「ふふ、そんな警戒しなくていいわよセシリア。もうだいたいわかったから」

 

 マズイ。この能力は強力だが、大きな欠点が存在する。アイズのような一定時間に安定して発動できるものと違い、セシリアのこれは場所と時に大きく左右される。それまで気付かれれば優位性がなくなる。

 この強力無比ともいえる能力の弱点。それはリスクの他に必須条件として、【恒星の光しか操作できない】という点だった。だから夜、または雲に覆われていたり、太陽光が届きにくくなればその分材料となる光が乏しくなる。今は月によって反射される光を材料にしているが、間接光のために十分量とはいえない。この能力が最大限に発揮されるのは、地上でならば太陽光を遮らない晴天時が理想なのだ。

 

「あら、そんなに見つめられると照れるわぁ。ふふふ」

「あなたは……!」

「さぁ、そろそろいいでしょう? 続きをしましょ?」

 

 そして再びブレードビットがセシリアを襲う。未だ混乱しているセシリアだが、それを視認した瞬間反射的に迎撃行動に移ろうとする。しかし、それでも普段のセシリアに比べれば遅すぎる対応だった。

 

「くっ……!」

 

 一つ目をなんとか回避するも、続けて飛来した二つ目のブレードをかすめてしまう。展開している光装甲によって弾いたためにダメージはないが、当たること自体がセシリアのコンディションが低下している証だった。

 

「なかなかやる気にならないわねぇ。そんなに私と戦うのがイヤなの?」

「黙って、ください……!」

「いい加減受け入れなさいセシリア。私はあなたの母で、同時にあなたの敵。そんな運命を…………楽しみなさい」

「私は! あなたがお母様だと認めていないッ!」

「ならどうすれば認めてくれるのかしら? あ、でも躊躇っているってことは、私が本当に母かもしれない、とは思っているのでしょう?」

「ッ……! そんなこと!」

「ふふふ」

 

 マリアベルは語りかけながらも、その攻撃は一切躊躇がなく、容赦のない連続攻撃を浴びせてくる。それでも敢えて致命傷になるような攻撃は行わず、どちかといえばセシリアに発破をかけるようだ。しかし、それがかえって無抵抗なセシリアを嬲っているようにも見える。

 

「くっ……!」

「隙だらけね。相手が誰でも、揺らいでいたら守りたいものさえ守れないわよ」

「うるさいッ!!」

「だから、こうなるのよ?」

「あっぐッ……!」

 

 セシリアはなにが起こったのか理解できないままにマリアベルに頭を掴まれていた。十分な距離があったはずだが、その距離を一瞬で詰められた。なにをしたのかわからない。気がつけば掴まれていた、という事態にセシリアの混乱はますます加速してしまう。結果、対処もままならない状態でマリアベルに組み付されてしまう。

 

「ぐうう……」

「ほら、見てごらん」

 

 マリアベルによって無理矢理に向けられた先に、なにかが転がった。ガシャン、となにかが落ちる音が響き、セシリアの目の前にその光景が広がった。

 

 なにかが倒れている。まず見えたのは赤い装甲だった。大きな裂傷や破壊された痕跡が多く残り、倒れた衝撃でいくつかパーツがバラけてしまっているところまである。持っていたであろう武器である大型の剣は真っ二つに折れており、短くなったブレードの柄だけが握り締められている。

 そして破壊された赤い鎧を纏っていたその少女の顔がセシリアの眼に入ってしまう。

 

 黒曜のような黒い髪。幼く、それでいて端正な顔付き。眼は閉じられているが、その瞼の隙間からは涙のように赤い血を流している。満身創痍なのがひと目でわかるほどに全身を負傷し、口端からぽたぽたと血が滴り落ちる。

 

 セシリアにとって後悔しかない、過去の出来事が思い浮かぶ。自身の力が及ばず、守るべき彼女に守られ、その代償として彼女を死の淵にまで追いやってしまった、忌まわしい記憶。

 

 

 

 そのときの悪夢が再現されたかのように、目の前に―――――瀕死のアイズが転がっていた。

 

 

 

「―――――」

 

 絶句し、思考が停止しそうになるセシリアの耳元に優しくマリアベルが語りかける。それは悪魔の囁きのようにセシリアの心に浸透し、そして蹂躙した。

 

「ごめんね、つい痛めつけちゃったわ。だってあの子、私よりセシリアを愛しているって言うんですもの。悔しいわねぇ、だから嫉妬しちゃった。だから傷つけちゃった。あなたのことは、お母さんが一番愛しているっていうのに、ね」

 

 首をかしげながらセシリアに同意を求めるように見つめてくるマリアベルに、とうとうセシリアの限界を超えた。悲しみや戸惑いを、怒りが塗りつぶしたのだ。

 

 

 

「ッッッ…………!!!! マ……、リア、ベルゥゥゥ―――ッ!!!」

 

 

 

 機体そのもに光装甲を展開。自身を押さえつけているマリアベルを機体ごと弾き返し、刺すような殺気を纏わせた視線で睨みつける。同時に能力を使い、降り注ぐ月光を収束。収束させ、抽出したエネルギーをスフィア状に形成させてマリアベルに向かって今度は躊躇いなく発射した。

 

「ようやくやる気になった? まったく、そんなにその子が大事なの? 妬けちゃうわ」

「あなたという人はァッ!!」

「そうそう、それでいいのよ。理解しなさい。――――私は、あなたにとっての紛れもない悪夢よ」

「黙れえッ!!」

 

 あれほど躊躇っていた引き金を怒りによって引き絞る。狙いは頭。寸分のズレもなく撃たれたレーザーは、しかしそのすべてがマリアベルに届く前に弾かれる。ただの飾りかとも思われた【傘】によってあっさりとレーザーが歪曲して反らされたのだ。ふざけているのは外見だけでかなり高性能な武装らしい。そんな分析の思考すらどこか遠くに感じながらセシリアは止められない怒りの感情で次々とスフィアを形成してそれを撃ち出していく。

 ただの力押し。冷静に戦術を組み立てる普段のセシリアからは考えられないような戦い方だった。

 

「くそ、くそ、くそおおぉっ!!」

 

 口調すら崩れるほどにセシリアには余裕がなかった。そんなセシリアの姿をマリアベルは苦笑しながら見つめていたが、やがて手に持った傘を折畳み、それをバットに見立てるかのように大げさに振りかぶった。

 

「ほいっと」

 

 そんな呑気とも言える掛け声と共に飛来したエネルギーの塊であるはずのスフィアを“打ち返した”。素人っぽくも、見事なピッチャー返しでスフィアをセシリアへまっすぐに返してしまう。

 驚きながらも、返されたそれは自身の能力で生み出したスフィアだ。制御して即座にスフィアを光へと再転換して無効化する。予想外すぎる反撃にほんのわずかであるが冷静さを取り戻したセシリアは闇雲な攻撃を中断して荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。

 しかし、セシリアは冷静であろうとする理性と、受け入れ難い現実を拒否する感情に挟まれて未だに混乱状態から脱してはいなかった。一度は振り切れたストッパーも再び枷となってセシリアの精神に絡みつく。

 

「うふふ、懐かしいわねぇセシリア。昔、たまたまテレビで見た野球を見てやってみたいってボールとバットを強請ったことがあったわね。昔は本当に腕白だったものね」

「…………」

「忘れちゃった? あの日も、屋敷の庭で一緒に泥だらけになったじゃない? でもすぐ飽きちゃったけどね。うふふ」

「………って」

「うん?」

「黙って、ください……! もう、喋らないで……!」

「あら、反抗期? ママ、悲しいわ」

 

 おどけるような仕草を見せるマリアベルの姿は、完全にセシリアの記憶の中にある母―――レジーナ・オルコットの姿に重なってしまっていた。陽気で、笑顔を絶やさずに、少し天然でいつも朗らかだった母。毎日会えたわけじゃないが、それでも一緒に過ごした日々はセシリアの宝物だった。

 その、かけがえのない宝物だったはずの人は、セシリアの大切なものを傷つけ、そして笑い、今なお自分の目の前に敵として立ちはだかる現実を否定すらさせてもらえずに叩きつけられた。

 

 悲しさ、戸惑い、怒り、疑問。そんないろんな感情がかき混ぜられ、いったい自分がどんな表情をしているのかさえセシリアにはわからなかった。

 

 まるで天秤が釣り合わずに柱ごと崩れ去るような絶望感を覚えながら、セシリアは未だ立ってマリアベルと対峙する。それは、自身の信念ではなかった。そんなものはすでにセシリアの中から崩れかけていた。それなのに未だに折れていない理由は、傷ついたアイズの存在があったからだ。

 

 自分が助けなければ。自分が、アイズを助けなくちゃいけない。

 

 そんな義務感にも似た気持ちだけでかろうじてセシリアは立っていた。しかし、それはあまりにも儚かった。

 

「あら、ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったの。でもその顔もステキよ」

 

 言われて初めてセシリアは涙を流していることに気付く。視界が滲んでいたことさえ気がつかなかった。さらに口の中には血の味もする。唇を噛み切ったことによる流血だった。もうなにがなんだかわからない。自分がいったいなにと戦っているのかもおぼろげになりそうだった。むしろ夢であればどれだけよかっただろうか。

 大好きだった母が、大好きな親友を傷つけた。それも、くだらない、子供の癇癪よりも馬鹿らしい理由で。悲しさと怒り。いったいどちらが大きいのかさえもわからない。足元の感覚すら遠のいていく中、もはや悪夢に塗替えられた母の笑顔がセシリアに向けられる。

 

「そろそろ終わりにしましょうか。さぁセシリア。はじめましょ?」

 

 両手を広げ、謳い上げるようにマリアベルが告げる。

 

「バカバカしくも愉快な、命をかけた親子喧嘩を!」

 

 真正面からマリアベルが突撃する。なんの工夫もない、馬鹿らしいほどの吶喊だ。鈴でさえ多少のフェイントを入れるというのに、ただただまっすぐにセシリアへと向かうマリアベルの姿に、しかしセシリアは銃口を向けるだけで猛烈な嫌悪感を覚えてしまう。

 本当は銃を向けることさえしたくない。大好きな、生きていた母ならなおさら。

 しかし、アイズを傷つけたことは許せない。今すぐにでもその頭を撃ち抜きたい。

 相反する二つの感情が、行くことも退くこともできない金縛りへと誘う。そんなセシリアへ向けてマリアベルはあくまで笑顔のまま手に持った傘を振りかぶる。

 

 

 

 射て―――でなければ、いったいなんのためにここにいるんだ。

 

 

 やめろ―――あれは、敬愛していた母なんだぞ。

 

 

 

 二つの声が頭の中で響く。それでも、セシリアは決められなかった。そんな精神状態ではすでにtype-Ⅲの維持すらできなかった。輝きが消え、総べていた光さえも霧散してしまう。それは今のセシリアの希望が消えていくことを暗示しているかのようだった。

 

 そして容赦もなく、マリアベルが絶望しているかのようなセシリアを薙ぎ払った。セシリアは抵抗すらできなかった。その意思さえも奪われていたから。

 

 

 …………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

「え?」

 

 しかし、衝撃はやってこなかった。金縛りにあっていたセシリアは、目の前の光景をただ見つめるしかなかった。

 そこにいたのは、守ろうとしていた友の姿だった。

 

 

 

「ご、めん……セシィ……」

 

 

 

 そういってセシリアへ向かって倒れてくる。咄嗟に受け止めるも、ロクに力が入っていなかったセシリアももつれるように転倒する。

 いったいいつ動いたのか、いつの間にかセシリアの盾となって立ちはだかったのは、瀕死のはずのアイズだった。もはやアイズもレッドティアーズも満身創痍の状態で、我が身を盾にしてマリアベルの前に立ちはだかったのだ。

 既に限界だったアイズは最後に一度だけセシリアを見やり、そして謝罪の言葉を口にした。なぜそう言ったのか、セシリアにはわからない。そもそもこの現状を受け止めることができないほどセシリアは追い詰められていた。いや、とっくに限界を超えていた。

 

「あーあ……あなたのせいよ、セシリア」

 

 そんなセシリアにさらに追い討ちをかける悪魔の囁きが木霊する。

 

「あなたが私を射てなかったから、大事な子が傷ついちゃったのよ?」

 

 それは理不尽な言葉だった。しかし、今のセシリアの心を抉るには十分過ぎた言葉だった。

 

「母も、友も選ぼうとした。でも選べなかった。それがあなたの弱さよ」

 

 弱さ。だからアイズを目の前で傷つけてしまった。助けられなかった。守ると決めていたのに、なによりも大事だと思っておきながら、なにもできなかった。

 ああ、そうだろう。これは、弱さだ。“母親を射つことができなかった、その代償なのだ”。

 

「あ、ああ、う、ああ、………!!」

「おやすみセシリア。次はもう少し楽しめることを期待しているわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「気は済んだのですか?」

 

 マリアベルによる蹂躙劇を黙して見ていたシールがすべてが終わったあとで声をかける。残されているものは、いつもの笑みを浮かべるマリアベルと、その足元に倒れ伏すセシリアとアイズ。セプテントリオンの二強といっても過言ではない、そしてシールも苦戦してきたこの二人をあっさりと無力化してしまうマリアベルに畏怖の念を抱きつつも、シールはどこか不満そうな顔でマリアベルを見つめていた。

 

「ごめんね、あなたは気に食わなかったわよね。お気に入りのアイズちゃんを利用されて」

「……そういうわけでは」

「心配しなくても、ちゃんと決着をつける場を用意してあげる。……でも、セシリアもいい友だちを持ったわね。狙い通りとはいえ、大した根性だわ」

 

 マリアベルは倒れているアイズを見て賞賛するようなことを口にする。シールはそんな言葉を複雑そうに聞いていた。

 

「どうする? あなたが望むのならアイズちゃんだけでも連れて行く? 拉致からはじまる友だちもあるかもしれないわよ?」

「私とアイズの関係は、そんなものではありません」

「ライバルと友。いったいなにが違うのかしら?」

「殺し合う関係を友とは言いません」

「言ったっていいじゃない。殺し合う母娘がいるんだもの。いいじゃない」

「…………」

 

 シールは無言でアイズに近づいていく。マリアベルは無視された形ではあるが、嫌な顔ひとつせずにそんなシールをニコニコと見守っている。実際、シールは少しだけ悩んでいた。このままアイズを連れて行く。それは確かに魅力的な提案だったから。

 べつに仲良しごっこがしたいわけじゃない。アイズがいれば、望むだけアイズと語らい、戦い、そして満たされるかもしれない。

 

 シールがゆっくりとアイズへと手を伸ばす。血の化粧が施され、そして血の気が引いている死相すら出そうな顔をしたアイズに触れようとした瞬間、なにかを察知したシールが突然顔を上げた。

 そして突然襲いかかってきた銃弾をわずかに首をひねるだけで回避。背後にいたマリアベルにその銃弾が向かうが、マリアベルもあっさりとそれを回避する。

 

 シールが戦闘体勢に移行しつつ下がると同時に全身を赤い布を纏わせた機体が吶喊してくる。それはまるで赤いマントを被った妖怪のような奇天烈な姿だ。その機体は倒れる二人の傍へと着地すると、すぐさま纏っていたそれで二人を守るように包み込む。

 

 龍鱗帝釈布を展開した鈴の甲龍であった。鈴は二人を確保すると震脚と虎砲を地面に叩きつけて足元の地面を爆発させるように炸裂させる。それを目くらましと合図代わりにして即座にバックステップをしてマリアベルとシールから距離を取った。

 

 さらに同時に後方からレーザーやビームなどが弾幕となってシールたちに襲いかかった。それらを弾き、躱している間に鈴が傷ついた二人を守るように龍鱗帝釈布で覆ったまま攪乱するように不規則にジグザグに動きながらすぐさま森の中へと飛び込んでいく。

 その行動を援護するように砲撃を行っていた機体――シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.も同じように退いていく。もともと追撃する気がなかったとはいえ、見事は引き際だったとシールとマリアベルも賞賛するように見送っていた。

 

「本当にいい友だちを多くもったみたいね。冷静で的確な行動だわ」

「……追わなくてよかったのですか?」

「今日はここまで。お楽しみは、また今度ってね。さ、こっちも他の三人を回収して撤退しましょう」

 

 満足した、というようにマリアベルがケラケラ笑いながら帰還の準備を行う。

 

「でも、セシリアはまだまだね。実力は問題ないけど、精神がまだ追いついていないわ」

「あんなことをされて、壊れないほうがおかしいと思いますが」

「それを乗り越えてこそでしょう? でも私は信じてる。困難を乗り越えて娘がまたひとつ成長することを!」

 

 これほど胡散臭く、信用できない言葉はないだろう。忠誠を誓っていながら、ごくごく当たり前のようにシールはそう思った。

 

「さぁ帰りましょう。次はもっともっと、楽しくなるといいわねぇ、うふふ」

 

 

 

 

 ―――かくして、多くの人間を巻き込み、傷つけた魔女の蹂躙は一旦の幕を閉じた。

 

 その魔女の暴虐は、深く、深く、セシリア・オルコットの心に爪痕を残すことになる。

 

 

 

 




ようやく更新できました。

マリアベルさんの蹂躙回。ラスボスの貫禄を出すかのごとく暴虐を尽くした回でした。今回でセシリアが一時的に戦線離脱となります。そりゃこんなえげつないことすればそうなります(汗)

ここからセシリアの覚醒へと向かっていきます。やっぱりアイズがヒロインになりそうですね。

次話でこの章が終わる予定です。そして次章はセシリアメイン。この物語の黎明に関わるエピソードとなります。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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