双星の雫   作:千両花火

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Act.95 「加速する罠」

「先遣隊から報告―――敵は無人機多数。VTシステムを搭載……!?」

「ふぅん、VTシステム、ね。縁があるわね、ちょうどいいわ。いつぞやの屈辱をたっぷり返してやるわ」

「……捕捉しました。南東、距離2800……追撃を受けています」

 

 夜の森の一角に設置された簡易キャンプ。

 そこで待機していた三人の少女が事態が動いたことを知って即座に立ち上がる。それに合わせて残っていたスタッフ達が撤退を開始する。無駄のない迅速な動きですぐさま拠点を放棄して常識外のスペックを持つ対IS装甲車に乗って戦域から離脱していく。それを最後まで見送った三人が状況の最終確認をしながら最後の調整を行っている。

 

「アレッタたちが防衛ラインを構築しています。私たちの役目は露払い……とはいえ、VTシステム搭載機となれば手こずるでしょう」

「実際、アイズとラウラ、キョウも苦戦してるみたい」

「苦戦してるのは撤退戦だからでしょ? その黒ウサギ隊を確保すれば、遅れは取らないでしょうに」

 

 その三人―――セシリア、シャルロット、そして鈴はそれぞれが思うところを口にしながらも、その全員が戦意を滾らせている。セシリアは部隊の展開と戦域の状況分析を行っており、シャルロットはその補佐をしながら同時進行で機体チェックを行っている。その傍らでは細かいことは任せたと言わんばかりにセプテントリオン入りと同時に新調したインナースーツの具合を確かめながら身体の柔軟を行っていた。

 

「………では、行きましょう」

「うん」

「おーらい」

 

 イヤーカフス、ネックレス、ブレスレット。それぞれのISを待機状態から展開。アイズやキョウの機体と違い、夜間迷彩を施していないために月明かりにも映える青、赤、橙の装甲色が夜の闇に浮かび上がる。そしてそれらの機体にはそれぞれこれまで見られないような装備が施されていた。

 セシリアの機体、ブルーティアーズtype-Ⅲの手にはこれまでよりも長大なライフルが握られており、明らかに狙撃戦に特化している装備だとわかる。シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.には背部ユニットに砲身が折りたたまれて格納されており、そのISサイズというには巨大な重火器が嫌でも目を引いている。そして鈴の甲龍の手にはまるで物干し竿のような長い棍が握られている。

 

「お二人共、準備はいいですね? 私は後方から超長距離狙撃による援護を行います」

「もちろん、僕は火力支援で、余裕があればシュバルツェ・ハーゼの直衛につくよ」

「で、あたしはとにかく特攻して敵機を撃破、ね。千冬ちゃんモドキめ、鎧袖一触にしてやるわ」

 

 ここから先はセプテントリオンの本隊との衝突となる。負けるつもりはないが、VTシステムに数で押されれば楽勝とはいかないだろう。しかし、それを覆すためにこの三人はいるのだ。

 

「今更言うまでもありませんが、私達の役目はただひとつ。立ちふさがるもの、すべてを蹴散らすことです」

 

 セシリアの言葉にシャルロットと鈴もしっかりと頷く。そのためのセプテントリオン。そのための自分たちだ。カレイドマテリアル社の“力”を象徴する部隊として、敵対するものすべてを打ち倒すために存在する。そこに個人の事情はあれど、全員がそのために剣を、銃を手にとっている。そんな自分たちが、VTシステムとはいえ、人の意思の宿らない人形如きに敗れるわけにはいかない。

 

「それじゃ、先に行くわ!」

 

 手にした棍を軽く振り回すと、甲龍が地上スレスレを滑空するように飛翔する。敵機からの迎撃をギリギリまで遅らせるために入り組んだ木々の間を忍者のように跳ねながら突貫する。瞬時に虚空に足場を形成する能力があってこその力技での変則機動で戦場へと向かう。

 

「僕も続くよ」

 

 シャルロットは鈴とは逆に機体を上昇させ、射線を確保できる高度を維持する。森の中を駆けていく鈴の上空後方から追随していく。そして残されたセシリアはその場から急上昇。高高度まで上がると制動をかけて姿勢制御を行いつつ、身の丈を超えるほど長大なライフルを構えた。スターライトMkⅣを超える出力を誇る高出力スナイパーライフル【スターライト・レティクル】。本来なら大型パッケージ用の兵装であるが、ある程度機動力を犠牲にして多少無理をすればパッケージ無しでも使用は可能だ。なによりその射程距離はこれまでのIS用ライフルとは隔絶している。

 スコープ越しに戦場を俯瞰する。ハイパーセンサーと同調させ、狙撃の優先順位を瞬時に定めていく。

 

「接敵まであと十秒……」

 

 セシリアがごく自然な動作でトリガーに指をかける。既にセシリアは銃と一体化、コンディションを完璧に把握して絶対の自信を指先に乗せて引き金を引いた。

 

 

 

「―――Trigger」

 

 

 

 

 鈴がシュバルツェ・ハーゼを追撃している敵機集団の側面から強襲をかけようとする直前、追撃部隊の先頭にいた敵機に向けてレーザーを放つ。天から飛来したような光の矢となったレーザーが正確に無人機の頭部から胴体部までを貫いて爆散させた。完全な索敵範囲外の高高度からのレーザー狙撃。いくらVTシステムの反応速度をもってしても、そうやすやすと躱せるものではない。

 そして上空から地表を横移動する対象に精密射撃を行うセシリアの狙撃はもはや神業の域だ。そんな絶技をさも当然のように連続して行う彼女は、むしろ単純作業のように次々に脅威度の高い機体から優先して狙い射つ。そんなセシリアの援護を受けた鈴が敵集団に突っ込んだ。

 

「一撃、必殺!」

 

 強襲した鈴が渾身の発勁掌で目の前にいた機体を文字通り粉砕する。いくらVTシステムといえど、機体強度が変わる訳ではない。鈴にとっては一撃当てれば落とせることには変わりない。セシリアの援護のおかげで容易く接近できた鈴はその猛威を遺憾なく振るう。

 

「せぇい!」

 

 新たに手にした武装である長大な棍で薙ぎ払う。双天牙月による青龍刀の二刀による力押しではなく、変幻自在の軌道を描きながら無人機を寄せ付けない。実は鈴は刀系の武器よりこうした棍や槍といった長物のほうが得意だ。棒術も雨蘭から仕込まれていた鈴だが、今まではその技術を披露する機会に恵まれていなかった。これまでISにおいての近接武装では棍といった使用者の力量ありきの武装は作られてこなかったことも原因であった。

 

「うおっ!」

 

 順調に戦闘をしているかと思えば、突然の反撃に驚きながら首を捻ってなんとか回避する。機械とはいえ、さすがVTシステムといったところだろう。わずかな隙を突いて反撃してくる様は脅威だ。そして息つく暇もない、わずかでも隙を見せればその物量で押しつぶそうと迫ってくる。

 

「でも、甘いッ!」

 

左右から同時に襲いかかって来た無人機に対し、鈴は両手で棍を握り締めるとそのまま延長させるように展開する。棍が三つに分離し、小太刀ほどの大きさとなったそれを両手で構える。左右からの斬撃を完全に受け止める。いくらVTシステムの恩恵を受けているとはいえ、機体性能が変わるわけではない。第二形態へと進化した甲龍はそのパワーも段違いだ。無人機程度の出力では揺ぎもしない。

 分離状態のままの棍を振り回して牽制、バランスを崩した一体に宙を踏み込んで一足で懐へと潜り込む。密着状態となっても、鈴は不利にはならない。むしろ絶好のチャンスとなる。

 

 密着状態から胴体部の中心に完璧に発勁を叩き込む。その衝撃で四肢が弾け飛び、一瞬で行動不能に陥れる。

 

 

(―――やっぱ乱戦で使えるわね、これ。でも、今のあたしでも同時に三機以上の相手はキツい……真正面からやり合うのは不利か)

 

 

 この戦いから装備された武器は思いのほか役に立つ。火凛と雨蘭監修のもとでIS装備として、そして鈴個人の専用武装として作られたものがこの武装―――【竜胆三節棍】。その名のとおり、三本の短棍をワイヤーで繋いだもので、棒状と双節棍<ヌンチャク>状の二形態を持つ殴打兵器である。あまりにもタイマンに特化している甲龍のために乱戦用として用意されたものだ。そしてそれは見事に機能し、鈴の新たな力として振るわれている。

 しかし、それでもこれだけで戦況を覆せるわけではない。この数を相手に全て撃破することは以前の無人機ならともかく、VTシステムが起動している以上は不可能だろう。

 

 それならば、協力して対処すればいいだけのことだ。

 

 

「ほっ……!」

 

 正面から斬りかかってきた無人機を踏み台に直上へと飛翔する。当然のようにそんな鈴のあとを多数の敵機が追撃してくる。背後から撃たれるビームやマシンガンを龍鱗帝釈布で防ぎつつ、見えない壁でも蹴るように左右へジグザグに駆け上がる。

 鈴を包囲しようと追ってくる無人機を横目で見つつ、鈴はニヤリとそんな無人機たちを嘲笑った。

 

「釣れた! シャルロット、射てェッ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「チャンバー内、圧力正常加圧を確認。シフトチャージへ移行。ターゲット、エリアロック」

 

 シャルロットは戦況を把握しつつ、静かに砲撃準備を整えていた。半身になりながら背部ユニットから伸びる巨大な砲身を抱え込むようにして右腕で支え、データリンクから誤差を修正する。

 ウェポンジェネレーターがフル稼働し、生成したエネルギーすべてをその砲身へと注いでいく。高まるエネルギーに比例するように砲身からバチバチと放電現象が発生し、青白い粒子が漏洩していく。

 

「全シフト、エネルギー充填完了――――最終セーフティ解除」

 

 それと同時に前線に切り込んだ鈴が上空へと駆け上がる姿を確認。そしてそんな鈴に釣られるように次々と無人機たちが高度を上げて追撃している。遮蔽物が一切ない、空の真っ只中に躍り出る無人機たちを見据え、シャルロットは口元を綻ばせた。

 そう、―――そこはシャルロットの射程だ。

 

 

 

 

「【ミルキーウェイ】、ディスチャージ!!」

 

 

 

 

 開放されたエネルギーが光の津波となって鈴を追撃していた無人機をまとめて飲み込んだ。高エネルギーに炙られた機体はその装甲を融解させ、瞬く間に光の中に消えていく。

 圧倒的な破壊力を持ったエネルギーの奔流であるが、真に驚愕するところはその規模であった。反応しても回避できないほどの広域に放射されたそれは、鈴を追撃した十数機のうちのほとんどを巻き込んだ。

 この砲撃は一見すれば巨大なエネルギーの塊であるが、その実無数のビームを複数同時に、そして連射して放つ掃射である。高速、かつ連続して放たれたビームが射程範囲内すべてに降り注ぐ。さらに扇状に拡散し、数秒間連続で放たれているために一度や二度の回避すら意味をなさない。

 

 多複重荷電粒子掃射砲【ミルキーウェイ】――――アルタイルと同じく、ラファールリヴァイブtype.R.C.に搭載された三つのカタストロフィ級兵装のひとつ。一点突破の究極といえるアルタイルとは真逆の、広域掃射を目的とした殲滅兵器である。

 

「さすがカタストロフィ級兵装……いろいろおかしい武器だよ、すごいけど」

 

 赤熱して融解しかけている砲身を破棄、さらに役目を終えた背部ユニットの兵装すべてをパージする。カタストロフィ級兵装はカレイドマテリアル社が―――正確には束が手がけた武装の中でもトップクラスの威力を誇る兵装であるが、【ミルキーウェイ】に限らず、【アルタイル】、そして最後のひとつも使い捨てというデメリットがある。さらにジェネレーターのエネルギーを全て使用するために隙も大きい。先程の鈴のように囮や牽制がなければ戦場で使うことも難しい癖の強いものであることも事実だ。

 

「フォーマルハウトⅡ、フレアⅡ、アンタレス展開。ウェポンジェネレーター、ハーフドライブ」

 

 ラファールリヴァイブtype.R.C.のスタンダードな装備群を再展開。再び敵残存戦力に攻撃を仕掛けている鈴の援護を開始する。援護といってもシャルロットの役目は砲撃支援に近い。直接的な援護は後方に位置するセシリアの狙撃であり、シャルロットはそんなセシリアへ敵を近づけさせないための防波堤でもある。

 そうしているとシャルロットの後方から光の矢が飛来する。寸分違わずに鈴の背後にいた攻撃態勢の敵機を射抜き、続けて放たれた二射目がもう一機の武装した右腕を吹き飛ばす。目視では影すら視認できないほどの距離でありながら、セシリアの狙撃はピンポイントで敵機の急所に命中させている。ほとんど鈴にかすめるほどでありながら、決して鈴には当てていない。鈴にまとわりつく無人機のみに命中させている。シャルロットもよく知っていることだが、改めて実戦の最中に見ると背筋が寒くなるほどの恐ろしい技量だ。

 頼もしい援護を受けながら、シャルロットもとにかく重火器を乱射する。最近部隊内で乱射魔だのトリガーハッピーだのと呼ばれ始めたシャルロットの弾幕は一見すれば滅茶苦茶に見えてしっかりと敵勢力を射程に収めた上で牽制している。単機での破格の砲撃力はこうした部隊戦のほうが貢献できる。

 しかし、次から次へと無人機が増援として合流してくる。その物量はそれだけで暴力となるものだが、それ以上に疑問点も多い。

 ロクに装備すら整えられていなかったシュバルツェ・ハーゼの追撃に、ここまでの過剰戦力を投入しているのか。それが引っかかるが、今はそんなことを考察している余裕はない。さすがVTシステムというべきか、これだけの砲撃を叩き込んでも実際の戦果は予想以下だ。見れば鈴も手こずっていることがわかる。大多数を一掃したとはいえ、気の抜ける戦場では決してないのだ。

 そうして緊張感を強めてトリガーを引いていると、量子通信で届けられたアレッタの声が耳に届いた。

 

 

 

『アレッタより報告―――シュバルツェ・ハーゼを確認、追撃機は確認できず。保護次第、防衛ラインを維持しつつ後退します』

「了解。そちらの任務が完了次第、こっちも退くよ」

 

 どうやらうまく撤退できそうだ。追撃も大多数はここで食い止めており、シュバルツェ・ハーゼを追っていた機体もアイズやラウラ、京の三人がうまくやったようだ。

 

「もう少し粘ったら僕たちも撤退するよ!」

『りょーかい! でもできるだけこいつらは落とすわ! どんどん撃ちなさい!』

「無理しないでよ!」

『アッハハハハ! 千冬ちゃんはこんなもんじゃないわよ! あたしをやりたきゃ本物を連れてきなさい!』

 

 窮地こそ滾るといったように鈴がさらに気合を入れて拳を振るっている。見ればけっこうな被弾をしているようだが、高い防御力と耐久力に物を言わせて未だにテンションを落とすことなく暴れまわっている。

 

「スイッチ入っちゃってるなぁ……まぁ、一応冷静なようだし、……仕方ないなぁ」

 

 シャルロットからすれば鈴の戦い方は異質といっていい。基本的にアリーナのような限定空間での戦いが基本とした場合においては、確かに接近戦に特化した機体にすることもアリだろう。しかし、このようなルールのない戦いの場合、やはり基本戦術は“数”、そして一方的に攻撃できるもの、つまり“飛び道具”の比重が大きい。特にISはハイパーセンサーという優れた“目”を持っているため、近づくまでに攻撃に晒される可能性が非常に高い。だから近接特化型というのは、よほど腕に自信のある者が乗らなければただの的になってしまう。セプテントリオンの近接特化型のアイズ、リタ、京も基本的には機動力を高くしての強襲が主戦法で、大前提として回避を念頭に置いている。

 しかし、鈴は違う。回避もするが、躱せないなら防げばいい。耐えられればそれでいい、というような戦いなのだ。それで十代の操縦者の中でも上位に位置するのだからあらためて規格外だと思ってしまう。

 

 まぁ、そんなことを言ったらセプテントリオンの上位陣なんて方向性が違うだけで全員が規格外なのだが――。

 

 先に述べたように冗談のような耐久力と一撃必殺を持つ鈴。音を置き去りにする超高速機動を平然と行うラウラ。ヴォーダン・オージェと直感を掛け合わせることで未来予知でもしているかのような対応力を見せるアイズ。そして十機のビットを平然と並列操作して単機で部隊規模の運用をするセシリア。これらの面子と比べれば、シャルロットは自分などまだ普通だと思ってしまう。

 しかし、頼もしいことには変わりない。実際、たった三人でもアイズたち先遣隊の援護ができるほどの戦力というのは優れた点といえるだろう。各々がしっかりと役割分担をして、かつそれを理解しているということも大きい。一人ですべてを為してしまう天才はいない。だが、協力し合うことで完璧に近づけることができる。単機での力を上げつつも、単機では不可能であることの線引きができることが一流の証だとシャルロットは思っている。つまり一人で可能なことと不可能なことをしっかりと見極めろということだ。できないことは悪いことじゃない。できるようにほかからそのための力をもってくればいいだけなのだ。

 そしてシャルロットの役目は単機で高い火力を出せることを活かした砲撃支援だ。

 

 だからシャルロットは、トリガーハッピーと言われるほどにどんどん重火器のトリガーを引いていく。次々と爆炎を生み出していく彼女であったが、皮肉にもその激しい砲撃の最中にいたせいで、―――――――それが背後から響くまで気づくことができなかった。

 

 

「えっ!?」

 

 

 シャルロットの耳に届いたのは巨大な爆音だった。すぐさま周囲を索敵しながら目線をやると、巨大な炎が夜の森を照らしている光景を視認する。

 ミサイルでも爆発したかのような巨大なソレに、――――シャルロットの顔が青くなる。爆発が起きた位置は、シャルロットの後方上空。そこにいたのは―――。

 

 

「セシリアッ!?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 空に生まれた炎と衝撃の渦の中からなにかが飛び出してくる。黒煙を振り払うように、青い機体が落下するようにパワーダイブ。地表スレスレまで速度を落とさずに、瞬時に高高度からゼロ高度までを加速して降下すると、激突すれすれで円を描くように機動を変化させ、力を分散させて衝撃を殺す。見事な着地をしたその機体―――セシリアの駆るブルーティアーズtype-Ⅲがすぐさま手に持ったスターライト・レティクルを投げ捨てると、新たにスターライトMkⅣを展開して即座に上空へとその銃口を向けた。

 狙いをつける間もなくレーザーを発射。爆炎の向こうにいると思しきなにかに向けて射撃を放つも、さすがのセシリアでも視認すらできない相手に当てることはできず、返答として同じようにレーザーが降り注いだ。

 

「ちぃっ……!」

 

 それらを横移動の機動で回避、今度は本格的な狙撃体勢へと移行しようとしたところへ、ハイパーセンサーが反応。背後から高速で近づく機影を確認する。

 

「オラァ!」

「ッ……!」

 

 振り向いたセシリアの目に入ってきたのは八本の腕を持つ特異な形状をしたIS――アラクネ・イオスであった。鈴から報告のあった要注意武装とされるステークを構え、特攻するかのような勢いで突っ込んでくる。

 咄嗟に左手に近接銃槍ベネトナシュを展開すると、突進してくるアラクネ・イオスとそのステークをベネトナシュでいなして強襲を回避する。しかし、再び上空からレーザー射撃が襲いかかってくる。しかも、そのうちのいくつかはセシリアの死角から襲いかかってきた。確認できている射手は上空の一機のみ。つまり、射線を曲げて狙っているのだ。

 

「偏向射撃……!」

 

 そして一瞬だけ視線を向けると、晴れた煙の中から自身のブルーティアーズと似た形状の機体がライフルを構えている姿が確認できた。ブルーティアーズの姉妹機とされるサイレント・ゼフィルスⅡだ。突然の強襲にさらされながらも、セシリアは冷静に反撃しようと銃を構えようとする。 

 

 

 ――――しかし、その眼前を銀色に光る死線が走った。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 反応できたのは運が良かった。アイズのような直感があれば余裕をもって対処できたかもしれないが、セシリアがそれに気づけたのは直前に木々がなにかにぶつかってかすれる音と、視界に金属の反射光が入ったためだ。

 その死線に咄嗟にベネトナシュを割り込ませることに成功したセシリアは、眼前で衝突音とともに繰り出されたナイフの一閃を受け止める。ほとんど反射で前方にレーザーを射つと同時になにかが離れる気配だけを感じ取る。そして少し距離を離した場所に、空間から浮かび上がるように一機のISが姿を現した。

 左右非対称の道化のような鎧に、顔には泣き笑いを模したピエロの仮面。その機体の操縦者がそっとその仮面を取れば、中からは眼球が黒く染まった目から金色の輝きが浮かび上がっている。

 

「あなたは……」

 

 高いステルス性能を見せる目の前の機体を警戒していると、左右を先程の二機に挟まれる。

 

「まさかあれを回避するとはな」

「ちっ、完璧に奇襲したってのに、しぶといガキだぜ」

 

 アラクネ・イオスとサイレントゼフィルスⅡを駆る亡国機業のエージェント――――オータムとマドカが油断なくセシリアに武器を向けながら包囲する。

 セシリアも警戒しつつ思考をフル回転させる。あの口ぶりからも推測できるように、どうやらはじめからセシリアへの奇襲が目的だったようだ。このシュバルツェ・ハーゼの脱走自体がなにか胡散臭いものを感じてはいたが、どうやらシュバルツェ・ハーゼそのものはただの餌で、それに釣られたセシリアたちこそが本命だったようだ。

 そして指揮官でもあるセシリアを狙うことも理解できる。悪辣ではあるが、確かに効果的な手だろう。最も、これでセシリアを倒せるかといえばまったくの別問題だ。撤退するだけならなんととでもなる。しかし、現状でそれは難しい。狙いがセシリアである以上、シュバルツェ・ハーゼの安全が確保できるまでは戦闘を維持しなければ目の前のエース級の操縦者たちがシュバルツェ・ハーゼに牙を向けないという保証はない。

 

 さすがにまずいと思いながらも、他はシュバルツェ・ハーゼの援護で手一杯だ。アイズたちも、そして鈴たちの援護も今のままでは厳しいだろう。ならば、セシリアが単機でこの状況を覆す必要がある。

 セシリアが覚悟を決め、スターライトMkⅣとベネトナシュを握る両手に力を入れながら構えると同時に…………最後の一機が降りてきた。

 

 

 

 

「そういえば、あなたとはまともに戦ったことはありませんでしたね。少しはあなたにも興味があったんですよ。あのアイズがパートナーとする存在ですからね」

 

 

 

 

 その声に危機感を強くしながら、セシリアが振り返る。もちろん全周警戒を維持したまま、月明かりを背にゆっくりと降下してくるその機体を視界に収めた。

 

「もっとも、今もまともな戦いになるとは思えませんが、これも任務ですので。悪く思ってもいいですが、情けや慈悲は期待しないでもらいましょう」

 

 美しい純白の装甲に月明かりが反射し、大きく広げたその翼が鳥のように羽ばたく。見る者の目をひく美しいシルエットよりも、背後に浮かぶ月を思わせるような輝きを見せるその両の瞳に強烈な存在感を覚えてしまう。

 ある意味で、セシリアがもっとも見慣れているその人造の魔眼を持つその少女が、しかしセシリアの知る瞳とは似ても似つかない冷淡な輝きを宿して見下ろしていた。

 

「あなたも戦士なら………四機がかりとはいえ、卑怯とは言わないでしょう?」

 

 これまで幾度となく立ちふさがってきた告死天使が、その裁定を突きつけた。

 

 

 

 




次回はとうとうタグにあるように【魔改造セシリア】の本領が発揮されます。一見すれば4対1の時点で無理ゲーな難易度ですが、まだスコールやマリアベルがいないだけマシと見るべきか。シールがいる時点でかなりヤバイですが、この物語のセッシーには主人公クラスの補正がかかります。

次話は【魔改造セシリア】を念頭に入れてお読みください。

実はこれまではセシリアが単機で戦うことはほとんどなかったんですが、今回は完全な孤立無援状態での戦いになります。RPGで例えるなら勇者だけで四天王すべてを同時に相手にするような戦いですね。そのあとラスボスとの連戦が控えてますが(汗)

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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