双星の雫   作:千両花火

108 / 163
Act.94 「魔宴遊戯場」

 VTシステム。

 

 正式名称を【Valkyrie Trace System】。これまでヴァルキリーと称された凄腕の操縦者、そして世界最強と謳われたブリュンヒルデ――織斑千冬のデータを再現することを目的とした戦闘システム。その絶大な力の代償に操縦者を死へと誘う危険すらあるため、現在は各国、研究機関での開発は禁止されている代物であり、かつてラウラの専用機であったシュヴァルツェア・レーゲンに無断で搭載されていた禁断のシステムである。

 操縦者の意思を無視し、限界以上の性能を引き出すそれは束が「不細工な代物」だとして毛嫌いしているものだった。束にしてみれば人の夢を表現したかったISを機械に成下げるこのシステムは到底認められるようなものではなかった。そしてそれは束と夢を同じくするアイズにも同様だった。

 

 なにより、可愛がっている妹のラウラを苦しめたそれを認めることなどアイズにはできなかった。

 

 そんなものが、今、再びアイズの目の前に明確な“敵”として現れた。アイズの感情に火が灯る。その火は瞬く間にアイズの心に燃え移り、明確な敵意となって発散される。

 

「ボクの前に……よくもそんなものをッ!!」

 

 もともとアイズは無人機そのものに大きな嫌悪感を持っていた。VTシステムも同様だ。そんな二つが合わさって目の前に現れたことで、アイズの敵意は一気に加速した。もはや憎んでいるといっても間違いではないほど、今のアイズには目の前の存在が許せなかった。

 感情をためらわずに噴火させ、しかしそれでも思考は冷静に。アイズは内心ではその脅威を認識しつつ、どうすれば迅速に目の前の愚物を駆除できるのか思考する。ヴォーダン・オージェの恩恵のひとつである高速思考がわずか数瞬のうちにアイズに対処法を与えていた。

 どんなに嫌っていても、その脅威は身をもって知っている。かつてラウラがVTシステムに侵食されたとき、ラウラのヴォーダン・オージェとの相乗効果は恐ろしい戦闘力を発揮した。アイズ、セシリア、鈴、簪。この四人掛かりでも苦戦させられたのだ。

 あのときほどの性能はないとしても、機械による反応速度が加わればそれに迫る能力を発揮できるだろう。つまり、人間の限界以上の速度での反応、対処を可能とし、それにあわせて過去の膨大な戦闘データから最適な行動を実行するということだ。外部装甲に変化がないところから考えて、ラウラのときのように武器をコピーして再現するまでの機能はないのかもしれない。

 しかしそれでも、一般のIS学園の生徒や、他の平均レベルの操縦者では太刀打ちできない反則級の戦闘機械だろう。

 

 そんな相手に対し、アイズが行う対処はただひとつ。

 

 なにもさせない。

 

 敵より速く。敵より先を読み、敵より速く反応し、敵より速く斬る。さすがのアイズでも、経験という点では偉大な先人たちに優っているとは断言できない。だからこその判断だ。

 アイズはAHSシステムのリミッターをセーフティの限界まで解除する。視野がさらに広がり、時間がゆっくり進んでいると感じるほどのさらなる高速思考状態へと移行する。極限まで集中されたアイズの精神が、どこかフラットになりながらもただひとつの意思のもとで統率され、その魔眼の能力を遺憾なく発揮させる。

 

 目の前の無人機が襲いかかってくる。これまでの動きではありえない、しなやかで力強い腕の振りから繰り出されるブレードの一閃は、なるほど、確かに上級者のそれだ。お手本のように淀みない斬撃に、しかしそれがとても不細工に感じた。

 アイズは最短距離での突きを左手のイアペトスで放つ。狙いは無人機の腕。しかし、無人機もそれに反応したのだろう。そのわずかな刹那で斬撃の機動をわずかにずらす。呆れるほどの対処能力だが、それでも今のアイズには遅すぎる。

 

「対処が正確すぎる」

 

 わずかにずれた斬撃の軌道を避け、潜り込むように接近。ほぼ密着状態といえるほど接近したアイズが、すれ違いざまに右手のハイペリオンを胴体部へと押し当てる。

 

「や、ああッ!!」

 

 気合と共に無人機そのものを押しやり、まるで投げるかのように地面へと押し倒す。勢いよく地面に激突した衝撃で各部のパーツに亀裂が入る。だが、それらの対応を行うまでに渾身の力で振り切られ、さらに蹴撃による勢いまでも上乗せする。ハイペリオンと地面に挟まれた機体はそのまま圧殺されるように両断される。それはまるでまな板の上に乗せられた獲物が包丁でぶつ切りにされるかのように荒々しいものだった。

 本来のアイズの戦い方からは外れたものだったが、これもアイズの対処法のひとつであった。

 

 機械なら、見たこともない、データにもない状況判断にはわずかに遅れる。それがレベルの高い操縦者のデータを使っているのならなおさら、本来有り得ないような行動に対する対処に遅れを取る。

 だからアイズは本来の戦い方を少し荒っぽく、雑にするようにして行った。無論、普通ならそこにつけ込まれて終わりだが、ヴォーダン・オージェの性能をフル活用し、無人機の反応速度を超えているアイズだからこそできることだ。

 

「はっ、はぁ……!」

 

 それでもアイズが圧倒的に不利だった。たった一機を倒すだけで精神をすり減らすような疲れがある。一瞬の油断が命取りだ。ヴォーダン・オージェの恩恵でVTシステムより速いといっても、それは絶対的なものじゃない。アイズの精神が動揺したり、なにかに気を取られればすぐ遅れをとってしまうほどの差異しかない。

 

「キョウくん、無事!?」

 

 バイタルは未だ健在だが、VTシステムという予想外の難敵に京の無事を通信で確認しようとする。わずかな間が空き、京が応える。

 

『いや、びっくりしました。なんとか倒しましたけど、ちょっとダメージを受けすぎましたね。なんなんですか、これ?』

「たぶん、VTシステム。機械の反応速度と掛け合わせてるんだと思う」

『これがVTシステムですか。たしかに脅威ですが、アイズさんの本気よりマシですね』

「機械ゆえに、応用力は低い。最速で、かつセオリー外のアレンジパターンで攻めて!」

『了解。でも、物量で攻められたら抑えきれませんよ? 僕でもどんなに頑張っても三機同時が限界です。時間稼ぎに徹することを前提で、ですが』

「…………粘るしかない。ごめんねキョウくん、出来る限りやるよ!」

『僕にも意地がありますから、やってやりましょう。予定外ですが、“グラファイス”も使います』

「わかった。お願いね」

 

 通信を終えるとちょうど第二波がアイズの目の前に現れる。同じくVTシステムを起動しているであろう挙動が垣間見える。おそらく残りの無人機はすべてVTシステムによる強化がされていると思ったほうが良いだろう。

 無人機と掛け合わせることで恐ろしいスペックと物量という二つを両立させてしまった。これだけで簡単に国すら落とせそうだ。操縦者がいないゆえに、おそらく人間の思考が絡む応用的な判断には乏しいだろうが、単純な反応速度とVTシステムのデータ再現だけで国家代表候補生、いや、国家代表クラスに届く力を発揮している。教科書通りの戦いしかできなければ敗北は必至だろう。

 それでもアイズは三機程度なら同時でもなんとか対処できる。セプテントリオンの隊員なら同時に二機程度は単機で戦っても撃破できるだろう。しかし、物量が力である無人機である。苦戦することは間違いないだろう。

 

「ラウラちゃん……!」

 

 撤退戦という中で事実上最後の防衛ラインとなるラウラの状況が気になるが、かといって今アイズがここを離れれば結果的にラウラの負担を増してしまう。合流するのも手だが、それだと標的をひとつに絞らせてしまう。限界が来るまでは各個で戦うしかない。

 アイズは歯を食いしばって、再び襲いかかってきた無人機の一撃を躱す。確かに恐ろしい鋭さを持った剣閃だが、本気になったアイズの眼には遅すぎる。カウンター狙いでイアペトスを関節部に突き刺して行動規制、隙のできたところでハイペリオンで両断する。

 あっさりと二機目をスクラップにしたアイズだが、既にアイズの中ではVTシステム搭載型の対処法ができていた。脅威となるのはひとつひとつの行動の質と、高い反応速度による対処行動。ならば逆にカウンターを主流とし、取り回しのいい武器で反撃、そしてその隙に高威力の武装を叩き込む。単機相手ならばこれで済む。問題は集団戦となった場合だが、これらの対処モデルはこの作戦後にじっくり構築すればいい。今は各個撃破でとにかく確実に数を減らすことだ。

 

「邪魔を、するな……ッ!」

 

 三機目を奇襲。さすがVTシステムはそれに反応したが、至近距離から腕部突撃機構ティターンを起動。躱すもなにもない距離からのロケットパンチを受けて体勢を崩したところを仕留める。ヴォーダン・オージェのバックアップもあり、おおよその特性とスペックは把握した。

 いざとなればtype-Ⅲの使用も視野に入れてアイズは手加減も容赦も一切合切を切り捨てて襲いかかる。

 

「無意味だろうけど言っておくよ。…………ボクの目の前に現れたら、全部斬るからね!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ラウラもまた、無人機の異変を正確に感じ取っていた。

 反応速度の上昇と行動選択の幅の広さ、そして完璧にトレースしている挙動。これらの答えはひとつしかない。

 VTシステム。かつてラウラがその身を蝕まれた因縁のシステムだ。ラウラという存在を生贄にして、そしてラウラ自身の弱さが引き金となって現れた悪夢のシステム。ラウラの尊敬する千冬すら侮辱する忌むべきそれが、再びラウラの目の前へと現れた。

 

「私の前に、よくもまたそんなものをッ!!」

 

 ラウラは怒りを顕にして両腕を無人機へと掲げる。掌部デバイスから発生された斥力場の塊が迫ってきた無人機を真正面からロックオンする。いかにVTシステムといえど、オーバー・ザ・クラウドの唯一無二にして最強を誇る単一仕様能力“天衣無縫”を回避することはできない。不可視の力場を躱すことができる存在など、それこそアイズやシールといった限られた存在だけだろう。実際、アイズはラウラとの模擬戦で散々ラウラの斥力による衝撃波を回避していた。なぜ躱せるのかと聞いたところ、「力の流れがなんとなくわかるから」と言っていた。あまりにも感覚的なことなのでラウラには理解しきれなかったが、しかしアイズができるということはシールもまたできるだろうということだ。この二人は常識を遥か彼方に置き去りにした規格外なので参考にはできない。普通ならば躱すこともできずに吹き飛ばされるだろう。

 

「吹き飛べぇッ!!」

 

 鋭い機動で迫り来る無人機に向けて高出力で発生された斥力が不可視の塊となって無人機を弾き飛ばす。装甲がひしゃげ、機能不全寸前にまで陥りながらまだ足掻くように動く無人機に向けてラウラはビームマシンガン“アンタレス”を斉射して蜂の巣にする。

 

「忌々しいガラクタが!!」

 

 ラウラは憤怒の感情を力に変えるようにVTシステムを相手にしているにも関わらずに敵機を圧倒する。オーバー・ザ・クラウドの天衣無縫で敵機が行動する前に先手を取り続けることでVTシステムの恩恵を発揮する猶予を与えない。

 しかし、逆を言えばこの数に接近されれば、あっさりとこの優勢はひっくり返される。それを理解しているラウラはとにかく能力を行使して無人機を接近させないようにどんどん斥力場を発生させていく。

 

「くっ、うぅ……!」

 

 しかし、それは広範囲、高出力で連続して能力を行使するということだ。圧倒的な力を誇る斥力、引力操作の能力も決してノーリスクではない。使えば使う分だけ機体に負荷がかかり、なにより操縦者であるラウラの体力を削る。

 そして加速度的に高まった疲労から一瞬目眩を起こし、その隙を突かれて一機の無人機を通してしまう。狙いは後方のクラリッサたちだ。

 

「しまった……!」

 

 機体に慣れていないクラリッサたちではVTシステムに対抗できない。ラウラは代償を覚悟した上で、迷うことなくクラリッサたちに迫る敵機に向けて手を掲げた。

 

「行かせるものか!」

 

 クラリッサたちへと迫っていた機体がガクンと振動し、その動きを止める。そしてまるで見えないロープで繋がれているかのように、巨大な力で真後ろへと引っ張られる。天衣無縫の引力操作。抗うことすら許さない万物に作用する力によって無人機がラウラへ向かって引き寄せられる。

 

「貫けェッ!!」

 

 拡張領域に搭載していた武装を右腕部に装備する。片腕装備としては巨大な筒状のユニットが握られ、まるでハンマーのように引き寄せられた無人機に叩きつける。同時にユニット中心部に仕込まれたパイルが一撃で無人機の装甲を貫通して破壊する。

 電磁投射徹杭鎚【プロスペロー】。電磁力で打ち出すパイルバンカーであり引力と掛け合わせることでその威力も跳ね上がっている。一撃で粉砕した敵機には目もくれず、ラウラは即座に振り返る。

 

 目の前に、五機。

 

 すでに近接戦のレンジ。斥力の発動も間に合わない距離だ。クラリッサたちへの援護の代償。それがVTシステムに背を見せるという致命的な隙だった。

 

「ぐゥ……がッッ……!」

 

 恐ろしいまでの正確さでトレースされた至上の一閃がラウラを薙いだ。左腕を犠牲にそれをかろうじて受ける。左腕の装甲が砕け、能力使用のために必須の力場の発生デバイスを失ってしまう。第五世代機に分類されるとはいえ、オーバー・ザ・クラウドは機動力に特価している分火力と装甲の薄さが弱点といえる機体だ。VTシステムによる攻撃を受けきることはできなかった。

 だが、これもラウラの想定内だ。先程の無人機は能力使用ではなく追いかけて撃破することもできた。むしろそのほうが安全だった。だが、そうしなかったのは、防衛ラインを下げないためだ。もしラウラが先の無人機を追撃して撃破していたら、その後にこれだけの数の敵機をクラリッサたちに近づけることになる。しかし、ラウラが動かずに能力を駆使して対処したために無人機たちの優先目標はラウラのままだ。ラウラは自分が囮役でもあると理解していたために、わざと自分を狙わせるポジションを維持した。VTシステム搭載型を多数相手にしなければならないが、これでクラリッサたちの逃げる時間は稼げる。

 

「う、おおおッ!!」

 

 機体の全周に斥力場を放つ。殺傷能力は低いが、自分に群がる無人機たちを強制的に弾き飛ばす。その隙に瞬時に接近して一機を行動不能に追い込む。ゼロ距離からのビームマシンガンだ。頭部と胴体部を破壊して確実に数を減らす。これ以上の敵機の増援はリスクが高すぎる。

 それほどまでにVTシステムは厄介だった。

 

『ラウラちゃん!』

「っ、姉様……ッ!?」

 

 量子通信でアイズの声が響く。その声には多分に焦りが含まれている。

 

『このままだと押し切られる! こうなった以上仕方ない、一度合流して! 三人で連携して戦うよ!』

「わ、わかりました!」

 

 それが妥当な戦略だろう。数で押してくる敵機に対し、奇襲と強襲を繰り返して各個撃破することは決して間違いじゃないが、VTシステムを相手にした場合逆に襲撃されかねない。囲まれて孤立の危険が高いことはラウラもよくわかっていた。だからその言葉にすぐに従った。

 

『みんなは!?』

「大丈夫です、先に行かせました!」

『もう少しでセシィたちも来る。徐々にこっちも引いていくよ』

 

 通信を終えたラウラが目の前に迫る四機に対し切り札のひとつを使うことを決心する。VTシステムを相手にこれ以上は出し惜しみをしている場合ではない。拡張領域から大量のソレを展開すると目の前にバラまくように放り出す。近距離指向性の炸裂鉄球弾だ。これらを斥力操作によって至近距離から高速で打ち出した。つまりはクレイモア地雷と同じ武装だ。

 大量の鉄球が近距離広範囲を薙ぐように発射される。これにはどんな反応速度をもってしても防御一択だ。撃破まではいかなくても、範囲内の無人機すべてに少なくないダメージを与えられる。

 

「これでも一時しのぎが限界とは……!」

「いえ、十分です」

 

 クレイモアを受けてなお動いていた敵機の胴体からなにかが生えた。それはブレードの切っ先だった。さらにもう一本の飛来したブレードが機体頭部を串刺しにする。

 

「キョウか!」

 

 ラウラが目を向ければ、周囲に多数のブレードを展開しているフォクシィギア―――京の姿があった。京は機体周囲を漂うようにしているブレードを掴むと再び目にも止まらぬ動作で投擲。体勢を立て直す前に二機目を撃破する。

 

「さすがにキツイですね……ブレードも、もう三十本は使いましたよ」

「そっちも切り札を使ったか」

「使ってもこのザマです。恥ずかしい限りですよ」

 

 京の機体もあちこちに被弾した形跡が見られ、京自身も口の端から血を滴らせている。ラウラも改めて自己診断をすれば、かなりの損傷が確認できた。左腕は既に機能不全。天衣無縫による能力の死角となってしまっている。なによりVTシステムを相手に能力を行使しすぎたために体力の消耗が激しい。切り札のひとつとしたクレイモアもすでに使ってしまった。

 

「……! また来ます。今度は六機」

「本当に最悪の組み合わせだな……ヴァルキリーが無尽蔵に襲ってくるなど、まさに悪夢だな」

「残念ですが、現実です」

「悪夢よりタチが悪い。キョウ、前衛を頼めるか?」

「残りの剣も少ないですが、なんとか」

「私ももうあまり能力は使えん。ピンポイントで援護する。いざとなれば下がれ、最悪は斥力結界で食い止める」

 

 あと少し。

 そう信じて戦う他なかった。すでに撤退しなければまずい状況だが、まだシュバルツェ・ハーゼの安全が確保できていない。セシリアたちを信じて、今は戦うしかない。

 

「――――姉様」

 

 そしてもうひとつの気がかり―――アイズが、来ない。ただ遅れているだけかもしれないが、それでも妙な胸騒ぎがする。京とそう距離が離れていないはずなのだが、時間がかかりすぎている。本当なら探しに行きたいが、この場を放棄することはそれこそアイズの信頼を裏切ることになる。ラウラは唇を噛みながら、目の前に迫る無人機たちを睨みつけた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「――――――………!」

 

 アイズはラウラとの通信を終えたのち、すぐさま合流しようとしていたが、結局その場から一歩たりとも動くことができないでいた。

 周囲には距離を離して無人機が包囲している気配がする。だが、なぜか仕掛けてくるようなことはない。この包囲網も突破できないこともないが、それ以上にアイズが動けない理由は他にあった。

 

「なに、……この、気配……!」

 

 それは、未知の気配だった。

 アイズの直感が、その不気味な気配を感じてからひっきりなしにアラートを鳴らしてくる。危険、危ない、逃げろ、恐い、……そんな信号が頭の中にこだまする。

 なにかがいる。それだけは確信している。本当なら今すぐここを逃げたい。だけど、それはできなかった。この気配の正体を突き止めなければ―――そして、ここでなんとかしなければ。

 

 そんな理由もわからない義務感のようなものさえ覚えながら、アイズは闇へと目を向ける。

 

 

 

 

「――――――誰?」 

 

 

 

 

 アイズのヴォーダン・オージェがついにその影を捉える。人。それも女性だ。

 やがてゆっくりと近づいてくる足音が響き、夜の森という戦場において場違いな鼻歌まで聞こえてくる。

 

「誰、なの?」

 

 アイズが語りかける。その正体不明の存在もその声に気付いたのか、朗らかな声で応えてきた。

 

「あらあら、あらあらあら。私に気付くなんて、さすがシールのオトモダチね」

 

 無邪気な、それでいて冷たささえ感じる声だった。その人物が喋った内容よりも、その声の質がアイズを警戒させた。

 

「ふふ、怯えた顔しちゃって。可愛いわねぇ。でも大丈夫よ、私はただの―――――悪党だから」

 

 その人物が視界に現れる。月明かりに照らされ、輝く絹のような金色の髪。子供のように無邪気な笑顔。白いコートを羽織り、アイズに対しフレンドリーに笑いかけてくるその女性に、しかしアイズは―――恐怖しか感じなかった。

 

「あ、なたは……」

「自己紹介が必要かしら? 私はマリアベル。亡国機業ってとこのトップをしているんだけど、こんな説明で十分かしら?」

「……!!」

 

 十分だった。十分すぎる説明だった。

 つまり、目の前の女性はアイズにとって、いや、アイズたちにとって、紛れもない“敵”なのだ。

 

 反射的に構えるアイズに、それでもその女性――マリアベルはくすくすと笑みを浮かべるだけだった。

 

 そんな姿を見るだけでも、アイズは危機感を強くしていた。この人は危険だ。得体の知れないなにかが、アイズを緊張させる。

 なにより、アイズが戸惑っているのは、マリアベルの姿だった。

 月明かりに照らされたマリアベルは、アイズから見てもとても美しかった。もともと美人ということもあるが、それ以上にその姿に既視感を拭えないことが原因だった。

 

 

 だって――――その姿は、アイズの最も近くにいる、最愛の親友にそっくりだったから。

 

 

「あなたは、誰……!」

「ふふ……私をマリアベルと知ってなおそう問いかけるってことは…………なるほど、なるほど。素晴らしい洞察力だわ」

「答えて! あなたは、どうして…………!」

「ふふ、そうねぇ。じゃあこういうのはどうかしら?」

 

 マリアベルが笑いながらネックレスに手をかける。アイズには、それが待機状態のISだとすぐにわかった。

 嫌な汗が頬を滴り落ち、さらに緊張を高めながらアイズは剣を握り締める。

 

 

 

「私に勝てば、答えてあげるわ。――――あの子と会う前に、まずはあなたが私と遊んでくれるかしら?」

 

 

 

 




ついにラスボスのマリアベルさんが参戦。まさかの初戦がアイズ戦に。次回からセシリアも参戦します。この二人の邂逅までに100話以上を費やしていることにびっくりしながらようやくここまで来たなぁと思います。
ここからセシリアとマリアベルの因縁の戦いへ……なるのかも?

マリアベルさんはとにかく理不尽なほどにチートなラスボスにするつもりです。能力もそうですが、なにを考えているのか理解の及ばない怖さを描けたらいいなと思います。もちろんマリアベルさんの内心も最後にはちゃんと描くのでご安心を。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。