双星の雫   作:千両花火

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Act.92 「脱兎再会」

 アイズ達がIS学園を退学する当日。

 

 ラウラはひとり、とある人物のもとを訪れていた。退学するにあたり盛大な送別会を開催してもらい、送られる立場となったラウラもこれまでお世話になった級友たちに別れの挨拶をして回っていたが、最後に訪れたのが彼女――――織斑千冬であった。千冬は普段ではお目にかかれない穏やかな表情でラウラを迎え入れた。

 

「織斑先生! 今まで多大な迷惑をおかけしたこと、申し訳ありません! そしてそれ以上の多くの便宜を図っていただき、ありがとうございました!」

「そう堅苦しい挨拶などいらんというのに……。それに、私ももうおまえの先生ではなくなるしな」

「いえ、私にとってはいつまでも目標であった教官、そして尊敬する先生です!」

「そう、か。お前にそう言われると、私も肩の荷が下りる思いだ」

 

 千冬はコーヒーを一口だけ飲むと、昔を思い出すように少し遠い目をしながらラウラを見つめる。そんな千冬を不思議そうにラウラが見つめ返した。

 

「私はな、お前に申し訳なく思っていた」

「そ、それはなぜですか?」

「ドイツ軍にいたとき、私は確かにお前を教育したが、それは戦い方だけしか教えられなかった。軍人を相手にしているのだから当然かもしれないが、あとで思ったよ。お前は、部下のようにではなく、娘のように接するべきだった、とな」

 

 まぁ独身の私が言うのもおかしいがな、と自嘲しながら呟く千冬を驚いたようにラウラが見返した。

 確かに当時、千冬は教官と呼ぶにふさわしいほどに厳しく隊員たちを鍛え上げた。それが求められていたことだったし、あくまで臨時講師としての立場だったことから必要以上にプライベートに踏み込むようなことは避けていた。

 そんな中で出会ったのがラウラだった。ひときわ目立つラウラの銀色の髪は千冬も強い印象を持っていたし、当時のラウラは不適合とされたヴォーダン・オージェに苦しみ、戦う術も意義も見失っていたためによく相談にものっていた。千冬はそんなラウラに戦闘の技術や心構えを叩き込んだ。それがラウラを立ち直らせることに繋がると思ったからだ。

 あとになってラウラのその金色に変色した瞳は制御できないほどに高い適合をした真のヴォーダン・オージェであると判明するわけだが、制御不可というだけで失敗作の烙印を押された当時はそんなことがわかるはずもなかった。

 結果、ラウラは自信を取り戻したが力に傾倒し、それを正す前に千冬が日本へと戻ることとなる。

 

「そして久しぶりに会って、おまえはああだったからな」

「それは、私も思い返すだけで恥ずかしいですが……」

 

 力が全て。そんな思考に近かったのだ。そんなことでは集団生活に馴染むこともできずに、ラウラは孤立していった。いくら軍隊での生活しか知らないとはいえ、ここまで協調性が出せないことは問題過ぎた。

 事実として、国家代表候補生という立場ながらセシリア、鈴という他国の候補生に喧嘩をふっかけたという前科もある。今にして思えば丸く収まったことが不思議なほどの暴挙であった。その後も多くの問題行動を起こしたが、タッグトーナメントの一件以来ラウラは大きく変わることになった。

 

「それでも、今のおまえを見ていると安心できる。いい姉を持ったな」

「………はい。姉様に出会えたことは、私にとっての二度目の運命だったと思います」

 

 落ちこぼれとしてくすぶっていたラウラを立ち上がらせ、戦う術を与えた千冬との出会い。そして、ラウラを受け入れ、肯定してくれたアイズとの出会い。この二つの出会いがなければ、今のラウラ・ボーデヴィッヒはいなかったとはっきり言える。ラウラは誇らしげに頷いていた。

 事実、それほどまでにラウラはこの二つが転機となって変わっていったのだから。

 

「織斑先生………聞いて欲しいことがあります」

「どうした?」

「これは本来トップシークレット………口外できない類の、私の出生に関することです」

 

 そしてラウラは告げる。

 これまでに知った、ラウラという存在が生み出された本当の理由。この瞳を宿す人間を量産するための試作品であり、大きな壁として立ちはだかる亡国機業にとってはただのシールの劣化量産型でしかないこと。

 そして詳しくは自身以外のことにも触れるためにぼかしたが、結果的にラウラが姉と慕うアイズの人生という犠牲の上に生み出されたものであること。

 呪いのように、いまなお縛られるこの瞳によって、これから先も戦い続けなければならないだろうということ。

 

 これは、この金色の瞳は、落ちこぼれの証ではなかった。自身と姉を繋いだ絆であり、敵対しているこの瞳を持つ残りの二人と戦う運命の象徴。

 

 そう、まさに運命が具現化したように、ラウラの人生は未だこの魔眼に絡め取られている。

 

「それでも、今の私に迷いはありません。私は、貴方から教えられた力で、大切なものを守ります」

 

 それが今のラウラの決意であり、誓いだった。そんな決意を表明するラウラを、千冬もどこか嬉しそうに見ていた。力が欲しいと思いながらも、それは決して独りよがりではない。そんなラウラの成長が嬉しかった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「っ、ハッ!」

「私が教えることはもうなにもない。卒業だ、ラウラ。おまえが、おまえの守りたいものを最後まで守れることを、祈っている」

「あ、ありがとうございます! これまで御恩は決して忘れません!」

 

 千冬に最後の敬礼をするラウラ。これからは千冬はラウラにとって教官や先生でもなくなる。尊敬することに変わりはないが、おそらくはまた新しい形として関係を築いていくことになるだろう。

 

「さて、………教えることはない、とは言ったが、最後にアドバイスだ」

「はい」

「もし、困難があったときには、誰かに頼れ。アイズでも、セシリアでも、カレイドマテリアル社でも、私でもいい。一人で抱えずに、誰かに頼れること。それは、弱さではない」

「…………はい!」

 

 強さ。弱さ。

 そうした“力”というものに迷い、翻弄されてきたラウラはしかし今、確かな信念をもってそれを追い求めていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「―――――ゃん、ラウラちゃん?」

「……っ! は、はい」

「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」

「大丈夫です。すみません」

 

 隣を飛ぶアイズから声をかけられ、ラウラの意識がはっきりと戻る。

 既に夜も深くなり、空には妖しく月が輝いている。まるでなにかを予感させるような満月の下でラウラはアイズと共に目的地へと急いでいた。ISでハイパーセンサーがなければまともに周囲の把握もできないほど入り組んだ森林地帯を低空飛行で進むのはオーバー・ザ・クラウドと装甲色を闇色に変えたレッドティアーズtype-Ⅲであった。アイズといえば赤というイメージが強くあったために、闇のような鎧を身にまとうアイズの姿は違和感があることは拭えない。

 夜間迷彩を目的とした変色をしているために、束からは「これじゃブラックティアーズだね」などとも言われている。もともと目立つ赤い装甲色はセシリアのブルーティアーズの青と並んでシンボルとしての意味合いがあったために視覚効果を狙った配色だった。逆に、ラウラのオーバー・ザ・クラウドは先行試作型というように、ただただ機能を積み込んだ試作機ゆえにシンプルな黒を基調としている。

 夜の迷彩を施された中で、エネルギーの残滓と二人の瞳だけが輝きを放っている。

 

「姉様」

「ん?」

「ごめんなさい、姉様。私のわがままに……」

 

 ラウラはもう何度目かにもなる感謝と謝罪を口にする。

 今回のことは完全にラウラの事情で、カレイドマテリアル社が関わる理由はなかった。それでも力を貸してくれたアイズたち、そしてイリーナには本当に感謝しかなかった。

 

「ラウラちゃんの仲間なら、ボクにとっても他人じゃないよ」

「姉様……」

「それに、ボクはラウラちゃんのおねえちゃんだよ? もっと甘えて欲しいな」

「ありがとう、ございます」

 

 ラウラがかつて隊長を務めていた部隊シュバルツェ・ハーゼからの救援要請。詳しい事情は今もイリーナや束が調査してくれているが、急がなくては全滅するというほど切迫した状況の中、ラウラはひとり辞表を出す覚悟で救援に向かおうとした。クラリッサからの暗号通信は途絶え、得られた情報から推測するに部隊は国境付近の森林地帯を逃走中らしい。

 急がねばクラリッサたちが危険だと思ったときにはラウラは一人で飛び出そうとした。それを食い止めたのはアイズだった。迷惑はかけないから行かせてくれと懇願するラウラに、アイズはただ一言だけ返した。

 

 一緒に行こう、―――と。

 

 ほとんど事後承諾のようなものでアイズはラウラを連れて飛び出した。その際には束の協力もあり、今回の装甲色の変化や新装備などの支援も受けることができた。

 実はこの時、イリーナの判断としては見捨てるのも止むなしとしながら、できれば確保しておきたいという考えがあった。だから最終的にアイズ、ラウラ、束の三人による独断専行を許した。デメリットも大きいが、ドイツ軍から抜けてきた部隊というのは貴重な情報源だ。ドイツは亡国機業の影響力が強い国であり、そのために内部状況がなかなか把握しづらい国だ。そういう事情があったから、ラウラもドイツ軍に所属していたという理由がある。ただの傀儡の軍隊とはいえ、そこに所属していた人間は確保しておいて損はない。無論、ドイツと事を構える理由にもなるがそれをチャラにするくらいの手は持っている。

 最後には「ラウちんは私の妹分のアイちゃんの妹、つまり身内だよ? わかってるね?」という束の半分以上が脅しの言葉がダメ押しとなり、カレイドマテリアル社は全面的に今回の救出を支援することになった。

 そのための条件は出されたが、今はとにかくシュバルツェ・ハーゼを確保することが最優先だ。そのための支援を取り付けてくれたアイズや束には感謝してもしきれない。

 

 頼ることは弱さではない。かつて千冬に言われた言葉の意味を、ラウラは確かに感じていた。

 

「………ん、キョウくんが来たね」

 

 別ルートから進行していた京がやってくる。京のISである特化型フォクシィギアも夜間迷彩色に変えられており、さらにステルス装備もしていることから完全に闇に溶け込んでいるがアイズの目はなんなくそんな京の姿を把握する。

 京はいつもの無邪気そうな笑顔ではなく、少しだけ困ったような笑みを浮かべながらアイズたちと合流する。

 

「そっちはどう?」

「ダメですね、それらしい影はありませんでした」

「と、なるとやっぱこの先が可能性が高い、か」

「深入りすると渓谷部に突き当たります。崖や流れの早い川がありますから、逃走ルートとしては危険なんですが」

「ん……でも、切羽詰ってたらルートなんて決められないだろうし、もしくはそういう危険地帯にまで追い込まれているか……ラウラちゃん、通信はないの?」

「いえ、それがまったく……」

「そっか、でも、それならもしかしたら………むっ?」

 

 アイズがその一瞬のノイズを感じ取って周囲に視線を巡らせる。特に変わったところはないが、それでもこの感覚は間違いない。少し遅れてラウラと京もそれに気付いた。

 

「ジャミング?」

「通常通信が妨害されています。僕たちの機体には無意味ですが」

 

 三人が侵入したのはジャミングフィールドであった。通信やレーダー索敵を妨害する電子、電波を遮断する力場を形成する特殊兵器だ。もっとも、三人の機体は量子通信機搭載型なので通信を阻害されることはない。ハイパーセンサーのレーダーに多少のノイズが入るくらいだ。この程度では行動に支障はきたさない。だが、こんな場所でジャミングがかかっているという意味は大きい。

 

「アタリだね」

「おそらくは」

 

 アイズたちは顔を見合わせながら頷く。

 ジャミングフィールドはそもそも大規模な装置とジェネレーターが必要となる。ステルス装備とはわけが違うのだ。カレイドマテリアル社でもジャミングフィールド発生装置は拠点防衛にしか使えないほど大型装置であり、かつてIS学園に侵攻した際の亡国機業が使ったこれも複数の潜水艦に搭載されていたからこそ可能としたものだ。こんな人気のない森林地帯で観測されるものではない。

 おそらくは、なにかの理由でここ一帯の通信を遮断するためのもの。

 

 例えば、そう……逃走者を閉じ込めて孤立無援にさせるためため―――。

 

「クラリッサさんとの連絡はできなかったね?」

「はい。おそらくははじめの通信後にジャミング圏内に入ったのかと……」

「むこうに量子通信機がない以上、あとは“目視”で探すしかない、か。……ラウラちゃん」

「はい」

 

 アイズとラウラがAHSシステムのバックアップを受けてヴォーダン・オージェの適合率を上昇させる。それに伴い、急速に視野が広がり、夜の森の中にも関わらずに詳細な情報を獲得していく。ハイパーセンサーよりも遥かに高い情報収集力を持つ魔眼がその力を表すように満月のように輝きを増していく。ナノマシンの活性のための余剰エネルギーによる発光現象であるが、知らない者がみればまさに魔性としかいえない瞳だろう。

 

「キョウくん、後ろの警戒をお願いね」

「任せてください」

 

 全周警戒から前方への集中索敵へと移行する。この魔眼の前にはジャミングなど無意味だ。二人は広範囲から徐々に索敵範囲を絞っていき、どんどん奥深くへと進んでいく。そんな二人を補佐しながら京が後方を警戒しつつ追随していく。 

 後続として、セシリアたちも来る手筈となっているが、厳しいことには変わりない。大前提として、先行したラウラとアイズ、そして京の三人がシュバルツェ・ハーゼを捕捉しなければ救出など不可能なのだ。

 しかし、こんな燃費の大きいジャミングフィールドを展開し続けている以上、どうやら状況はそう余裕があるわけではないようだ。

 三人はわずかに焦りを見せながらも、それでも慎重に、そして迅速に行動をしていく。

 

 夜の森という視界の悪い場所でも、そのアイズとラウラのもつ瞳はその超常的な力で深部にまで深く解析していく。わずかな異変も見逃さないと気合を入れた二人の索敵は言葉ひとつ出さずに集中して行われていった。

 

「……ん?」

 

 そうしておよそ五分、アイズとラウラが同時に異変に気付いた。

 

「閃光?」

「それに機影……挙動からおそらくは無人機」

 

 まだ距離があるが、視界に映りこんだそのわずかな光と影を見逃さなかった。その方向へと意識を向けると、今度は銃撃音も聞こえてくる。音よりも視覚情報を先に得た二人はその銃撃音の意味もすぐに察する。

 

 

 既に接敵している。このままではまずい。そう判断したアイズは、同じ判断をしたであろうラウラに向かって叫ぶ。

 

「ラウラちゃん!」

「はい、先行します!」

 

 機体の出力を上げ、オーバー・ザ・クラウドの全身にめぐらされたエネルギーラインが青白く発光する。そして次の瞬間、まるで消えたと錯覚するほどの速さで加速する。初動からすでに常識外の速さを見せつける世界最速の機体。その看板に偽りナシと証明するように、オーバー・ザ・クラウドが流星のように夜の闇を切り裂いて飛翔した。

 

 そして残るアイズと京もまた、速度を上げてラウラを追っていく。戦闘は避けられないとして、既に二人はブレードを展開して戦闘態勢をとっていた。

 

「相変わらず速いですね……!」

「ラウラちゃん、また速くなったなぁ。キョウくん、急ぐよ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「くっ……! ここまで執拗に追ってくるとは……!」

 

 複数の無人機と戦っているのは一機のフォクシィギアだった。ドイツ軍が解析のためにと裏ルートから手に入れた機体であり、装備は標準的な高機動型だ。ゆえに高い機動性を持つが火力は並。攪乱することでなんとか状況を保っているが、撃破するには火力不足。結果的に敵の数が増えることはあっても減ることのない嬲り殺しのような有様になっている。

 そんな絶望的な状況で戦い続けている女性の名はクラリッサ・ハルフォール。ドイツ軍に所属していたIS特殊部隊【シュバルツェ・ハーゼ】の隊長代理を務める女性だった。

 

 しかし、それは既に過去のことだった。今の彼女は、そしてシュバルツェ・ハーゼは今や味方であったはずのドイツ軍から追われる身となっていた。

 

「アーデルハイト! 速度を上げろ!」

 

 彼女の背には同じシュバルツェ・ハーゼの隊員たちを乗せた大型のジープが走っていた。悪路を走るにはスピードが出すぎていたが、命のかかった逃走ならばそれも当然だった。ハンドルを握る隊員のアーデルハイトが必死に車体をコントロールしていた。しかし、すでに余裕などあるはずもなかった。通信で既に限界だというアーデルハイトの悲鳴のような声が伝えられる。

 

『これ以、…………限か、……!』

 

 ジャミングの影響でそれほど離れていない距離にも関わらずに通信にノイズが混ざる。夜の闇の中を走るだけでも危険なのに、追撃されているのであればそのプレッシャーは相当なものだろう。逃走の際、たった一機だけ持ち出したこのフォクシィギアだけで追撃をシャットアウトすることは所詮は不可能なことだった。しかし、それ以上にここまでなりふり構わずに排除しようとしてくることも想定外だった。だが、ここまで徹底的ならやはり脱走して正解だった。もし残っていれば今頃隊員全て皆殺しにされていたかもしれない。

 クラリッサの持っていた専用機も没収され、すでにIS特殊部隊という看板すら飾りとなった。そんなクラリッサたちをどうして排除しようとするのか、それはまだわからなかったが、それでも上層部の不穏な気配を察知して軍規に反するとわかっていながら、内情を調べた。

 

 その結果が、シュバルツェ・ハーゼの壊滅計画であった。

 

「くそっ……!」

 

 ライフルを射ちながら悪あがきのような反抗を続ける。ここ一帯はすでに通信妨害領域となっており、追っている無人機の数も十やそこらでは収まらない。どうあってもここで部隊を全滅させる気なのだと嫌でもわかってしまう。

 逃走の際に、なんとかかつての部隊長であるラウラへ救援のメールを送ったが、果たしてそれが届いたかも怪しい。ラウラ個人宛に送る余裕はなかったため、危険を覚悟でカレイドマテリアル社の軌道エレベーター建設への参入を募る本社宛に通信を試みた。巨大なプロジェクトで多くの企業契約と関わることからセキュリティレベルはかなり高い。個人端末宛に送るよりは逆探知もされにくい。可能性は高くないが、これに縋るしかなかった。

 

 しかし、それももう限界だった。

 

「ぐっ、う……!」

 

 数に物を言わせた弾幕にクラリッサのフォクシィギアのシールドエネルギーもじわじわと削られている。撤退しなければ撃破されるほどに追い詰められているが、後ろにいる隊員たちの存在がそれを許さない。ISを駆る自分だけが唯一の対抗手段だ。

 

 

 

 

 ――――こうなったら、私が引きつけているあいだに逃がすしかない。……他の隊員たちだけは、せめて……!

 

 

 

 クラリッサは怒鳴るように先を行く隊員たちの乗るジープに指示を送る。

 

「アーデルハイト! なにがあってもこのまま止まらずに進め! マルグリッド! なにかあればお前が指揮を取れ!」

『おね……さま! な……を!?』

 

 クラリッサは自爆覚悟の特攻をしようと覚悟を決める。一機でも多く巻き込めばその分他の隊員たちが逃げる可能性が上がる。こんな事態になってしまったが、それでも隊長から預かった部隊をこんなところで失くすわけにはいかなかった。

 

「すみません、隊長……、あとは、よろしくお願いします……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣き言を言うなクラリッサ! ここで死ぬことなど絶対に許さんぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 突然浴びせられた叱咤にクラリッサが驚愕する。目を大きく見開きながら、いきなりのことに身体が硬直する。

 

「えっ……!?」

「そこから離脱しろ!」

「は、はい!」

 

 まだ理解が追いついていない頭で、しかしその声に反射的に従った。

 防御体制を取りつつ高度を落として下がると、そんなクラリッサを追撃しようとした無人機の一体が目の前で四分割にされた。閃光が走ったかと思えば無人機が切り刻まれ、ただの鉄塊となって手足が落とされていき、最後には爆発四散する。見えるのは青白いバーニア炎と思しき残滓だけだ。

 さらに続けて次々に無人機が切り刻まれていく様子はまるで見えない死神が次々に無人機を刈り取って行くようだった。

 

 そんな想像もできない光景をクラリッサはただ呆然と見つめていた。

 

 十機はいた無人機はあっという間にその数を半分にまで減らし、警戒するように距離を取っていき、撤退していく。それを確認した後に、介入してきたその襲撃者がクラリッサの前へとその姿を現した。

 黒い装甲に走る青白いライン。まるで蝶の羽のように広がるバーニア炎を噴かせて滞空する未知のIS。両手には無人機を刻んだであろうナイフが握られている。

 それを纏うのは、銀色の髪をなびかせ、幼い顔立ちながら凛々しい表情を浮かべたかつて部隊を率いていた少女であった。いつも眼帯をして隠していた左目は金色に輝いており、その赤と金のオッドアイがクラリッサを見つめていた。

 

「しっかりしろ。隊を預かる者が、簡単に諦めるな。最後の瞬間まで希望を捨てることは許さん」

「た、隊長……?」

「もう私は隊長ではないぞ。今の隊長はおまえだろう、クラリッサ」

 

 クラリッサはしばらく顔を合わせていなかったラウラの表情の柔らかさに目を見張った。ドイツ軍にいたとき、ラウラはこんな風に相手を安心させるような笑みを浮かべることなどなかった。

 どちらかといえば冷淡な人物だったのに、今目の前で語りかけてくるラウラはかつての姿が信じられないほどに穏やかだった。

 

「よく隊の皆を守った。そしてよく私に知らせてくれた」

「隊長……!」

「だから隊長ではない。今の私はシュバルツェ・ハーゼ隊長でもドイツ軍人でもない。ただのラウラとして、……クラリッサ、友であるおまえたちを助けに来たぞ」

 

 もう一度笑いかけてラウラは再び表情を引き締める。ここまでの追撃をした連中がこれで終わることなど有り得ない。またすぐにでも追撃が来るだろう。それを悟ったクラリッサもまた体勢を立て直してラウラの隣へと並ぶ。

 

「カレイドマテリアル社の支援も取り付けてきた。すぐに援軍も来る。それまでもう少し頑張ってもらうぞ」

「はい。指揮下に入ります!」

「いいのか? もう私は……」

「私も、もうドイツ軍人ではありません。ただのクラリッサです。私も貴方と一緒に戦わせてください!」

「ならばクラリッサ、このまま追撃を振り切るぞ! 私について来い!」

「はいっ! どこまでもッ!」

 

 

 自分たちの危機に、ラウラが戻ってきてくれた。

 

 その事実に嬉しさを隠すこともせずに、クラリッサが大きく声を張り上げた。

 

 

 




第一陣とクラリッサさんたちが合流。こっからが正念場です。いろいろ謀略がありそうですが、そのあたりのネタバレはセシリアたちの合流後になります。

ラウラさんマジヒーローな回でした。かっこいいヒロインは大好きなのでもっともっとヒロインたちのかっこいい姿を描いていきたいです。

次回からは本格的な戦闘開始です。

はたしてこの事態を演出したのは誰なのか!?


マリアベル「もちろんそれも私だ☆」


おう、ネタバレを言ってしまった。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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