双星の雫   作:千両花火

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Act.91 「掬うもの、こぼれるもの」

「入ってよかったわ。ここは退屈しないわね」

 

 汗を拭いながら鈴は満面の笑みを浮かべていた。

 その周辺には倒れ伏せているセプテントリオンのメンバーたち。その中にはラウラも混ざっている。たった今、鈴によって完膚無きまでに生身での格闘戦で叩きのめされた者たちだった。

 彼らを倒した鈴は、未だに余裕をもって君臨している。基礎体力や持久力は鍛えられているはずのセプテントリオンの面々をも超越している証であった。

 

「……部隊内ランキングが塗り替えられたな。格闘ランク、入隊即一位……さすがだな」

 

 身体を起こしながらラウラが苦笑しながら鈴を称える。まんざらでもないように鈴はケラケラ笑いながらすがすがしいまでのドヤ顔をしてみせる。

 

「ま、他はまだまだだけどね。あたしって基本、吶喊が主戦法だから」

「それでも鈴のようなインファイターはこの部隊では貴重だ。まぁ、近接特化型はそろって問題児と見られているが」

「アイズも?」

「姉様は素敵で最高の人だが、……無茶な行動は一番多い」

 

 慕いながらも、姉の悪癖をどうにかしたいと思っているラウラ。なにかあればすぐに進んで無茶をしでかすのがアイズの悪いところだ。それはセシリアや束からも散々言われていることで、ラウラにはしっかりストッパーになってほしいと言われているくらいだ。

 そして近接特化タイプのリタと京。基本的にマイペースで、独自の価値観を持ち、連携より単独で暴れさせたほうが高い戦果を上げる使いにくい人間である。そしてどうやら鈴もこうしたタイプに分類されるだろう。

 それでも性格に反して頭のいい鈴は冷静な戦況判断ができる分、前線指揮を任されているアレッタも少し安心していたようだ。もっとも、キレたら暴走する危険性も高いのでやはり問題児扱いである。

 そんな鈴がふと視線を訓練場に設置されているモニターに目を向ける。

 

「……もうじき二週間か。たったそれだけでも世界は変わるものね」

「大筋、こちらの予想範囲内に推移しているそうだ。まぁ、こんな世界の変遷を予測し、操っているような人間の頭の中など想像外だが」

「まさに暴君、ね。世界の事情なんてお構いなしだもの。ま、あたしは嫌いじゃないけど」

 

 そう、世界は今、まさに激動に包まれていた。

 これまで活躍の場すら与えられなかった男性たちが、精力的に動き出したのだ。その多くはカレイドマテリアル社が推進する軌道エレベーター建設に従事したいと希望しており、その他にも軍から追い出されたかつての軍人といった人間も警備隊への入隊を望み、本社のあるイギリスへと集まってきていた。

 多くの中小企業がカレイドマテリアル社の傘下へと入り、世界規模での巨大プロジェクトへと発展していた。

 この人的資源の集中を危険視する声もあるが、イリーナが作り上げたこの情勢は止められなかった。イリーナは、反対勢力を潰すのではなく、懐柔することでそのリスクを減らしていたのだ。【オリハルコン】とすら言われる未知の合金といった、確実な成果を与えることで反対意見を封殺するほどの利益を与えたのだ。これで企業としての邪魔は消える。明確な利益を提示すれば、利益を追求する企業は反対などしなくなる。

 あとは先進国家からの反対意見も当然生まれるが、そのためにあらかじめ新型コアを発表し、アラスカ条約の破棄を行うことで袂を分けていたのだ。つまり、協力関係にはない、同盟相手でもないと明確に立場を示していたことで外野の戯言だと切って捨てるのだ。

 新型コアの発表を軌道エレベーター建設の発表と重ねず、半年以上もの間を空けたのはそのためだ。これでカレイドマテリアル社は世界から孤立すると同時に多くの協力者を得るという、孤高といえる立場を手に入れた。

 国際情勢を灰色の立場で歩きつつも、経済において絶対的な頂点に君臨する。そして企業が持つには過剰すぎるほどのISも、それは戦闘用ではなく、建築用。ISに関係する法が未だ曖昧である今だからこそ通用する策だ。いくら建築用ISとはいえ、それは簡単に人を殺せるほどの力は有している。その保有条件の制定などはいずれ決められるだろうが、少なくとも一年やそこらでできるような案件ではない。ならばその間に軌道エレベーターを作ってしまえば、もう誰もカレイドマテリアル社に敵対できなくなる。その意味すらなくなる。

 

 イリーナの予測でも、軌道エレベーターを作りきってしまえば表立っての反抗は消える。独占はしないと既に明言しているように、イリーナは建築後もその利益は世界に分配すると決めている。技術の独占は、行き過ぎれば敵を作り、自らの破滅を招くと知っているからだ。

 だから、ここさえ乗り切れば大きな山は超える。あとの懸念は、テロ行為や思想による反対勢力くらいだ。少なくとも、国が軍を使って敵対するようなことにはなるまい。

 

 しかし、逆を言えば、今のこの情勢はそういったリスクを抱えていることにほかならない。

 

 軌道エレベーターも、宇宙ステーションも、制空権を確保し軍事的支配をするため、などという名目で軍隊の破壊対象になる危険性も少なからず存在する。

 イリーナの手腕でも、そうした直接的な侵攻が起きてしまえば防ぐことはできない。

 だから、そうした緊急時の対抗戦力として作られたのがセプテントリオンだった。束がもてる技術のすべてをつぎ込んで作られた最新鋭の機体と武装、はじめからISによる部隊戦を想定にいれた育成、そして今なお、抑止力として存在するための圧倒的な戦闘能力。それらすべてを担うのがこの部隊の役目だった。

 

 そして、一週間前に宇宙から戻ってきたアイズたちと合流し、IS学園へ出向しているレオンたちを除くメンバーすべてが揃った中であらためてそれを認識させられた。新人である鈴も、あらためて自分がとんでもない部隊に入ったことを思い知ったほどだ。

 それで気後れするのではなく、戦意が高揚するのはさすが虎の子だということだろう。

 

「久々にアイズともやりたいわねぇ、あの子は?」

「姉様はセシリアと出かけている」

「ああ、二人ともオフだっけ?」

「半年近く会っていなかったからな。姉様もかなり寂しそうだったし、今日くらいは羽を伸ばしてもらおう」

「あんたはいいの?」

「……? なにがだ?」

「アイズを独り占めしているセシリアに嫉妬とかしないの?」

「む。私の姉様への愛は絶対だ。それはなによりも姉様の幸せを優先する」

「できた妹ねぇ」

 

 しかし、鈴は宇宙から帰還したアイズが鈴の目の前で早々にセシリアと熱い抱擁をしていた姿を見てラウラが複雑そうな顔をしていたことを覚えていた。おそらく鈴から見ても別格だとわかるほどの特別であるセシリアを羨む感情を無自覚ではあるが持っているのだろう。それを見苦しいとは思わない。むしろ正しい感情だろう。

 それでも一歩引いたところから見ている鈴にはわかる。アイズにとって、その誰もが特別なのだろう。セシリアも、ラウラも、簪も、そしておそらくは鈴もアイズにとっては唯一無二の特別なのだろう。その特別の形が違うだけで、そこに上下はないはずだ。観察眼に優れた鈴がそう判断するほど、アイズの愛は分け隔てなく、それでも誰かにとっての特別である。むしろアイズは好き嫌いをはっきりするタイプだが、一度好意をもてばそれを素直にすくすくと育てるのがアイズである。

 本当に無垢な好意を当然のように向けてくる子だ。だからこそ、アイズはあんなにも好かれているのだろう。

 

「あの子は女泣かせだけどね」

「そこは否定できんな」

「にひひ、やっぱここは退屈しなくていいわねぇ。みんな強いし、面白いし」

「鈴ももう十分ここに染まっているぞ」

 

 ケラケラ笑いながらも、二人は再び構えをとって対峙する。会話はあくまで体力回復の時間つぶしだ。鈴は大きく腰を落として両手を前後に広げた構えを取り、ラウラは両腕を顔の前へと掲げ、防御を固めながら腰を落とす。

 呼吸でリズムを取るラウラに対し、鈴は一足で間合いを詰めて掌打を突き出した。

 

「撥ッ!」

「っぃ……!」

 

 掌打から水面蹴り、蹴り上げ、踵落としと流れるような連撃を放つ鈴に対し、ラウラはそれらをなんとか捌く。時折拳を突き出して反撃を試みるが、鈴は首を捻るだけであっさりと回避する。

 

「でも、これで…っ、IS学園もなんとかなり、そうじゃない……!?」

 

 激しく動きながら鈴が話しかける。鈴ほど余裕のないラウラも、短くそれに応えた。

 

「そう、だなっ。これも、予定通り、だがなっ」

「いやいや、あれはもう脱帽だよっ! どっから計算していたのかしら、ねっ」

 

 鈴もラウラも、イリーナには畏怖の念を抱かざるを得ない。

 イリーナのやることには本当に無駄がなく、まるで世界の流れそのものが彼女に味方しているかのようにその慧眼には一点の曇りすらないかのようだった。

 

 軌道エレベーターの建設にあたり、スターゲイザーやオービットベースも注目を浴びたが、それ以上にイリーナがした大規模な雇用が注目されていた。すでに破壊されつつある、女性重視をまったくなくした完全な実力主義での人材確保。戦闘用ではなく、工作用としてのIS運用を目的としたこれまでにない技術職を作り出したに等しい。

 ISによる技術者。それは予想以上に大きな可能性を秘めている。今回の軌道エレベーターのように、これまで活動が難しかった環境下でも安定した作業を可能とするISの使用方法は宇宙だけでなく、深海や火山など未開の場所や災害現場での活動も視野に入れられている。

 新型コア搭載機がこれから先、さらに量産されることを考えればこれは次世代を象徴するような職種となるだろう。

 なにより軍事利用ではない、民間での使用を目的としたものであることが大きい。確かに時代の最先端は軍事において発展することは否定できない。しかし、それは決して万民受けするものではない。戦いに関わらない一般人からすれば、普通なら手が出せない軍事兵器より民間で手の届くものである新型機の存在はずっと身近に感じられるだろう。

 

 イリーナも、束も、それがわかっていた。

 

 ISによる世界革新を行うためには、男女共用の新型コアだけではダメだ、と。

 

 誰もが手の届くものでなければ、世界のすべてには浸透しない。これまでの世界のように、一部の選ばれた人間だけが扱えるような代物ではダメなのだ。誰もが、ISを使い、そこに可能性を見いだせるようにしなければそれは世界を揺らせても変えることはできない。

 宇宙へと出るためには、それを認めさせるには、世界のすべてのISの恩恵を授けなければ認められない。今はまだ無理でも、近い未来にそれを為す可能性を見せる必要がある。

 

 それが、プロジェクト・バベルメイカーのもうひとつの目的だった。

 

 

「社長は、はじめから、計算、していただろう、さっ」

「でしょうね、それでもこんな革命を実行できるのは、もう人間じゃないみたいよ。きっと遠い未来ではあの人は英雄か、大悪党かしら、ねぇっ!!」

 

 防御の上からでもお構いなしに叩きつけられた右のハイキックにラウラがたまらず尻餅をつくという無様を見せてしまう。互いに小柄であるがゆえに打撃に重みが足りないが、鈴は重心移動と遠心力を駆使することでラウラやアイズにはない破壊力を生み出している。

 

「ちぃっ……!」

「ふふん」

 

 余裕なのか、鈴は追撃せずにラウラが立ち上がるのを待っている。文字通りのただの試合だからそれで正解なのだが、やはり舐められているようでラウラも顔をしかめつつも立ち上がる。しかし、腕の痺れが取れていない。

 腕の回復を図りつつ、再び会話を続行する。

 

「だが、これでIS学園存続も可能性が出た」

「IS学園が必要だっていう理由が納得できたわ。たしかにこの状況なら教育機関は必須だし、IS学園ならその条件のほとんどを満たしてるってわけね」

「姉様たちが入学したことも、そのための布石だろう」

「ま、IS学園側としては生き残るにはそれしかないってのが本音でしょ? 他の選択肢がない以上、あの暴君の提案を呑むしかないわけだ。うわ、えげつないわね~」

「逃げ道をなくした上で取り込む。確かに、まさに暴君の手腕だな」

 

 イリーナのしたIS学園への要請。それはIS学園そのものを技術者用となる新たな規格のISの操作方法を教える教育機関とすること。これまで適正ランクと試験で入学を許可していたラインを、適正ランクを除外し、新規格のIS操作の習熟するための専門クラスを設ける。そしてこれから先、大いに希望者を増やすと予測される技術者のためのISを学ぶことができる唯一の機関。

 それをIS学園に担わそうとしたのだ。

 当然、リスクもコストも莫大なものとなるが、そのほとんどをカレイドマテリアル社が支援するとも発表している。

 

 ―――そう、発表したのだ。世界が見る中で、堂々とIS学園に要請したのだ。

 

 これにより、IS技術者を希望する人間からIS学園への期待は高まっていく。それはやがて世論となり、そして大きな流れとしてIS学園を呑み込んでいくだろう。これを拒否すれば、ますますIS学園の立場が悪くなる。不要論が加速することも十分に有り得る。

 つまり、はじめから逃げ道はない。問題となるとすれば、IS学園が国際機関であるがゆえに、この要請を受け入れたら新型コア不支持派の国からの援助が切られるだろうということだが、カレイドマテリアル社が後ろ盾になることでおおよそは解決できることだ。

 IS学園側として最新鋭機を持ち、それらを教導する側となることは名誉なことだ。そして、多大なメリットに反し、デメリットは恐ろしく少ない。そういうふうにイリーナが仕組んだのだ。これで受け入れないことなどありえない、と言えるほどに外堀を埋めていた。

 

 だが、それは同時にIS学園がカレイドマテリアル社に吸収されるようなものだった。だが、それはまずい。そこまで独占してしまえば反発のほうが大きくなる。その按配も理解しているイリーナはあくまで要請、委託という形を取った。そのための契約として、はじめの数年はある程度の技術供与などを行うが、いずれは最低条件さえクリアすればIS学園独自に活動してもらうつもりだ。そしてそこで与えた技術は自然と世界中へと少しづつ拡散していくだろう。

 そのころには、カレイドマテリアル社も、IS学園も世界に必須の存在として完全に定着しているだろう。

 

 そうしたメリットを余さず示した。不安要素を限りなくなくすことで、反抗すらさせない。暴君は、反抗を無視するでも押さえ付けるでもない。反抗すら、させない。それが真の暴君の手腕なのだ。

 

 

 

「このぶんなら、一夏たちとの再会も近いかしらね」

「いずれは共闘することもあるだろう」

「楽しみね。………さ、もう回復はいいかしら?」

「やはり、わざわざ待っていたか。礼は言わんぞ!」

 

 今度は一転してラウラから攻め立てる。打撃とローキックを軸に鈴の防御を崩そうとする。

 しかし、やはり凰鈴音。今のラウラでも、彼女の鉄壁の守りを抜くことは至難だった。

 

「せぇいッ!」

「なにっ……!?」

 

 鈴が突如としてカウンターを放つ。身体の柔らかさを活かした鈴の背面蹴りを受けてラウラが体勢を崩してしまう。足をもつれさせ、なんとか体勢を持ち直したときにはすでに鈴の拳がラウラの腹へと添えられていた。本気ならここで浸透勁の直撃を受けて内蔵に痛手を受けただろう。

 

「あたしの五連勝ね」

「……やはり、まだ勝てんな」

「いやいや、でもラウラも成長したよ。前は十合以内には倒せてたのに、ずいぶん粘られたし」

「強者の余裕にしか聞こえんな」

「あらそーお? ふふん、あたしは強いからね!」

 

 無い胸を反らせながらドヤ顔でラウラを見下ろす鈴。こういう顔だけは未だにイラっとくるが、ラウラは静かに合掌して鈴に生暖かい視線を送った。

 

「ん? なにその反応」

「こういうときは、ご愁傷様、というらしい」

「何言って………うごブフォッ!?」

 

 ゴン! ととても人体から出た音とは思えない轟音が響く。鈴は頭を押さえながら悶絶しており、そんな鈴の背後にはとある女性が仁王立ちしていた。

 

「ほーう、えらくなったもんだな、鈴音。なら私が特別にたっぷり稽古をつけてやろう」

 

 ギクリとしながら振り返るとそこにいたのは鈴の天敵であり、同時に鈴にとって最強の女性である師匠の紅雨蘭。冷や汗を流しながら鈴が雨蘭を見上げると、それはもういい笑顔で鈴を見下ろしていた。

 

「お、お師匠……!?」

「どうも少し天狗になっているようだな、ちょうどいい。ここでもう一度身の程をわからせてやろう。オラ、立て馬鹿弟子がぁッ!!」

「ひぃッ!?」

「………あの鈴が怯えている。世の中は本当に広い」

 

 ラウラにとっては鈴の師匠という認識でしかなかったが、ここ最近、もっと言えば雨蘭が講師役を担うようになってラウラも雨蘭の恐ろしさを実感していた。ISには興味がないらしいが、生身での戦闘力はまさに一騎当千。無双という言葉を体現しているような女性だ。すでにラウラの中でも畏怖の対象となっている。

 

「そこで転がってるガキども、てめらもだ。さっさと立て、それとも私が丁寧に関節極めて立たせてやろうか? 全員面倒見てやるからとっとと構えろ! 泣き言など聞かんぞ!」

 

 その剣幕に怯えるように全員が立ち上がって死に物狂いの顔付きで構える。それはさながら猛獣に追い詰められた獲物のような必死さであった。生き残るために全員が協力して目の前の猛獣を倒そうと結束する。

 

 

 

 

「さて、私の仕事はおまえらに恐怖を味あわせて鍛えること。故に…………加減はできんぞ?」

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああ、あの目はマジだ! ヤられる! やらなきゃやられる! 早く、早く構えなさい! 武器でもなんでもいい! とにかく全員でやらなきゃ殺されると思いなさい!」

「ぐ、うう、なんて威圧感と殺気……! こんな化け物が今まで一般人に紛れてたのか!?」

「本気になったお師匠はISの装甲すら素手で貫くわ! 人間と思うな! 文字通りの化け物だと思え!」

「やれやれ、愛弟子がひどい言い草だな。まぁ、……否定はしない」

「全員、突撃ィッ!! ブッ潰せェ―――ッ!!」

 

 チンピラみたいな号令をかけながら鈴が先頭となって雨蘭に対し八人がかりで襲いかかる。

 

 そして次の瞬間、五人が同時に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「本当に世界は広い………私もまだまだだな」

 

 更衣室で着替えながらラウラは今日の訓練の反省をしていた。鈴の加入はやはりいい発破材になったようだ。一部を除き合流した部隊員たちも彼女の実力はいい刺激になっている。

 

「私も強くなったとは思うが……まだまだ、遠いな」

 

 わかっていたことだが、近接格闘でも未だラウラは最強には程遠い。鈴の加入で、ますますそれが思い知らされた。

 この部隊だけでも、ラウラより強い者は多い。セシリア、アイズ、そして鈴。おそらくこの三人がセプテントリオンの三強となるだろう。そして他にもシャルロット、アレッタ、レオンといった実力者ばかり。総合的な実力ではラウラはベスト5に食い込めるかどうかといったところだろう。一芸だけならリタや京にも負ける。

 かつて、今は敬愛するアイズを「役立たず」と称していた過去の傲慢だった自分は誰にも負けないと本気で思っていた。思い返すだけで恥ずかしい記憶だ。そしてそれはまさに井の中の蛙だったことをはっきりと理解させられた。

 次々と動いていく世界の中で、その中心に近い場所にいながらも、ラウラは未だに自分自身の力を誇れずにいた。戦う理由はある。しかし、それを貫ける力があるとは思っていなかった。

 ここ半年、ずっと努力してきた。オーバー・ザ・クラウドを駆り、最速のIS乗りと言われてもその実力は未だ守りたいと思うアイズにも及ばない。

 自慢の妹だと、そう言ってくれるアイズの期待に応えたい。そのための力が欲しい。いや、違う。欲しいんじゃない。手に入れる。自らの力で、それを手にしなければダメなのだ。

 

「必ず、手に入れる。……姉様の望む世界を、姉様の夢を、その傍で」

 

 それが、今のラウラの夢だ。それをなすためなら、プライドのひとつやふたつ、捨てたっていい。そんなものがなければ自己を見失うようなら昔と変わらない。

 真摯に、愛情を注いで自身を信じてくれる人がいる。それだけで、ラウラは、ラウラとして戦える。昔にはなかった、はっきりとした明確な意思を宿し、ラウラは未来に目を向ける。

 

 未来で、戦うために。

 

 未来で、姉の傍にいるために。

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃんッ!!」

 

 突如駆け込んできたアイズが、大声で叫ぶ。いきなりのことに驚愕したラウラが慌てて振り返った。

 

「ね、姉様!? 今日は出かけていたはずでは……?」

「それどころじゃないよ!」

 

 急いでやってきたとわかるほどにアイズは息を切らし、服装も若干乱れている。本当に慌てていたのだろう。普段の生活では封印しているその両眼を開け、金色の輝きを宿したその瞳をまっすぐにラウラに向けていた。

 駆け足でラウラに近づいたアイズは、その勢いのままラウラの肩を掴む。勢いが付きすぎたせいか、そのままラウラがその体を背後のロッカーに押しやられてしまう。あまりのことに混乱しつつ、頭の片隅で最近得た知識で「これって壁ドン?」というどうでもいいことを考えてしまっていた。

 

 そんなラウラとは真逆に焦ったようなアイズが荒い呼吸のまま口を開く。

 

「落ち着いて聞いて……、今、ラウラちゃん宛の暗号通信が入ったの」

「私宛の、暗号通信……?」

 

 いったいなんだろうか。そもそもラウラ個人に宛てた、しかも暗号通信という手段で連絡を取ろうとする人間など、ほんのわずかしかいない。

 

「差出人は、クラリッサ・ハルフォーフさん」

「クラリッサが?」

 

 かつて、ラウラが所属していたドイツ軍に所属する特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の副隊長。ラウラが除隊した現在、彼女が部隊の隊長代理としていることを聞いている。かつて上司と部下という間柄だったが、今はもうそんな上下関係はない。これまでも時折メールを送り合っていたが、もちろん軍規や機密に関わるようなことは互いに避けてごくごく普通の会話しかしていなかった。

 

 そんな彼女が、いったいどうしたというのか。

 

 だが、訝しむラウラにアイズが告げた言葉が、思考を凍らせた。

 

「シュヴァルツェ・ハーゼが反逆罪で追われているって……! このままだと、おそらく全滅するって……!」

 

 

 

 




まさかの急展開。次回から戦闘パート、シュヴェルツェ・ハーゼ救出編です。ラウラ主役編、そしてこの章でセシリアがとうとうあの人と出会います。

この章ではラウラが主人公、そしてセシリアにとっての転機が訪れる重要な山場となります。アイズはそんな二人のフォロー役ですね。
アイズにはもう少しあとでまた大きな見せ場を用意しています。実は本気でのアイズvsセシリアも描く予定です。

次回からまた激しい戦闘パートです。要望、感想等お待ちしております。ではまた次回に!



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