双星の雫   作:千両花火

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Act.89 「天へ、翔ける」

「アーイちゃーん!!」

「うわぷっ! 束さん~、どうしたんですかぁ~?」

 

 アイズがスターゲイザー内の最重要区画とされる束のラボに入ると同時に、待ち構えていた束に包容された。ぎゅー、という音が聞こえてきそうなほど熱烈な抱擁にさらされ、アイズがびっくりしつつもすぐに嬉しそうに笑う。

 この二人の関係を言い表す言葉は多々存在する。師匠と弟子。姉と妹。母と娘。親友。同志。そのどれもが正しい。

 アイズにとって束はセシリアとは違った特別だ。以前にも言ったように、アイズはまるで憧れるように束に“母”というイメージを強く重ねていた。アイズの夢を肯定し、無条件で味方になってくれる、そんな束にアイズが懐くのは当然のことだった。そして同じ目線で夢を語り合うことができる稀有な存在。アイズにとっても、束にとっても唯一無二の絆が確かにあった。

 

「わぷぷっ……! た、束さん、苦しい~」

「あぁ、ごめんごめん。束さんの豊満な胸はついつい可愛いアイちゃんを埋めたくなっちゃうんだぜい?」

「ん、もう。それでどうしたんです?」

「ふふん、アイちゃんへのプレゼントがついに完成したんだよ! みてみて! どれも自信作だよ!」

「博士の新作装備ですか?」

「あ、いたんだラウちん」

「はじめからいましたけど……」

 

 苦笑しながらもラウラは興味津々というように目を輝かせている。ラウラに限らず、シャルロットももうすでに束のオーバースペックウェポンにはもう驚くという無駄な行為はするだけ無駄だと悟っており、むしろ楽しんだほうが精神上好ましいという結論に至っている。

 ハイテンションの束はアイズを後ろから抱きしめたままタブレットを操作して空間ディスプレイを表示する。

 

「まずはこれ。前に渡しそびれた対艦刀をさらにパワーアップしたよ!」

 

 表示されているのは剣というより銃のような形状をした装備だった。肘から先の腕全体を覆うような大型で、柄の部分にはトリガーもある。そして束がさらに操作すると、シュミレーション画像として刀身が展開される映像が映される。まるで光が凝縮したかのような青白く光るエネルギーブレードが伸びていき、推定十五メートル長の大型剣へと変貌した。

 

「大型無人機や対艦戦闘を目的とした大型圧縮粒子刀【シャルナク】だよ!」

「お~!」

「大出力のエネルギーブレードだから斬るというより溶解させる剣だね。最大出力なら最高で三十メートルまで伸びるよ! あとあんまり使わないかもしれないけど剣だけじゃなくて銃にもなるひとつでふたつお得な武器っさ!」

「なるほど、だからこのような形状なのですね」

「まぁ、大出力ゆえにウェポンジェネレーターを積まないと使えないって欠点はあるんだけどね。レッドティアーズの特性の機動性が落ちるから相性はよくないけど、特殊戦仕様の武器かな」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲはブルーティアーズtype-Ⅲやラファール・リヴァイブtype.R.C.と違い、大出力のエネルギー兵装を積んでいないためにウェポンジェネレーターを必要としていない。ほとんどが実体剣のため、大質量のジェネレーターの搭載による荷重負荷がない。ゆえにアイズの操縦に応えられる機動性を実現していた。特に俊敏性でいえばレッドティアーズはすべてのISでも最高峰の性能を誇る。こうした特性はラウラのオーバー・ザ・クラウドも同様だ。

 

「ま、量子変換してストレージに入れておけば普段は問題はないけどね。まだキャパシティには余裕があるし、戦術対応を視野に入れてこういうのもいるだろーしね~」

「そうですね……特に姉様は単機行動が多いから、選択肢は多い方がいいかと」

「それじゃ次だね! 今度は防御用、機動力をまったく落とさない鉄壁の装甲! しかもジェネレーター要らずの超スペック!」

「機動力を落とさない装甲で、ジェネレーターも要らない? マントやシェード系の装備かな?」

「ERFの亜種では? ジェネレーターがなくとも省出力での実現が可能だと記憶していますが」

 

 なぞなぞでも解くようにアイズとラウラが思いつく予想を口にする。こうした知識も必須事項として学んでいるために二人は専門用語を交えながら正解を想像する。

 

「ふふっ、惜しいね! 正解は【オーロラ・カーテン】だよ!」

「え、あれってパッケージ用の大出力兵装じゃ……?」

 

 オーロラ・カーテン。

 レッドティアーズの強化パッケージ、カラミティリッパーに試験採用されている防御機構。粒子を放出することで流動的なエネルギーの衣を纏い、実弾や熱量兵器を弾く特性を持った流体粒子装甲。しかし、そのためにパッケージに搭載しなければならないほどの大型、大出力のジェネレーターを必要とする兵装である。

 

「もちろん改良版だよ! エネルギーは機体そのものから拝借して、そしてピンポイントで展開する省エネ仕様! 回避型のアイちゃんならそれだけでも十分だろうし、緊急用のセーフティだね!」

「どの程度の防御能力なのです?」

「とりあえず至近距離からのショットガンくらいは弾ける」

「…………鉄壁だ」

 

 むしろ緊急用の防御機構としては申し分ないだろう。展開するごとにエネルギーを喰うというなら、むしろアイズのような回避型に搭載するというのも納得できる。生存率を高めるという意味合いは大きい。無茶ばかりするアイズにはぴったりの装備に思えた。

 

「………しかし、よくよく見れば全部技術革新どころじゃない気が……これ、常識から考えればとんでもない兵装ですよね」

「え? 普通でしょ? こんなの普通だよ」

「束さんの普通は、常識でいう規格外だから」

 

 そもそもウェポンジェネレーターと、その恩恵を受けた大出力・高火力兵装の搭載ですら他国にとっては未知の技術なのだ。一般的な技術者が見れば、特にシャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.の大火力兵装の同時展開などどうやってあれほどの出力を確保しているのかわからないと頭を抱えるだろう。いずれはフォクシィギア用の大火力兵装を出す予定ではいるが、現状ではこの技術はカレイドマテリアル社、そして亡国機業のふたつの組織しか有していない。(厳密にはISと無人機用という特性から同一とは言い難い)

 

「そしてこれが今回のとっておき! この束さんが半年をかけて完成させた最高の一品だよ!」

「おー、なんかすごそう!」

 

 そして束に連れられて入った部屋には、分厚い耐熱、耐圧の強化ガラスを隔ててなにかを厳重に保管していると見られる重厚なケースが鎮座していた。大きさはISサイズの標準的なブレードがちょうど収まるほどの大きさで、特に大型兵装というわけではなさそうだ。そのケースのロックを解除すると蒸気を排出しながらゆっくりと開封されていく。

 そこから現れたのはやはり一本のブレードであった。

 片刃の黒い長刀、柄は機械的な外装が取り付けられた近未来的なデザインであるが、その刀身には一切の曇りのない刃紋が見て取れた。アイズやラウラには馴染みのないものだが、それはまさに日本刀としての特色を備えたものだとわかる。そしてその刀身からは青白く光が漏れている。まるで刀自体が発光しているような淡い光が、さらにその刀を美しく見せる。それはまるで夜の闇の中で照らされる桜のように、見るものの感性を刺激する。

 

「これは……」

「………」

 

 アイズとラウラが息を呑む。しかもアイズは、閉じられていた瞳を開けて、金色に輝かせながらそのブレードを凝視している。それしか目に入っていないというように、無言でそのブレードを見つめるアイズに、ラウラも気圧されるようだった。

 

「た、束さん……」

「ん?」

「これは、………なに?」

 

 魅入られたかのように視線を外さないアイズに、束が満足げに頷く。さすがはアイちゃんだね、と心の中で賞賛する。アイズは、このブレードの特異性を感じ取っているのだろう。おそらくはその魔眼でもってすら理解しきれない、そんな存在を戸惑っているようだ。

 

「プロトタイプだけど、ほぼ完成系。世界唯一のブレード。これを超えるブレードはこの地球上には存在しない」

「そこまで言い切るとは、なにか特殊機能が?」

「いや、伸びたりするわけじゃないし、ノックスみたいに変形もしない。ただのブレードといえばブレードなんだけど、そのスペックが最高水準を超越した超水準なのさ」

「スペック?」

「これまでのブレード単体としての最高のものはリーたんのムラマサなんだけど……」

「リーたん? ……ああ、リタか」

 

 リタの持つ専用武装であるムラマサはこれまで束が手がけた中でも最高峰といえるブレードだ。特殊性や攻撃力なら雪片弐型もかなりのものだが、単一仕様能力なしで考えた場合、最高の切れ味を持つムラマサが最もハイスペックといえた。

 しかし、この目の前の剣はそれすらを軽々と凌駕する。

 

「それと比較すると、耐久度はおよそ八倍」

「!! ……それは、とんでもない頑丈さですね。ですが、そんな素材ならかえって重く……」

「重量は大体五分の一」

 

 続けて告げられた内容にラウラが絶句する。重さは五分の一、それでいて耐久度が八倍。それだけでも破格すぎるスペックだ。一概には言えないとしても、古来より軽くて丈夫な素材というのは理想とされている。特に戦いにおいてはその重要度は命に直結する。

 リタのムラマサでさえ、本人の要望通り機動性を最大限に活かすために徹底的な軽量化が図られている。刀という特性上、確かに耐久度は決して高いわけじゃないが、それでも無人機の装甲を切裂くほどの切れ味とそれを支える頑強さを有している。それに比較してなお圧倒的に軽く、そして強固なブレード。いったいどうやればそんなものができるのか、想像すらできない。

 

「それだけじゃないよ。とある方法を使えば、その強度と切れ味はさらに跳ね上がる。もちろんその際の重量増加もナシ」

「なんですかそのデタラメ……もはや魔剣ですよ」

「日本刀を模してるからむしろ妖刀?」

 

 そんな会話を繰り広げる束とラウラには目もくれず、アイズはただただそのブレードをずっと見つめていた。いったいどうしてなのかはわからない。でも、アイズの直感が訴えている。この剣はまるで自分の抱くものが形となったかのようだ、と。

 言葉にしようとしてもなかなかできない、そんな奇妙な感覚だった。まるで、長年求めていたものが、ふらっと目の前に現れたかのような困惑を覚えていた。

 

「束さん、触っても?」

「ん、いいよん」

 

 隔離室内の安全が確保されたことを確認してから重厚な扉が開く。ふらふらとした足取りでアイズが入室すると、未だに残る熱気を感じながら、ゆっくりと中央にあるそのブレードに近づいていく。発動できる最高水準でのヴォーダン・オージェでじっとその奥底まで見通そうとするが、それでもそのブレードはまるで深淵が凝縮しているかのように、アイズの目をもってしてもその本性を明らかにできない。恐怖にも似た、畏怖の念を抱く。しかし、それを苦には思わない。

 なぜなら、この言いようのない圧迫感、そして開放感を同時に与えてくれるこの感覚に、強い親しみを持っていたのだから。

 

 ゆっくりと細い指がその刃に触れる。まだ少し熱を持ったその刀身に浮かぶ刃紋をなぞるように指を這わせながら、アイズは知らず知らずに口元に笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、さすがのアイちゃんもびっくりみたいだね。なにを隠そう、この剣は……!」

「宇宙」

「ほへぅ?」

「この剣は、宇宙ですね?」

 

 はっきりと確信が込められたアイズの発言に、束とラウラが唖然として固まる。束は驚愕に、ラウラは困惑を強くその顔に映し、口を開けた間抜け顔でアイズを見つめ返した。

 

「姉様、宇宙って、それはさすがに……」

「いいや、アイちゃんの言うとおりだよ」

「え?」

 

 束が脱帽したというように苦笑しながら拍手する。まさか、このブレードを見て触れただけでその本質に行き当たるとはさすがの束も予想外だった。どうやら、アイズの直感は超能力級どころではないものだったようだ。

 

「そうだよ。そのブレードはね、宇宙が材料なんだよ」

「う、宇宙?」

「そしてそれが、今回の目玉にもなるものなんだね、これが」

 

 アイズを優しく抱きしめながら束が楽しそうに告げる。

 このブレードそのものが、再び世界を変えるための試金石にも等しい。常識から考えても規格外の性能を誇るこの宇宙でできているという剣によって、再び世界は変わるのだ。

 

「……ん、そろそろイリーナちゃんの演説の時間だね。どうせならイリーナちゃんの話を聞いてから説明してあげるよ。この剣は、私の、私たちの夢への羅針盤だってね!」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね、鈴さん」

「おひさー、セシリア。いろいろ迷惑かける……、いや、かけたわね」

「構いません。歓迎いたしますよ」

 

 カレイドマテリアル社の応接室にて、セシリアは半年ぶりの戦友との再会を果たしていた。名実共にカレイドマテリアル社最強の操縦者であるセシリアと引き分けた実績も持つ、元中国代表候補生にして世界でも稀少な第二形態移行機所持者。近接格闘戦における最強候補の一人、―――猛る龍虎の体現者、凰鈴音。鈴は変わらないトレードマークであるツインテールと口から覗く八重歯を見せながらニカッと笑ってセシリアと握手を交わす。

 

「事情はお聞きしましたが……災難でしたね」

「ま、仕方ない。あたしの現状認識が甘かったってこともあるし」

「本音は?」

「あたしは悪くない。異論は認めるが押し通す」

「ふふっ、相変わらずなようで安心しましたよ」

 

 変わっていない鈴の破天荒さに不思議と安心しながらセシリアも笑みを返す。

 鈴の事情はたしかに同情もするし、セシリア個人としても憤慨するものであったが、そうした世界へと変えた一端を担った身としては謝罪のひとつでもするべきかという思いもあった。しかし、鈴がそんなものを望んでいないことがわかっているセシリアはなにも言わず、出来うる限りの対応をすることにした。

 実際、鈴がセプテントリオンに入隊することはセシリアにとっても思いがけない幸運だった。代表候補生、さらに近いうちに正式な代表にもなると言われていた鈴をこちらの陣営に加えることは難しいと思っていただけに、今回の鈴の申し入れは棚からぼた餅といえるほどの僥倖だった。

 セシリアはそれだけ鈴を評価しているし、本社のほうでも束の手がほとんど加わっていない甲龍で、魔改造機ともいえるカレイドマテリアル社製の機体と張り合う鈴の実力は高く評価されている。さらに機体性能ではなく、鈴自身の技量をISに反映させるというカレイドマテリアル社でも難しいことをあっさりとやってのけ、武器を使わずに掌打で無人機を木っ端微塵にするほどの破壊力と継戦能力の高い防御力。機体スペック、そして鈴の技量、どちらも申し分ない。是が非でも欲しいと思っていた。

 

「あとお師匠たちと麗華の受け入れも感謝してるわ」

「こちらの台詞ですわ。あれほどの人材など、そうはいませんよ」

 

 さらに嬉しいことは、鈴の師匠とされる二人も同時にカレイドマテリアル社が得たことだ。鈴以上の格闘能力を持つ紅雨蘭、そして束がスカウトするほどの頭脳を持つ紅火凛の姉妹。かつての鈴との模擬戦の際に意見交換会で会っていたのでその人となりもわかっている。あの束も珍しく火凛の加入を歓迎していた。

 そして拾ったという麗華もついてきたが、セシリアが援助しているオルコット家の保護施設に入居させることにしている。本人は鈴と一緒にいたかったみたいだが、流石にそれは難しいため数年は教育期間として納得してもらった。数年後にはそれこそセプテントリオンの一員になっている可能性もあるが。

 

「セシリア」

「はい?」

 

 鈴の表情がこれまでの笑みを消し、なにかを耐えるような顔付きへと変わる。突然の変化にセシリアも戸惑うが、その表情から鈴の覚悟を感じ取って佇まいをなおす。

 

「あたしははじめてあんたたちの気持ちがわかったわ。使いようによってはいろいろできそうな無人機を、どうしてああまで憎んでいるのか……それがね」

「…………」

「隠してるみたいだけど、なんだかんだいってアイズが一番それが顕著よね。あの子、無人機には躊躇いなく刃を突き立てるし。まぁ、無人機ゆえの容赦のなさかとも思ってたけど、あれはそれだけじゃないわ。決して忘れられない、……あえて言うわ。憎悪、そんなものが込められてた気がするのよ。そしてそれはあんたにも言えるわ」

「………鈴さんの洞察力も変わらず怖いですね」

「理由はわかるわ。昔話を聞かせてもらったし。なんとなく察してる。そしてあたしも今回のことで、その気持ちもようやく理解できたわ」

 

 鈴は苛立ちを隠そうともせずに威嚇するような凄みのある笑みへと表情を変える。今目の前に敵が現れれば、すぐにでも喰らってやるとでも言うように戦意を滾らせている。

 

「気に入らないわ。あいつら、あたしの拳で完膚無きまでに砕いてやるわ」

「頼もしいですね。まぁ、いずれそんな機会もやってくるでしょう」

「で、…………仲間になったことだし、教えて欲しいんだけど?」

「なにをです?」

「いろいろ聞きたいことは多いけど、………まぁ、核心を言うなら、いったい何をする気なのか、かしらね。あんたたちは、この世界をどうしたいの?」

 

 これまで重要機密ゆえに聞けなかったことだ。鈴もそれは理解していたし、だから聞くこともなかった。セシリアもアイズも、決して話さなかっただろう。

 だが、退路を絶ってセプテントリオンに入隊した鈴も、それを聞く権利くらいあるはずだ。

 

「聞いたら本当に戻れませんよ?」

「心配しなくていいわ。あたしはもう、あんたたちの目的を成し遂げるまで付き合ってやるって決めてんのよ」

「男前ですね。鈴さんがもし男なら惚れていたかもしれませんわ」

「そんなこといって、アイズに言いつけてやるわよ?」

「アイズは男女とか恋とか、そんなものを超越した私のすべてですから問題ありませんわ」

「ブレないわね、あんたも」

 

 互いに軽口を言い合うも、すぐに緩んだ空気を締め直す。セシリアは一度時計に目を向けてから、鈴を誘うように立ち上がって手を伸ばす。

 

「こちらへ。早速ですが、任務に同行してもらいます」

「任務?」

「社長の護衛任務です。鈴さんの疑問も、そこではっきりするかと思いますわ」

「ふぅん? 今度はどんな爆弾を落とす気なわけ?」

 

 鈴の挑発するようなその問いかけに、セシリアは笑って流す。そんなセシリアを見て、鈴も苦笑しながら肩をすくめた。

 

「ま、いけばわかるんならいいわ。なにを見せてくれるのか楽しみよ」

「ふふ……期待していただいていいですよ。鈴さんには特別に特等席で見せましょう」

 

 爆弾。たしかにそうだろう。セシリアたちは、この混迷に揺れる世界をさらに揺るがすことを始めるのだ。それが罪かと問われれば、否定することはできない。だが、そんなものは後世の人間が評価するべきことだ。

 今はただ、同じ思いを抱く仲間とともに突き進む。だから、新たに仲間となった鈴にも見せるのだ。

 

「世界が、またひとつ変わる瞬間を」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから半日、いや、一日近くは経っただろうか。とある経緯により体感時間がよくわからなくなっている鈴は、気疲れから生じるだるさを少々感じながら、物々しい雰囲気の場所でセシリアと並んで佇んでいた。目の前には忙しそうに準備をする多くの人間と、そのほかに周囲を警護する人間がいる。そんな空間の中央に、リラックスしたように煙草を咥え、紫煙を吐く女性がいた。

 

 今となっては鈴の雇い主であり、上司ともいえる世界を変えた主犯とも呼ばれる暴君――イリーナ・ルージュである。

 

 今回のイリーナの発表はかつてのように記者たちを前にしてのものではなく、衛星を経由して全世界にリアルタイムでの一斉配信という形式となっている。それは、もはや数え切れないほどの組織や国から目をつけられ、暗殺の恐れが高まっている彼女の安全を図る意味合いもある。しかし、それ以上にイリーナの意図するところがあったが、それはまだ知られてはいない。

 すべてを無理矢理にでも理解させる準備はできている。一切の反論も、疑問の余地も挟ませずに一方的に告げる。

 それは、宣告であった。

 

 進行を務める女性に呼ばれ、イリーナがカメラの前へと立つ。今現在、機器を通じて全世界にイリーナが映し出されているだろう。ただの企業の社長である彼女は、まるで女王のように揺るがない自信を纏い、静かにカメラの向こうにいるであろう人間たちを見つめている。

 そんなイリーナとは初対面の鈴も、堂々と君臨する彼女に視線を向けている。入隊の挨拶として少しだけ会話を交わしたが、さすがは暴君と呼ばれる女傑だ。師である雨蘭とは違ったベクトルで畏怖を感じる女性だった。

 

「カレイドマテリアル社が魔窟って呼ばれる理由がよくわかるわ。まさにラスボスが統治する魔界の如しね」

「さながら、私たちは幹部ですか? 鈴さんもその一員ですね」

「なんか中ボスっぽいポジションね。ま、いいけど」

 

 もしそうなればラスボスにイリーナ、隠しボスに束といったところだろうか。勝てる気が一切しない布陣である。そんな一味に加わったことに自身の人生の流転具合を他人ごとのように楽しみながら稀代の暴君へと目を向ける。

 畏怖と同時に、人を惹きつける魔性の美貌を携え、ゆっくりと、そして昂然としながらイリーナが微かな笑みを浮かべたのち、静かに動いた。

 

「――地球の上で生きる、すべての人間へ告げる」

 

 決して大きくはないが、まるで聞く人の耳を侵食するかのような声だった。しかし、それは決して優しい声ではなかった。むしろ、心の中を蹂躙するかのような、暴虐さを現したかのように、聞く人間の関心を強制的に掴むかのように抵抗すらさせずに鈴の心を強ばらせた。

 今の世界を変えた女の言葉ということもあり、多くの人間が彼女に注目していた。中にはただの興味本位で見ていた者もいるだろう。敵意を露に睨んでいる者も多いだろう。

 そして、ただただ楽しげに見ている魔女もいるだろう。

 そんな全ての人間の目が向けられる中、イリーナの演説は始まった。

 

「人が歴史を刻んで幾星霜、そしてISが登場してからおよそ十年。しかし、この十年の歴史は、迷い続けただけであった。本来ならば歴史の転換期であったはずの十年前のその日、一人の人間が夢見た小さな世界を変えるはずだったそれは、世界を歪め、正道を見失った」

 

 それはISに傾倒し、権力争いに夢中になっていた国や人間のすべてを否定した言葉であった。あまりにも傲慢、そして不遜な言葉に聞いていた人間に悪感情が生まれてくる。しかし、それすら呑み込んで暴君はその怨嗟の感情すら戯言だと斬り捨てる。

 

「今日、ここで告げる。地球という偉大な、そして小さな大地に固執する時代は、もう終わりにするべきなのだ」

 

 だから、挑む。理と、知恵と、信念と、暴虐さでもって世界を、いや、世界の外へと拓いて往くために。その道も指標もない深淵と果て無き無限を宿すそこへ至るために。

 

「我らは、これより宙へと上がる。地を這う時はもう終わる。そしてISがあるべき姿へと戻そう。インフィニット・ストラトス。その名の通りに、無限の宙を往く塔を創ろう」

 

 イリーナが手を振ると、背後の大型スクリーンに文字と合成映像が浮かぶ。どこまでも高い、雲のその先、宇宙へと至るまでの神話の時代のような神聖さすら感じるような巨大な塔がそこに映されていた。

 

「カレイドマテリアル社は今後、最優先、最重要と位置づけ、この計画を推進する」

 

 スクリーンに映されている計画名称は―――【Project Babel Maker】。

 

 

 

 

 

「地表から静止軌道上に位置する宇宙軌道ステーションとを繋ぐ、軌道エレベーターを建造する」

 

 

 

 

 天へと至る道。それはまさに人が天へと挑んだバベルの塔であった。世界規模で宇宙開発が頓挫している中、荒唐無稽とも言われるそれをイリーナは絶対の自信を宿した言葉で宣言した。

 

 




ここからはイリーナさんの演説、そして謎のブレードの真の価値が明かされていきます。

軌道エレベーターも実は計画の一端であってそのさらに先まで見据えた巨大プロジェクトだったりします。よくアニメや小説で軌道エレベーターが描かれますが、カーボンナノチューブの登場で現実でも決して夢物語ではないものだと言われています。夢が広がりますね!

次回以降、この物語の重要な計画が明らかになっていきます。

ご要望、感想などお待ちしております。それではまた次回に!

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