双星の雫   作:千両花火

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今回の特別編のメインカップリングのアイズ×シール編です。



Act-Extra plus 「Gift from an unsociable angel」

「へっくちっ……!」

 

 可愛らしいくしゃみをしながらアイズが身を震わせた。もう冬も季節だ。見えなくても雪まで降り出したことも冷たさでわかる。

 

「う~、寒いわけだよ。へくちゅッ」

 

 実はアイズは寒さに弱かった。孤独だったときを思い出すからでもあるし、人肌の暖かさが好きな分、雪の冷たさは苦手だった。

 こんなときに限ってアイズは一人で雪の降る街を歩いていた。普段はセシリアやラウラが一緒なのだが、二人はそれぞれ任務中だ。アイズだけがオフだったので、たまには一人でできるもん!的なノリでショッピングに出かけたのだが、今更ながら寂しくなってきた。

 カレイドマテリアル社の影響が強い慣れ親しんだ街なのでアイズも一人で出かけても完璧に把握しているが、それでも街を一人で歩くのは少々昔を思い出して寂しく思う。

 

「早くセシィの好きな茶葉を買ってこよっと。あ、ラウラちゃんにもお土産買わないとな~……っと!?」

 

 曲がり角でふと誰かとぶつかりそうになる。気配察知は得意でも気が散っているとやはり散漫になりがちなのが難点だった。すぐさまぶつかりそうになった相手に向かって謝罪する。

 

「あ、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ不注意、を………」

「ん?」

「え?」

 

 アイズは気配で、そして相手はアイズの姿を見て互いの存在を認識する。アイズの感覚には自身の身に宿るものと同じナノマシンの鼓動がはっきりと感じ取れた。

 

「シール?」

「……アイズ、またあなたですか」

 

 シールにつられるようにアイズの目が疼く。ほんの少しだけナノマシンを活性化させて片目だけ開けると、そこには予想通り、真っ白な少女が真っ白なコートとマフラーをして立っていた。その天使と見紛う美しさには同性でも嫉妬してしまいそうだ。しかし、不機嫌そうな無愛想を貼り付けたその表情がアイズに向けられていた。

 しかし、それがいつものシールの表情だと知っているアイズはそれを確認すると再び眼を閉じる。

 

「私を前にして視界を閉じますか。相変わらず頭がお花畑のようですね」

「どうせまたパシリでお菓子でも買いにきたんでしょ?」

「パシリではありません。私はこれでも幹部なのですよ!」

「(なんか可愛いな)」

 

 ムキになったように言うシールに奇妙な親近感を覚えてしまう。前から思っていたが、シールはけっこう天然なところがある。(もちろんアイズが言えることではないが)

 それにどうやら公私の区別ははっきりするタイプのようで、おそらくシールもオフであろう今はまったく戦意が感じられない。だからアイズもシールを警戒しない。甘いことはよくわかっているが、それでもシールを信じた。

 

「シールってけっこう可愛げがあるよね」

「バカにしているのですか?」

「褒め言葉だよ」

「ふん……どうしてこうもあなたとは縁があるのでしょうね」

「運命だね!」

「殺し合う、という意味なら同意しますが」

「んー、でも」

「でも、なんなのです?」

 

 アイズはにっこりと笑いながら自信満々に言い放った。

 

「本当は友達になる運命かもしれないよ?」

「そんな運命は、胡蝶の夢です」

 

 アイズの希望を、しかしシールは嘲笑して否定する。それでもアイズは笑顔を浮かべたまま、そのシールの答えがわかっていたように即座に返した。

 

「じゃあ試してみようよ」

「試す?」

「今日一日、ボクに付き合ってよ」

「……なぜですか」

「それでシールがずっとそんな無愛想な顔だったら、シールの言うとおり。ボクとは友達になれないかも。でも一度でも笑えば、ボクと友達になれるかも。どうかな?」

「くだらない。そんな座興に付き合う義理はありませんね」

「あれ? 逃げるの?」

 

 ものすごくいい笑顔で言われた挑発にシールがムッと顔をしかめる。アイズに対抗意識を持っているシールにとってアイズから逃げるというのは屈辱なのだろう。

 

「誰が逃げるというのですか」

「じゃあ決まりだね!」

「……いいでしょう、どうせ夜までは予定もありません。あなたの悪趣味に付き合ってやりますよ」

「ふふ、ありがと!」

 

 こういう人のことをなんていうんだっけ、ちょろかわ? と思いながら笑ってお礼を言うアイズ。 とにかく、これで言質は取った。一人で寂しかったアイズはちょうどよく現れたシールを無理矢理に仲間に加え、気分を良くして再び歩き出す。

 

「なぜ手をつなごうとするのです」

「え?」

「なぜそこで疑問に思うのです!」

「なにを言ってるの? 一緒に出かけるってことはデートってことだよ。簪ちゃんが言ってた。だから手をつなぐの」

「どこの理屈ですか!?」

「さぁ行こっか」

「だから! 手を繋ぐなと言っているのです!」

 

 

 ***

 

 

「けっこう強引なんですね」

 

 諦めたように呟くシールの左手はしっかりとアイズの右手とつながれている。執拗に手をつなぐことを要求してきたアイズに折れた形である。しかし、なんだかんだでシールも無意識にきゅっと手に力を入れて握りしめている。

 それにしても、この二人が並んで歩いていく光景というのはいろいろな意味で凄まじいものがある。可愛らしさを体現したような容姿のアイズと、美しさが形となったようなシール。二人の周囲だけまるで別空間であるかのように、現世から切り離されているかのように未知の領域と化している。すれ違う人々は何度も振り返り、二人に視線を向けている。それでも声をかけようという人間はいない。声をかけるという行為すら躊躇うほどに二人の姿は幻想的とも言えるようだったから。

 

「どうせシールもおつかいなんでしょ? ボクも手伝ってあげるよ! ボクはこの街のことならよく知ってるからね!」

「見えないくせに、ですか?」

「見えなくてもわかるから」

「まぁいいです。マカロンの美味しいお店があると聞いたのですが」

「あ、マカロンが好きなんだ?」

「べ、べつに。ただのお使いです」

「ふふっ、ご案内~」

 

 上機嫌で笑うアイズに、不機嫌そうに顔をしかめるシール。正反対でありながら、不思議と二人は噛み合ったように不自然さを感じさせない。互いが互いのことをわかっているから、ということもあるが、これが正しく二人の付き合い方なのかもしれない。

 アイズはシールを先導するように引っ張っていく。本当に目を閉じているのかと疑うほどアイズの足取りには迷いがない。この街を熟知しているというのは本当らしい。それでもやや急ぎ足のためかときどき人とぶつかりそうになるが、その都度シールがアイズの手を引いてフォローしている。

 そうしてやってきたのは駅に近い場所にある小さな菓子屋だった。観光ガイドにも載っていないが、知る人ぞ知る隠れた名店である。

 

「ここのお菓子はなんでも絶品なんだよ!」

「たしかに………これならプレジデントも満足してくれるでしょう。このエクストリームマカロンを三ケース」

「あ、ボクもラウラちゃんたちにお土産買わないと。いつものパーフェクトモンブラン五つで!」

「…………名称だけは首を捻りますが」

「そう? かっこいいとおもうけどなぁ」

 

 代金を払い、包みを受け取った二人が店を出る。シールからすればこれで用事は済んだのだが、アイズは頑なにシールの手を離そうとしなかった。

 

「手を離してくれますか?」

「や。まだ時間あるからいいでしょ?」

「……はぁ、もう諦めました。好きにしてください」

「じゃあ次はアロマキャンドルを見に行こう! シールもきっと気に入るよ!」

「はいはい、どこにでも連れて行ってください。今日だけですよ?」

 

 それからアイズはいろいろな場所へシールを連れて行った。お気に入りのアロマキャンドルを気に入るはずだからと無理矢理プレゼントしたり、日本から出店しているタコ焼き屋で買い食いをしたりと、日本にいたときに学んだ少女らしい遊びをシールに教えるように精力的に動いた。シールも文句を言いつつも一度口にしたことは守る性分なようで律儀にアイズについていっていた。

 

「どう? そろそろ笑えそう?」

「ありえませんね」

「そっかー。あなたを笑顔にするのは難しいな」

「無駄です。私に笑顔なんて……」

「ぜったい似合うのに。シールって笑ったことないの?」

「…………」

 

 シールの脳裏に浮かぶのは、自身の創造主を皆殺しにした時の記憶だった。自身の運命を縛る者をすべて排除したとき、シールにはじめて歓喜の感情が生まれた。

 しかし、あれ以来シールは笑った覚えがない。それは未だにシールが自身が抱くこの虚無感を払拭できていないためだ。その答えを見つけるまで、シールはきっと笑えない。

 

「じゃあボクが笑わせてあげる」

「…………」

「笑ったほうが、きっと楽しいよ?」

「……なぜ、そうも笑えるのです? あなたも、一度は絶望したのでしょう?」

「…………そう、だね。否定はしないし、できないかな。でも、だからなんだっていうの?」

「……?」

「絶望より大きな希望があれば、ボクは笑えるよ」

 

 精神を溶け合わせるまでもなく、シールにはそのアイズの言葉が本音だとわかる。それがアイズの本質だと理解してしまう。シールは自身の絶望を排除してきた。アイズは、絶望よりも大きな希望を見つけきた。

 それが二人の小さな、そしてもっとも大きな差異に思えた。

 

「……アイズ」

「ん?」

「あなたのそのノーテンキさが、私は少し羨ましい」

「むぅ。それって褒めてるの?」

「さぁ、どうでしょうね」

 

 シールは思わず口元が笑いそうになり、咄嗟に顔を背けた。ここでアイズにわずかでも笑みを見せることはシールには気恥ずかしくて耐えられそうになかったから。

 

「教えてくれてもいいの、に………っ!?」

「アイズ?」

 

 突如としてアイズが振り返り、封印していた目を見開く。シールもそのアイズの反応に驚きつつも、彼女の視線の先を追う。そして魔眼が容易くその状況を解析する。

 およそ十メートル先から走ってくる車が、ふらふらと怪しく揺れながら突っ込んできている。おそらく酔っ払い運転だろう。だが、そのルートの先にはまだ五歳くらいの女の子がそんな車に気付かずに歩いている。このままいけば、歩道に乗り上げた車に撥ねられる確率―――八割以上。

 シールがそう判断したときにはすでにアイズが走り出していた。それはシールですら驚くほど早い即断だった。

 

 

 

(―――なにより、あれを直感だけで察知したというのですか)

 

 

 

 目を封じていたアイズは、当然ヴォーダン・オージェの恩恵を受けていない。だから気配察知と直感でこの危機を察知したということになる。シールにすら持ち得ない超感覚に畏怖すら抱く。

 そう思いながらもシールもあとを追う。アイズよりも身体能力の高いシールならすぐに追いつける。しかし、その前に飛び込んできた車を前に、アイズが飛び込んだ。

 いきなりのことに固まっている少女を突き飛ばし、暴走車の死線から弾き出す。だが、それは同時にアイズが最も危険な位置へ躍り出ることになる。それでもヴォーダン・オージェを発動中のアイズにとって、車の速度などゆっくり散歩する程度の早さにしか感じない。十分に余裕をもって回避しようとする、が――――。

 

「へ?」

 

 背後から飛び込んできた影が、アイズを攫って空へと飛んだ。

 

 暴走者はそのまま歩道を乗り越えて壁に激突して停止する。周囲が騒然となって悲鳴が上がる中、まるで羽のような軽やかさで白い影が降り立った。ふわりと服や髪をなびかせながら降り立つ。信じられないような身体能力を見せるシールもそうだが、なによりその腕に一人の少女が抱かれていることが目を引いた。

 目をパチクリとさせながらシールにお姫様抱っこをされているアイズが少々混乱したようにきょろきょろとあたりを見回していた。

 

「へ、あれ?」

「まったく、手間をかけさせないでくださいよ」

「………ボク一人で躱せたもん」

「躱しきれない確率が二割ありました。私に感謝することです」

「うん、ありがとう」

「……そこで素直に言えることが、あなたの凄さですね」

「でもこの格好、ちょっと恥ずかしい」

「ならさっさと降りてください」

「ふぎゃっ!? い、いきなり落とさなくてもいいじゃない!?」

 

 尻餅をついてシールに抗議するも、シールはどこ吹く風でそっぽを向いてアイズに見られないように笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「思っていたよりいろいろあった一日だったかも」

「まったくです」

 

 もう日も暮れ、街灯の光で照らされる中、アイズとシールは二人でベンチに腰をかけていた。先程まで降っていた雪はもう止んでいたが、それでもまだ少々冷える。

 寄り添うようにアイズがシールに身を寄せる。シールも、もうなにも言わない。

 

「今日は楽しかったよ」

「疲れた一日でしたよ」

「結局笑わなかったね。ボクの負けか」

「…………」

「でも、また次は笑わせてみせるから」

「次、なんてありませんよ。次に会うときは戦場です。もう、今日のような友達ごっこにはなりませんよ」

「…………そっか、残念、だなぁ」

 

 アイズはこてん、とシールの肩に寄りかかるように頭を預ける。その声はどこか眠そうに蕩けるような響きだった。

 

「シール」

「なんです?」

「楽しかった?」

「………さぁ、どうでしょうね」

「意地っ張り……だなぁ……」

 

 すぅすぅ、と穏やかな寝息が響く。今日一日はしゃいだことでずいぶん疲れた様子だった。まるで子供だと呆れるシールだが、それでもそんなアイズを許容してしまうほど今の精神状態は穏やかだった。

 無防備な寝顔を晒すアイズを見つめ、シールもリラックスするようにアイズのほうへと重心を傾ける。寄り添うように頭を重ね、二度とこんなように穏やかに触れ合うことなどないとわかっているからこそ互いを許しあった。

 次に会うときは、再び刃を向け合う運命でも、なにかひとつでも違えば、争うこともなかったかもしれないもう一人の自分ともいえる存在を、静かに認め合う。

 

「あなたは、本当に私を友にしたがっているのですね」

 

 友になりたい。だから友であろうとする。だからアイズはずっとシールを笑わせようとしていたし、欠片もシールに敵意を向けなかった。むしろ親近感すら抱いて接していた。

 シールと友となるために、シールの友であろうとする。そんなアイズだから、シールも気を許したのかもしれない。

 

「へぅ、へっくちゅ……!」

「まったく……今日だけですよ、アイズ」

 

 シールは首に巻いてあるマフラーを半分解き、アイズの首元にかけてやる。寒そうにしていたアイズがそのマフラーのぬくもりを感じて、さらに表情を柔らかくする。ヨダレでも垂らしそうなほど間抜けとも幸せそうとも言える顔のアイズを見ていると、シールももう妙なプライドとかどうでもよくなってきた。

 

「まぁ……もう夢の時間は終わりですがね」

 

 アイズとシールが仲良くできる。そんなものは胡蝶の夢。魔法がかかったシンデレラと同じだ。

 次に合うときは、互いが互いの理由で、刃を重ね合う関係に逆戻り。シールは眠るアイズを起こさないように立ち上がる。

 

「次は戦場で会いましょう。……さようならアイズ。少しは楽しかったですよ」

 

 最後にもう一度アイズを見つめ、その寝顔をしっかりと記憶に刻み付けると、それを見ていたシールは自然とアイズに笑いかけた。

 

「賭はあなたの勝ちですね。それはお礼です。大事にしてくださいよ」

 

 そして今度こそ振り返らずに去っていく。残されたアイズの首に、自身がいた証を残したまま――――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あら、おかえりなさいアイズ。遅かったですね?」

「うん、まぁね」

 

 少し眠そうなアイズが戻ってくると、スーツ姿のセシリアもちょうど帰還したところらしくエントランスでばったりと出くわした。アイズは少々疲れたようにしているが、まるで遊び疲れたというようにどこか楽しそうにしている。

 

「なにかいいことでもありましたか?」

「うん、ちょっとね」

「それに………そのマフラー、どうしました?」

 

 セシリアは見慣れないマフラーがアイズの首に巻かれていることに気付く。こんなマフラーはアイズは持っていなかったはずだ。買ってきたにしては、アイズのセンスとは少しずれるものだ。

 

「これはね、もらったんだ」

「もらった?」

「うん、無愛想な天使からのプレゼント。ふふっ」

 

 アイズは大事そうにその真っ白なマフラーを優しく撫でる。

 

 それは、今日という日を無愛想な天使と一緒に過ごした証であった。

 

 

 

 

 




2話同時更新の2話目です。

普通に仲がいいアイズとシールのお話でした。

この二人は普通に仲良くできそうなのに本編だと戦ってばかりです(苦笑)通算100話突破記念として書いてみましたが、けっこうこの二人のカップリングにもたくさんの可能性が見いだせました。

こういう二人が戦い合うっていいですよね!

とにかく、これでとうとう100話という大台を突破できました。どこまで長くなるかはわかりませんが、また次回から本編を綴っていきたいと思います。

ここまで書いてこられたのも、皆様の応援があってこそです。これからもお付き合いいただけたら幸いです。

ご要望、感想などお待ちしております。

それではまた次回に!

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