双星の雫   作:千両花火

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*時系列は第一部終了から第二部開始の空白期。本編にはまったく関係ない百合の強い短編集です。軽いノリとなるので軽くお読みください。



幕間 通算100話突破特別編
Act-Extra 「Sweet Days」


【セシリアとお昼寝】

 

「ふぁ、ん……、今日はなんか眠いかも」

 

 ぐしぐしと目をこすり眠気をなくそうとするアイズ。しかしどうにも眠い。天気もよく、穏やかで優しい光に照らされてますます眠気が増していく。せっかくの休日なのに、とも思ったが前向きな思考をするアイズは「じゃあ気持ちよくお昼寝しよう」と思い始める。

 

「あら、どうしましたかアイズ?」

「あ、セシィ」

 

 いろいろと忙しく動き回っているセシリアが部屋へと戻ってくる。もうじきIS学園を退学するためにその後処理や部隊との連絡など、多忙な日々を送っているセシリアであるがやはりそんなこともよりも優先するのはアイズであった。

 どこか眠そうにしてベッドに腰掛けるアイズに近づくと、隣に座ってごくごく自然に身を寄せ合った。

 

「んー、なんだか眠くて」

「疲れているのでしょう。最近は忙しかったですし」

「そうかも。んー、じゃあ寝ちゃおっかな……セシィ、一緒にお昼寝しようよー?」

「仕方ありませんね、いつまでたっても甘えん坊で」

「んぅー」

 

 休日だったので制服ではなくごく普通の部屋着のままだ。寝やすいように上着だけ脱いで特注サイズのベッドへと潜る。二人をよく知る友人たちからもはじめは驚かれるが、この二人の部屋にはベッドはひとつしかない。イギリスで使っていた大型ベッドをそのまま寮へと持ち込んでいるために二人でも広いベッドで悠々と眠ることができる。

 アイズはそのままいつものようにセシリアの背に腕を回すと、そのふくよかな胸に顔を埋める。甘い香りが鼻をくすぐり、とろんと意識が溶けていくような錯覚すら起こしてしまう。そんな甘えるアイズを優しく包みながら、セシリアが慈愛に満ちた顔で微笑む。

 

 子供のときからずっとアイズはこうしてセシリアと抱き合って眠ることが常だった。IS学園で他の簪やラウラの部屋へ遊びにいって眠るときも必ずこうして肌を合わせるように眠っていた。

 アイズは不安なのだ。今でも、過去の地獄が時折夢の中から侵食してくる。だから眠るときは常に誰かの温かみが欲しかった。そうでないと、悪夢で真夜中に絶叫を上げることすらあるのだ。

 強い、と言われるアイズのメンタルだが、未だにそうした弱い部分を残している。むしろこうした弱さを自覚しているからこそ、アイズは人一倍強くあろうとしているのかもしれない。

 

「セシィ……」

「おやおや、本当に今日は甘えたがりですね」

「んー、だって」

「だって?」

「セシィだもん」

「理由になってないですよ?」

「理由だもん。セシィだから、それがボクが甘える理由だもん」

 

 それは、アイズがここまで無条件で甘える人物はセシリアだけということだった。子供のときからずっと一緒で、弱さも意地も夢も、アイズが持つすべてを知っている。それでいてずっと一緒にいてくれるセシリアは、アイズにとってやはり特別な人だ。

 ラウラには姉として弱さは見せられない。簪にだって強がってみせる部分がかなりある。でもセシリアだけは違う。半生をずっと支えあって生きてきたパートナーだ。

 だから、セシリアといるときだけは弱さまで含めた全部をさらけ出せる。ほかでもない、セシリアだからこそ見せられるから。

 

「それは、嬉しいですね」

「でもセシィばっか背も伸びるし、かっこよくなるんだもんなぁ。ボクもセシィみたいなクールビューティーになりたかったなぁ」

「ふふ、アイズはそのままが一番可愛いですよ? アイズはそのままでいいんです」

「むぅ。みんなにそう言われるんだけど、ボクってそんなに子供っぽい?」

「確かに身長は伸びませんね」

「うっ、気にしてるのに~」

「でもアイズの可愛さはこのサイズで完成されてますからね……うん、やはりこのままでいいですよ、アイズ」

「むむぅ。でもボクだってまだ成長途中だもん。そのはずだもん」

「そうですね、そうなればいいですね」

 

 眠くなってきたのか、とろけるような甘い声色に変わってきたアイズの言葉に優しく相槌を打つ。うとうととしはじめてきたアイズの頭を抱え直し、アイズの髪の甘い香りに頬を緩ませる。

 

「なんか……懐かしい、昔は毎日、こうやって一緒に……」

「ええ、そうですね。あのときは、ただ毎日を無邪気に過ごしていましたね」

「今でも、同じ……」

「……?」

「いつも、ボクの隣にいてくれて……嬉しくて、……だから」

「………」

「ずっと、大好き……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 すぅすぅ、と可愛らしい寝息が響く。眠る直前に愛の囁きを言うとは、さすが生涯最愛の親友である。

 それに背が小さいことで悩むアイズも可愛い。とはいえ、実はアイズは学年、いや学園内でも上位に入るスタイルの持ち主だったりする。背丈は鈴でスタイルはシャルロット並である。子供っぽさが多く残るあどけない童顔に脱げばすごいわがままボディ。陰で【ロリメロン】と呼ばれていることを本人は知らない。

 

「至福の瞬間ですわ……」

 

 だらしなく顔を歪めながらセシリアが興奮気味にアイズの寝顔を凝視する。可愛い。いや、可愛さという概念を超越しているんじゃないかというほどの破壊力だ。この寝顔を独占できるならオルコット家の遺産すべてを手放しても惜しくはない。

 なにより完全な無防備を晒していることがたまらない。アイズは幼少時の経験が苛烈であるため、天然に見えて実はかなり周囲に神経を尖らせている。少しでも危険を感じれば即座に反応してしまう。そんな悲しい習性を持ったアイズが、セシリアにはなんの警戒もなく、まったくの無防備であるがままを晒している。

 その事実だけでもうセシリアは昇天しそうだった。

 

「おっと、メインディッシュはこれからですわ……!」

 

 セシリアは心を落ち着けてアイズを抱え込む。このアイズの匂いと柔らかさでお腹いっぱいであるが、そこはセシリアも女の子、デザートは別腹の原理でさらなるアイズの可愛さの発掘を行う。

 幼馴染、という言葉をとっくに超え、人生の半生を共に過ごしてきたこのかわいいかわいい相棒の可愛さを一番知っているのはこの自分である。セシリアは誰に言うでもなくドヤ顔をしながら、ゆっくりとアイズの耳に口を近づける。

 

「ふふふ、私が一番うまくアイズを鳴かせられるのです」

 

 そしてあっさりとアイズの最後の殻を超えて、アイズの領域へと侵入する。

 

「あむ」

「ひゃ、はぁん……!」

 

 ぷにぷにとしたアイズの耳に優しく歯を立てる。アイズの身体がびくんと震えて吐息と共に嬌声が漏れる。過去に悪戯心からアイズのこの声を発見したときはあまりの破壊力に気絶したほどである。

 

「ん、んー……」

「いい、実にいいです……!」

 

 甘噛みでこの反応である。どんどん悪戯したい衝動に駆られるが、そこは淑女を自認するセシリアだ。手遅れだと思いながらも、あえて焦らすようにアイズの反応をじっくりと楽しむ。

 

「はむ」

「んん……ッ」

「あむむ」

「ひゃ……ッ」

 

 頭がどうにかなりそうなほどの興奮を覚えながら、それでもセシリアはまるで母のような面持ちでアイズを抱きしめる。冷静な自己分析を何度しても、セシリアはアイズに抱く感情が判断できない。

 恋、かもしれない。アイズが好きで好きでたまらない。独占したいとすら思っている。ずっとこうしてアイズを自分の腕の中で抱いていたい。

 愛、でもある。アイズが幸せになるならなんでもしてやりたい。そのためならたとえ自分が一番でなくてもいい。

 相反しながらも、不思議と違和感のない二つの想いが同居している。

 

 鈴などからは母親や姉みたい、と言われることがあるが、きっと一番近い表現だろう。今や、家族といっていいほどセシリアの心はアイズを受け入れている。セシリアにとってアイズは家族で、妹で、娘で、そして恋人で。いろいろな愛の集大成が、アイズ・ファミリアなのだ。

 

「ふふ………アイズ、……」

 

 アイズ。そう名づけたのはセシリアだった。その名を大切にしてくれていることも、自慢にしてくれていることも嬉しかった。

 そんなアイズをずっと守っていこう。今はただ、それだけが願いだった。

 

「でも今は………あむっ」

「うっひぇえぁ」

「ふふふ」

 

 でも、もう少し。今はもう少しだけ、この愛らしい姿を独り占めしよう。そうしてセシリアは何度もアイズの耳を甘噛みして可愛らしい声を堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【ラウラとお茶】

 

「姉様ぁ~!」

「お、ラウラちゃん」

「姉様、おいしいスイーツなる情報を手に入れたんです。ご一緒に偵察に行きませんか……?」

「それってデート?」

「デッ……!?」

「うん、デートに行こっか、ラウラちゃん」

「は、はい!」

 

 少し不器用だけど可愛いラウラはアイズの自慢の妹である。はじめこそ態度も悪い狂犬みたいなラウラであったが、今のラウラにはもはやそんな面影は欠片もない。

 あるのはただ大好きな姉に構ってもらいたくて、不器用だけど精一杯に甘えようとする忠犬のような少女の姿だけだった。

 そんなラウラの最近のお気に入りはアイズと一緒においしいものを食べに行くこと。外出するということはアイズのエスコートをすることであり、必然的に手をつなぐことになる。それだけでもラウラには幸せがたっぷりだが、一緒に食べさせあったり、腕を組んで歩いたり、指チュパされたりすることでラウラの頭の中にはアイズの愛で満たされる。

 愛情というものに疎い環境で育ったラウラにとって、同じ呪われた運命を宿すこの瞳を持つアイズという存在はまさにはじめて与えられる愛情そのものだ。アイズ・ファミリアはラウラが得た愛情の具現だった。

 

「ではエスコートいたします姉様!」

 

 基本的に戦闘以外ではアイズはヴォーダン・オージェを使わない。それはすなわち視覚を封じるということだ。それでもアイズはその超能力と言われるほど鋭い気配察知や洞察力である程度周囲の把握ができてしまうが、それでも不安なのは変わらない。だから必ず誰かが一緒に出かけてエスコートしてやる必要がある。ラウラは、その役目を担えることが密かな誇りだった。

 

「よろしくね」

「はい!」

 

 差し出されたアイズの手をきゅっと優しく、そして大切に握る。最近は指の絡め方ひとつにもいろいろな違いがあることを知った。今回はほんの少し勇気を出して、もっともっと近くに感じられるように指を複雑に絡めあわせ、アイズの細く、それでいて傷が残る指をしっかりと握り締めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ちょべりぐっ! これすっごいおいしいね!」

「はい、でもなんですか、そのチョーベリー? すごいベリーでも入ってたんですか?」

「ああ、これは鈴ちゃんから教えてもらった言葉だよ。流行語だって!」

「そ、そうなんですか! ………いや、しかし相手が鈴ということに不安が……」

 

 天然で漫才を繰り広げる目隠し姉妹がほのぼのとしながらシュークリームを口に運ぶ。本日のスイーツはカスタードとホイップの入ったシュークリーム。大きめなために小柄な二人では食べるたびにクリームがはみ出して口周りを汚してしまうが、幼く見える容姿の二人ではむしろそんな光景が似合っているように見える。

 

「うわ、でも手がベトベト」

「姉様、おしぼりをどうぞ」

「ん、ありがと」

「えと、それで、その……」

「ん? ………ははぁーん」

 

 気配だけでラウラの姿を思い浮かべる。身近な人間は視力なんかなくても、その声や気配だけでほぼ正確に現状を把握できる。特にセシリアに関してのことなら、吐息ひとつで精神状態を察せられる自信すらある。そして妹として愛情たっぷりに接してきたラウラも、いずれはそんな域になるだろう。今でも十分に凄まじい直感を見せているが、ここまで来ると心眼ともいうべきレベルだろう。

 そしてアイズの目は、今も見えない心を見通している。

 

「ラウラちゃん、どうしたの? なにかあるなら言ってくれないと」

「あ、あう。ね、姉様はイジワルです。わかってるのに……」

「どうかなー、わかってたとしても、やっぱり言ってくれないとー」

「うう」

「ラウラちゃんの口から言って欲しいな」

 

 話は変わるが、最近のアイズは少し違った趣味を覚えた。それはラウラを弄ることだった。今まではどちらかといわれなくても弄られる側だったアイズだが、はじめてできた妹という明確に守るべきものに頼られたい、甘えられたいという欲求が出てきたのだ。

 そしてそうやって見られるラウラの反応にハマったのだ。慌てる姿、驚く姿、しゅんとする姿、そのどれもがラウラの隠れていた可愛い表情を表に出して、もっともっと可愛い妹を見たくなった。

 だからこうして少しだけイジワルすることを覚えた。ちなみに周囲から、特に鈴からは「小悪魔属性まで習得したか。どんどんジゴロになるわね」と言われている。そのあとに悪乗りした鈴が「ならもっと小悪魔な方法教えてあげるわ、うっひっひ」とアイズによろしくないことを吹き込んでいたりする。

 

「ほら、言ってごらんよ~」

「うぅ、あの……わ、わたしの……」

「うん? 聞こえないかな」

「わ、私の指を舐めてくださいッ!!」

「もう、しょうがない甘えん坊だなぁ。指出して」

「は、はい」

「ぺろっ」

「ひぃう……!」

「ん、甘い」

 

 ラウラの手についたクリームをぺろりと舐めとる。クリームの代わりに唾液がラウラの指に置換されていき、別の意味で甘ったるい液体に浸される。ラウラは言葉で表せない絶頂の幸福感に浸りながらだらしなく頬を赤く染めながら緩めていた。

 そんなラウラが可愛くて、アイズはついつい目隠しを外し、視力を回復させてじっとラウラを見つめてしまう。暖かな琥珀色に淡く輝く瞳に見つめられ、アイズが目隠しをしながら指をしゃぶるときとはまた違った背徳感のようないけない快感を覚えてしまう。

 

「姉様ぁ……」

「ふふ、本当に甘えん坊だね。うんうん、ボクはお姉ちゃんだもんね」

 

 アイズも普段はセシリアや束に甘えてばかりなのでラウラに甘えられるのは嬉しかった。蕩けたようなラウラの声に気分をよくしたアイズはニコニコしながらラウラと密着してその体温と早くなっている鼓動をしっかりと感じ取る。

 

「ボクも、ラウラちゃんが妹で幸せだよ」

「一生姉様についていきます!」

 

 二人の姉妹愛は今日も甘く、そして深く紡がれる。

 生まれたときは愛に恵まれなくても、それでも愛情は育める。二人は、今を全力で楽しむことでそれをはっきりと証明してみせていた。

 

「次は薬指をお願いしますっ」←ハチミツ塗り塗り

「また甘そうな指だなぁ、ふふっ」

 

 

 

 後日、二人の指チュパ写真が有志によりカレイドマテリアル社の公式アイズ・ラウラ姉妹ファンサイトに投稿され、大きな反響を呼ぶことになるが、それは別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 【簪とお出かけ】

 

「ど、どどどうしよう……!?」

 

 簪は挙動不審になりながらしきりに自身の身だしなみを気にしていた。普段着ることのない可愛らしいワンピースに白いカーディガンを羽織り、いつもの眼鏡もはずして化粧も数時間かけて仕上げてある。少し癖のある髪もストレートに直し、一見すればよく知る者でも簪と気づかないかもしれない。

 それはまさに深窓のご令嬢といっていい容姿だ。このコーディネイトを全面的に協力した姉の楯無は妹の可愛さに奇声を上げながら歓喜していたくらいだ。

 

「う、うう~」

 

 そしてなぜ簪がこんな格好をしているのか?

 理由などひとつしかない。

 

「かーんざーしちゃーん」

「っ!? ア、アイズ……!」

 

 以前簪と一緒に買い物にいったときに簪が選んだ可愛らしい服装を身に纏ったアイズが笑顔を浮かべてやってきた。いつものようにその両の瞳は閉じられているが、普段している目隠し布は取り外され、素顔を晒した笑顔を簪に向けている。

 それだけで簡単に簪の心臓はキュンと切なくも甘い鼓動が刻まれる。

 

「ん、んー?」

「ど、どうしたの?」

「今日の簪ちゃんはいつもと違うね? なんかおしゃれ?」

「わ、わかるの!?」

 

 びっくりした。

 アイズは今も目を閉じている。簪がいくらおしゃれをしてもアイズには見えない。それは確かだ。だから簪が身だしなみに気合を入れたのはあくまで綺麗な自身としてアイズの隣にいたかったためだ。

 

「雰囲気と、簪ちゃんの声から。いつもよりずっと綺麗に感じるよ?」

「ひうっ」

「ん? んん~?」

「な、なに?」

 

 アイズが手を伸ばし、ペタペタと簪の頬や耳に触れる。突然のことにびっくりするも、アイズはニコニコしながら簪の顔を両手で挟むように触れる。

 

「あ、眼鏡もないんだね。簪ちゃんの視線がいつもと違ったのはそういうことなんだ」

 

 そんなことまでわかるアイズには本当に脱帽する。精一杯着飾ってよかったと思うと同時に、それを我がことのように喜んでくれるアイズがますます愛おしい。

 

「さ、行こうか」

「うん! でも、本当にいいの?」

「うん、ボク行ってみたい」

「わかった、ちゃんと連れて行くからね」

 

 今日のデートはアイズからのお願いだった。

 もうじき退学して離れ離れになる前に、どうしても行きたい場所があるからとアイズにしては珍しいわがままだった。

 でも、そんなわがままを言ってくれるだけで簪は嬉しかった。もうじき会えなくなる、感じることができなくなるアイズの体温をしっかりと感じながらゆっくりとアイズを連れて歩きだした。

 

 

 ***

 

 

 そこは様々な色がひしめき合っていた。

 ひとつひとつが決して同じ形や色をしているわけじゃない。微妙な差異があり、それでもそのひとつひとつが調和してひとつの完成された風景となっている。

 

 IS学園から公共交通機関を乗り継いで二時間ほどの場所にあるフラワーガーデン。視界いっぱいにひろがる花畑を前に、アイズと簪は並んで腰を下ろし、その景色を堪能していた。

 しかし、もちろんアイズは見えていない。ただ目を閉じたまま、じっと目の前に広がる花畑を感じ取っている。実際、アイズには視力に頼らずに、違った景色がその脳裏に映っているのかもしれない。

 アイズは口元を小さく笑みの形に歪めながら、見えないはずの景色を楽しんでいた。

 

「アイズ、見なくていいの?」

「うん。たしかにAHSがあるから見えるようになるけど、いいんだ。ここは目に頼らなくても見えるから」

「目に?」

「花って、それぞれが違う香りなんだ。風に乗って、たくさんの香りが伝わってくる。目に見えなくても、それだけでボクには花を感じ取れる」

「……アイズって不思議。出会ったときからそうだった」

「そんなに不思議かな?」

「うん。アイズは、まるで心で見ているみたいだから」

 

 初めてあった時からアイズ・ファミリアはそんな不思議な少女だった。アイズを知れば知るほど、今でもそんな印象は強くなる。

 簪だけでなく、周囲の人間の多くがそんなアイズに魅入られている。誰とでも仲良くなれる、といえば簡単だが、アイズはたやすく誰とでも一緒に笑うことができる。簪もその一人だったが、今ではどうしてアイズといると幸せになれるのか、少し考えてみたことがある。理屈では語れないだろうし、語るべきことでもないとわかっていてもじっとアイズを見ていてわかったことは、アイズは誰かを好きになることを楽しんでいる、ということだった。

 そして同時に、好意を向けられることに真摯に感謝している。そんなアイズだからこそ、簪もここまでアイズが好きになったのかもしれない。

 そう思ったとき、目の前にある花にアイズが重なる。儚く、折れそうでも強く綺麗に花咲くその姿に、簪はアイズの生き様を見た気がした。

 

 ふと、アイズが隣の簪の肩に頭を預けた。いきなりのことにびっくりしながらも、簪も自然とそれを受け入れる。

 

「………簪ちゃん」

「どうしたの?」

「寂しい」

 

 ぎゅっと簪の腕にしがみついてくるアイズに、簪の庇護欲が刺激される。どうしてアイズはこうも心の柔らかいところを的確に触れてくるのだろう。

 

「本当は離れたくない。でも、ボクは行かなきゃ」

「……うん」

 

 それがアイズの道だ。だから簪も寂しくてたまらないが、引き止めることはしなかった。

 

「ここに来てよかった。鈴ちゃんや箒ちゃん、一夏くん、クラスのみんな……楯無センパイも、そして簪ちゃんも、みんな会えてよかった。ボク、今まで身内以外で友達ってつくったことなかったから」

「うん」

「みんな大好き。その中でも、簪ちゃんは特別」

「そうなの?」

「ずっと一緒にいてくれて、すごく嬉しかった」

「…………ずっと、いるよ」

 

 簪はアイズを自身の膝の上へと誘う。膝枕をするようにアイズの頭を抱え、やさしくその頬を掌でなぞる。

 

「ずっとアイズを想ってるよ」

「……うん」

「ずっとアイズを応援してるよ」

「うん」

「ずっと、大好き」

「うん……!」

 

 花畑の中で膝枕をしながら好意を確かめ合う美少女が二人。とても絵になる光景であるが、二人は少し寂しげに笑う。

 アイズはぎゅっと簪に抱きつき、簪の体温を、鼓動をしっかりと覚えようとする。

 

「簪ちゃんに会えてよかった」

 

 揺れる世界に別れの時が近づいているとしてもアイズはさよならは言わない。

 

 また、こうして触れ合える世界がくるから。そのために戦う道を往くのだから。

 

 だから今は、ただ互いの存在を刻み込むように。そうやって触れ合えるだけで幸せを感じられる。それだけで、今は十分だった。

 アイズは簪の好意に甘えるように静かに眠りに落ちていった。

 

「離れていても、なにかあればいつでも助けにいくよ」

 

 静かに眠るアイズを慈愛で包みながら、簪は静かに己の覚悟を確かめる。

 

「アイズは、私が守る」

 

 どんなに離れていようとも、それが簪の誓い。自身を好きといってくれた、そして簪が心から好きだと言えるアイズへの愛情であった。

 

 




2話同時更新の1話目です。

セシリア編は甘えん坊アイズ、ラウラ編は小悪魔アイズ、簪編はピュアアイズとなる短編集でした。

アイズは主人公のはずなんだがヒロインへの嫁っぽさがヤバイ。本編とは関係なくてもだいたいいつもこんな感じなのがアイズがアイズである所以。
まぁ、本編だとイケメンなアイズになるのでまた次章からかっこいいアイズにしたいです。

そして次話が今回のメインカップリング話となります。

続けてどうぞ。

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