双星の雫   作:千両花火

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Act.9 「平穏な日々の裏で」

「楯無セ~ンパイッ♪ あーそびーましょ~?」

 

 と、陽気な声を上げながら生徒会室にやってきたアイズ・ファミリアに楯無は唖然としながら固まった。ここまで度肝を抜かれた不意打ちを受けたのはいつ以来だろうか、いつも自分はする側だからよく思い出せない、なんてどうでもいい思考をしているうちにアイズはとことこと歩いてソファーに座る。

 この子は本当に目が見えていないのだろうか、と思うくらい自然な動きだった。一度来たことのある場所は把握できると行っていたが、ここまでくると超能力の類ではなかろうか。楯無はけっこう真面目にそう思っていた。

 

「あ、今日はもうひとりいるんですね」

「……アイズちゃん、実は見えてるんでしょ?」

「見えてないですよ。気配でわかるんです」

 

 楯無の横で控えていた人物、布仏虚は少し驚いたように目をパチクリとさせた。それはアイズに対してでもあり、アイズに振り回される楯無を目の当たりにしたことでもあった。

 

「えと、はじめまして。アイズ・ファミリアです。楯無センパイのお目付け役の人かなにかですか?」

「はい、そのとおりです。ご慧眼、恐れ入ります。布仏虚と申します」

「ちょっとー? なに、私ってそう思われてるの?」

「事実ですので」

 

 ふてくされる楯無の姿がわかるのか、アイズもくすくす笑っている。

 そうしているうちに虚に出された紅茶を、やや手間取りながら手にとって一口飲むと感嘆の声をあげる。

 

「美味しい。セシィと同じくらい美味しい紅茶なんて初めて」

「あら、そうなの? 私はこれが世界一だと思ってたんだけど」

「セシィは本場出身だから、こういうの得意ですよ。ある人なんか、……セッシーの紅茶はもう世界遺産にしてもいいよね、新名産オルコッティーだよ、ひゃっほい! ……って絶賛するくらいですし」

「ず、ずいぶんエキセントリックな人ね」

「あはは、ボクもそう思います」

「それで、今日はどうしたの?」

 

 無垢で純粋そうなアイズではあるが、楯無にとって重要な要注意人物であることは変わりない。アイズのペースに呑まれないように、しかしアイズにはあまり意味はないが表情を悟らせまいとするいつもの癖で扇子を取り出し、口元を隠す。

 

「うーん、それがですね、ちょっと聞きたいことがあったんですよ」

「うん、なにかな?」

「センパイは、一夏くんの専用機は知ってますか?」

「……? そりゃあ、ね。あの近接特化機でしょ?」

「あれってどこが作ったんです?」

「……まぁ、調べればすぐわかるだろうけど……虚?」

 

 楯無が横に立つ虚に求めると、虚はなにかの用紙をぱらぱらとめくり、やがてその情報を読み上げる。

 

「専用機白式。制作は倉持技研ですね」

「ふーん、……」

「アイズちゃん、なに企んでるの?」

「いや、ちょっと気になることがあって……あの専用機、なんで用意できたんですかね?」

「……………」

 

 楯無にもアイズが言わんとすることが理解できたのだろう。少し表情を固くして腕を組んだ。見えない、とわかっているからか、知らずにアイズの前ではポーカーフェイスであることをやめていた。そんな楯無を見ながらも、虚が説明を続ける。

 

「……もともと、あの技研で作られていた機体らしいです。織斑一夏さんの出現により、一時凍結されていた機体を、彼専用機に仕上げた、とされていますが」

「でも、一夏くんが制作に協力したわけじゃないんですよね?」

「はい、彼が専用機に触れたのも、オルコットさんとの模擬戦が初だったようです」

「じゃあ、誰が一夏くんのデータを用意したんですか?」

 

 そのアイズの言葉を機に、部屋に沈黙が降りる。やや緊張の強まった空気のまま、一分ほどが経過する。

 

「…………つまり、アイズちゃんはこう言いたいの? 一夏くんの専用機を用意できたのは、誰かがそう根回ししたからだ、と?」

「………」

「早計じゃないかしら? あなたの懸念はわかるけど、決め付けるには弱いわよ」

「ですよね」

 

 あっさりと引いたアイズを見る限り、本人もそれほど重要視はしていなかったのだろう。ただ気になるから懸念を潰したかったのだろうと楯無は思った。しかし、同時になぜそこまで気にするのか、そのほうが楯無にとっては気になった。

 

「テストパイロットなんてやってると、どうにもそういう裏事情が気になっちゃって」

 

 愛想笑いでもするように、わざとらしく笑うアイズ。こういう笑顔は心底似合わないな、と感じる楯無はいつもの調子を取り戻したかのようににやりといやらしい笑みを浮かべる。

 

「アイズちゃんは心配性ねぇ」

「んー、よく言われます。なんか心配事があると不安になっちゃって……」

「まぁ、そういうときはこのお姉さんに頼りなさい。アイズちゃんって子供っぽいし、お姉さん、甘やかしちゃうぞ?」

「え、いいんですか?」

「もちろん、もちろん。特別に楯無お姉さんと呼んでもいいわよ?」

 

 楯無のいつもの悪乗りに虚がため息をつくが、二人はまだアイズの本当の恐ろしさを知らなかった。セシリア曰く、「天然の甘え上手」「年上キラー」と言われるアイズにこんなことを言えばどうなるか、楯無は身をもって思い知ることになる。

 

 アイズはわずかにぽーっと呆けたかと思えば、今度は満面の笑みを見せて、精一杯の甘えた声でそれを言った。言ってしまった。

 

 

 

 

「……うんっ! たてなしおねえちゃんっ」

 

 

 

 

「ぶほっ……!?」

 

 瞳こそ隠れていたが、本当に嬉しそうに笑っているとわかる声、可愛らしい仕草、それらすべてが楯無のハートに直撃した。心の絶対防御をたやすく貫通するそれは、まさにアイズが持つ単一仕様能力である。ちなみにこのアイズの前にセシリアはもちろん、束さえも撃墜している。まさに可愛がりたい妹系、守ってあげたくなる小動物系、抱きしめたくなるマスコット系、そんな要素を圧縮して放ったそれは見事に楯無を撃墜した。

 楯無がかーっと頬を朱に染める。よかった、アイズが見えなくてよかった、と無礼だと知りながらもそう思った。しかし、この胸の高鳴りはまったく収まる気配がない。

 

「これからは、たてなしおねえちゃんって呼びますね!」

「え、えと、あの、…………」

「……だめ、なの?」

「い、いいよ! いくらでも呼んでいいからね! ………で、でも普段はセンパイにしておいてね?」

 

 じゃないとどうにかなりそうだ。楯無は胸を押さえながら必死にそう伝える。

 

「はい、わかりました! じゃあ、また会いたくなったら来ますね!」

 

 花のような笑みとともに本当に嬉しそうにしているアイズに、もはや何も言えなくなる。虚も少しドキドキしながら、ここまで翻弄される主人が珍しいのか、面白そうに慌てふためく楯無を見つめていた。

 

 

***

 

 

 

「なんかやりこめられた気がする………さすが、たてなしおねえ………センパイ。油断できないなぁ」

 

 それがアイズ自身の持つ特異な魅力のせいだと露にも思わず、見当違いなことを言うアイズ。その呟きを聞いたセシリアはそれだけでなにがあったのか、大体を察してしまう。

 

(大方、生徒会長もアイズにやられたんでしょうね………ご愁傷様です)

 

 あの“おねだりアイズ”の魅力に敵うものなどいない、とけっこう本気で思っているセシリアは苦笑しながらアイズの頭を撫でている。こうしていること事態、セシリアもどっぷりはまっている証拠だと自己分析をしながらもやめるつもりもなかった。

 

「さて、そろそろ定期連絡の時間ですね」

 

 セシリアは荷物の中からノートPCを取り出して起動させる。見た目はただの市販のノートPCだが、中身は束謹製の化け物スペックPCである。セキュリティロックが尋常じゃなく、アイズとセシリアしか起動させることができず、音波ソナーを搭載し、周囲五メートル以内に動体があれば即座に警告を発し、三メートルに侵入されたら即座にシャットダウン、警告を無視して登録コード以外の操作をした場合、物理的にPCが破壊される。所謂自爆である。

 

『パスワードを言ってね! 5秒以内に言わないと恥ずかしい秘密を言っちゃうゾ!』

 

 どこかのウサギの声が響き、画面にウインドウが現れる。ちなみに音声認識であり、セシリアかアイズでなければロックの解除が不可能である。

 

「せくしーでらぶりーなうさぎさん、だいすき」

 

 棒読みでセシリアが言う。こうした電子関係では無敵とはいえ、やはり束の作るものは常軌を逸している、と本気で思うセシリアだった。

 

『感情が足りないよ! 感情を込めてもういっかい言ってね!』

 

 イラッ

 

 けっこう本気でイラッときたのはいつ以来だろうか。セシリアは額に青筋を浮かべながら頬を引きつらせた。そんなセシリアに対し、こういうノリに楽しくのるのがアイズである。

 

「セクシーでラブリーなウサギさん、大好きー!」

 

『ウサギさん嬉しくて昇天だよ! ひゃっほい! …………回線の接続を確認。コネクト』

 

 液晶画面が一瞬黒くなったかと思うと、一点してお花畑やお菓子の家などのファンシーな背景画面が現れる。そして中央にウインドウが表示され、そこにキャンディーを咥えた束の姿が映る。

 

『やぁやぁ、待ってたよ! ………って、どうしたのセッシー。なんか睨まれるようなことしたっけ?』

「いえ、お気になさらず…………ウサギ自重しろ」

『演出不足だったかな? 次回からもうちょっと手の込んだパスワード入力にしておくね!』

「むしろ手が込みすぎです。というか、監視でもしてたんじゃないですか?」

 

 効率的な行動を心がけているセシリアにとって、束のようにエキセントリックな無駄に洗練された無駄のない無駄な行為というものに対しての理解がまだおいつかない。

 

「束さん、いくつか聞きたいことがあるのですが」

『なんだい? 束さんがなんでも答えてあげよう!』

「一夏さんの専用機、あれは誰が用意したんですか?」

 

 セシリアの質問に束は一気に機嫌が悪くなったように顔を顰める。そして忌々しそうに口を開く。

 

『あれね………あれは倉持技研が作ったのは知ってる?』

「はい、それは聞きました」

『あそこはちーちゃんの機体を保管していた、んだけど……』

「織斑先生の? 確か、暮桜、でしたか。先生がブリュンヒルデとなったときに使っていた機体ですね」

『いっくんの白式は、ベースが暮桜なの。もともと暮桜を強化しようとしてたみたいだけど、頓挫しててね。まぁ、私の作ったあれをどうにかできると思うほうがバカなんだけどー。……まぁ、それをいっくんの専用機に“ダウングレード”して作ったのが、あの機体』

「………そういうことでしたか」

 

 セシリアが合点がいった、というように頷いた。確かにどこかで見た機体、どこかで見た武装だとは思っていたが、まさか暮桜の改造機体だったとは。

 道理でこの短期間に用意できたわけだ。もとの使用者の血縁者ならある程度は適正も合致すると踏んだのか、ただ単に仕様を千冬専用から一夏専用に変更しただけだったらしい。

 だから武装も零落白夜を有するブレードの一振りというわけだ。

 しかし、それでも機動性などの基本能力は十分に高性能機だ。そのスペックをして、ダウングレード版とは、オリジナルの暮桜がどれだけ化け物スペックだったのか考えるだけでも恐ろしい。

 

『いっくんがあの機体を高水準で使えるのは、ちーちゃん専用機だから、ってだけ。ちーちゃん専用にカスタマイズしてあるから、それに近しい血縁者のいっくんが二番目に高く適合するのは、むしろ当然』

「……束さん、それじゃあ本当の意味で一夏さんの専用機がある、ということですか?」

『あるよ。こんな世界になっちゃったから渡せないけど、いっくん専用のコアは用意してあった。もしそのコアで専用機を作れば、スペックだけでも今の倍くらいは楽々いくね』

 

 本当に恐ろしい人だ。世界中が篠ノ之束を手に入れようと躍起になっている理由がわかるというものだ。

 と、そこで今まで黙って聞いていたアイズが口を開いた。

 

「束さん、それじゃああの白式ってのは、暮桜を初期化したものってことですよね?」

『うん、簡単にいうとそうなるね』

「その暮桜、誰が所有権を持ってたんですか?」

『私』

 

 沈黙が降りる。つまり、倉持技研、ひいては、そこに暮桜を預けた日本政府も含め、束から機体を奪い、勝手に初期化して改造したということになる。あまりの厚顔無恥な行為にセシリアもアイズも不愉快そうに顔を歪めた。

 

『私が雲隠れするとき、さすがにあの機体を持って逃げるほど余裕なくてね……そのとき、家捜しでもされて回収されたんだろうね……さすがの束さんも怒りを通り越して呆れたよ。保管しておくのならまだしも、研究材料にして、出来もしないのに手を出して、解析不能だからって頓挫して、いっくんが現れたら適合するだろうなんて理由で、意味のない初期化をした挙句に形だけ変えて自分たちが作った機体ですっていっくんにあげたんだよ? こういうの、恥知らずっていうのかな?』

 

 束も笑顔のままであるが、機嫌が悪そうだ。当然だろう、と二人は思う。束にしてみれば暮桜は千冬にプレゼントした大事なものでもあるのだ。それを勝手に弄られればいい気持ちはしないだろう。

 

「織斑先生は……」

『薄々気づいてはいるんじゃない。もともとちーちゃんの機体だし、でも確証ないからちーちゃんはなにも言わないと思うけど』

 

 やりきれない話だ。アイズはどこまでいっても束の好意は裏目にしかでないことに、運命の神がいるなら殴りたくなった。

 

『ん、そろそろ時間だね。これ以上の暗号通信も危ないから、また来週~』

「はい、いろいろ情報ありがとうございます」

『大丈夫だと思うけど、気をつけてね、なんか学園の周り、ちょっと妙な動きがあるから。またなにかわかったら連絡するね、それじゃあ、アイちゃん』

「はい」

『心配してくれてありがとう。でも、気にされちゃうと束さんも困っちゃうゾ?』

「束さん……」

『それじゃあまたね! 束さんは夜空の星のように常に二人を見守ってるぞい!』

 

 てへぺろ、という擬音が聞こえてくるようなポーズをとって画面が消える。特殊回線が切れたことで、再びPCは擬態用の通常画面へと戻る。

 セシリアはそのノートPCをたたむと、心配そうにアイズに目を向ける。

 

「…………」

 

 案の定、アイズは落ち込んだように俯いている。束のことを心配しているのだろう。束は以前、二人の前で普段の姿からは想像できないほどに落ち込んだ姿を見せていた。思えば、あのときが二人と束がはじめて面と向かい会話したときだった。それから今までずっと浅くない縁が続いているが、そんな姿を知っている二人からすれば束が報われない話というのはいい気分がしない。

 

「ちょっと、風にあたってくる……」

 

 アイズはふらふらと部屋を出て行く。セシリアもついていくべきかと思ったが、やめた。アイズは甘え上手だが、その反面、セシリアにも見せたくない弱気な姿をしてしまうというときが希にある。おそらく今がそうだろう。

 まぁ寮内ならある程度目が見えなくても既に把握しているから大丈夫だろうが、少しして戻らなければ様子を見に行ったほうがいいだろう。セシリアもやや重い気分の中、出て行くアイズの背中を見送った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 寮内をふらふらと歩きながらアイズは思う。

 

 なんで、束は報われないのだろう。あんな優しい人が、どうして辛い思いばかりするのだろう。

 

 しかし、それはセシリアも、自分もそうだ。願いが報われたことは多くなく、あったとしても、それは多大な犠牲を出して得たものばかり。アイズはセシリアや束がいるから不幸だとは思っていないが、客観的に見て自分も大概不幸な生い立ちをしていると思っている。何度か自分の人生を呪ったこともある。

 そんな自分を支えてくれたのがセシリアであり、束であり、イリーナをはじめとしたカレイドマテリアル社の人たちだ。だからアイズは無意識のうちにでも、自身よりもそんな自分を救ってくれた人たちの幸せを願っている。

 アイズの幸せとは、アイズひとりだけでは絶対に実現しないのだ。

 

 アイズは自分を支えてくれた人すべてに感射し、その人たちの幸せをもって自身の幸福に還元できる。やや狂った感性が見え隠れするその幸福は、まだまだ遠い。

 今はまだ、ただそれを求めるように頑張るしかないのだ。一度落ち込めばまたすぐに立ち直ってがんばれる。それもアイズの美点だった。

 

「よし、またがんばろう。そのためにここにいるんだから…………うきゅっ!?」

 

 決意を新たにしたところで、正面からなにかにぶつかって間抜けな悲鳴をあげる。それは人だった。いつもは気配に敏感なのに、テンションが下がり考え事をしていたせいでまったく反応できなかった。ちょうど曲がり角の出会い頭にぶつかったため、相手も反応できなかったのだろう。

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「こちらこそ……ごめんなさい」

 

 アイズは気を取り直して気配のする方へと謝罪する。

 

「……! あなた、目が……」

「あ、うん。でも大丈夫、………痛っ!」

 

 立ち上がろうとしたとき、足に鈍い痛みが走った。挫いてしまったのか、右足首がかなり痛い。

 

「怪我をしたの?」

「ちょっとくじいたみたいで……」

「つかまって」

 

 アイズを支えるようにその人が立ち上がらせてくれる。アイズはその人から感じるものに、なにかしらの既視感を覚えた。

 

「一度私の部屋に。すぐそこだから、簡単な治療だけでもさせて」

「で、でも悪いよ」

「ぶつかったのは、私の不注意だから」

 

 目の見えないアイズに気遣ったのだろうが、アイズとしては不注意は自分のほうなので逆に申し訳なくなった。しかし、足の痛みは変わらないために素直にその好意に甘えることにした。

 

「ありがとう。ボクはアイズ・ファミリア。あなたは?」

 

「………簪。更織、簪」 




とうとう更織姉妹攻略編が……始まらねぇよ。

意図してなかったけどいつのまにか主人公が同性キラーになりつつある(汗)


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