僕とウチと恋路っ!   作:mam

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1月15日(日)


僕とウチと看病part02

「アキくん。お願いがあるのですが……」

 

 姉さんが布団の中から話しかけてきた。

 風邪を引いてるせいなのか、顔を赤くして……

 でも、表情は真剣そのものだった。

 ここまで真剣な表情をしているなら、ちゃんと話を聞いてあげないと。

 

「何、姉さん?」

「私が……私が死ぬ前に…………」

「ちょっ……姉さん、縁起でもない事を突然言わないでよっ!?」

 

 姉さんはそんなに具合が悪いのだろうか。

 ベッドの傍にいる僕の手を握って潤んだ目で見上げてきて言葉を続ける。

 

「――私とアキくんが、お嫁に行けなくなるくらいのチュウをして欲しいのです」

「ちょっ……姉さん、とんでもない事をさらっと言わないでよっ!?」

 

 やっぱり、いつもの姉さんだった。

 自分がお嫁に行けないのを僕のせいにしようなんて……

 それに僕は男なのに何でお嫁に行けなくなるのっ!?

 

「姉さん、熱でうなされているんじゃないの?すごく変な事を言ってるんだけど」

「私が死ぬって事ですか?」

「そこじゃないんだけど……今、死ぬって言ったけど、そんなに具合が悪いの?」

 

 本当に死ぬ事は無いだろうけれど、そんな事を考えるくらい具合が悪いなら

 少しでも元気が出るように励ましてあげなきゃ。

 頬に軽くキスするくらいならしてあげても……

 

「いいえ。おそらくただの風邪だと思いますが……私も人間ですから、いつかは死にますよ?」

「じゃあ、姉さんのお願いは今すぐ聞かなくても良いよねっ!?」

 

 きっと姉さんは何十年経っても、この調子なんだろう。

 そんな姉さんに僕がキスする事は、永遠にありえない。

 

「ところで先ほどの電話で美波さんは何と言っていたんですか?」

「そうだ、すっかり忘れてたよ。美波が姉さんの看病をさせてくださいって」

 僕が部屋に戻るなり、姉さんが真面目な顔で変な事を言ってくるから

 美波の事を言うタイミングが無かったじゃないか。

 

「美波さんが?」

「うん。僕が風邪引いた時にも看病してもらってるし、美波には本当にお世話になってるよね」

「そうですね。いつか、アキくんが誠心誠意、恩返ししないといけませんね……メイドになって」

「ちょっと待ってよっ!何で恩返しするのにメイドにならないといけないのさっ!?」

 

 恩返しと言うか……美波に何かしてあげたいとは、いつも思っているんだけどなぁ。

 

「アキくんが風邪を引いた時、美波さんもメイド服に着替えて看病してくれたのでは?」

「そうだけど……」

 あの時の美波は可愛かったなぁ。

 ムッツリーニじゃないけど、写真が残ってないのがすごく悔やまれる。

 

「それならアキくんもメイドとして恩返しをするべきでしょう?」

「でも……それならメイドじゃなくて執事の格好でも良いのでは――」

 僕がそう言うと、姉さんは枕の上で顔を左右に少し振り……

 

「アキくんは何も判っていません……女装には女装を、メイドにはメイドを、と昔の人も言っています」

「女装って、美波はちゃんとした女の子だからねっ!?」

 

 しかもそんな大昔のどこかの国の法律みたいな事を言っても騙されないぞ。

 

 

 ――あ、そうだ。

 

 朝、姉さんに洗濯物が有るかどうか確認しに来て

 その時に姉さんが赤い顔で寝ていたから

 そっちの方ばかり気にしていたけど……

 

「姉さん。僕、洗濯してくるね」

「川まで行くのですか?」

「そんな訳ないでしょ」

 それだとお土産に桃を持って来ないといけなくなるじゃないか。

 やっぱり風邪を引いた時は桃が食べたくなるのだろうか。

 

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「よろしくお願いしますね」

 僕は風呂場の方へ移動し、洗濯物と洗剤を洗濯機の中へ入れてスイッチを押す。

 

 

 しかし姉さんは本当に風邪を引いているのだろうか。

 確かに顔は赤いし熱もあるし、具合が悪そうなんだけど……

 言う事が、いつも通りなんだよなぁ。

 

 うーん、と僕が首を捻りながら考えていると……

 

 

――ピンポーン ピンポーン

 

 

 美波が来たのかな。

 僕は急いで玄関の方へ移動する。

 

「はーい。今開けます」

 

 ガチャ、とドアを開けると……

 

「アキ、おはよう」

 

 美波が白い息を弾ませながら朝の挨拶をしてくれる。

 少し呼吸が乱れているみたいだ。そんなに急いで来てくれたのか。

 

「おはよう、美波。朝から色々頼んじゃって、ごめんね」

「全然気にしなくて良いわよ」

 

 にこにこと微笑んでいる美波から

 両手に一つずつ持っていたスーパーの買い物袋を二つとも預かる。

 

 うわ、結構重いな……スーパーまで迎えに行った方が良かったかな?

 

「それより玲さんの具合はどう?」

 美波が心配そうに聞いてきた。

 そっか……風邪を引いたとしか言ってないから心配してるんだな。

 

「熱が少しあるけど……今は、ちゃんと寝てるから大丈夫だよ」

 さっきまでの姉さんなら顔が赤くて熱があるくらいで

 普段と変わらない気がする。

 

 とりあえず買い物してきてもらった物を片付けるために美波と二人でキッチンへ。

 袋から色々取り出していると……

 

 あれ?

 これは……桃じゃないか。

 

「美波?川に流れていたのを拾って来たの?」

「そんな訳ないじゃない……それより包丁と、何か容器を貸してもらえる?」

 

 美波は桃と一緒にイチゴも買ってきていて手際よくカットし、容器に入れて冷凍庫へ。

 後で冷たいデザートを作ってくれるみたいだ。楽しみだなぁ。

 風邪を引いている姉さんでも、フルーツを使った冷たいデザートなら食べやすいだろう。

 そして一通り片付け終わると、姉さんの様子を見に……

 

 

――コンコン

 

「姉さん。美波が来てくれたよ」

「失礼します」

 

 美波と二人、部屋に入ると……

 

「美波さん。折角来て頂いたのにこんな状態でごめんなさい」

 布団から上体を起こして美波に挨拶をする姉さん。

 顔がまだ赤いけど、起き上がっても大丈夫なんだろうか。

 

 すると美波は姉さんの傍へ歩いていき

 

「玲さん、無理をしないでください。身体の具合はどうですか?」

「心配して頂き、ありがとうございます。たぶん大丈夫だと思います」

 

 姉さんは赤い顔を美波に向けて、にっこりと微笑んでいるけど……

 頭が少しふらついている……やっぱり辛いんだろうな。

 ここから見ていても無理をしている感じがする。

 

「姉さん。無理しないで寝てた方が良いんじゃない?」

「そうですよ、玲さん。もしお腹が空いてるなら、ウチ何か作ってきますけど?」

「ありがとうございます。今はお腹は空いていませんので……後で頂きますね」

 

 姉さんは笑顔のまま、僕の方へ向かって手招きをしている。

 僕が姉さんの傍へ行くと

 

「アキくん」

「姉さん、どうしたの?」

「私は……今年の夏まで……」

 

 僕の手を取り、弱々しそうに話しかけてくる姉さん。

 まさか、夏まで持たないって言うのだろうか。

 さっきはただの風邪なんて言っていたけど、本当はすごく具合が悪いんじゃ……

 

 

 

 

 

 

「――――に、アキくんにプロポーズをしてもらえるんでしょうか?」

 

 

 僕の方が具合が悪くなりそうだ。

 

 

「ア~キ~?後で、ちょぉ~っと話があるの」

 隣を見ると……美波の引きつった笑顔が僕を睨んでいた。

 

 僕の看病まですることになったら美波が大変になるよ?

 

 

 すると何処かから……

 

―― PiPiPiPi PiPiPiPi PiPiPiPi ……

 

 どうやら洗濯が終わったみたいだ。

 ちょうど良い。この場から逃げよう。

 

「洗濯が終わったみたいだから僕、洗濯物を干してくるね」

「あっ、アキ。待ちなさい」

「ほら、美波も行くよ。姉さんを少し寝かせてあげないと」

 出来れば今日一日大人しく寝てて欲しいけど。

 

「それもそうね。じゃあ、玲さん。何かあったら呼んでください」

「はい」

 

 僕は美波の手を引いて部屋を出る。

 

 僕が閉めたドアのドアノブをまだ握っていると……

 同じ様に美波が僕の左手を握り、捻ってきた。

 

「痛たたっ!みっ、美波!それはドアノブじゃないよ!?」

「アキっ!さっきのはどういうことなの?」

 美波が勝気な吊り目をこれ以上はないっていうくらい吊り上げて

 僕の左手を捻っているんだけど……

 

「さっきのって……姉さんがプロポーズとか言ってた事?」

「そうよっ!」

「僕も困っているんだけど……姉さんっていつもあんな感じでしょ?」

「そうだけど……本当に何も無いんでしょうね?」

 

 僕の左手を捻るのを止めて、念を押すように顔を近づけて来る美波。

 仄かに香るシャンプーの良い匂い。

 僕の目の前には長く揃った睫毛に大きな瞳。

 

 いつも見ているけど、やっぱりこんな近くで見ると……

 

「なっ、何よ?いきなり顔を赤くして?」

 

 ――と言っている美波も、頬を染めている。

 

「もちろん何も無いよ。そして今更だけど……今日はよろしくね」

 僕が出来るだけの笑顔でそう言うと……

 

「うんっ。ウチに出来る事があったら何でも言ってね」

 さっきまでの怖い顔が嘘のように……

 美波も満面の笑みで答えてくれた。

 

 

「あ、そうだ。洗濯が終わってたんだっけ」

「ウチも干すの手伝うわよ」

 

 僕が洗濯機の方へ移動すると美波も付いてきた。

 美波が手伝ってくれるのは嬉しいんだけど……

 

「僕一人で大丈夫だよ。それより美波は朝御飯作ってくれるんじゃ?」

 そろそろお腹が空いてきたから洗濯物を干し終わったら朝御飯が食べたいなぁ。

 

「今日はアキと一緒に居たいの……ダメ?」

 僕の袖を引っ張りながら見上げるように首を傾げてお願いをしてくる美波。

 そんな可愛い仕草でされる美波のお願いなら何でも聞いてあげたくなるけど……

 

「ダメじゃないけど……洗濯物には僕の下着もあるんだよ?」

「ウチは気にしないわよ」

「僕がすごく気にするのっ!!」

 

 美波だって僕に下着を見られるのは嫌じゃないのかな。

 

「だって玲さんの下着もあるんじゃ……」

「うん。いつも姉さんの下着も一緒に洗ってるからね」

 

 別々に洗うと効率が悪いし、費用も無駄に掛かるし。

 

「だっ、ダメよ。アキにはまだ早過ぎるわっ!」

「早過ぎるって何がさっ!?」

 まさか僕が着用するのに早過ぎるとか言うんじゃないよねっ!?

 

「とっ、とにかく、ダメなものはダメなのっ!」

 美波が顔を赤くして僕の服の裾を引っ張っている。

 何がダメなのか教えてくれないと判らないんだけど……

 

「ねぇ、美波。何がダメなのかな?」

 すると美波は首まで赤くして

 

「その……玲さんの下着でアキが変な気を起こすんじゃないかって――」

 

 ひょっとして僕が姉さんの下着で変な事を考えないか、心配してるのか。

 

 そうだとしたら酷い誤解だ。

 僕は姉さんにはまったく興味が無いのに。

 

 それなら僕には、その気が無い事を教えてあげよう。

 僕は洗濯機の中から姉さんのブラジャーを掴むと

 

「ほら、僕はいつも洗濯をしてるから姉さんの下着なんて興味無いよ」

 僕が姉さんの下着には何とも思ってない事を証明していると

 美波がそのブラジャーを指差して

 

「じゃあ、そのブラジャーが瑞希のだったら……」

「えっ、これが姫路さんの……」

 

――――ボタボタ

 

 いきなり美波は何言ってるのっ!?

 

「ちょ、アキっ!何、いやらしい事考えてるのよっ!?」

「だって、美波がいきなり変な事を言うから……想像しちゃったんだよっ」

 姉さんの物だと思っていたから今まで大丈夫だったんだけど

 他の人の物だと思うと……ムッツリーニの事が笑えない。

 

 そして美波は……

 

 顔を赤くしたまま、僕の目を真っ直ぐ見て

 

「じゃあじゃあ……それが、もしウチのだったら――」

「それはないでしょ。だってこんなに大きいのは合わないとぐべぁっ!」

 

 

 美波の拳を受ける直前に見た……

 

 心の底から悔しそうな泣き顔は

 しばらく忘れられそうにない。

 

 


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