僕とウチと恋路っ!   作:mam

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1月7日(土)


僕とみんなと七草粥part01

 

 

 PiPiPiPiPi……  PiPiPiPiPi……

 

――カチッ

 

「ふぁぁぁ……」

 

 まだ覚めきっていない目を擦りながら時計を見ると……6時17分。

 

 今日は霧島さんの家で七草粥をご馳走になるから

 僕の分はいらないけど、姉さんの朝御飯の用意はしておかないとね。

 

 とりあえず顔を洗ってからキッチンへ。

 僕が朝御飯の用意をしていると姉さんが起きてきて

 

「アキくん、おはようございます」

「姉さん、おはよう」

 

 そしてテーブルの上に姉さんの朝御飯を並べていると

 

「今日の朝御飯は一人分しか用意されていないみたいですが」

「うん。昨日言わなかったっけ?今日は……」

 僕が言いかけると姉さんは自分のお腹に手を当てて

 

「アキくんは私にダイエットをしろと……そう言いたい訳ですね」

「ん?そんなに姉さんは太っていないと思うけど……」

 むしろ出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいて

 弟ながら、姉さんのスタイルはかなり良いと思う。

 そのかわりに一般的な常識が無いところと性格が壊滅的に酷いけど……

 

「アキくんが間違って買っちゃったウェディングドレスを姉さんに着せたくて、ダイエットさせようとしているのかと思ったのですが」

「実の姉に着せようとしてウェディングドレスを買ったりしたら、僕は人として間違ってるよね」

 いくら貰い手が居なくて買ってくれる人が見つかりそうに無いからって

 何で僕が姉さんにウェディングドレスを買ってあげなきゃいけないのさ?

 

「ところでアキくんは今日はずいぶん早いんですね」

 言われてみれば、確かに普段学校へ行くよりも30分くらい早く起きているなぁ。

 

「昨日言ったと思うけど、霧島さんの家で朝御飯を御馳走になるからね」

「そう言えば、そうでしたね。何を御馳走になるんでしょうか」

「七草粥だよ」

「七草……ですか」

 姉さんは手をあごに当てて何か考えているみたいだ。

 

「姉さん、七草って何が入ってるか知ってる?」

「私もそんなに詳しくは無いのですが……確か、スズシロ、ナズナ、ゴギョウ」

 あごに当てていた手を、額に当てて目を瞑って考えている姉さん。

 

「へぇ……良く知ってるね」

 去年の夏まで、しばらく日本に居なかったのに良く覚えているなぁ。

 

「ドクセリ、ドクウツギ、トリカブト……最後がホトケサマ、でしょうか」

「うん。その三つを食べたら本当に仏様になっちゃうね」

 後半部分が違うのは僕でも判る。

 『ドク』って付く時点でおかしいと思わないのかなぁ?

 それは胃腸がスッキリするどころか、残りの人生がスッキリするだろう。

 

 姉さんの調理以前に材料の選択がおかしい事に恐怖を覚えながら

 

「とにかく僕、そろそろ出かけるから食べ終わったら食器は流しに入れといてね」

「はい、いってらっしゃい」

 

 そして僕は着替えてから家を出た。

 

 

――――

―――

――

 

 

 美波との待ち合わせ場所に着いたけど、珍しく美波が居ない。

 僕はほぼ時間通りに来たんだけど……

 10分くらいしても来なかったら携帯に連絡を入れるかな?

 

 そう思って、暇つぶしに七草粥の七草って何だったかな?と考えていると……

 

「アキっ!」

 

 美波が走ってやってきた。

 そして僕の目の前まで来ると

 

「はぁっ、はぁっ……ゴメンねっ、少し遅れちゃった……」

 

 肩で息をしながら遅刻した事を謝っている。

 でも遅刻なんて言うほど待ってないから

 

「僕も来たばかりだから全然待ってないよ。それより少し休んだら?」

「ありがとっ……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」

 

 そう言うと美波は、すぐ横のベンチに……

 

 

 …………座らずに僕に抱きついてきた。

 

「えっ……ちょっ、ちょっと、美波?」

「なぁに?」

 僕の胸に目を瞑って頬を付けているので、まだ美波の息が落ち着いていないのが良く判る。

 

「座って休んだ方が良いんじゃ……」

「こうしている方が落ち着くの……ダメ?」

 頬を赤く染めた美波の潤んだ大きな瞳が至近距離で僕を見上げている。

 

 そんな顔でお願いされたら……

 

「ダメじゃないよ。好きなだけ休んでて良いからね」

「ありがとう……アキって優しいから大好きよ」

 

 美波は仄かにシャンプーの良い匂いをさせて

 ……また目を瞑って頬を付けてきた。

 

 土曜の朝の早い時間だし、そんなに人も通らないだろうから

 あまり恥ずかしくないよね……たぶん。

 

 

 

 しばらくして落ち着いたのか

 

「アキ、ありがと」

 と言って、僕から離れる美波。

 今まで温かかった美波と触れていたところが

 今は冬だということを寒さで思い出させてくれる。

 

 あれ、そう言えば……

 

「美波?今日はマフラーしてないね?」

 何も巻かれていない美波の首元がすごく寒そうだ。

 

「今朝、急いでいたから……こういう時のために少し長めに編んだのよ」

 そう言うと僕のマフラーを解いて、僕と自分の首に巻き直す美波。

 

「ふふっ、これで大丈夫」

 すごく嬉しそうに微笑んでいる美波は……僕の左腕に抱きつくように腕を組んでいる。

 確かに、このマフラーの長さだとあまり離れて歩くのは無理だろう。

 

「アキ、寒くない?」

 美波が触れているところも……心もすごく温かい。

 

「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」

 僕が笑顔で答えると

 

「うんっ……これからはこうして歩くのも良いわね」

 

 美波の心の底から嬉しそうな笑顔が

 こんな近くで見れるなら悪くないかも?

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

 霧島さんの家に着いて呼び鈴を押してから待つ事、しばし……

 大きなドアが開いて和服姿の霧島さんに出迎えられた。

 

「……吉井と美波。いらっしゃい」

「「お邪魔します」」

 そしていつものように霧島さんに付いて長い廊下を歩いていく。

 

「そう言えば、霧島さんは休みの日は家だといつも和服なの?」

 確か、この前雄二とアイススケートに来ていた時は洋服だったけど

 霧島さんの家で見る時は大体和服だよね。

 

「……うん」

 少しはにかんだ笑顔で答える霧島さん。

 本当にこういうおしとやかな感じが良く似合う美人だなぁ。

 

 ……雄二の顔をつかんでいる時とはすごくイメージが違うけど。

 

 そう言えば雄二は霧島さんと一緒に居る休みの日は何を着てるんだろう?

 

「ねぇ、霧島さん。雄二って霧島さんの家に居る時は何を着ているの?」

 やっぱりいつも通りの洋服だろうか。

 それとも霧島さんに合わせて和服とか?

 

「……(ポッ)」

 すると霧島さんは答える代わりに頬を赤らめただけだった。

 

 …………ひょっとすると僕は聞いちゃいけない事を聞いちゃったのかもしれない。

 

 

 そして霧島さんがいつもの部屋の前で立ち止まり、ドアを開けると……

 

「明久と島田、遅いじゃないか。途中で何かあったのかと思って心配したぞ」

 

 全然心配そうに見えない満面の笑みで僕と美波を出迎えてくれる雄二。

 野性味たっぷりの笑顔にチラッと見えた八重歯がキラッと光ったような錯覚まで見える。

 

 雄二がおかしいのはいつもの事なんだけど、いつものおかしさと何か違う。

 

「ねぇ、霧島さん。雄二に何か変な物を食べさせなかった?」

「……ううん。今年はまだ里芋しか食べさせていない」

 首を軽く横に振って答える霧島さん。

 

 うーん……里芋の食べ過ぎで雄二の精神状態が限界を超えちゃったんだろうか。

 

 そんな僕の心配をよそに当の本人は向こうで

 

「HAHAHA……」

 まるでアメコミに出てくるキャラのように笑っていた。

 

…………

………

……

 

 全員が揃ったところで

 

 ――僕と美波がいつものように最後だったんだけど――

 

 別の部屋に移動して全員でテーブルを囲んで座る。

 土鍋が3つと、香の物が載った小皿がいくつかと

 大きな鍋が二つと、そぼろやあん状の物が入った小鉢などがテーブルの上にある。

 秀吉を除く女子勢がお椀にお粥や味噌汁や澄まし汁をよそっていく。

 

 そしてお粥が全員の前に行き渡ったところでみんなが手を合わせて

 

「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」

 

 僕がお粥を食べようとレンゲを持って冷ましていると

 

「はい、アキ。あーん」

 美波が笑顔でレンゲを僕に差し出してくれている。

 

「みっ、美波、恥ずかしいよ……みんな見てるし」

「そんな事ないわよ……ほら」

 美波に促されて周りを見てみると……

 

 姫路さんは僕たちの方に目を向けないようにしているのか、下を向いて食べている。

 秀吉も僕たちの方を見ないようにしているのか、目を瞑って味わうように食べている。

 

 

 工藤さんとムッツリーニは

 

「ムッツリーニ君にも食べさせてあげるね」

 そう言って工藤さんは味噌汁をレンゲによそってムッツリーニの口元へ。

 

「…………味噌汁はお椀を直接口へ付けて食べるもの」

「ええ~。だって具とかはどうやって食べるの?」

「…………味噌汁と一緒に(すす)る」

「そんなのダメだよ。御行儀悪いと思うよ」

「…………うちでは家族六人全員、こうやって食べている」

「ムッツリーニ君がそこまで言うなら……こうすれば良いんだねっ」

 工藤さんはそう言うとムッツリーニの前にある味噌汁のお椀を持って

 ふーふーすると、ムッツリーニの口へ……すごく大雑把なあーんだな。

 

「…………一人で食べられる」

「もうっ!どうすればムッツリーニ君は食べてくれるのっ!?」

 いつもは笑顔の多い工藤さんが珍しく涙目になっちゃったよ。

 

 ムッツリーニもそんなに意地を張らないで食べさせてもらえば良いのに……

 と、思って声をかけようとしたら美波に止められて

 

「言うだけじゃダメよ。まず、ウチらがお手本を見せてあげましょ」

「お手本って?」

「こうするのよ」

 美波は僕の目の前にあった湯気の立ち昇っている味噌汁のお椀を手に取り

 それをふーふーして少し冷ましてから

 

 …………美波がお椀から味噌汁を口に含んで顔を近付けてきた。

 

「うわわわっ!ちょちょちょっ、ちょっとっ、美波っ!?」

 慌てて美波の両肩をつかんで顔が近付かないようにする。

 すると美波は、コクンと味噌汁を飲み込んで

 

「もう、アキったら……どうしたのよ?」

 真っ赤な顔をして少し口を尖らせている美波。

 どうしたも何も……

 

「みんなが見てる前でそんな恥ずかしい事出来ないよっ」

 顔がすごく火照っているのが判るから、きっと僕も顔が真っ赤なんだろうけど……

 とりあえず美波に反論していると秀吉も少し顔を赤くして

 

「おぬしら、朝の学校へ来る途中で……その、同じ様な事をしていたと言うではないか」

「そっ、そうですね……私の見てる前で……」

 同じく真っ赤な顔をしている姫路さんも……ひょっとして僕が悪いって流れなのっ!?

 

「恥ずかしいって……だって土屋が言ってたじゃない。口を付けて食べさせて欲しいって」

「ムッツリーニが言ってたのは、お椀から直接だったと思うんだけど」

 僕が美波に詰め寄られていると……

 

「ムッツリーニ君も口移しで食べさせて欲しかったの?」

「…………(ブンブン)」

 ムッツリーニは工藤さんに詰め寄られて首を横に振っていた。

 

 

 そして雄二と霧島さんは……

 

「うめぇ……この世にこんなに美味い食べ物があったとは」

「……雄二。あーん」

 さっきまですごく笑っていたのが信じられないくらい、泣き顔の雄二と

 笑顔でレンゲを差し出している霧島さん。

 

 珍しく雄二の前に並んでいる料理の色がごく普通だった。

 いつもは食欲が無くなりそうなショッキングな配色なんだけど……

 

「カレーを食べたいって言ったら里芋の上に里芋しか入っていないカレーをかけて出されたり」

 雄二が泣きながら霧島さんの差し出したレンゲからお粥を啜っている。

 

「サンドイッチを食べたいって言ったら里芋をすりつぶした生地を焼いた物に甘辛く煮付けた里芋を挟んで出されたり」

 そんな雄二を嬉しそうに見ている霧島さん。

 

「お寿司が食べたいって言ったら酢漬けした里芋の上に里芋をスライスして載せた物にしょうゆを付けて食べさせられたり」

 雄二はレンゲを持っている霧島さんの手を両手で包むように握り締めて泣いている。

 

「全部里芋の煮たヤツから作ってるからすごくしょっぱくて食べるのが大変だったけど」

 雄二が、頬を染めて幸せそうな笑顔の霧島さんを見つめて

 

「翔子……こんなに美味い物を食べさせてくれてありがとうな」

 

 ……どうやら雄二は里芋の食べ過ぎで味覚やら精神やら色々壊れちゃったみたいだ。

 

 

 そんな雄二と霧島さんを見ていた美波が

 

「なるほど。アキもずっと同じ物を食べていれば……」

 

 なぜかすごく嫌な予感がする……

 

「あっ、あのね?僕は美波が作ってくれるいろんな料理を食べてみたいなぁって」

「判ったわっ!」

 美波がグッと両手を握り締めて、笑顔で僕を見ると

 

「今度から学校が休みの日にはアキの家で朝御飯作ってあげるわね」

「ええっ!?そんな大変な事、美波にさせられないよ」

「じゃあじゃあ、アキがウチの家に毎日夕御飯食べに来る?」

「ええっ!?姉さんも居るから毎日は無理だよ」

 僕がそう言うと……美波は涙目になって僕を睨むと

 

「どうしたらアキはウチの料理を食べてくれるのよっ!?」

「今まで通り、学校でお弁当のおかずを交換するんじゃダメかな」

「ウチは出来立てを食べて欲しいのに……」

 

 美波がそう言うと……

 

「……雄二に私の作った料理で笑顔になって欲しい」

 霧島さんが片手をグッと握りながらそう言ってきた。

 

「料理は全然自信が無いけど……ボクもムッツリーニ君のために作ってみたいかな」

 工藤さんは両手を握り締めて……何かしたいという気迫が見えるようだ。

 

「わっ、私も……私の作った物で誰かに笑顔になって欲しい気持ちですっ」

 姫路さんも何かを決心したような顔つきで僕を見ている。

 

 女の子たちの何かのスイッチが入ったっぽい。

 

 

 …………あれ、秀吉は?

 

 

「ねぇ、女の子はみんな料理を作りたがっているんだけど、秀吉は何か作りたいって気持ちにならないの?」

 僕が聞くと秀吉は顔を真っ赤にして

 

「ワシは男じゃと常々言っておろうっ!……って、何故明久とムッツリーニはそんな悲しそうな顔をしておるのじゃっ!?」

 

 泣きそうになっている僕とムッツリーニに秀吉が反論していると

 

「……七草粥の材料はまだあるから、みんなで作ろう?」

「そうね」

「はい」

「ボクにも料理教えてね」

 

 霧島さんの呼びかけに答える美波たち。

 そして美波と姫路さんが秀吉の手を取り

 

「ほら、木下も来るのよ」

「木下君も私たちと一緒に何か作ってあげましょうね」

 

「ワシは男なんじゃぁぁぁ」

 

 魂からの叫びを残して秀吉は連行されていった。

 

 


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