僕とウチと恋路っ!   作:mam

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1月3日(火)


僕とみんなと朝御飯

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 ……ん……朝か。

 

 美波はまだ寝てるのかな……と、思って左手を確かめてみる。

 

 ……左手は今繋いでないな。美波は起きちゃったのかな?

 確認しようと思って左側に身体を向けようとしても身体が動かせない。

 

 あれ、身体が動かないし妙に温かい……と、言うか布団の中は少し暑いくらい。

 しかも右腕と左腕が何か温かい物に包まれているみたいだ。

 それが僕の身体にピッタリと、くっ付いているので

 右と左から押え付けられているような……

 

 とりあえず首から上は動かせるみたいなので顔を左に向けてみる。

 

 

 ……布団に埋もれた葉月ちゃんの寝顔がすぐ近くに見える。

 

 

 念のため、右側にも顔を向けてみる。

 

 

 ……布団に埋もれた姉さんの寝顔がすぐ近くに見える。

 

 

 ――――ふぅ

 

 ……ため息を一つ。

 状況と心の整理をする時間が少しと、覚悟をする勇気がたくさん必要みたいだ。

 

 

 そんな僕の思惑を吹き飛ばすように客間のドアが開けられて……

 

「おはよう。朝御飯の用意が出来たから、そろそろ……」

 そうか。美波は朝早くから僕たちの朝御飯の用意をしてくれていたのか。

 

 美波が部屋に入ってきて目が覚めたのか、僕の両脇から

 

「アキくん、おはようございます」

「んにゅ~。お兄ちゃん、おはようです」

「……おはよう」

 挨拶と共に布団から完全に顔を出す葉月ちゃんと姉さん。

 

 すると美波はしゃがみこんで引きつった笑顔で僕を睨みながら

 

「おはよう。朝御飯の用意が出来てるから三人とも顔を洗ってきたら?」

「お姉ちゃん、おはようです」

「美波さん、おはようございます」

 朝の挨拶をすると僕の布団から出て行く二人。

 そしてまだ布団の中にいる僕に向かって美波が

 

「アキの朝御飯は作り直してあげるからゆっくりで良いわよ」

「大変だろうからそのままで良いんだけど……」

 むしろ何も調理しないで、材料のまま出されても文句は言いません。

 

「遠慮しなくて良いわよ。ウチがそうしたいんだから」

 一瞬、般若のような形相になった美波がそう言い残して部屋を出て行く。

 てっきり顔を踏み潰されるかと思ったんだけど……

 

 

――――

―――

――

 

 

 …………踏み潰された方が良かったかもしれない。

 

 その程度で済むのなら……

 目の前にある僕の朝御飯を見ながらそう思った。

 

 みんなの朝御飯は……

 美波と葉月ちゃんがホットミルクで姉さんがコーヒーかな。

 そしてプチトマトの乗ったサラダとスクランブルエッグにソーセージ。

 葉月ちゃんのトーストには少し蜂蜜でも塗っているのだろうか。

 

 一方、僕の朝御飯はと言うと……

 酸味の強そうな、匂いと言うより刺激臭と言った方がしっくりくる赤い液体の入ったコップに

 サラダには鷹の爪を刻んだ物が振りかけてあり酸味の強そうな匂いがしている。

 スクランブルエッグはやたらと黄色が濃くてソーセージは真っ赤な色をしている。

 トーストは一面濃い黄色で覆われていて緑色の粉末がかけてある。

 

 全体的に匂いがきつい……そして少し目にしみる。

 

「「「「いただきまーす」」」」

 みんなで手を合わせて朝御飯を食べ始める。

 

「ねぇ、美波」

「どうしたの?」

 僕はコップを手に持って美波に聞いてみる。

 

「これってタバ『トマトジュースよ』……目の覚めるような刺激的な赤色だね」

 これを飲み干したら目が覚めるどころか、すぐに目覚める事の出来ない二度寝をしそうだ。

 仕方がない。飲み物は諦めてサラダを……

 

 サラダのカップからも物凄い酸味の利いた刺激臭がする。

 薄らと赤い気がするから、これにもタバスコがかけてあるのだろう……たっぷりと。

 

 サラダもダメか…それならスクランブルエッグとソーセージは大丈夫だろうか。

 ソーセージはすごく赤い……見ただけで如何にも辛そうで氷水が欲しくなるな。

 パッと見、スクランブルエッグはみんなのより黄色が濃いことを除けば

 怪しいところは見当たらない。とりあえず一口食べてみるかな。

 

 ……もぐもぐ

 

 ――――ぐはぁっ

 

 ダメだっ。黄色が濃いのはカラシだった。熱を加えて匂いがきつくならないように

 スクランブルエッグを作ってからカラシを混ぜてあるみたいだ。

 

 そしてトーストは……この黄色もきっとカラシだろう。

 振りかけてある緑色の粉はなんだろう?

 

「美波?僕のトーストの緑色の粉って何?」

「ハーブパウダーよ」

 そんな物、うちのキッチンに置いてあったっけ?

 とりあえず一口……カプッ。

 

 ――――ぐふぅっ

 

 口の中に辛いというより

 普通食べ物ではありえない痛いと言う表現しか出来ない刺激が襲ってきたかと思うと

 続けてすぐに鼻と脳天を突き抜けるような衝撃が……

 

 パンには満遍なくタバスコを滲みこませていて、その上にカラシが塗ってあり

 この緑色の粉末はおそらく粉ワサビをそのままかけてあるのだろう。

 

 あの短時間で、これだけの食用兵器を作れる美波の才能と

 使われている量がちょっと普通じゃないカラシとタバスコと粉ワサビに涙が止まらない。

 

「ごめん。折角美波が作ってくれたんだけど、今朝はちょっと食欲が……」

「ダメよ、アキ。朝御飯は、ちゃんと食べないと……ウチが食べさせてあげよっか?」

 美波の目がスッと細くなり……明らかに身体から攻撃色のオーラが溢れている。

 

「バカなお兄ちゃん?葉月も食べさせてあげるです」

「私も食べさせてあげます」

 ヤバいっ!

 無理矢理、口の中に放り込まれて床の上で、のたうちまわる僕の姿が目に浮かぶ。

 まだ自分のペースで食べた方が被害も少なくて済みそうだ。

 

「あっ、ありがとうっ!大丈夫、自分で食べられるよっ!」

 僕は美波が作ってくれた朝御飯を泣く泣く……出来るだけ噛み締めないように食べた。

 

…………

………

……

 

 そして朝御飯を食べ終えて使ったお皿や鍋を僕が洗っている。

 

 …………氷を口の中に入れながら。

 

 そうでもしないと口の中がまだヒリヒリして痛い。

 たぶん僕が今日の朝御飯で食べたカラシとタバスコは

 普通の人が一年に食べる量よりもたくさん口にしただろう。

 時々、氷の御代わりをしながらお皿を洗っていると……

 

「アキ?」

「ふぁひ?」

「まだ何か食べてるの?」

 僕は氷をガリガリと食べてから

 

「ちょっと口の中が痛くて氷を舐めていたんだよ」

 僕がそう言うと美波はばつが悪そうに

 

「さっきはゴメンね……少しやりすぎちゃったかなって」

 ポニーテールを揺らしながら僕に頭を下げている美波。

 さすがに素直に謝られると文句は言いにくいな。

 

「今朝のはすごかったね。うちにある食材だけでよく作れたと思うよ」

 うちにあるカラシとタバスコは僕の朝御飯で全部無くなったんじゃないかな?

 また美波に使われると僕が大変な事になりそうだから

 しばらく買い置きは控えた方がいいかもしれない。

 

「うちにあるアキ専用の調味料を使えば、もっとすごいのが作れるんだけど……」

 ぐはっ……今朝のよりもっと辛い料理って家庭で作れるものなのっ!?

 

 今朝の料理より辛い物を想像して僕が涙を流しながら洗い物を続けていると

 美波はハンカチを取り出して優しく僕の涙を拭きながら

 

「でもね……ウチ、すごく悔しかったのよ?」

「ほぇ?悔しい?」

「うん。昨日の夜ウチが手を繋いだらアキは約束通りウチが起きるまで手を繋いでいてくれた」

 僕も美波が傍に居てくれてるって思えたから、すごく安心してぐっすり眠れた気がする。

 美波が起きて、姉さんと葉月ちゃんが抱き付いてきたのに気が付かないくらい。

 

「すごく嬉しくて良く眠れたんだけど……ウチが起きた後に二人がアキに抱き付いていたから、つい……」

 美波が右手を口に当てて俯いてしまった。

 でもそうだよね。僕は寝ていたとはいえ、葉月ちゃんと姉さんに抱き付かれていたんだから……

 

「本当に心の底からごめんなさい。寝ていたから気が付かなかったなんて言い訳にならないよね」

 不可抗力とはいえ、美波に余計な心配を掛けちゃったな。

 僕が素直に頭を下げると……

 

「じゃあじゃあ……今度二人っきりで何処かお出かけしない?」

 美波が両手を胸の前で合わせて僕をジッと見ている。

 そう言えば今年になってから美波と二人っきりだったのって

 初日の出を見に行く時と初詣から帰る時と買い物をして帰る時だけだったかも?

 

「うん。僕も美波と一緒に居たいから……僕の方からお願いするよ」

 僕は洗い物を止めて、布巾で手を拭いてから

 そっと美波の両手を覆うように僕の両手を重ねて……

 

「僕と一緒に遊びに行ってくれませんか?もちろん二人っきりで」

 笑顔で美波にお願いすると……

 

「うんっ」

 ぱぁっと花が咲いたような満面の笑みで返事をしてくれた。

 

 

――――

―――

――

 

 

「玲さん、お世話になりました」

「おっきなお姉ちゃん、また遊びに来ても良いですか」

「こちらこそありがとうございました。またいつでも遊びに来てください」

 美波と葉月ちゃんが笑顔で挨拶をして姉さんも笑顔で答えている。

 

「じゃあ、僕は二人を送ってくるね」

「ではみなさん、気をつけてくださいね」

 笑顔の姉さんに見送られて僕たち三人は家を出た。

 

 

…………

………

……

 

 

 僕の家を出て少し歩いてから……

 

「美波?そのバッグ、僕が持とうか?」

 美波が肩から提げている大き目のバッグを指差して申し出ると

 

「そう?悪いわね」

 はい、と言ってバッグを手渡される……割と重かった。

 二人分の着替えとか入っているからかな。

 

 しばらく、そのまま歩いて……

 

「そう言えば、美波はいつが良い?」

 二人で出かけるって約束はしたけど、いつにするか決めてなかったな。

 僕は美波に聞いたつもりだったんだけど

 

「バカなお兄ちゃん。お姉ちゃんと何かするんですか?」

 葉月ちゃんが首を傾げながら僕を見ている。

 美波はと言うと……大きな吊り目をさらに吊り上げて僕を睨んでいる。

 

 しまったっ!

 二人っきりで出かけるつもりなのに葉月ちゃんの前で聞いたのはまずかったな。

 葉月ちゃんの気を何かに逸らさなければ……あ、そうだ。

 

「葉月ちゃん。家に着くまで僕と手を繋がない?」

 僕が笑顔で右手を出すと

 

「繋ぐですっ」

 笑顔で僕の手を握ってくる葉月ちゃん。

 ふぅ、なんとか誤魔化せたかな。

 

「葉月、(ゴキッ)良かったわね(ゴキッ)」

 美波は笑顔でそう言いながら一瞬で僕の左手首の関節を一回外してすぐ嵌めていた。

 

 あまりの早業に僕は痛いと言う暇ももらえず、一瞬顔を曇らすくらいしか出来なかった。

 

 

――――

―――

――

 

 

 僕は美波のバッグを持っていたから、そのまま玄関まで一緒に行くことに。

 

 

――ガチャ

 

「ただいまー」

「ただいまですっ」

「お邪魔します」

 美波と葉月ちゃんが先に玄関に入ってから僕が続いて入る。

 

 すると奥から美波のお母さんが出迎えに出てきてくれた。

 

「お帰りなさい。あら、明久君。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 僕を見て新年の挨拶をしながら頭を下げてくれる。

 

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 僕も遅れないようにすぐ頭を下げて挨拶をする。

 

「新年早々、美波と葉月がお世話になって……ご迷惑じゃなかったかしら?」

 美波のお母さんは葉月ちゃんの頭を撫でながら質問をしてきた。

 

「迷惑なんて……美波には朝御飯も作ってもらいましたし」

「明久君のお口に合ったのかしら?」

「あ、あはは……」

 僕は乾いた笑いしか出来なかった。

 

「そうね。アキは涙を流しながら食べてくれたわ」

 美波が僕の左手を握りながら笑顔で答えている。

 変な答え方をしたらきっと関節を外すつもりなんだろう。

 

「そっ、そうだね。忘れられないくらい刺激的な味だったよ」

 どっちかと言うと思い出したくない味と言うか痛みだったんだけど……

 僕が今朝のことを思い出して泣きそうになっていると葉月ちゃんが

 

「お父さんはどこかにお出かけですか?」

「ええ。会社の人に新年の挨拶をしてくるって」

 美波のお父さんは新年から忙しそうだなぁ。

 

「じゃあ、ウチ荷物置いてくるわね。アキは少し休んでいきなさいよ」

 僕からバッグを受け取ると、美波は自分の部屋に入っていった。

 

「そうですね。ここで立ち話もなんですからこちらへどうぞ」

「どうぞですっ」

 僕は葉月ちゃんに手を引かれてお邪魔することにした。

 

 

…………

………

……

 

 

「はい、お待たせ」

 美波のお母さんが持ってきてくれた紅茶を飲んで一息ついていると

 美波がやってきて僕の隣の隣……僕と美波が葉月ちゃんを挟む形で座る。

 

「バカなお兄ちゃん。今日は葉月と何をして遊んでくれますか?」

 僕の隣に座っている葉月ちゃんが目をきらきらさせて尋ねてくる。

 僕がどうしようかな、と考えていると美波のお母さんが

 

「葉月。冬休みの宿題は終わったの?」

「終わったです」

 たしか去年、僕や美波と一緒にやっていたよね。

 

「昨日の分の絵日記はまだ終わってないんじゃないかしら?」

「バカなお兄ちゃんが帰ったら、ちゃんとするです」

 葉月ちゃんは少し口を尖らせて返事をする。

 

「ダメよ。忘れないうちにきちんとしてきなさい」

 美波のお母さんは諭すように葉月ちゃんにそう言うと

 

「あぅ。判ったです……」

 とぼとぼと部屋を出て行く葉月ちゃん。

 ちょっと可哀想かな、と思ってその後姿を見送っていると

 

「あなたたち、何かあったの?」

 いきなり美波のお母さんに質問をされた。

 

「何かって?」

 美波が聞き返すと

「なんとなくなんだけど美波が少し不機嫌かなって」

 僕と美波を見てから言葉を続けるお母さん。

 思い当たる事はあるんだけど……

 まさか姉さんと葉月ちゃんに抱き付かれて一緒に寝てたって言えるわけないし。

 

「例えばだけど、葉月が明久君に抱き付いて寝ていたとか」

「なっ、何で判るんですかっ!?」

 僕が考えていた事をいきなり言われたので思わず聞き返しちゃった。

 美波は少し顔を赤くして俯いちゃってるし……

 

「あら、本当にそうなの?」

 と言うと、口に手を当てて笑うお母さん。

 

「あ、あの……」

「明久君、今がチャンスよ」

「チャンスって?」

「美波を誘ってあげたら?……喜んでくれると思うんだけど」

 優しく微笑みながら僕と美波を交互に見ているお母さん。

 美波は頬を染めたまま僕を見ている。

 まさか葉月ちゃんに宿題を促していたのって……

 

 そう言えば僕の方からお願いしたんだよね。

 …………美波と二人っきりで遊びたいって。

 

 

「美波。今から一緒に遊びに行こう」

 

 僕が美波の手を取ってお願いすると

 美波は僕の手を優しく握り返して……

 

「うんっ」

 

 すごく嬉しそうな笑顔で返事をしてくれた。

 

 


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