僕とウチと恋路っ!   作:mam

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1月2日(月)


僕とみんなと願い事

「では姉さんのお願いを聞いてもらいますね」

 

 変な事を言ってきたら美波と葉月ちゃんには悪いけど

 全身全霊を賭けて家から逃げよう……僕一人で姉さんに勝てる気がしないし。

 

 姉さんが何を言うか、ドキドキしながら待っていると……

 

「私の肩を叩いてくれますか?」

 姉さんは少し首を傾げながら右手を左肩に置いてみせる。

 

「ふぇ?」

 まったくの予想外のお願いに変な声で返事をしてしまった。

 

「また成長したのか最近肩こりが酷くて……是非お願いしたいのですが」

 えっへん、とばかりに胸を張ってみせる姉さん。

 その四分の一でもあれば美波も人並み以上になれるのに……

 

「そんなのでいいの?」

「アキくんがもっと色々な事をしたいと言うのなら私は構いませんが……」

「是非肩たたきだけでお願いします」

 なぜか僕の方から、お願いをしてしまう。

 

 そして姉さんが床に正座をして、僕はその後ろにまわり

 

「じゃあ、たたかせてもらうね」

「よろしくお願いしますね」

 

 タントン、タントン……と、リズム良く肩をたたく。

 

 確かに凝っているかも、と思うくらい少し硬い気がした。

 

 姉さんがリラックスしているのが良く判る。

 肩はまだ少し硬いんだけど、身体全体はゆったりとした弛緩した雰囲気。

 

「すごく気持ち良いです。アキくんは肩たたきの才能がありますね」

 姉さんの声がすごく気持ちよさそうだ。

 高校生にもなって肩たたきの才能があるって言われて喜んでも良いのだろうか。

 確かにパッと思いつく僕の取り柄って肩たたきくらいしか……

 

 少しの間、肩をたたいて時々肩をもむ。

 しばらくそれを繰り返していると……

 

「ずっと先の事になると思いますが、自分の子供にこういう風に肩をたたいてもらえると幸せですね」

「そうだね」

 僕はまだ肩をたたいてもらうというのが気持ち良いとは思えないからピンと来ないけど……

 

「ええ。私とアキくんの子供がこうやって肩をたたいて……」

「絶対にそんな事はありえないからねっ!?」

 危うく姉さんの背中を叩きそうになっちゃったじゃないかっ!

 

「アキくん」

 姉さんは正面を向いているので後ろにいる僕から顔は見えないけど

 声だけでその表情は物凄く真剣だと言うのは判る。

 

「なに?」

「自分の未来を否定してはいけませんよ」

「僕の未来を勝手に捏造しないでよっ!?」

 僕と美波の子供ならまだ判るけど、何で僕と姉さんで子供が出来るのさっ!?

 

 …………って、僕と美波の子供!?

 

 なんか顔がすごく火照っている気がする。

 

 しかし……僕と美波の子供か。

 少し目を瞑って想像してみる。

 

 たしか美波の家でアルバムを見せてもらった時

 美波のお母さんの若い頃は美波に似ていたし

 美波の小さい頃は葉月ちゃんに似ていたな。

 そうすると僕と美波の子供の顔は……

 

 …………と、僕が想像していると姉さんが

 

「アキくん?手が止まっているみたいですが……」

 いけない。考え事をしていて手が止まっていたみたいだ。

 目も瞑っているから叩けるわけないしね。

 僕はあわてて目を開けて前を見ると……

 

 

 想像していた僕と美波の子供にそっくりの顔がアップでっ!?

 

 

「うわわっ!?」

 僕はビックリして後ろに倒れてしまった。

 

 すると僕と美波の子供が心配そうな顔をして……

 

「バカなお兄ちゃん?真っ赤なお顔をしているけど大丈夫ですか?」

 

 …………葉月ちゃんだった。

 

 てっきり未来にタイムスリップしちゃったのかと……

 

「アキ、どうしたの?」

 風呂上りだからなのか頬をほんのりと染めて髪を下ろしたパジャマ姿の美波。

 いつもの見慣れている髪形や服装じゃないから、すごく新鮮でドキッとしてしまう。

 

「姉さんの肩をパジャマ姿の美波が考え事してて僕と葉月ちゃんの顔が後ろに倒れちゃったんでいきなりビックリしたんだよ」

「ウチもアキが何を言ってるのか判らなくてビックリしてるんだけど?」

 美波が大きな目を丸くして驚いた表情で僕を見ている。

 うん、僕も何を説明しているのか自分でも判らない。

 

「美波さんと葉月ちゃんが上がってきたみたいなので次は私がお風呂頂きますね。アキくん、ありがとうございました」

 姉さんはそう言うと立ち上がってリビングから出て行った。

 

「ふぅ……姉さんのお願いは聞いたから、美波と葉月ちゃんは何を……」

 僕が言いかけている途中で葉月ちゃんが僕の傍に来て

 

「葉月のお願いはお兄ちゃんに膝枕してもらうんですっ」

 そう言って倒れたまま座っていた僕の太ももの上に頭を預けてくる葉月ちゃん。

 ふわっ……と、広がるシャンプーの良い匂い。

 

「あっ、葉月っ」

 美波が驚いて声をかけると

 

「えへへ。バカなお兄ちゃんの膝枕は葉月の物ですっ」

 葉月ちゃんは気持ち良さそうに目を瞑っている。

 

「もぅ、葉月ったら……」

 僕の横に座って優しい表情で葉月ちゃんの頭を撫でている美波。

 葉月ちゃんが「んにゅ~」と言ってるのを聞きながら

 

「玲さんのお願いってなんだったの?」

「肩たたきをして欲しいって……すごく凝っていたみたいだったから」

 すると美波がすごく羨ましそうな顔で……

 

「いいなぁ……ウチもそういう苦労してみたいのに……」

 僕は笑うことも慰めることも出来ずに、ただ顔を引きつらせるしか出来なかった。

 

 

 

 しばらくすると葉月ちゃんは静かな寝息を……

 やっぱり昼間あれだけブラちゃんと一緒に走り回っていたから疲れていたんだな。

 

「葉月……寝ちゃったみたいね」

「うん」

 葉月ちゃんの頭から手を離して美波は僕の顔をジッと見て

 

「ねぇ、アキ?」

「ん?なに?」

「さっき、ウチが来た時、葉月にビックリしていたみたいなんだけど……」

「あれは、その……」

「なによ。ウチには言いにくいことなの?」

 美波が口を尖らせて拗ねた表情で僕を見ている。

 

「言いにくいと言うか……恥ずかしいと言うか……」

「ハッキリしないわね。いいから言いなさい」

 そう言うと美波は自分の髪の毛を手に取って

 

 サワッ

 

「ひぁっ!」

 首筋にくすぐったくて耐え難い感触が……

 

「ほらほら、早く言わないと続けるわよ?」

 美波のSっ気が見え隠れしているっ!

 

「いっ、言うから……」

「それなら早く言いなさいよ」

 美波は髪の毛をちらつかせながら僕を見ている。

 

「あのさ……姉さんが自分の子供に肩をたたいてもらったら幸せだって言うのを聞いて」

「うん」

「その……僕と美波の子供ってどんな感じなのかなって想像していたら、いきなり葉月ちゃんの顔が見えたからビックリしてたんだよ」

 僕が言い終わると美波は顔を赤くして少し俯くと

 

「あっ、アキはその……子供は女の子が欲しいの?」

 胸の前で両手の人差し指をちょんちょん、と軽く合わせるように触れさせて

 上目遣いに僕を見ている美波。

 

「えっと……僕は出来れば美波に似て優しくて可愛い女の子が良いかなって」

「うっ、ウチは……アキに似て誰かの為に一生懸命な優しい男の子が欲しいかなって」

 

 美波が首まで真っ赤になって俯いちゃった……僕もすごく顔が熱くなってるのが判る。

 

 僕と美波が俯いたまま、次に言う言葉を探していると……

 姉さんがお風呂から上がってきた。

 

「アキくん、お風呂先に頂きました……二人とも真っ赤になってどうしたんですか?」

 姉さんは僕と美波を見て首を傾げている。

 

「なんでもないよっ。それより姉さん、葉月ちゃんのお布団敷いてもらえるかな?」

 僕が布団を敷きに行っても良いけど葉月ちゃんを起こしてから

 少し待たせることになっちゃうのも可哀想だし。

 

 僕と葉月ちゃんを見て姉さんはやれやれと言った表情で

 

「仕方ありませんね。少し待っててください」

 姉さんはリビングから出て行った。

 

 これで姉さんと葉月ちゃんのお願いは聞いたけど……

 そう言えば美波のお願いはまだだったっけ。

 

「美波のお願いってなに?」

「ウチのお願い?」

「うん。姉さんは肩たたきで葉月ちゃんは膝枕。美波も僕にお願いがあるんじゃ……」

 僕がそう言うと美波は僕の手を握ってきて

 

「ウチのお願いはね……手を繋いだら、ウチがいいって言うまで離さない事」

「うん、判ったよ」

「ふふっ、約束よ」

 美波はまだ顔が赤いけど……嬉しそうに繋いだ手を見ていた。

 

 

 しばらくして姉さんが戻ってきて

 

「お布団敷き終わりました」

「ありがとう、姉さん」

「玲さん、ありがとうございます」

「早くお布団に寝かせてあげないと葉月ちゃんが風邪を引いてしまいますよ」

「そうだね」

 僕は葉月ちゃんをお姫様抱っこしてあげて客間へ……

 美波が途中のドアを開けてくれた。

 

 そしてお布団へ葉月ちゃんを寝かせてあげたんだけど……

 姉さんは、すごい布団の敷き方をしていた。客間の壁にぴったりつけて……

 葉月ちゃんを早く寝かせる為に姉さんもよっぽど慌てて敷いてくれたんだな。

 

 そして僕と美波はリビングへ戻り

 

「じゃあ、僕お風呂に入ってくるね」

「「いってらっしゃい」」

 二人に見送られて僕はリビングを後にする。

 

 

「では美波さん。先ほどお話した通りにお手伝いお願いします」

「はい、判りました」

 

 

…………

………

……

 

 

 僕はお風呂に浸かりながら……

 

 僕がお願いを聞かされるって聞いた時にきっと姉さんや美波は

 無理難題(はずかしいこと)を言ってくるんじゃないかなって思っていたんだけど……

 

 肩たたきに膝枕、手を繋ぐこと。

 正直少し拍子抜けしちゃったんだけど助かったよ。

 姉さんも少しは常識を考えてくれるようになったのかなぁ……

 

 

…………

………

……

 

 

 お風呂から上がって頭をガシガシ拭きながらキッチンへ行き

 さっき、重い思いをして買って来た烏龍茶を少し飲んでからリビングへ……

 

 リビングでは美波と姉さんが何か話をしていたみたいだ。

 

「アキくん、お風呂上がったんですね」

「うん。それで僕、もう寝るね」

 時計をチラッと見ると11時よりも12時に近い時間だった。

 

 すると二人とも笑顔で

 

「そうですか。アキくん、おやすみなさい」

「おやすみ、アキ」

「おやすみなさい」

 

 二人に挨拶をして僕は自分の部屋へ行き

 さて寝ようかなと思って布団を(めく)ろうとベッドの上を見ると……

 

――――

―――

――

 

「ちょっと、姉さんっ!?」

 僕がリビングに戻って姉さんに声をかけると

 

「あら、アキくん。おはようございます」

「まだ寝てないよっ!」

 姉さんが普通に挨拶を返してきた……朝の挨拶を。

 

 夜中の12時近くに朝の挨拶をすることよりも今問い質(といただ)さないといけないのは……

 

「僕の布団、何処へやったのさっ!?」

 

 僕は寝ようと思って自分の部屋のベッドの上を見ると……布団が綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「じゃあ、私たちも寝ることにしましょう」

「そうですね」

 姉さんと美波がソファから立ち上がると

 

「アキくんの布団はちゃんと客間に敷いてありますよ」

 

 ガシッ

 

「ちょっと、美波?これはどういう……」

「ふふっ、今日はみんなで一緒に寝るのよ」

 すごく嬉しそうに僕の右腕の関節を極めている美波。

 

「ええっ!みんなのお願いはちゃんと聞いたのにっ!?」

「ええ、アキくんは確かに私たちのお願いをきちんと聞いてくれました」

 にっこりと微笑みながら姉さんが言葉を続ける。

 

「でもアキくんは一回も勝てなかったのでお願いを聞いてあげることは出来ません」

「お願いって……僕は誰にもお願いなんてしてないけどっ!?」

「ウチがアキに聞いたじゃない」

 確か一人でお風呂に入って一人で寝たいって言った気がするけど……

 

「でも、それって僕は勝ってないからお願いは聞いてもらえないんじゃ……」

 僕がそう言うのを待ってましたとばかりに姉さんが

 

「ええ。ですからアキくんのお願いは一個だけ叶えてあげられないんですよ」

「一回も勝てなかったアキが悪いのよ?」

「そっ、そんなことってあるのぉぉっ!?」

 美波と姉さんがすごく楽しそうに……僕を客間へ連行する。

 

 そして姉さんがドアを開けて客間へ3人で入ると……

 僕の布団が真ん中にあって両脇に布団が一組ずつ敷いてあり

 一番左端に葉月ちゃんが寝ている。

 

 

 結局、僕の右側に姉さん、左側に美波と葉月ちゃんが寝ている。

 さすがに姉さんも疲れていたのか、今は静かに寝息を立てている。

 

(うう……なんか騙されている気がする……)

 何故か釈然としないから布団の中で、ぶつぶつ呟いていると……

 

 何かが僕の布団の中で動いている気がする。

 …………と、思ったら何かが探るように僕の左手に触れた。

 

 そして左手を軽く握られる。

 温かくて柔らかくて……すごく安心する手。

 僕が首を捻って顔を左側へ向けると

 

(アキ)

 (ささや)くように美波が声をかけてくる。

(どうしたの?)

(ウチのお願い、ちゃんと覚えてる?)

(うん)

 美波のお願いは忘れるはずがない。

 

 …………僕もずっとこうしていたいから。

 

(おやすみ、アキ)

(うん、おやすみ)

 

 

 

 美波の温かさを感じながら……

 今日はゆっくり寝れる気がする。

 

 


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