僕とウチと恋路っ!   作:mam

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12月31日(土)


僕と俺と大晦日

 

 

 今日は12月31日で全国一斉に大晦日。

 

 今年は本当にいろんな事があったなぁ……と、考えていると

 ふと、美波からクリスマスプレゼントでもらった白いマフラーが目に入る。

 

 ……美波と本当の恋人同士になってから、まだ一週間しか経ってないんだ。

 

 やっぱり今年一番嬉しかったのは、美波に好きだって言ってもらって

 僕も美波の事が好きだって伝えられた事だよね。

 

 マフラーを見ていると……

 ……美波が僕にマフラーを巻いてくれて……美波の顔が段々近付いてきて

 

 思い出したら顔が熱くなってきちゃったな。

 

 時計を見ると午前10時57分。

 そろそろ、お昼御飯の準備をするかな……と、思っていたら

 

 PiPiPiPiPi……  PiPiPiPiPi……

 

 携帯が鳴り、着信を見ると……雄二だった。

 

「もしもし?」

『明久。今日暇か?』

「うん、暇だけど……それより今日は霧島さんと一緒じゃないの?」

『ああ。気が付いたら自分の部屋で寝てた……昨日みんなで食事を始めたところまでは覚えているんだがな』

 ひょっとして昨日の夕御飯の時からずっと意識が無かったのか……道理で静かだと思ったよ。

 

『何故か着替えて寝ていたんだが……誰が着替えさせてくれたのか、怖くておふくろにも聞けねぇ』

 たぶん雄二が寝惚けながら自分で着替えたんだよ。

 ……そうじゃなかったら、世の中には知らなくていいことも一杯あるんだね。

 

「何処に行くのさ?」

『初日の出を見に行くって約束しただろ』

「うん」

『それの下見だ。ちゃんと入れるかどうかのな』

「普段入れないところなの?」

 あんまり危険な所には美波を連れて行きたくないんだけど……雄二だって霧島さんを連れて行くのに。

 

『そんな事は無い。俺たちが普段行ってる所だ』

「どこなのさ?」

『行けば判る。とりあえず昼飯食ったら学校の下の公園で待ち合わせな』

「いいけど……」

『ああ、そうだ。念のため制服着て来いよ、じゃあな』

 場所と制服の事だけ言って切っちゃった。

 制服を着て学校の近くに集合って事は、初日の出を見るのは学校なのかな?

 

 それより待ち合わせの時間がお昼御飯食べたらって……何時って判らないけど、まぁいいか。

 雄二が公園に着いて僕が居なければ電話をかけてくるだろうし、それから着替えて出かけるかな。

 僕が先に公園に着いて、寒い中で待たされるのは嫌だからね。

 

 

 リビングに行くと姉さんがソファに座って本を読んでいた。

 

「姉さん、お昼に何か食べたい物はある?」

 僕が聞くと姉さんは本から僕に視線を移し

 

「アキくんがメイド服を着て、食べさせてくれるなら何でも良いです」

「なんで僕がメイド服を着ないといけないのさっ!?」

「着ると、アキくんがもっと可愛くなるからです」

 にっこりと優しい笑顔で即答された。

 

「僕がメイド服を着たって僕が作る料理の味は変わらないよ」

「いいえ、変わります」

 姉さんが真面目な顔で僕を見つめてきて

 

「では聞きますが、アキくんは姉さんが作った料理を姉さんにどんな格好をしてもらって食べさせて欲しいですか?」

 

 まず、姉さんに食べさせてもらおうなんて考えた事もないし、次に姉さんのコスプレには興味ないし

 そして一番の問題は姉さんの作る料理は食べたくないって事なんだけど……

 

 スリーアウトでチェンジって言いたいけど、そんな事を言ったら……

 僕の着ている服をチェンジしようとして実力行使をしてくるかもしれない。

 昔から何をするか判らないし、すると決めた事は必ず実行する人だから。

 

 ここは無難な返事をして、とにかくこの場から離れよう。

 

「僕は姉さんが作ってくれたカップめんを今の格好でエプロンをした姉さんと向かい合わせに座って自分で食べたいよ」

 普通のカップめんならお湯しか使わないし、お湯がぬるくて麺がふやけなくて多少硬くても食べられるだろう。

 今の普通の格好だけだと何か言ってくるかもしれないから

 オプションで着けることの出来るエプロンを装備してもらって

 そして食べさせてもらうのは嫌だから、自分で食べたいと主張しておけば……

 

「わかりました」

 いくら姉さんでも、これだけハッキリと言えば判ってくれたみたいだ。

 

「アキくんは姉さんがお湯を入れて作ったカップめんを」

 うんうん、いつもこんな風に物分りの良い姉さんなら助かるんだけどなぁ。

 

「裸エプロンの格好をした姉さんに口移しで食べさせて欲しいんですね」

 ダメだっ!全っ然っ、判ってくれてないっ!?

 

「僕、裸なんて言ってないし、口移しとも言ってないよっ!?」

「今の格好からエプロンだけの格好になって、顔を向かい合わせて自分に食べさせて欲しいって」

「どういう聞き方をしたらそうなるのっ!?」

 すると姉さんは頬をポッと赤く染めて……

 

「アキくんの可愛い格好を想像しながら聞いていたので、部分的に判った範囲で考えてみました」

「それなら最初から聞き直してよっ!!」

 きちんと聞いていなかったのは仕方ないにしても

 姉さんの考えた内容が僕の思っていた事と真逆だったから始末に負えない。

 そして僕の可愛い格好で何故顔を赤くしたのか……

 何を想像していたのか聞くのが怖いから止めておこう。

 

「とりあえず今朝の残っている御飯で炒飯でも作ってくるよ」

 ついでだから夕御飯で食べるつもりの年越しそば用のつゆも作っておくかな。

 この後、何時になるか判らないけど雄二と出かける予定もあるし。

 

 

 

 何とか無事に着替えをせずに姉さんとお昼御飯を食べて

 部屋で雄二からの電話を待っていると……

 

 PiPiPiPiPi……  PiPiPiPiPi……

 

 やっと雄二から電話が来たか、と思って着信の表示を見ると美波からだった。

 

「もしもし」

『もしもし?初日の出を見に行く場所決まった?』

「まだだよ。雄二と下見に行く約束をしてるんだけど、まだ連絡が来ないんだ」

『そっか。場所が判ったら教えてね』

「うん。すぐ連絡するよ……あ、そうだ」

『どうしたの?』

「明日なんだけど、美波の家まで迎えに行くからね」

『ええっ?悪いわよ』

「でも日が昇る前だから暗いし、心配だから」

『ありがと……アキに心配してもらえるなんてすごく嬉しい』

「いつもは僕が美波に心配かけているからね」

『ふふっ。判っているなら、来年はその分甘えさせてもらおっかな』

「ははっ。お手柔らかにね」

『二人っきりの時は覚悟しなさいよ?今までの分も含めて思いっきり甘えさせてもらうからねっ』

「えっと……僕に出来る範囲なら」

 そんな覚悟なら嬉しくて何回でもしたいくらいだ。

 

『じゃあ、判ったら連絡してね』

「うん」

 美波と話し終わって時計を見ると午後3時40分。

 あのバカ、いつになったら公園で待ちくたびれるつもりなんだっ!?

 

 ……と、思っていたら、再び携帯が鳴り出した。

 

 PiPiPiPiPi……  PiPiPiPiPi……

 

 今度の着信は雄二からだった。

 

「もしもし?」

『このクソボケッ!』

 いきなり罵倒された。

 

「どうしたのさ?」

『お前がさっさと公園で待ちくたびれないから翔子が家に来るって言ってきやがった』

「それはこっちの台詞だっ!貴様が公園で待ちくたびれるまで待ってようと思ってたのに」

『とにかく俺はこれから家を出るからな。お前もさっさと支度して来いよ』

「判ったよ」

 とりあえず制服に着替えて……

 リビングで、また本を読んでいた姉さんに

 

「僕、ちょっと出掛けてくるよ」

「今からですか……あら、制服なんか着て学校に行くんですか?」

「うん、雄二と初日の出を見に行く場所の下見に行くんだ」

「そうですか。雄二くんだったら、心配ないですね」

 にっこりと微笑んで「いってらっしゃい」と言われたけど……

 何が心配ないのかが少し気になった。

 

 

 

――公園

 

 すでに雄二は着いていた。

 

「遅いぞ」

「ごめん。ところで見に行く場所って学校?」

「ああ。小高い場所にあって周りに遮る物が無さそうな場所と言ったら学校が一番だと思ってな」

「そうだね」

 確かにいつもはこんな長い坂を、なんて思いながら登校する事も多いしなぁ。

 

「じゃあ、早速日が暮れる前に行っちまおうぜ」

「まさか今年最後の夕日を雄二と見ることになるとは思わなかったよ」

「俺もだ」

 雄二と二人でぶつぶつ言い合いながら坂を上り、校門の前に着いた。

 

「やっぱり閉まってるね」

「そりゃそうだろ」

 雄二が校門の脇にある小さな門扉を押すと……開いちゃったよ?

 

「あれ……学校に誰か居るのか?」

「そうみたいだね」

 文月学園には守衛とか居ないから、居るとしたら先生だろう。

 

「まぁいい。そのために制服着てきたんだしな。何か聞かれたら忘れ物をしたとか言えば良いだろ」

「おっけー」

 そして僕たちが普段使っている靴箱の方へ行くと……やっぱり扉は鍵が掛かって閉まっていた。

 仕方なく先生と来客用の玄関へまわり、来客用の履物を履いて屋上を目指す。

 

 少し歩いていくと鉄人の根城の進路指導室が見えてきて……明かりが点いている!?

 

「雄二っ!ひょっとして鉄人が居るんじゃ……」

「らしいな。とりあえず、ここは迂回して他の階段から……」

「……貴様ら、せっかく来たんだ。茶でも飲んで行かんか?」

「いや、俺たちは急いでいるから……って、鉄人っ!?」

「ええっ!?」

 

 僕と雄二は振り向きざまに鉄人に拘束されて進路指導室へ連行された。

 

 

 

「お前らは、こんな年の瀬も押し迫った時に何をしに来たんだ?」

 今年も後7時間ちょっとで終わりという時に制服を着ているとはいえ

 学校に来たら鉄人でなくても疑問に思うだろう。

 すると雄二は観念したのか、素直に

 

「俺たちは初日の出を見るつもりなんだが、学校の屋上から見れないかと思ってな」

「ほほぅ。初日の出を拝むなんて貴様らにしては随分殊勝な心がけだな」

 あごを手でなぞりながら雄二の言う事を聞いている鉄人。

 

「僕たちだけじゃないよ」

「他にも居るのか?」

「うん、僕は美波と一緒に」

「俺は翔子と一緒に見るつもりなんだが」

 鉄人は、僕と雄二が言う事を聞いて何か考えているみたいだ。

 この隙に雄二を囮にして逃げ出したいけど、この部屋は一回入ると鉄人じゃないと扉が開けられない。

 どうしたものかと考えていると……鉄人はいきなり喋りだした。

 

「俺は、この学校に赴任して以来、毎年この学校の屋上から初日の出を見て一年頑張ろうと気合を入れているんだ」

「「へぇ」」

「仕方がない。来年は貴様らに譲ってやるとしよう」

 腕を組んで優しさの欠片が全然見えない笑顔でそう言ってきた。

 

「そっ、そうか。別に無理に譲ってくれなくても良いぞ」

「そっ、そうだね。てっ……先生の邪魔をするくらいなら僕たち、どこか他の場所を探すし」

 僕たちはいつでも逃げられるように少しずつ後ずさりをしていると……

 

「遠慮をするな。可愛い生徒のためならそれくらい造作も無い事だ。ただし……」

「「ただし?」」

 鉄人の太い腕が僕と雄二の首を抱えるように捕まえると

 

「人にお願い事をするなら、それ相応の対価を払ってもらわんとな」

「おっ、俺たちは何をすればいいんだ?」

 雄二が恐る恐る聞くと……鉄人はニィッと口の端を吊り上げて怖い笑顔で

 

「貴様らが今年一年お世話になった、この進路指導室の掃除を心を込めてするんだ」

 そう言うと鉄人は僕と雄二の首をへし折らんとするくらいの力で腕を絞めてきた。

 

「ぜっ、是非、掃除をやらせてください」

「おっ、俺もやらせてもらおう」

「来年もお世話になります、という気持ちも込めるんだぞ」

 冗談じゃない、来年は勘弁して欲しい。

 ……ひょっとしたら初日の出を見た後に補習させられるんじゃないだろうか?

 

 

――――

―――

――

 

 

 そして午後8時近くになってようやく鉄人から解放された。

 鉄人には学校に来るなら制服で来いと言うのと、ちゃんと進路指導室へ挨拶に来るようにと言われた。

 

 新年早々鉄人の顔を見なくちゃいけないのがちょっと気が重いよね。

 掃除で疲れたので喋る気力も無く、雄二と二人でため息をつきながら坂道を下っていくと……

 

 ヴヴヴ……ヴヴヴ……

 

 あれ?携帯が振動しているな……

 そっか。掃除している間、鉄人にマナーモードにしておけって言われたんだっけ。

 

 着信を見ると美波からだった。

 雄二の方も電話が掛かってきているみたいだ。

 

「もしもし?」

『もしもしじゃないわよっ!』

 うわ、なんだか御機嫌斜めみたいだ。

 

「えっと……どうかしたの?」

『さっきからずっと電話しているのに全然出てくれないから、今アキの家に行こうと思っていたのよ』

「心の底から、ごめんなさい」

『もぅ……今まで何してたのよ?』

「話せば長くなるんだけど……初日の出は学校で見ることになったから制服を着て待っててね」

『なんで学校なの?』

「この辺りで一番綺麗に見えそうだからなんだけど」

『そう言えば、そうかもしれないわね』

「でしょ?それで今まで電話に出れなかったのは鉄人に許可をもらうために雄二と二人で進路指導室の掃除をしていたからなんだ」

『ええっ!今まで西村先生のところで掃除してたの?』

「うん……それで電話に出られなかったんだよ」

『そういうことだったのね……それなら仕方ないわね』

「判ってくれてありがとう」

 これで新年早々関節技を極められなくて済んだかな?

 

『それなら相当疲れたんじゃない?』

「そうだね」

 掃除をして疲れたというより、ずっと鉄人に監視されていたほうが疲れた気がする。

 

『お疲れ様……今日は帰ったら、ちゃんと寝るのよ?』

「うん」

 遅刻して日の出を見れなかったら、今日やった事が全部無駄になっちゃうからね。

 

『明日楽しみにしてるからね……おやすみ、アキ』

「僕もだよ。おやすみ」

 美波と話し終わると……雄二の方も電話が終わったみたいだ。

 

「ふう、やれやれだ……とにかく早く帰って寝ないとな」

 肩をすくめながら雄二が呟く。

 

「そうだね」

「明日は遅刻したら置いていくからな」

「そっちこそ寝坊なんかしたら霧島さんが家まで押しかけてくるよ?」

「洒落にならねぇ事言うな」

 

 そしていつもの分かれ道で雄二と別れて

 しばらく一人で歩いていると携帯に着信が……

 姉さんからだった。

 

「どうしたの?」

『アキくん?姉さんは今にも倒れそうです』

「ええっ!何かあったのっ!?」

『お腹が空きました……』

 そんな事で電話してくるなんて……でも姉さんだと夕御飯は作れそうに無いし。

 

「ごめんね。すぐ帰るから、もうちょっと待っててね」

『はい……ところでアキくん?』

「なに?」

『姉さんがメイド服とナース服、どっちを着ていたら夕御飯を食べさせてくれますか?』

「どっちを着てても相手しないからねっ!?」

『判りました。それならバニーガールで……』

 

 携帯のオフのボタンを押した。

 

 

 とりあえず家に帰って姉さんの相手をしないとね。

 来年もきっと、この調子なんだろうけど……

 

 美波からもらったマフラーの暖かさと、仄かに香る優しい匂いに包まれて

 少しだけ急いで帰った。

 

 


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