僕とウチと恋路っ!   作:mam

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僕とウチの家族とクリスマス

 

「ただいまー」

「お邪魔します」

 美波に続いて玄関に入ると……ぱたぱたと可愛らしい足音が聞こえて

 

「お姉ちゃん、お帰りなさいですっ!」

「葉月、ただいま」

 美波が葉月ちゃんの頭を撫でている間にぬいぐるみを用意して……と。

 

「葉月ちゃん、こんばんは」

 美波の横から一歩出て葉月ちゃんに挨拶をする。

 

「あっ!バカなお兄ちゃんっ!」

 葉月ちゃんが僕を確認すると、ぱぁっと嬉しそうな笑顔で僕に突っ込んでくる。

 僕は持っていたぬいぐるみを構えて……ぼふっと葉月ちゃんがぬいぐるみに抱きついた。

 

「ようこそですっ……あれ?」

 僕はぬいぐるみに抱きついている葉月ちゃんに

 

「メリークリスマス、葉月ちゃん。この子はクリスマスプレゼントだよ」

 そう言って葉月ちゃんの頭を撫でてあげると……目を細めて喜んでくれた。

 

「ありがとうですっ!葉月、大切にするですっ!」

 ぬいぐるみを抱き締めながら満面の笑みで

 

「お兄ちゃん、ちょっとお耳を貸してくださいです」

「ん?なにかな?」

 僕が(かが)んで葉月ちゃんのほうに耳を出すと……

 

「葉月からのクリスマスプレゼントです」

 頬に温かくて可愛らしい感触が……

 

 僕が顔が火照ってきているのを感じていると……

 美波が僕の耳を引っ張って

 

(アキってば、何度も頬にキスされているんだから少しは学習してよねっ)

 小声でそう言うと、「う~」って唸るような顔で僕を睨んでいる。

 

 するとそこへ一人の男性が奥から出てきて

 

「葉月。お母さんが手伝って欲しいって言ってるよ」

「はいですっ。お兄ちゃんっ、ぬいぐるみありがとうですっ」

 葉月ちゃんはぬいぐるみを抱えたまま奥へ……

 

「美波、お帰り」

「お父さん、ただいま」

 

 美波のお父さんだった。

 すらっとしてて背が高く優しい雰囲気があるけど、少し彫りが深い顔立ちで

 目に宿る光と言うか、意志の強さがすごく伝わってくる。

 カジュアルスーツをラフに着こなしているのに立ち居振る舞いが折り目正しく

 いかにも仕事が出来る人って感じがする。

 

「初めまして。僕は吉井明久と言います」

 ぺこりと僕がお辞儀をすると

 

「島田美波の父です。初めまして、よろしく」

 美波のお父さんが軽く頭を下げていると

 

「お父さん。ウチの……」

 美波が僕と腕を組んで……優しく微笑んで

 

「恋人よ」

 

 美波のお父さんは別段驚いた様子もなく

 

「ああ、知ってるよ。しかも結婚を前提としているんだろ?」

 笑顔で事も無げにそう言ってきた。

 

「あっ、あの……」

 僕が言いよどんでいると美波のお父さんは笑いながら

 

「如月ハイランドのニュースで君と美波の事は見たからね」

 そう言えばあのニュース、TVでやってたんだっけ。

「それに君の事は美波はもちろん、葉月や家内からも良く聞かされているしね」

「お父さん。ここで立ち話してても寒いわよ」

「そうだな。えっと……明久君、と呼んでも良いかな?」

「はい」

「ウチは荷物を置いてくるわね」

 そう言って美波は自分の部屋へ行った。

 

 美波のお父さんと二人きりになると

 

「うちはご覧の通り、女性ばっかりでね……男は私一人だからちょっと肩身が狭いんだ」

 肩を少しすくめながら、「ははは」と笑い、更に……

「しかも結構気が強いのばかりだからね。明久君も苦労するかもしれないけど、よろしく頼むよ」

 肩を、ぽん、と軽く叩かれた。

 気が強いって……僕が苦笑いしていると

 美波のお父さんは真剣な顔になって

 

「父親として明久君に一つ聞きたいんだが……」

「はい」

「美波の事をどう思っているのか知りたくてね」

「えっと……」

「明久君と美波がお互いの事を大切に思っているのはあの子を見ていれば良く判るし、父親としても嬉しいんだが……それでも高校生で結婚まで視野に入っているのはどうしてなのかと思ってね」

「それは……」

 そう言えば、美波と付き合うようになって如月ハイランドでは結婚を前提とした恋人って言われてるし

 学校では物凄い勘違いだったんだけど子供が居るとか居ないとか噂になった事もあるしなぁ。

 

「あの子もそうだけど、君も将来の事とか色々考えている事があるんじゃないのかな」

 美波のお父さんにそう聞かれて……確かに結婚なんて僕は言った記憶はないけど……

 

「あの……僕はまだ進路をどうするのか決めていないんです」

「ほう」

 美波のお父さんが僕の事を見ているんだけど……一瞬、何か他の事に気を取られたような気がした。

 

「でも将来の事と言うか……やりたい事と言うか、こうしたいと思う事はあります」

「それはなんだい?」

「結婚とか言ってるのは美波と一緒に如月ハイランドでウェディング体験をして、それが途中で終わってるからだと思うんです」

「うん。途中だったのは美波から聞いてるよ」

「だから結婚と言ってるのは僕の周りの人たちだけだと思うのですが」

「そうなのかい?」

「はい。今の僕はまだ結婚までは考えられません」

 

 そして僕は美波のお父さんの目を見てハッキリと言った。

 

「でも僕は美波の笑顔を見ていたい……ずっと僕の隣で美波に笑っていて欲しいと思ってます」

 

 美波が僕の事を好きだと言ってくれて……ずっと傍に居たいと言ってくれた。

 僕も美波の笑顔の傍にずっと居たい……美波の事が好きだから。

 美波の恋人として僕は胸を張って言った。

 

「そうか……こんな寒い所に引き止めて悪かったね」

 美波のお父さんはにっこりと笑って

 

「今、私が言った事は忘れてくれて構わないけど、その気持ちだけはずっと忘れないで欲しい」

 僕の胸を軽く、トン、と叩いてそう言うと、くるっと僕に背を向けて

「じゃあ、私は先にリビングへ行ってるから」

 と言って、奥へ向かって歩き出した。

 僕が慌てて靴を脱ごうとしていると

「そんなに慌てなくても……美波が待っててくれると思うよ」

 

 僕が靴を脱いで玄関に上がり、マフラーを折り畳んでいると

 奥へ行ったお父さんと入れ替わりに美波がやってきて

 

「アキ」

「ちょっと待ってね。今マフラーを……」

 僕がそう言いかけると美波が僕の首に抱きついてきて耳元で

 

「少しだけ……このままで居させて」

「うん」

 

 どれくらい時間が経ったんだろうか。

 ほんの少しなのか結構長かったのか……美波が、また耳元で

 

「ウチが心の底から笑えるのはアキの傍だけよ」

 と、(ささや)くと僕の首の後ろで手を合わせたまま僕と見つめあって……

 本当に心の底から嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 そして美波と二人でリビングへ行くと……

 

「吉井君、いらっしゃい。今日はゆっくりしていってね」

 美波のお母さんに出迎えられた。

 

 あ、そうだ。お土産を持ってきてたんだっけ。

 美波は喜んでくれるって言ってたけど……

 

「あの……これ、僕が作った物ですが」

 と言って、美波のお父さんにマロングラッセを渡そうとすると

 

「これは?」

「はい。僕が作ったマロングラッセです」

 僕がそう言うとお父さんとお母さんが一瞬ビックリしたような表情をしたけど……

 

「明久君。それはまず美波へ渡してくれないかな」

 そして美波のお父さんは僕に小声で

(僕の気持ちです。受け取ってくださいって言ってもらっても良いかな?)

 僕は返事の代わりに小さく頷いて……

 

「美波。僕の気持ちです。受け取ってください」

 笑顔で美波に渡す。

「アキ、ありがとう」

 美波も笑顔で受け取ってくれる。

 すると美波のお母さんが

「二人とも、その様子だとどういう意味か判らないようね」

 と言って微笑んでいる。

 僕と美波が二人揃って頭に『?』を浮かべて首を傾げていると

「明久君も家に帰ってから調べると良いだろう。今はインターネットで検索すればすぐ出てくると思うよ……ヒントはアレクサンドロス大王だ」

 美波のお父さんがそう言ってるけど……

 そのヒントは僕が一学期の期末試験で大失敗しちゃった人の名前だ。

 あんまり良い思い出が無いんだけどなぁ……と、思っていると美波のお母さんが

「美波は後で教えてあげるわね」

 そう言って二人揃って僕と美波を見ながら優しく微笑んでいた。

 

 

 

 テーブルの上にはクリスマスケーキが一つあり、それを囲むように

 ご馳走がたくさん載ったお皿が所狭しと並んでいる。

 そして席は、と言うと……長辺の片側に椅子が二個、反対側に三個置いてあった。

 

 二個の方に美波のお父さんとお母さんが座って

 三個の方に僕が真ん中で美波が僕の右側、葉月ちゃんが左側だ。

 

 そして各自グラスを持つと……美波のお父さんが

 

「今年から明久君も一緒にお祝いできて本当に嬉しい。メリークリスマス」

「「「「メリークリスマス」」」」

 各々グラスを合わせる。

 

「明久君、少し狭いかもしれないけど我慢して欲しい。目に入れたら飛び出してくるくらい、やんちゃで可愛い娘たちのたっての希望なんだ」

「いえ、全然狭くないです」

 むしろ美波が近くに座ってくれるから嬉しいくらいだ。

 

「あら?吉井君のことは名前で呼んでいるの?」

 美波のお母さんがお父さんに話しかけている。

 

「ああ。明久君の了承は得ているよ」

「じゃあ、私も明久君で良いわよね?私だけ苗字で呼ぶのも他人行儀みたいで寂しいから」

「はい。僕もそのほうが嬉しいです」

「そのうち苗字は一緒になるんだから今のうちから名前で呼んでおいたほうが良いわよね」

 と、言って笑うお母さんを見て、お父さんも笑顔で

 

「そうだな。結婚を前提として付き合っているんだから」

「もぅっ。お父さんもお母さんもっ」

 僕がいたたまれなくて少し俯いて美波が真っ赤になって反論していると

 

「葉月がおっきくなったらバカなお兄ちゃんと結婚するんですっ」

「あらあら、葉月ったら」

 頬に手を当てて苦笑しているお母さん。

 

「そうなのかい、葉月?」

「はいですっ。ずっと前にバカなお兄ちゃんと約束したです」

 両手を上げて、にこにこと笑顔の葉月ちゃん。

 隣の美波はテーブルの下で僕の手を思いっきり(つね)っていた。

 

「明久君も大変だね……」

 美波のお父さんが心配とも呆れたとも違う……なにか僕を哀れんでいるような表情だった。

 

 僕たちが会話している間に美波のお母さんがスープをよそってくれて

 

「今日の料理は腕によりを掛けて作ったのよ。ジャガイモのポタージュです。召し上がれ」

 と、言って僕に、なめらかな白いスープの入ったカップを差し出してくれた。

 ジャガイモのポタージュか。いい匂いで美味しそうだな。

 

「頂きます」

 僕がスプーンですくおうとすると……

 

「アキは刺激が好きなのよね」

 美波が悪戯っぽく笑うと僕の前にタバスコを数本置き、一本を手に取ると

 躊躇(ためら)い無くカップの中にタバスコが一本丸々入れられた。

 

 僕は、いきなりの事で固まっていると

 

「葉月も入れるです」

 葉月ちゃんも笑顔でタバスコを一本注いでくれた。

 すると美波のお母さんが……おでこに怒りマークが浮かんでいるのが見えるようだ。

 

「そんなに入れたらスープの味が判らなくなっちゃうじゃない……じゃあ、私も」

 結局タバスコ三本分が……美波のお父さんは目を伏せていた。

 さっきまで純白だったカップの中が、今はまるで血の池地獄みたいに真っ赤になっている。

 もう、これポタージュじゃなくてタバスコそのものだよねっ!?

 

 かすかに立ち昇るタバスコの刺激臭が目に痛い。

 この刺激はショック死しそうなんですがっ!?

 

「アキったら泣くほど嬉しいの?」

 違う。死ぬほど悲しいの。

 

 これを全部飲んだら多分泣けなくなると言うか……

 生命活動に必要な何かが動かなくなる気がする。

 

 仕方ない。ここは大人の会話術で切り抜けよう。

 

「美波……大切な話があるんだ」

 僕は出来るだけ真剣な顔で隣の美波に……

 タバスコはあまり好きじゃないって事を伝えよう。

 

「えっ。アキったら、いきなり何よ……ウチにも心の準備が……」

 美波は顔を真っ赤にして目を泳がせながら手をばたばたさせている。

 すると葉月ちゃんがにこにこと笑顔でスプーンを差し出してきた。

 

「バカなお兄ちゃん。あーんですっ」

 

 あーん……ぱくっ

 

 

¨¨…¨¨…しばらくお待ちください…¨¨…¨¨

 

 

「もぅ、三人とも。これに懲りたら食べ物で遊んじゃダメよ」

「「「ごめんなさい(です)」」」

 僕と美波と葉月ちゃんは美波のお母さんに怒られた。

 入れ直してもらったスープは美味しかった。

 

 そして美波のお母さんが腕によりを掛けて作ったご馳走を頂き

 クリスマスケーキは美波と葉月ちゃんにあーんで食べさせてもらった。

 

 

 今は美波と葉月ちゃんとお母さんは後片付けをしていて

 僕と美波のお父さんはリビングで僕がお土産に持ってきたマロングラッセをつまんでいる。

 ふいに美波のお父さんが

 

「日本に戻ってきた時、あの子たちがうまく日本に馴染めるだろうか不安だった時があったんだ」

「そうなんですか」

 二人とも明るくて人見知りしない性格だと思うんだけどなぁ。

 

「ああ。特に美波から最初に聞いた日本語が相手を罵倒する言葉だったから尚更……」

 美波のお父さんは苦笑して話を続ける。

 

「そのうち美波が学校の事を楽しそうに話してくれるようになって……」

「楽しそうに話してくれる事はほとんど君の事だったんだ」

「君の事を話すたびにあの子からは段々ドイツ語が聞かれなくなり、代わりに日本語で話す事が増えてきた。それが嬉しくてね」

 美波のお父さんはマロングラッセをつまんで話を続ける。

 

「正直、あんなに早く日本語が上達するとは思わなかったんだ……よほど君の傍に居たかったんだろうね」

 僕が「あはは」と笑いながら頬をかいていると

 

未来(さき)の事は誰にも判らないけど……これからも美波と仲良くして欲しい」

 そう言うと僕に頭を下げて……顔を上げると笑顔で冗談っぽく、こう言ってきた。

 

「でも美波か葉月か、どっちか一人だけにしてくれよ」

 

 

 

 そして美波たちが後片付けを終わって僕とお父さんのところに戻ってきたら11時少し前だった。

 

「だいぶ遅くなりましたので僕はこれで失礼させてもらいます」

 僕がそう言って頭を下げると美波のお母さんが

 

「あら、もう遅いから今日は泊まっていったら?」

「いえ、御馳走になっただけでも十分です。ありがとうございました」

「そう?じゃあ、気をつけて帰ってね」

「ウチ、そこまで見送ってくるわね」

 美波が僕にくれたマフラーを手に持つと「行こ?」と言って僕の手を引っ張る。

 僕は慌てて靴を履くと……

 

「今日は本当にありがとうございました」

「またいつでも遊びに来てね」

 

 

 そして外に出て少し歩いたところで

 美波は僕の正面に立つとマフラーを僕の首の後ろに回して……そのまま引っ張られた。

 僕の目の前には長く揃った睫毛に大きな瞳を潤ませて……

 頬をほんのり赤く染めた美波の顔が近付いてきて……

 

 ほんの一瞬、軽く唇を合わせると

 

「今日は本当にありがとう」

 と言って僕の首にマフラーを巻いてくれて

 

「じゃあね、アキ」

 ポニーテールを揺らしながら走って行った。

 

 

 

…………

………

……

 

 

 僕は家に着いて、すぐお風呂に入り、上がってきて頭をガシガシ拭いていて、ふと思い出した。

 そう言えば美波のお父さんにインターネットで調べてみてはって言われてた事があったっけ。

 パソコンの電源を立ち上げると……

 

  PiPiPiPiPi……  PiPiPiPiPi……

 

 あれ……こんな時間に美波から電話だ。何かあったのかな?

 

「どうしたの?」

「夜遅くにごめんね……ひょっとして寝てた?」

「ううん。もう少ししたら寝るつもりだけど」

「あのね」

「うん」

「さっき……アキの気持ちを受け取って……今さっきお母さんに意味を教えてもらったんだけど……」

 ん?僕の気持ちってなんだろう?

 

「すごく嬉しくて……こんな時間で本当に悪いとは思ったんだけど、どうしてもアキの声が聞きたくなっちゃって……」

「僕で良ければいつでも付き合うよ」

「ありがと……やっぱりアキって優しい。でもね……」

「なに?」

「今、アキは『僕で良ければ』って言ったけど……ウチはアキじゃなきゃダメなの」

「なんか照れちゃうな」

「照れる事無いじゃない。ウチらは恋人同士なのに」

「そう言えばそうだったね」

「もぅ……まぁ良いわ。それでね」

「うん」

「ウチも同じ気持ちよ。それだけ伝えたくて……」

 気持ちって何だろう?

 

「ふふっ。じゃあ、アキ。また明日ね、おやすみ」

「おやすみ、美波」

 電話は終わったけど……

 そう言えば美波のお父さんに「僕の気持ちです」って言ってくれって言われたのがそうなのかな?

 まぁ、とにかく調べてみれば判るかな。

 

 マロングラッセで検索っと……

 紀元前のアレクサンドロス大王が最愛の妻ロクサーヌ妃のために作った?

 そんな昔から、このお菓子はあったんだ。

 

 えっと……なになに……そのことから、ヨーロッパでは男性から女性にマロングラッセを送るのは……

 

 

『永遠の愛を誓う』

 

 


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