僕とウチと恋路っ!   作:mam

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僕とウチと奇妙な三角関係part05

 そろそろ美波と待ち合わせしている公園に着くな。

 公園の入り口から中を見てみると……ベンチに座ってた人影がこちらにやってくる。

 

「アキ、おはよう」

「おはよう、美波。ごめんね、ちょっと遅れちゃったかな」

「ううん、大丈夫よ。ウチがちょっと早く来ただけだから」

「ありがとう。じゃあ行こうか」

「うんっ」

 

 土曜の午前中だからなのか、まだ人はさほど歩いていない。

 すると……美波が手を繋いできた。

 

「アキ?今日は頑張ろうね」

「うん」

「アキは一回あそこでバイトしてたのよね?」

「そう言えば、そうだね……結局途中でうやむやになっちゃったけどね」

「あの時は大変だったわね……」

 僕たち四人と美波や霧島さん、木下さんが暴走して

 そこへ清水さんと店長が暴れだして美波に襲い掛かってきてたな。

 

「でも、あそこの制服、結構可愛いからちょっと着てみたかったのよね」

 確かに美波なら手足が長くて、すらっとしてるから、かなり似合うと思う。

 エプロンドレスでちょっと胸元を強調するデザインだった気がするけど

 秀吉もすごく似合ってたしな……美波でもきっと大丈夫だろう。

 

「アキ?顔がにやけてるわよ?」

「ごめん、美波が着ているところを想像しててさ……すごく可愛かったから」

「そっ、そう……ありがと」

 美波が頬を染めて俯いた。

 

 

--カランコロン

 

「「失礼します」」

「おはようございます。今日はありがとう、よろしくね」

 清水さんのお母さんが出迎えてくれた。

 

「「こちらこそ、よろしくお願いします」」

 美波と二人で、ぺこりと一緒に頭を下げる。

 

「じゃあ、早速ですが着替えてきて頂けるかしら。その後、仕事の説明をしますから」

「「はい」」

 二人で返事をすると……

 

「お姉さま、こちらへどうぞ」

 清水さんだった。

 

「美春、今日はよろしくね」

「清水さん、よろしくね」

 

「豚野郎はあちらの更衣室で着替えてください。お姉さまはこちらで美春と一緒に着替えましょう」

「けっ、結構よ。ウチはあっちでアキと一緒に着替えるわ」

「みっ、美波っ!それはマズいよっ!?」

 美波がびくびくしている。まぁ普段だと触られまくっているしなぁ。

 

「仕方ないな。美波、先に着替えてきなよ」

「ありがと、アキ」

 逃げるように清水さんが指示したのと違う更衣室へ行く美波。

 

「ああっ、お姉さま……仕方ありません、美春も着替えてきます。それと貴方にはこれを」

 そう言って清水さんが僕に手渡してくれたのは……ロングヘアーのウィッグだった。

 うう……やっぱり女装しないとダメなのか。

 

 しばらく待っていると更衣室のドアが開き……

 

「アキっ!ウチ、どうかな?」

 更衣室から出てきた美波が、その場でくるっと一回転してみせる。

 いつもの黄色いリボンのポニーテールが円を描くように舞って

 ピンクのエプロンドレスの裾が、ふわっと広がって内側の白い生地が少し見える。

 すらっとした長い足に白いニーソックスが眩しい。

 

「すごく可愛いよ……よく似合ってる」

「ふふっ、ありがと」

 頬が少し染まってる所が可愛いな……写真撮ってくれる人居ないかな。

 

「じゃあ、今度は僕が着替えてくるね」

 仕方ない、今日だけの我慢と思って着替えてくるかな。

 僕が着替えとウィッグの装着を終えてお店の方に戻ってくると……

 

「あ、アキ?タイが曲がってるわよ」

 僕のタイをまっすぐに直してくれる。

「女の子なんだから身嗜(みだしな)みには気を付けないと」

「そっか……僕は今日は女の子なんだっけ」

「そんな悲しそうな顔しないでよ。ウチも妬いちゃうくらい可愛いわよ?」

「うう……ありがとう」

「ウチがメイクしてあげるね」

 そう言って僕にパタパタ何かを押し付けてくる。

 僕がメイクをされてる間に……

 

「美春のお母さんは一応今日は店長で通してください」

「「わかったよ(わ)」」

 僕のメイクが終わる頃、清水さんのお母さんがやってきて

 

「今日はお手伝いありがとうございます」

 僕たちにぺこりとお辞儀をしてくれた。

 

「では今日の役割分担ですが私がキッチンメインで美春がドリンク類と店内補佐」

 ふむふむ、お店の何処に何があるか判ってる人が作った方が早いもんね。

 

「そして島田さんと吉井君は接客メインでお願いします」

「「「はい」」」

「お二人はこういうお仕事の経験あるのかしら?」

「僕は一度こちらでバイトさせて頂いた事がありますが……」

 その時はウェイターの格好ですけどね。

 今はウェイトレスだ……こういうのは秀吉の方が似合うのになぁ。

 

「ウチは学園祭で喫茶のウェイトレスやった事あるくらいかな」

「そうですか。では相手がお客様と言う事を念頭において接客してもらえば大丈夫です」

「気楽にやってもらって大丈夫よ。じゃあ、よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」

 

 そう言って清水さんのお母さんがキッチンへ行こうとした時、僕に向かって

 

「吉井君?結構可愛いから自信持ってね」

 と言ってキッチンの方へ……

 

「良かったわね、アキ。可愛いって言われて」

 くすくす笑いながら僕の肩を叩く美波。

 

「そうですね。いつも女装しているなら美春も手を下さないかもしれません」

 そう言って僕を触ってくる清水さん。殺意が感じられないのは珍しいかもしれない。

 

「ふむ……これはこれで美春的には有りかもしれません。特にお胸が無い所が」

「みっ、美春っ!ダメよっ、アキはウチの物だからねっ!」

 僕と清水さんを引き剥がすように間に入る美波。

 

「大丈夫です。お姉さまも美春の物です」

「だっ、ダメよっ!ウチはアキの物なんだからっ!」

「美波、少し落ち着こうね?」

 いつもと違うシチュエーションだからなのか

 美波のテンションも少し上がり気味なのかもしれない。

 

「でも清水さんもお店だとだいぶ変わるんだね」

 いつもの殺意剥き出しの清水さんと違って、なんて言うか、こう……普通の女の子っぽい感じがする。

 清水さんは見た目は結構可愛いから勿体無い気がするなぁ。

 

「当たり前です。美春のせいでお店が潰れて路頭に迷ったらお父さんやお母さんにも迷惑を掛ける事になります」

 自覚はあるんだ……学校でも喫茶店の制服を着てたらもっと大人しくなるかもしれない。

 そんな事を考えながら清水さんを見ていると……

 

「貴方はうちの従業員なんです。美春が死ねと言ったらすぐ舌を噛んで死んでください」

「ええっ!?」

「まぁお姉さまが居る時は言いませんけど」

 と、言う事は美波が居ないと本当に言うつもりなのっ!?

 やっぱりいつでも清水さんは清水さんだな……後ろを見せないように注意しないと。

 

「じゃあ、美春は向こうでコーヒーを入れる準備をしてきます」

「うん」

「お姉さまと二人っきりだからといってイチャイチャしてたら全力で殺します」

 そう言い残して清水さんも奥へ……

 

「アキっ!一応アキと美春が仲良くなるのが目的だけど浮気したら許さないからねっ!」

「判ってるよ。昨日も言ったけど僕は美波以外の人に興味は無いからね?」

「本当でしょうね?」

 僕をジト目で見ている美波。

 

--カランコロン

 

「ほら、お客様が来たよ?僕行ってくるね」

「もうっ……頑張ってね」

「うん」

 

 確か秀吉が言ってたのは……緊張しないで『転ばないこと』『台詞を噛まないこと』だったっけ。

 

「いらっチャッ!」

 …………早速噛んだ。

 入店してきたお姉さん二人組が必死に笑いを堪えてぷるぷる震えている。

 前回もよくあった光景だ。気を取り直して仕切り直そう。

 

「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」

 窓際のボックス席へ案内して、お冷とメニューを出して、美波の居る所に戻り

 

「こんな感じでやってれば大丈夫だよ」

「最初は噛まないといけないのかしら?」

「そこは忘れて……」

 

--カランコロン

 

「あ、次のお客様が来たね」

「今度はウチが行ってくるわね」

 ポニーテールを揺らしながら美波が入り口のお客様の方へ……

 さっき僕が案内したお客様が僕の方を見ている。注文が決まったみたいだ。

 

『ご注文はお決まりですか?』

 と、言えれば完璧な接客が出来る筈だ。

 さっきの失敗を帳消しにするためにも……

 

「ごチュッ!」

 

 ブバァッ

 

 お客様が噴き出した水が、店内に鮮やかな虹のアーチを描いた。

 今日は空気が乾燥しているから、きっとお客様が気を利かしてくれて

 加湿器代わりに空気中に水分補給しているに違いない。

 

「……ご注文はお決まりですか?」

 お客様の哀れみの視線が痛い。

「私はホットココアとチーズケーキで。頑張ってね」

「私はミルクティーとホットケーキを。頑張ってね」

 今回も『頑張って』の注文が大量に来そうだ。

 とりあえずお客様の注文をメモに取り、清水さんと店長のところへ行き

 

「ホットココアとミルクティーとチーズケーキとホットケーキを一つずつお願いします」

「注文一つ、まともに取って来れないのですか。良くお姉さまの傍にのうのうと居る事が出来ますね」

「吉井君、頑張ってね」

 ここでも頑張ってをもらう事になるとは……

 

 そのあと僕が5個くらい『頑張って』の注文をもらって……

 ふぅ、ちょっと一段落ついたかな。美波は、っと……あ、食器を下げるのか。

 布巾持ってないみたいだから、テーブルは僕が拭くかな。

 

「あ、アキ」

「僕がテーブルを拭くから美波は食器を下げてきなよ」

「うん、ありがと」

 美波は銀のトレイを持って歩く姿も可愛いな。

 

 

 そして僕が20個くらい、『頑張って』の注文をもらった頃……

 

--カランコロン

 

「いらっしゃいませ」

 僕が頭を下げて応対すると……

「よっ、吉井君かい?」

 へっ?何で僕を知ってるんだろう……今女装してるのに?

 

 顔を上げてみると……眼鏡をいじっている久保君だった。

 

「久保君?」

「なんで吉井君がそんな格好でここに居るんだい?」

「ちょっと訳ありで手伝いに来たんだよ」

「それで変装しているんだね」

「まぁそんなとこ……かな」

 変装してると見てもらったほうが、いくらか心が楽になるな。

 ……趣味だと思われるよりは。

 とりあえず仕事をしなければ。

 

「では、お席へご案内します」

「出来れば席を指定してもいいかな?」

「うん、空いてる席なら良いけど」

「ありがとう、それじゃあ……」

 そう言って店内をひとしきり見渡して……

 

「あそこでも良いかな?」

 久保君が指を差している場所は一番奥の席で

 僕と美波が注文を伝えたり料理を取りに行く時に通る通路の脇だった。

 

「うん、いいけど……窓際の席も空いてるよ?」

「いや、特に意味は無いんだけど静かそうだからね」

「ではこちらへどうぞ」

 後ろを歩いてくる久保君の視線が……なにか薄ら寒いものを感じる気がした。

 

「では、今お冷とメニューをお持ちします」

 すぐそこにあるから、いくらもしないうちに久保君のいる席に戻り

 テーブルの上にお冷を置いてメニューを渡す。

 

「吉井君のお勧めはあるのかな?」

 メニューを開かずに僕の顔をジッと見つめてくる久保君。

 なにか寒気がする……そう思っていると後ろから

 

「あら、久保じゃない」

 食器を下げにきた美波が声を掛けてきた。

「島田さん、君もここでお手伝いをしてるのかい?」

「そうよ」

「今、久保君にお勧めを聞かれていたんだけど、前に美波と一緒に食べたクレープ美味しかったよね」

「そうね、ウチと二人っきりで来た時に食べたのよね」

 やたらに二人を強調しているような?

 

「そっ、そうなのか……でも今日はお腹が空いていないからコーヒーだけで良いかな」

 せわしなく眼鏡を触ってぷるぷる震えながら注文をくれる久保君……どうしたんだろうか。

 

「じゃあ、ウチは仕事に戻るわね」

 美波は奥のほうへ……

「久保君?コーヒーはブレンドで良いのかな?」

「ああ、それでお願いするよ」

(かしこ)まりました。少々お待ちください」

 

「ブレンドを一つ、お願いします」

 清水さんにお願いしていると美波が

 

(アキ?)

(どうしたの?)

(久保には気をつけなさいよ)

 前にも言われたような?

 

(何かされたら大声上げてすぐ逃げるのよっ)

(あはは。美波、心配しすぎだよ)

(いいからウチの言うとおりにしなさいっ)

(う、うん、判ったよ)

 

「お姉さま、離れてください。これを豚野郎の頭に掛けるので」

 ブレンドを一つ持って、こっちへ来る清水さん。

「清水さんありがとう」

「今度お姉さまにくっ付いていたら本当に掛けます」

 そう言ってコーヒーカップをトレイの上に置いて行ってしまった。

 

「お待たせしました」

 コーヒーカップを久保君のテーブルの上に置く。

 

「ありがとう」

「久保君はどうしてこの店に来たの?」

「今日はちょっと参考書を買いに来たんだけど」

 久保君の参考書は、きっと僕の部屋に隠している参考書(エロ本)と違うんだろうな。

 

「何冊か欲しいのがあってどれにしようか迷ってね。ちょっと落ち着くために来たんだが」

「そうなんだ」

「ここに来たら、ちょっとドキドキしてきたようだ」

 僕を見ながら少し頬を染めている気がする。

 

--カランコロン

 

「あ、お客様来たみたいだから僕行くね」

「引き止めて、すまなかったね。お代わりする時、頼むよ」

(かしこ)まりました。では失礼します」

 頭を下げて久保君に背中を見せた時、悪寒が走りまくっていた。

 慣れないスカートで風邪でも引いたのだろうか。

 

 


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