(略)のはAce -或る名無しの風-   作:Hydrangea

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※いわゆる説明回です


 Bericht -Der Weg der Rettung der Welt

 端書

 

 現在、我が国は有史以来の危機的状況下にある。

 とはいえ、それが「資源の枯渇」や「食料危機」「疾病の蔓延」といった、所謂低次元のものではない事は、態々説明するまでもないだろう。我が国が、遍く次元世界に対し確固たる地位・関係性を築き上げてより幾星霜。未だ多くの世界が頭を抱える数多の問題を克服・掌握した現在にあっては、およそ並大抵の事象は障害足り得ず、そんな我が国の前に、目に見えるだけの外敵が立ち塞がれる筈も無い。

 個々別々間の姦計謀略はさておき、国家全体として、またそこに住まう者として、我々が明日を迎える事に何ら不自由する事は無い。それは、紛れもない事実である。

 

 では、「危機」とは一体何なのか。

 此方に関しても、既に一部の研究者間では周知の事実となっているだろう。だが、ここではより論を明快なものとする為にも、その内容を要訳して再確認してゆく。

 

 

 現状の我が国は、「停滞」という名の大渦に囚われているといっても過言ではない。

 誇るべき五大理論を確立させたのも今や昔、それより以来、果たして劇的・革新的な一歩を踏み出せた事があっただろうか。確かに、小さな成長――次元世界の規模では革新的に見えるかもしれないがそれ――は、細々とであっても続いてはいるだろう。しかし、次元世界の頂へ立つ存在にあっては、その様な小手先の細工等は到底進歩とは呼べず、その停滞はまさしく危機に他ならない。

 頂点には頂点の、果たすべき/果たさなければならない務めがある。常に前へ進み続ける世界の中で足踏みを続ける存在を、どうして先導者と言えよう。

 

 何より、現状のままでは未来永劫、我が国が産声を上げてより以来の悲願たる、『真理』への到達など果たせはしない。

 如何にあらゆる困難を打破したとはいえ、「退屈」という名の毒だけは克服しきれないのが人間の性。纏わり付くこの怠惰を振り払い、『真理』へ至る大きな躍進を果たす為にも、今この国には大きな“刺激”が求められているのである。

 

 

 そこで、今回発案させて戴くのが、これより解説してゆく計画である。

 その概要としては、『現在の我が国が持てる技術の集大成とも言えるガジェットを、しかし従来のものとは全く異なる観点から開発してゆく』というものであり、ガジェットの詳細については本文で詳しく述べてゆくが、この停滞へ風穴を開けられるだけの“刺激”を得ると共に、それ自体を『真理』への足がかりにしてゆく事が当計画の本旨である。

 本論は、それが必要とされる理由などを交えつつ、計画の概論・詳細について述べてゆく。

 

 尚、実際に目を通して戴ければ理解できるとは思うが、当論文は最低限の体裁すら整っていない、資料以前のメモ書き同然である事を、本論に先んじこの場で釈明させて戴く。

 しかし、最低限必要な情報は本論に纏めたつもりであり、今回この様な形で公に発表したのも、つまらない形式に囚われるよりは、少しでも早く皆様の目にこの計画を通して戴きたい為である事も、合わせてここに記させて戴く。

 

 

 

X項 「進化」に関する見解

 

 本項目では、当計画における柱の一つたる「進化」について、私的見解を挟みつつその意義を説明してゆく。

 

 α節 人類の歴史と進化

 

 「進化」と聞き、皆様はまず何を思い浮かべるだろうか。

 これが現実の論議の場であれば、おそらくは様々な意見が挙げられていた事であろう。残念ながら紙面上でしかない此処でそれを聞く事は叶わないが、それに代わるものとして、僭越ながら私の見解による解答を一つ挙げさせて戴く事とする。

 

 人間の「進化」に関して、私が最も密接な繋がりを有している考えているのは、「戦い」という行為である。

 月並みな表現ではあるが、人類の歴史とは即ち戦争の歴史に同義でもある。ある時には種の存亡を脅かす外敵と、またある時は自らの利を脅かす同族と、文字通り血を血で洗う戦いを繰り返し続けた果てに、人類は霊長の祖という現在の地位を確立させてきた。

 つまり、怒りや憎しみ、敵意といった負の感情を極限まで昂らせ、正義という旗印で正統化させたその剣を手に取る行為にこそ、人類の進化の根源は眠っていると考えられるのである。

 

 そして、態々「進化」についてこの場で述べてきたのは、当計画の根幹が、まさしくその「進化」へ密接に関わっている為である。

 その詳細は別項にて詳しく述べてゆくが、大まかな方針だけを纏めれば、先述の「進化」を我々の手で司る事により、『真理』への足がかりを得るという事である。次節にて、その計画と進化の在り方について述べてゆく。

 

 β節 進化の土壌と舞台

 

 「人類の進化を司る」という計画の流れ上、その最大にして最高の土壌たる「戦争」を意図的に引き起こさせる必要性が生じる訳ではあるが、当然ながらその舞台とするのは次元世界であり、あくまでも我が国は、“当事者”ではなく“傍観者”としてのスタンスを維持してゆく事となる。

 

 しかし、それは単なる人道的な配慮からだけではなく(無論、我が国に住まう命を無碍にする意図は全く無いが)、計画を遂行する上で、“そうある事”が必要となる為である。

 というのも、真に闘争の中で「進化」が生まれ得るには、極限状態におけるせめぎ合い――何とかして相手の喉元へ喰らい付かんとする、執念にも似た感情――が不可欠であり、またその為にも、一方的な蹂躙とはならない同程度のレベルが、争い合う二者間に求められるのである。

 つまり、別項でも再度述べる事ではあるが、計画において必要となる「進化」を得るためには、“蹂躙”という一方通行の形を否応無しに生じさせる我が国という要素を、極力排除しなければならないのである。これが、戦いの舞台を次元世界とする大きな理由である。

 

 

 また、あくまでも副次的な産物に過ぎないが、次元世界において大規模な戦争を生じさせる当計画は、多くの在庫を抱えてしまっている方々にとっても福音となるものである。

 次元世界と其処に住まう者達の性質を鑑みれば、最初の一押しだけで自ずと戦火が広がってゆく事は想像に難くない。しかし、そこへ我が国の製品を投じる事により、その勢いは一層激しいものとなり、また計画の遂行自体も促進されてゆくのである。

 当計画では、そうした加勢も予め織り込まれており、先述のバランスと影響の排除にさえ配慮して戴けるのであるのならば、関係者各位には是非協賛して戴きたいとも考えている。

 無論、それら関係者の思惑に流され、計画の本旨を曲げる事は断じて無い事を、予め此処で明言させて戴く。

 

 

 

Y項 「書」について

 

 本項では、当計画の要たるガジェット(以下「書」とする)について解説してゆく。

 

 ε節 「書」概要

 

 当計画において中核を担う「書」とは、簡潔に言えば情報記録媒体であり、X項にて解説した「闘争の中で生まれる進化」を蒐集・蓄積し、それを元に“足がかり”を生みだすものである。

 構造としては、必要機能の全てを盛り込んだコア・ユニットを文字通りの核とし、その存在を表立たせない為の偽装やオプション用の余白を外装として加えた非実在型の魔導ユニットであり、「書」の由来は、後述の運用体系を踏まえ、よりシンプルな魔導書型デバイスとしてデザインした点にある。

 

 

 X項においても触れた通り、当計画の肝は次元世界で引き起こす闘争の中で生まれる進化を蒐集してゆく事であり、「書」の運用については、基本的には我々の手を離れ、その時々で資質や環境等が最も適した“主”の下を渡り歩いてゆく方式となる。

 そしてその為に、「書」には蒐集・記録の機能は勿論、如何なる状況下においても「書」を保護する能力が求められるのである。

 とはいえ、発生させるのはあくまでも次元世界レベルの戦争であり、また実際には「書」()()()を保護すれば良いのであって、これに関しては然程難しい事ではない。事実、我が国が有する技術や、僭越ながらも私が当計画を機に独自開発したもの等を組み込む事によって、次元世界レベルはおろか、正真正銘最新鋭のそれすら凌げるだけの防衛機能を搭載する目途は既に立っており、それについても後ほど詳しく解説してゆく。

 

 

 また、「書」が次元世界を渡り歩く間……つまり対外的には、これを「融合型魔導端末」として扱ってゆく。

 無論、本来「書」はそれ単体でも蒐集・記録をこなしてゆけるだけの機能を有してはいるのだが、繰り返し述べている通り、今計画において蒐集してゆくのは「闘争の中で生まれる進化」であり、その「純粋なる闘争」を発生させる為にも、「書」自身にもまた意志無き道具という傍観者の立ち位置が求められるのである。

 

 そして、従属物(どうぐ)として扱われる都合上、「仕様者の魔力を消費し」「それに依る各術式の行使」という行程が形だけでも必要となる訳だが、この点に関しても「融合型魔導端末」という肩書は都合が良い。より術者の深層とリンクするその構造上、先述の行程を容易に偽装する事が可能であり、また万一の際にはそれを口実として、速やかな次術者への移行が可能となる為である。

 

 当然、長期間に渡る単独行動を可能とするシステムや、関係者以外からのハッキングを遮断するセキュリティも基礎段階で組み込む予定となっており、それらの点に関しても何ら問題は無い。

 

 π節 「書」の構造・作成に関して

 

 「書」のコア・ユニットは、基本的には既存のサバティエル……通称「賢者の石」の組成をベースとしており、第三理論を用いて物質化した人間の魂を“煮詰める”事で精製した濃縮魔導結晶体――動力源と情報サーキットを兼ね備えたもの――へ、更に計画において必要となる蒐集・記録の機能等を追加したものである。

 

 

 そして、当計画の肝であり、また従来型との最大の相違点は、その精製において用いる素材の「量」と「鮮度」の二点にある。

 

 従来のものを一つ精製する為に必要となる素材は、量にして小国一つ分……約数十万単位が最低ラインであり、「鮮度」に関しては、生体反応さえ有していれば良い という程度ものであった。

 そもそも、従来の技術ではそれ以上の量を用いて精製する事はできず、また加工の際におよそ人間的要因は全て取り除かれてしまっていた為、それら「量」と「鮮度」に関しては、精製方法の確立以来触れられてこなかったのである。

 

 しかし、当計画ではあえてそれら不可侵の二要因へ手を加える事により、まさしく革命的なまでの進化を可能としてゆく。

 「量」については、従来の数十万単位を遥かに上回る数十億単位……規模にしておよそ星一つ分を使用し、また「鮮度」に関しても、従来の技術では不可能であったが為に不要であった、「より人間として生きた状態」――物質化した魂でありながら、それ自体が個単位での人間的思考が可能な状態――で精製・結晶化してゆく計画となっている。

 

 それらの試みにより齎される性能は、正しく「桁違い」の一言に尽きるものであり、「賢者の石計画」黎明期における不良品は言わずもがな、現在その完成系と評されているラウド型と比較しても尚、初期段階で遥かに上回るとすら試算されている。

 単純なエネルギー量だけを見ても、当計画におけるそれは、従来型同様の掌サイズにして既にエグザミア型動力システム一基分に相当しており、完成の暁には、「永遠の空論」――G-システムのみが成せるとされている、真の無限大にすら至れると考えられている程である。

 

 また、前述のエネルギーのみならず、備わった情報サーキットによる演算能力も、従来型を遥かに凌駕するものとなる。

 既存のものがあくまでも「補助」の役割へ留まっていたのに対し、当計画におけるそれは、用いる素材の性質をダイレクトに反映し、コア・ユニットそれ自体が一にして無限なる頭脳となり、一切の外部入力無く自ら思考してゆけるものとして完成される。つまり、“人間”であるが故に命尽きるまで思考を止めず、しかし“機械”として永遠の命を有しているが為に、止まる事無き思考を続ける「無限サーキット」となるのである。

 次節にて再び述べてゆくが、これこそが当計画において「書」自身の進化を司る重要なファクターであり、『真理』への足がかりを生みだす鍵なのである。

 

 ω節 システムの「鍵」――無限サーキット

 

 そもそも、当計画において真に「書」へ求められているものは、従来型(サバティエル)における「無尽蔵のエネルギー源」ではなく、前節の末尾で触れた「無限サーキット」にある。これは、その大元たる人間の思考が、「進化」と密接なつながりを持つ「欲望」の源泉であり、同時にそれへ道を与える車輪とレールの役割を果たしている為である。

 また、進化と欲望が非常に深い関係にあるのは、既に多くの研究において幾度となく取り上げられている事実ではあるが、同時にこの「欲望」の質・量に関して、およそ人間という生物に勝るものは存在しないとも言われている。つまり、「書」の中枢を司り、またそれを動かす火種となる要因こそ、コア・ユニット――人間の成れの果て――が保ち続ける、飽くなき「欲望」なのである。

 

 

 そして当計画の道筋は、上述の二要因を組み合わせ、「無限サーキット」へ「無尽蔵の欲望」を乗せる事により初めて完成される。

 湧き上がる欲望は、「術」という捌け口を得ることにより、さながら鉄砲水が如く、立ち塞がる障害の悉くを突き崩し前へ前へと流れてゆく。つまり、「無限のエネルギー」と「無限のサーキット」――あらゆる空想を現実にできる「術」――を得た欲望は、如何なる不可能や限界をも超越し、思考という名の歩みを進め続け、やがては『真理』に至れる確率を大いに有しているのである。

 

 この理論のより具体的な例を挙げるのであれば、「書」が備え、また当計画において根幹的な役割を果たす種々の機能が正に該当する。

 

 例えば「蒐集機構」

 単なる知覚情報からの模写・複製のみならず、リンカーコアの直接的な吸い上げ、隔離した結界ごとの消化、果ては情報を有した魔導端末の捕食等、正しく「手段を選ばず」行われるこれは、大元を辿れば人間の持つ知的欲求(欲望)へ根差すものであり、前述の様々な手段も、それを満たさんとする「欲望」が、用いることのできる「術」を総動員した結果なのである。

 元より、知に対する人間の欲望とは、伝承において片の瞳、更には自らの命すら対価に差し出される程に深いものであるのだ。そこに薄弱な尊厳などが介在する余地は無く、まただからこそ、霊長の祖たる人間は完成されたと言えるだろう。

 

 例えば「防衛システム」

 あらゆる手段を用いての専守/積極を問わない自衛行動に加え、如何なる攻撃や干渉をも阻む鎧。そして、自己を保存する為に主すら贄とする転生システム等がこれに該当する訳ではあるが、此方はより判り易く、人間――延いては生物が有する生存本能に依るものである。

 極限状況下においては肉親すら犠牲とする人間の性質は、第三理論の処置により不死身同然となっても尚健在であり、自らの生を脅かす外界のあらゆるストレスに対し、それを排除せんと「術」を動かしてゆくのである。

 

 

 これらの通り、「無限の欲望」と「無限サーキット」を掛け合わせる事により生まれるものは凄まじい力を秘めており、さながら常人には手のつけられない怪物とも言えるだろう。

 そして、そんな怪物を飼いならす事にこそ、当計画と従来のもの、更にはこれまでの我が国における研究方針との明確な差がある。

 その目的を問わず、我が国におけるこれまでの研究・開発とは、遍く次元世界と比べ遥かに優れた技術を用いて、自らの力のみでで完成品そのものを作り出すものであった。先程挙げたサバティエルに関しても、その開発目的は抽出される無尽蔵のエネルギーにあり、備わったサーキットはあくまでも副産物に過ぎず、それ故軽視されていた節すらある。

 

 しかし、その程度に留まっている限りこれ以上の発展が望めない事は、我が国の近況そのものが何よりの証明と言えるだろう。現状の停滞は、最早それら小手先の細工でどうにかできるものではないのである。

 今や時代は、新しい技術“そのもの”を生みだすのではなく、それを生みだす「進化」を司る次元にまで来ている。そして「書」こそが、それを成し得る唯一無二の「鍵」と成り得るのである。

 

 ここまで繰り返し述べてはきたが、「無限サーキット」を得た「無限の欲望」により人間の思考は加速し続け、世界の進化そのものにすら追いつき、やがては追い越す事で、『真理』へ至る事すら可能となる。そして、そう成れるだけの道具の成長(しんか)を司り、それを統べる事によって、延いては我々という存在が『真理』へ到達し進化する。

 進化を支配し、真に次元を超越する。それこそ、まさしく当計画そのものなのである。

 

 

 

Z項 素材に関して

 

 本項では、「書」のコア・ユニット精製の為に必要となる素材について、採集地やその選定理由について纏めてゆく。

 

 η節 求められる条件

 

 ここまで「書」の有する様々な機能について述べてきたが、前述の性能(スペック)を完全なものとする為には、精製する技術のみならず、それを形作る素材に関しても相応の水準が求められるのは、ある意味自然の事と言えるだろう。

 だが、理屈の上では一文であったとしても、それを実行するにあたっては、当然ながら様々な障害が立ちはだかる事となる。

 

 まず第一に素材の確保であるが、必要数を確保するだけであれば、手段を選ばなければ幾らでも方法はあるだろう。しかし、如何に次元世界の水準とはいえ、大事を起こせば第三者の存在・介入が疑われる事も考えられ、延いては「純粋なる闘争」へ水を差す結果となりかねない。

 また、素材の力を生かす計画の性質上、素材の採集地には高い文明水準が求められる事にもなる。如何に数を揃えたとしても、それが獣同然な蛮人の集合体では、我々が求めるだけの進化を得るには遥かな歳月が掛かり、或いはそれにすら満たない事も考えられる為である。

 つまり、素材の採集に際し必要となる条件とは、手段については戦場(ぶたい)となる次元世界へ影響が少ない事、そして採集地に関しては、我が国における基準で言えば最低限Bクラスの文明水準を備えた場所である事の二点である。

 次節からそれら二条件を満たす為の方法を述べ、選定地の詳細についても同時に触れてゆく。

 

 φ節 採集選定地

 

 先に挙げた二要件を同時に満たす事は、通常であれば容易にはいかないだろう。何故ならば、文明水準が高くなるにつれ、社会の異常に対する感覚も敏感となる為である。統一された法すら持たない未開地同然の僻地より調達するのと、合法/非合法問わずあらゆる場所へネットワークが張り巡らされた都市から集めるのとでは、どちらが社会的な影響を与えにくいかなど、考えるまでも無いだろう。

 

 しかし、その問題は一つの技術の導入により、一手で解決の目算が立つものでもある。それは、並行世界の運営を可能とする第二理論の存在である。

 

 理論そのものが確立された現在にあっても、五大理論が必ずしもその全てを実現・実用できる状態ではない事は、皆様も周知の通りである。第二理論に関して言えば、現在実用可能となっているのは専ら「観測」と「限定的干渉」のみであり、完全なる「運営」を成功された例は未だ確認されていない。

 しかし、今回の様に素材を調達するだけであれば、現在の限られた技術でも実現は十分可能である。加えて、五大理論が結果的に我が国の独占状態にある以上、他次元世界は元より、採集地にさえ、前述の「干渉による影響」を考慮する必要が無くなるのである。

(尤も、後述の通り「採集地への影響」はそもそも生じようが無いのだが)

 

 

 そして、以上の前提を踏まえた上で、今回私が選定地の最有力候補として挙げさせて戴くのは、並行世界のとある非魔導文明世界に存在する、その世界軸において唯一人間型知的生命体が住む惑星――該当世界軸における呼称を「太陽系第三惑星」――である。

(言わずもがな、我々の住まう世界軸においても同世界・惑星は存在が確認されているが、星の年齢や文明の成熟度合い等から、本世界軸におけるそれより遥かに未来の姿と考えられる)

 

 当該世界(惑星)は、所謂“科学技術最盛期”の典型例とも言える世界であり、魔導文明こそ有していないものの、高い文明水準・技術力を有している事が確認されている。素材となる数もおよそ60億は揃っており、またそれだけの数を抱えながらも未だ宇宙進出を果たせていない事が幸いとなり、許容量を遥かに超えた器の中で、様々な諍いが水面上下問わず生じている、坩堝という表現が相応しいだけの条件が整っているのである。

 当然、それらに裏打ちされる欲望の質と量は他の候補地と比べ群を抜いており、その点だけであれば、次元世界のみならず我が国にさえも匹敵せんとする程である。

 

 δ節 コア・ユニットの「中核」

 

 コア・ユニットに約60億分の個体を用いる事は先述の通りであるが、より厳密に言えば、60億個体分そのままとなるのは疑似リンカーコアとサーキットのみであり、主体人格として思考を司る「コア・ユニットの中核」――より人間に近い状態のまま加工される個体――に関しては、その数を数百程度に厳選してゆく計画となっている。

 これは、「最高の人工知能」の理論にも通じるものであり、簡潔に纏めれば、如何に「欲望」に忠実なるコア・ユニットとはいえ――否だからこそ、「60億」という数は多過ぎるのである。

 

 無論、我が国の技術水準からして、制御そのものは可能でこそある。しかし、60億もの数を用いれば当然ばらつきという名のロスが生まれ、また態々その過程を踏まえる理由も必然性も当計画には存在していない。だからこそ、リンカーコアやサーキットといった「軀」はそのままに、中核たる「精神」を構成する素材のみを絞り込み、そこに例えば国や人種といった共通項――判り易い傾き(ベクトル)を投入してゆくのである。

 

 

 そして、その栄えある代表にして、その存在そのものが選定地に選ばれた理由の一つでもあるのが、該当世界――「太陽系第三惑星」に存在する、とある島国である。

 宗教や人種といった判り易い要因ではなく、地理や資源その他様々な要因が偶然重なった結果生まれたとも言えるその国は、先程要件として挙げた同一国家という共通項を有しながらしかし、国として、またそこに住まう人間として、非常に混沌に満ちているのである。

 その程度たるや、国家として成り立ったのが奇跡にすら思える程のものであり――或いは、だからこその希少価値と言えるものであるのかもしれない。

 

 外来文化を取り入れる事に然程抵抗が無く、剩それらを自らのものとして消化・吸収する事に秀でている という特徴を有する当該国家・またその民達は、軍事や外交などの判り易い力が他国と比べ圧倒的に劣っているにも関わらず、ただ娯楽に対する熱意のみに関しては、他の追随を許さない程に強い という一面を有しており、「欲望」を動かす中核としては十分過ぎるだけの土壌を備えていると言えるだろう。

 加えて当該国家では、娯楽の一端たるサブ・カルチャーの領域において、当該世界が魔導文明を有さないながらも、所謂非現実的な存在を扱った題材が非常に大きな勢力を占めているというデータも存在している。それらの中には「一度死を迎えた後再誕を果たし、同時に強大な力を得る」という典型も存在しており、或いは当計画の為に生まれた国とさえ思えてしまう事だろう。

 

 当該国民の現実に対する劣等感と逃避の考察は別の機会にするとして、人間的思考の保存に際する負荷軽減の意味合い以外であっても、彼らを中核に用いる事は非常に好条件が揃っており、ともすれば彼ら自身でさえ喜んで受け入れるのでは と私個人は考えている。

 

 

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 奥書

 

 以上、未だ説明の足りない箇所は多々あるが、一先ずは此処で本論を締め括らせて戴くとする。

 無論、続きを別の機会へ持ち越すのは、「次」があると確信しての故である。聡明なる識者の方々には、既に我が国を取り巻く危機を、それを打破し得る唯一絶対の術が何であるかを理解できている事であろう。ここで論を区切るのも、偏にそれらを信じ、また期待しているが故である。

 

 当然ながら、今回の論はあくまでも企画であり、提案に留まるものでしかない。当論に対する意見があれば耳を傾け、反論があるのならば、それを真摯に受け止める用意もできている。

 最終的な判断を下すのは皆様の総意。今回の発案を契機に、是非とも活発な論議を、実りのある行動を、そして皆様の信ずる「正義」を結論として示して戴けたのであれば、発案者として、この国を真に憂う者として恐悦の至りである。

 

 計画に関して、また私個人に対してであっても、お話があるのであれば是非ともご一報をお願い申し上げます。電子上でも、現実であっても、筆者は何時でもそれらをお待ちしております。

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 中央技術開発局局長

 国立魔導学院名誉教授

 総合次元文明管轄協会理事

 「美しき星空の会」代表

 

 ナハトヴァール・Y・E・アルハザード

 

 


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