(略)のはAce -或る名無しの風- 作:Hydrangea
俺は悪くねぇ!
「……ひとまず、此処にいた人達の避難は終わったみたいね」
『Irgendwie ist es solch』
目の前の「敵」から視線を外す事なく
第一線を退いた「お母さん」より受け継いだ赤きパートナーは、本来であれば
それはあたかも、私という存在が抱える「全て」を、既に知っているかのようにさえ思える。
全く気にならない と言えば嘘になる。
進級を機に受け継いでより2年程の付き合いとはいえ、未だ“彼女”について知らない事は多い。
そも、前マスターである母や、更にその前の所有者であった父でさえ、“彼女”の出自については把握しきれていないのだ。それより以前の資料が残されていない以上、日々の直接的な交流以外に情報を得る術は無く、しかし自身がマスターとなるより以前……10余年の歳月を経て尚、“彼女”が自身の出自に関して語った記憶も、母がそれを問い質した覚えも無い。
文字通り命を預ける存在である以上、「知らない」という事は、本来それだけで致命的な
だが、その様な状況であっても母に、そして自分に対し全力で向き合ってくれている“彼女”の存在は、嬉しくも誇らしくもあり、また今この場においては何よりもありがたいものでもあった。
未だ成長途中の身体を
“嘗て”の幼少期では何の疑いも抱かずに喜び、成人してよりは当然のものと意識の外へ追いやられていたそれも、今となっては淀み無きプロセスの一つ一つさえ恨めしく思えてならない。
この太平の時代、平穏なる世界において、その力は紛れもない“異物”であり、また今回の小旅行……日々学業に励み、夢と希望とに溢れる少女達が心待ちにしていた一時へ、不作法なる闖入者を引き寄せてしまったその原因は、そんな“異物”を抱える自分を置いて他に無いのだから。
そうして臨戦態勢を執った自分を、「最も優先すべき」敵性反応と認識したのだろう。目の前に佇む鉄の巨人……長閑な自然公園には不釣り合いな超合金で身を固めた機械兵は、鈍い音と共に仄暗い瞳へ怪しげな光を灯した。
作業用や「警備用」として普及している
文字通り“空間を裂いて”突如出現したそれは、合法/非合法の区別を問わず、現在次元世界において確認されているどの機種とも異なる姿を、力を、存在を以て、
私は知っている。否“
識別番号CX-612M、通称「斜十字」。遥か昔、ベルカ―ミッドチルダ間で起きた次元間戦争において投入された兵器の一つにして、禁忌の都・アルハザードによって生み出された“悪魔”が一体。意志も感情も無く、与えられた
その全てが失われたとされる戦役を如何にして潜り抜け、またどの様にして戦闘行動が可能な状態のままに現代まで息を潜め、何の契機を以て、何処から現れたのか。
彼の存在に対する疑問は尽きないが、それが「脅威」である事だけは疑いようも無い
そんな事は、
だがそれでも。それを理解して尚、私はこの戦いを管理局に、他の人間に任せるつもりはない。
何故なら私は「王」だから。民を守り、民の盾とならねばならぬ「聖王」なのだから――
▽ ▽
▽
私にはある“秘密”がある。心の底より慕う両親にさえひた隠し、一生明かすまいと誓った秘密。
古代ベルカにおける王が一人にして、“最後の聖王”たるオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。
この身は『ヴィヴィオ』であり、同時に『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』でもあるのだ。
何故“このような事”が起きたのかは、「ヴィヴィオ」としての齢が14を迎えた今となっても尚明らかにはなっていない。
古代においては、似たような
何より、どれ程思案を重ねようとも、導き出した
恐らく、この「謎」が解明される時は永遠に訪れないのだろう。多少の納まりの悪さはあれど、他の悉くを投げ打ってまでも解き明かさんとする執着を持てなかったのは、ある意味では幸いであったのかもしれない。
「オリヴィエ」としての最期の記憶は、唯只管に、いっそ笑えてしまう程までに「絶望」の一色で塗りたくられたものであった。
如何に歴代最高と謳われ、それだけの武技を有していると自負する聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトとて。古今東西の叡智を結集させた、ベルカ最強の至宝たる「ゆりかご」とて、“星そのもの”が上げる怨嗟の声に叶う筈も無し。まして、当時の自分はその全身を余す事無く病に蝕まれていたのだ。数多の戦乱を抱きとめてきた母なる大地が、その渾身の叫びが、どうして“その程度”の戦力で受けきれようか。
判っていた。敗北しか残されていない戦いである事は、舟を出す以前に理解していた。二度と帰れない事は、覚悟していた筈であった。
けれど、そうであっても尚、愛した故郷の無残なる最期を悲しまずにはいられない。一時は悲しきすれ違い故に離れ、しかしその危機を前に心を通い合わる事のできた同胞達の無念を、推し量らずにはいられないのだ。王として、一人の人間として。
そうして、既に真っ当な機能を有していなかった五臓六腑七感の髄にまで断末魔を染みつかせながら、「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」はその生涯を終えた。崩れゆく
けれども、再び浮上した意識が知覚したのは根源の渦ではなく病院の薄明かり。そして、目の前にあったのは血の惨劇ではなく、満面の笑みを湛え微笑みかける一組の男女。
――それが、「ヴィヴィオ」の始まりであった。
▽
極当たり前の家庭に極当たり前の身体。そして、混じり気の無い感情に溢れた両親。
平穏なる“現代”においては然程珍しくも無いそれらの一つ一つが、乱世を生きた自分にとっては新鮮なものであり――眩しすぎる程に、輝いて見えるものであった。
どの様な理由が、大義名分があったにせよ、この身は返り血で染まった咎人。行き着くべきは流刑の地であり、安寧の園ではない筈。
そんな自戒の念は、罪の意識は、「ヴィヴィオ」の殻を被ったオリヴィエに決して安息を与えてはくれなかった。両親の笑顔を、そこに込められた愛情を感じ取る度に、この心は見えざる鎖で締め上げられていった。同胞達の怨念を夢に見て、か細い喉元へ衝動的に刃を突き立てようとした夜は数知れない。
だが、それは決して「現実」ではなかった。「真実」には程遠かった。
嗚呼、そうだ。その時の自分は、只「悲劇のヒロイン」という配役に酔っていただけの、現実を捉え損ねた小娘でしかなかった。真実から目を背け、身勝手で見当違いな「罪の意識」を周囲へ押し付け愚か者であったのだ。今となっては、まさしく古ベルカの格言の通り“思い出すのも憚られる一時”である。
それは、果たして何歳ぐらいの頃であっただろうか。少なくとも、自分の足で自由に動き回れるようになっていた事は間違いないだろう。
嘗ての敵国ミッドチルダの中心同然の地で、どちらかと言えばミッドチルダ系の資質を有する両親の間へ生まれた身ではあるが、魂の奥底にまで刻まれた故国への思いがそう容易く風化する筈も無し。親の目を盗み、様々な場所で古代ベルカの歴史やその趨勢、散り散りとなった民の行く末などを、見目の年齢に似つかわしくない内容まで徹底的に調べ上げた。あらゆる手段や理由を尽くし、その現代の姿を一目見ようと試みた。
そうして見えたもの……それは、嘗ての「敵」と手を取り合い、朗らかに語り合う故国の民の姿と、しかしその内で確かに脈動する「ベルカ」という存在。そして、“道具”としての在り方しか許されなかった古の戦友達が魅せる、何よりも人間らしい笑顔であった。
なんという幸福。此の上無い充足。
およそ「聖王」が求めて止まなかった光景が、そこには広がっていた。心の底より渇望し、幾度となく涙を堪え、数えきれぬ程の躯の山を築き上げても尚手に入れられかったものが、この世界には存在していたのだ。
しかもそれは――時を越えた
なればこそ、“平和”を作り出す為の
そう、自らの“二度目の生”の意義を結論付けた自分は、「ベルカの敗北」という
“前”の生を卑下するつもりはない。確かに血と暴力とに溢れたものではあったが、そこにもまた独自の「誇り」が――受け継がれし「魂」が存在していたのは、紛れもない事実であるからだ。
しかし、二度目となる今世が、私にとって一層輝かしく思える事もまた否定できない。
両親からの愛を一身に受け、自らもまた真っ直ぐな思いを以てそれを返す。
極当たり前の少女として学び舎に通い、同年代の友人達と親交を重ね、共に笑い合う。
その何れもが、「王」である自分には手の届かなかったものであり、そんな自分にとっては、次元世界の如何なる宝玉よりも美しく思えるものであった。そして、そんな中で生きる事のできる今世の自分は、その生は、間違い無く満ち足りていたのだ。
――只一つ、“彼女”の事を除いては。
アインハルト・ストラトス。その本名をハイディ
真正古代ベルカ武術“
否、その説明は
今でこそ麗しき少女の見目ではあるが、
当人の口から直接聞いたのでも、明確なる裏付けがある訳でも無い。先の『転生』と同様、これもまた所詮は「推論」でしかない。
だが、始めて出会った時にも感じたこの「勘」については、先のそれとは異なり間違いなく「真実」であるのだと確信している。他の人物ならいざしらず、
恐らく、
例え言葉を交わさずとも、私達は互いの抱える「秘密」を判りあえているのだ。
――そして、それを理解し合って尚、現在の二人の関係があるのだろう。
決して、決して仲が悪い訳ではない。
そもそもが“古代”においても付かず離れずな関係であり、“現代”となってその距離感が激変した訳でも無い。
だが、そんな評価も所詮は上辺だけのものでしかない。彼女が浮かべる笑顔は、何時だって何処か「ぎこちない」ものであったのだから。
見えない「壁」が立ちはだかるように。透明な「枷」が掛かっているかのように。私と彼女との間は、その心の距離は、出会ってより数年の時が流れても尚、決して縮まる事はなかった。どれ程自分がアプローチを試みても、歩み寄ろうとも、決して彼女の琴線に触れる事は無い。表面的な笑みを得られようとも、その奥底にある心の扉は、堅く閉ざされたまま隙間一つ開きはしない。
否。そもそも、この考え方こそが誤りなのかもしれない。
まるで彼女にこそ責があるような物言いだが、その本当の原因は、本当に心の距離を開けているのは、或いは彼女の方ではなく――
『Ein Feind kommt; seien Sie bitte vorsichtig.』
「……そうね。
今の私に、余所見しているだけの余裕なんて無いんだから」
“雑念”としか言いようの無いその感情を端に寄せ、今一度戦局を見聞してゆく。
先の奇襲は、第一の目的こそ達成できたものの、“高望み”できる程ではなかったらしい。如何に認識されるより先に仕掛けたとはいえ、此方も又準備不足であったのは事実。つまらない思慮に浸れるだけの
尤も、そんな結果を「仕方が無い」と言えるだけの戦力差が存在している事もまた、誤魔化しようの無い事実ではあるのだが。
言い訳じみてはいるが、「機械」としての強み――“当時”と何ら変わりのない
両の腕こそ、当時とは異なり自然のまま動かす事が可能ではある。が、そんな「普通の肉体」である事が或る意味では災いとなり、この身へ付いているのは常識の範疇へ収まってしまう程度の性能であり、かつ成長期中途のレベルでしかない。当然、血によって受け継がれてきた“聖王の虹”も無ければ、“鎧”を顕現させる事も叶わない。およそ“武器”と呼び得るだけのものを、現在の私は有していないのである。
一応、
以上の事から判断しても、今の自分にまず勝ち目は無い。そも、“聖王”として十全の力を有していた
だが、それでも自分は戦う。勝ち目の無い
それが、数えきれぬ血を流した者が負わねばならぬ罪だから。「王」が果たすべき“贖い”であるのだから。
「悪いけど、もう少し付き合ってもらうね。
『Ich erreiche Sie durch jede Art von Zeit.』
次話は微調整やら様子見の後に投稿予定。最後のパート3は鋭意執筆中でございます。