魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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今回は次の話の繋ぎのような話です。


第八十三話 まさかの答え

 不思議だな、とこの頃ふと思うことがある。

 それは暁美ほむらについてのことだ。

 僕は暁美と初めて出会った日、最初の印象は『これ以上にないほど感じの悪い女』だった。

 そして、二回目に会った時は、何と鹿目さんに銃を向けているというバイオレンス極まりない状況だった。その印象は『イカれた危険人物』そのもので絶対にこいつとは相容れないだろうと感じていた。

 それから、暁美の過去や鹿目さんと関係性を聞いた時、僕の中の暁美への感情は嫌悪から軽蔑へと様変わりした。暁美の言い分がまるで鹿目さんを記号か何かと勘違いしているように聞こえたからだ。

 だから、僕はせいぜい自分の身や鹿目さんたちを危険から守るために利用してやろうと思った。

 支那モン……いや、ニュゥべえが生まれた今は名称を改め、『旧べえ』とでも呼んでおくとしよう。その旧べえよりはまだ思考回路が人寄りなので幾分マシだと考えたからだ。

 本当に当初は打算めいた協力関係でしかなかった。

 その考えが改まったのは、美樹を傷付けるような発言をした僕に対して、喫茶店であいつが思い切り引っ叩いた時だった。

 鹿目さん以外に興味はない……鹿目すら自分の罪悪感を消すための道具としか見ていないと思っていた暁美が美樹のために怒ったあの時、僕は心から彼女のことを見直した。

 美樹や上条君への気遣いを見て、僕が暁美を見誤っていたと気付かされた。暁美は酷く不器用なだけで、優しい思いやりある女の子だと知った。

 あれ以降は、僕は暁美のことを大切な友達として見るようになった。

 

 これが二週間と少しの間に起きたことだ。

 人の心なんて、そうそう簡単に変わらないと思っていた僕がこうも短期間で変わったことに僕自身が驚きを隠せない。

 ちょうど今も僕は暁美を自分の家に招き、僕の部屋まで来てもらっていた。

 ほんの少し前までは暁美が僕の家に入ってくるのが嫌だった僕が自分から彼女を誘ったのだ。まったくもって世の中どうなるのか分からない。

 

「さて、今日、ほむらさんにご足労頂いたのは他でもない。グリーフシードのリサイクル使用についてどうなっているのか聞かせてもらいたかったからなんだけど……あれ? 聞いている?」

 

 椅子に座る僕に対面している暁美は僕のベッドに腰掛けている。

 だが、明らかに視線が低い。僕の顔ではなく、膝辺りを凝視していた。

 

「ええ。聞いているわ、政夫」

 

「そう? なら、いいや」

 

 何にそんなに注目しているかは大体検討は付いているが、それよりも優先したいことがあるので、取りあえずは放って置こう。

 僕は勉強机の上にノートを一冊広げ、右手でシャーペンを走らせながら暁美に質問をしていく。

 

「グリーフシードから、生まれる魔女の強さには変動はある? 前よりも強くなっているとか、賢くなっているとかは?」

 

「ないわ。むしろ、こちらが魔女の攻撃パターンや特性を理解できるおかげで弱くなっているように感じられるくらいよ。魔法少女の集団戦の練習相手にもなるから良いこと尽くめね」

 

 暁美の返答を受け、僕はこのリサイクル計画が順調であることをノートに書き込む。

 実のところ、同じグリーフシードが何度も使用されることによって、魔女が強化されるかもしれないと懸念していたが、要らぬ心配だったようだ。

 

「次に、グリーフシードの穢れの吸収率についても変化はある? 前よりも吸収してくれる穢れが少なくなったなんて感じはしない?」

 

「それもないわ。さっきも言ったけれど効率よく魔女を倒せるから、魔力を必要最低限に抑えて戦えているわ。マミは、使い魔まで倒す余裕ができたと喜んでいたわね」

 

 嬉しそうにマスケット銃を構えるポーズの巴さんがありありと想像できた。あの人ならそうだろうな。人を守ることに誇りを感じているようだったからな。

 この点もクリアと。

 ここまで順調だと少し不安になってくる。いつもいつも僕の与り知らないところで良くないことが起こるせいで、上手く行っていない方が安心できるようになってしまった。

 

「最後に一番重要なこと、何度も再利用しているグリーフシードに(ひび)及び、亀裂(きれつ)の類はない? 横に振ると変な音がするとか僅かに破片みたいなものが飛び散るようになったとはあったりしない?」

 

「大丈夫よ。魔女を倒した後に皆でチェックするようにしてるけど、今のところ、そういった点は見られない。貴方が考えた再利用方法は、貴方が思っているよりも完璧よ」

 

「そっか。それを聞いて安心したよ」

 

 何度も使うことによってグリーフシード自体が磨耗して行っていないかが最も気がかりだったが、本当に何の問題もないらしい。

 こうまで便利なら、旧べえたちがわざわざ文句を言いに来たのも頷ける。

 暁美に使っているグリーフシードを書いてもらい、形状や大きさを絵も交えてノートに細かく書き込んだ。

 グリーフシードを返そうとすると、暁美は我慢の限界が来たといううように僕に聞いてくる。

 

「あの、政夫。さっきから、ずっと言いたかったのだけれど……貴方の膝の上に乗っている『それ』……」

 

「ニュゥべえがどうしたの?」

 

 先ほどから僕の膝で丸くなっているニュゥべえを左手で優しく()でながら聞き返す。

 言いたいことは分かるが、何を疑問に思ったのかをあえて聞き返してみる。

 

「……まるで愛玩動物(ペット)ね」

 

 呆れたと感心と困惑が交じり合った何とも複雑な表情を浮かべた。

 気持ち良さそうに目を細めていたニュゥべえが突如、不機嫌そうに反論する。

 

「その発言は撤回してもらいたいね、暁美ほむら。ボクと政夫は友達(・・)同士だ。言わば、お互いをお互いが尊重し合っている訳だ。断じてペットなんかではないよ。ね? 政夫」

 

 くるっと暁美の方を向いていた身体を反転させて、僕を(つぶ)らな瞳で見つめる。

 

「その通りだよ、ニュゥべえ。ほむらさん、今の発言はちょっと良くないね。謝らなくっちゃ」

 

 半分ほどになった尻尾を軽く触りながら、僕は暁美に謝罪をするよう(うなが)した。

 無言で空気を読んでくれという意味合いを込めて、ウィンクをする。

 そうすると、釈然としない表情をしながらも、暁美は謝った。

 

「悪かったわ。それにしても、完全に手なず――いえ、何でもないわ」

 

 余計な発言をしそうになりながらも、暁美は自重して言葉を()み込んでくれた。

 まったく、暁美はまだまだだ。そういうことは心の中だけで(つぶや)けば良いものを。ここら辺がコミュニケーション能力の低さを露呈している。

 せっかく、僕が二日かけてじっくりと懐柔したのに、こんなところで台無しにされたら(たま)ったものじゃない。

 僕が家に連れて来た時は、若干、僕に対する怯えが残っていたものの、それを完全に消し去り、好意を刷り込むのにはなかなか手間暇をかけたのだ。

 

「分かってくれればいいよ。ボクも少しムキになりすぎたよ。ごめん、暁美ほむら」

 

 素直にぺこりと頭を下げるニュゥべえ。

 それを見て、暁美は戦慄したように僕の顔に視線を移動させる。

 

「……政夫。貴方、こいつに何をしたの?」

 

「何って、優しくしてあげただけだよ。やさ~しく、それはもうやさ~しく、思考まで(とろ)けてしまうほどね。……フッフッフ」

 

  まあ、簡潔に言えば、魔法少女たちにボロボロにされたニュゥべえに普通に優しく温かく接してあげただけなのだが、暁美の反応が面白いので無意味に含みのある笑いをした。

 

「……貴方を敵に回さなくて本当に良かったと思ってるわ」

 

「お褒めに預かり、光栄だよ。あ、ほむらさんもしてほしい?」

 

「え、遠慮するわ」

 

「それは残念」

 

 そう言いながら、僕はニュゥべえの頬をぷにぷにと指で突付く。

 

「もう、政夫、くすぐったいよ~」

 

 言葉とは裏腹に喜んでいるニュゥべえを可愛がりながら、一つしなければいけないことを思い出す。

 

「そうだ。ほむらさん、前回というか今も継続中だけど、僕のわがままを聞いてくれた君に何かお礼をしようと思っているんだけど、何がいい? と言っても、僕が普通の中学生だということを考慮したものにしてね」

 

 織莉子姉さんや今回のニュゥべえの事件の際には、暁美に過去の怨嗟(えんさ)や憎悪を我慢してもらっていた。

 割り切れない感情や納得のできない思いもあっただろうがそれを無理に抑えてもらい、僕は自分の意見を通してきた。

 そのことに対する負い目がある。

 だから、暁美のやりたいことやほしいものがあれば、可能な限り与えてあげたいと思っていた。

 

「ほしいもの……それは政夫にしてほしい事でもいいの?」

 

「もちろん、僕にできることなら何でも」

 

 その瞬間、部屋の蛍光灯のせいか、暁美の目が光ったように見えた。

 なぜだか、取り返しのつかないことをしてしまったような嫌な感覚に襲われ、言葉を付け足そうと口を開くが、それより先に素早く暁美が喋り出した。

 

「何でも? それは『貴方が物理的にできることなら何を頼んでも良い』、そういう事ね?」

 

「いや、あの……」

 

 流石にその言い方だととんでもないことをさせられそうなので、訂正をしようとした。

 しかし、暁美はいつもの口数の少ないお前はどうしたと聞きたくなるほど勢いで話を続ける。

 

「そうね。じゃあ、何をしてもらおうかしら。考えているだけでも楽しくて仕方がないわ。政夫にしてほしい事は数えれば切がないけれど、まずは私と二人で……」

 

「ふ、二人で?」

 

 戦車を盗みに行きましょう、とかは止めてくれよ。僕はまだテロリストにはなりたくない。

 順法精神に基づいて、生活しているんだ僕は。

 

「二人きりで……ど、どこかへ遊びに出掛けましょう……」

 

 意気込んでいたわりに最後の方が尻すぼみになっていた。見れば頬に朱も差していて、視線を横に逸らしている。

 ひょっとして、恥らっているのだろうか?

 

「もし間違っていたら遠慮なく訂正してもらっていいんだけど、それはつまり――デートしようってこと?」

 

 否定されると思いつつも、そうとしか取れなかったので聞き返す。

 しかし、暁美は僕の問いに、こくりと小さく頷いた。俯きがちのその顔は前髪で隠されて表情が読み取れない。

 

「……ええ、そうよ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 空気が流動をやめ、何もかもが硬直したように感じられるこの部屋の中で短くなったニュゥべえの尻尾だけが、柔らかく動いているのが、目の端に映っていた。

 




はい。次話はデート回です。
恋愛っぽい絡みがほしいとのリクエストがあったので、それを描いてみようと思います。

これ、閑話でもよかったですね。

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