魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第六十九話 極めて稀な精神疾患

~ほむら視点~

 

 

 何度目かのコール音の後、政夫の携帯電話が繋がり、通話状態になった。

 少し声が上ずりそうになるのを(こら)えて、できるだけ落ち着いて声を出す。

 

「もしもし。政夫、貴方今どこに……」

 

『やあ、泥棒猫の魔法少女。昨日はどうも』

 

 最悪の予想が見事に的中した。

 電話から聞こえてきた声は最も聞きたくない人物、呉キリカのものだった。

 そして、魔法少女と私に向けて言った事からキュゥべえと契約したと見ていい。やはり、政夫に止められようともあそこで殺しておけば良かった。

 握っていた携帯電話に力がこもり、腕が僅かに震える。歯を食いしばり過ぎて、頬が強張(こわば)った。

 周りでまどかたちが私の様子がおかしい事に気づいて心配そうな顔をするが、それを片手で制して何も喋らないようにしてもらう。

 

「……呉キリカね。何故貴女が政夫の携帯を持っているの?」

 

 十中八九、政夫と接触して奪ったものだとは思うが、理由を聞き出す過程で政夫の安否が確認できるかもしれないのでわざわざ聞く。

 

『へぇー、私の名前を覚えていてくれたのかい? まあ、お前なんかに覚えられても嬉しくないけど。この携帯は政夫から預かったものだよ』

 

「政夫は無事なの?」

 

『当たり前だろう? 私が愛する政夫に危害を加えるわけがない。むしろ、全力で政夫を危険から遠ざけたのさ』

 

 その言葉に一先(ひとま)ずはほっと胸を撫で下ろす。呉キリカが嘘を吐いている可能性もありえなくはないが、多分それはないはずだ。

 嘘を吐くメリットが大してないのと、もう一つは……政夫に対して呉キリカが好意を寄せているからだ。

 昨日会った時から呉キリカの政夫を見る目は恋する女のそれだった。不本意ながら、あの女の政夫を見つめる眼差しは私に似たものを感じた。どんな経緯があったかは詳しく知らないが、そこだけは間違いないだろう。

 

「……そう。なら、貴女の目的は?」

 

『私としては、私と政夫の間を邪魔するお前が切り刻んでやりたいんだけだよ』

 

 声のトーンを変えずに軽く放たれた言葉だったけれど、だからこそ恫喝(どうかつ)ではなく本音だと私は思った。

 だが、昨日魔法少女になったばかりなら、呉キリカの戦闘経験は皆無。おまけにこちらは相手の手の内を知っている。

 私、一人で十分に対処できる。

 なら、こちらから挑発してさっさと倒してしまった方が早い。政夫の居場所を聞き出した後に今度こそ息の根を止める。

 

「随分な物言いね。力を手に入れて舞い上がっているのかしら?」

 

『……やっぱり私はお前が嫌いだ』

 

「私も貴女が嫌いよ。それでどこに行けばいいの? お望み通り、相手をしてあげるわ」

 

『ッ、廃工場跡に一人で来い。……刻んでやる』

 

 怒りを抑えた低い声を最後に通話が切れた。電話の向こうで相手がどんな表情をしているのか容易に想像ができる。

 それにしても廃工場か。政夫とまどかが魔女に襲われた場所ね。まさかまた訪れるはめになるとは思わなかった。

 携帯電話をスカートのポケットに再びしまい込み、周りを見ると不安そうな顔が並んでいた。

 

「ねえ、ほむらちゃん。政夫くん、大丈夫なの?」

 

「今、無事かって聞いてたよね? ひょっとして政夫、(さら)われた!?」

 

「ゆ、誘拐事件ですの?」

 

 三人とも私に詰め寄ってくるが、私としてもどう説明していいか分からない。

 まず志筑さんには魔法少女の事を話せないし、まどかには心配を(あお)らせたくない。さやかに伝えると暴走して余計な事をする可能性がある。

 

「三人とも、落ち着いて。政夫は無事よ。ただ……ちょっとしたトラブルに巻き込まれたみたい」

 

 (なだ)めながら、政夫が安全だという事のみを伝え、後は適当に誤魔化す。

 

『トラブルっていうのは……魔法少女関係の事? 会話から考えて呉キリカって子が魔法少女になって夕田君を誘拐したって事かしら?』 

 

 唯一、冷静な態度を崩さないマミは、志筑さんの事を気遣ってテレパシーを使い、直接私の脳内に尋ねてくる。ここら辺はやはりベテラン魔法少女故の状況判断だ。

 

『ええ。その通りよ。だから、私が何とかするわ』

 

『一人で何とかなるの?』

 

『大丈夫よ。任せて』

 

『分かったわ。でも、ほむらさん。何かあったら迷わず私に連絡して』

 

 金曜日に険悪な別れ方をした時は心配だったけれど、立ち直ってからはマミは本当に頼りになる先輩になった。これも政夫のおかげなんでしょうね。

 

『頼りにしてるわ』

 

 その後もまどかたちは当然ながら納得していなかったが、マミがそれを取り成してくれたおかげで取りあえずは落ち着いてくれた。

 私は呉キリカが指定した廃工場に向かうために学校を出た。

 途中の廊下で早乙女先生と遭遇したが、具合が悪いために早退させてもらうと言ったら認めてくれた。まさか心臓が弱いという肩書きを持っていた事に感謝する日が来るとは思いもよらなかった。

 

 

 ******

 

 

 僕が目を伏せて何もかも投げ出してソファに身を(ゆだ)ねていると、不意に足元に気配を感じた。

 目を開けて足元を見やると、お馴染みの白い似非マスコットがいつの間にかそこに鎮座していた。

 

「支那モンか……。何の用?」

 

『ボクの名前はキュゥべえだよ、政夫。いい加減で間違えないでほしいな』

 

 相変わらずの無表情の可愛げない顔でそう言うが、その様子はどこか楽しそうに見えた。愉快なものを見てはしゃいでいるが、それを表に出さずにうずうずしている子供みたいな印象があった。

 

『不思議だね。魔女の結界内でも毅然としていた君がこうも沈んでいる。まるで魔法少女の真実を知った女の子たちのようだよ。もっとも、魔法少女でもない君がいくら絶望しようともボクらには何の特にもならないんだけどね』

 

 尻尾を振り子のように軽く左右に振りながら、いつになく饒舌(じょうぜつ)に語る支那モン。

 

「…………」

 

 僕は無言でそんな支那モンを眺める。

 

『どうしたんだい、政夫? 何も反論しないのかい? 今までボクに何度もしてきたように』

 

「随分と楽しそうだね。そんなに僕が絶望しているのが面白い?」

 

 僕がそういうと、今まで動かしていた尻尾がピタリと止まった。

 

『ボクが楽しそう……? あり得ないね。ボクらインキュベーターは君たち人類とは違って感情なんてものは存在しない。そもそも感情なんていう現象は極めて稀な精神疾患でしかないんだよ』

 

 まるでムキになって反論する子供のように支那モンは()くし立てる。その言動がすでに感情的であることに気付いていない。

 支那モンの言葉を(もち)いるなら、もうこの固体は『極めてまれな精神疾患』に陥りかけているのではないだろうか。

 だが、そのことにも特に僕の心を動かすようなものではなかった。

 

「そうかい。だったら、僕の勘違いだよ。怒らせちゃってごめんね」

 

『……わざと言ってるのかい? ――まあ、いいよ。君にはもう何の用もない。じゃあね、政夫』

 

 声のトーンは変わっていないが、その台詞は吐き捨てるようだった。

 支那モンは僕から見て右側にある窓の方へと歩いて行き、白いカーテンの窓の隙間に入る。姿がカーテンに映ったシルエットとなり、どんどんと遠ざかりって、やがて消えた。

 風にたなびいていないことから、窓は開いてない。多分、支那モンには障害物をすり抜ける能力があるのだろう。神出鬼没なのもそれが一因か。

 それにしても、宇宙から来た知的生命体様も随分と可愛らしくなったものだ。語彙力はともかく、やってることが僕らと大差ない。

 

 再び目を瞑ろうとした時、コンコンと小さな音が聞こえた。窓の方を見るとカーテンに支那モンよりも大きなシルエットが映っていた。

 ソファから立ち上がって、カーテンを開くと杏子さんが窓の向こうに立っていた。

 

 

 

 ******

 

~ほむら視点~

 

 

 

 あの一件の後、立ち入り禁止になった廃工場の前に着いた。

 シャッターは閉じられていたが私がそう言うと重量感のある音を立てて徐々に開いていく。その様はまるで巨大な生き物が口を開くようだった。

 魔法少女の姿になった私は拳銃を盾から取り出すと、堂々とその中に入っていく。手榴弾を投げ込んでやってもよかったが、万が一、政夫が中に囚われている可能性を考えて断念した。

 

「お望み通りに来てあげたわ。顔くらい見せたらどう?」

 

 いつも通りに戻した髪をかき上げながら、挑発すると薄暗闇の中から黒いの燕尾服のような格好をした魔法少女が顔を出した。

 

「うわ。本当に一人で来たよ。馬鹿なんじゃないの、お前?」

 

 眼帯を付けた顔で(あざけ)りの笑みで満たすその女は紛れもなく呉キリカだ。

 むしろ、馬鹿は貴女の方だと言ってあげたい。私には時間停止の魔法があるから、躊躇(ちゅうちょ)なく姿を(さら)したのだ。

 それに付き合って、のこのこ出てきてくれたこいつこそ、本物の愚か者だ。

 すぐさま、時間を止めるために手首に装着してある砂時計の(たて)に手を伸ばす。この距離なら飛び掛ってこられても瞬時に時間停止可能だ。

 無防備になったところを蜂の巣にしてやる。

 呉キリカはそんな私を見て、先ほどよりも笑みを深くした。

 

「ここまで予定通り……いや、予知(・・)通りだと笑っちゃうねぇ」

 

 言葉の意味が分からず、一瞬だけ思考が止まった。

 そして、言葉の意味を理解した時には背中に激痛を感じながら、呉キリカの方に吹き飛んだ。

 意識の外からの不意打ちは、実際のダメージよりもずっと痛みを感じた。衝撃のせいで持っていた拳銃が手から離れて床を滑っていってしまう。

 工場の床に這い(つくば)りながら、自分の背中を確認する。

 私の背中に放たれたのは、無数の水晶球。殺傷能力こそ低いが一度に複数個出現できることが厄介だった。

 かつて、上手く行きかけた世界を……救えたかもしれない『まどか』を殺した絶対に許せない魔法少女の武器。

 

「美国、織莉子ッ!!」

 

「あら。どうやら私の名前をご存知のようですね。まー君が話した? ……いえ、武器の種類までは教えていないはず……。それにまー君が私を裏切る事なんてありえない」

 

 開いたシャッターから、薄暗い工場内に差し込む日の光と共に悠々と入ってくる白い衣装の魔法少女。世界のためだと謳いながら、かつての時間軸でまどかの命を奪った悪魔、美国織莉子。

 

「どうして貴女が……」

 

「その様子だとやっぱり、まー君が話した線はなさそうね」

 

「まー君? ひょっとして政夫の事……、がっ!」

 

 美国織莉子に気を取られていた私の顔が思い切り勢いをつけて、床に押し付けられた。口内のどこかが切れて、口の中に血の味が広がる。呉キリカに踏みつけられたことを理解するのに数秒要した。

 

「お前が政夫の名前を気安く呼ぶなよ! 不愉快だ!!」

 

 私の髪を後ろから掴んで上に引っ張り、首元に魔力で生み出したかぎ爪を突きつける。

 ヒステリックなその声を聞けば、どんな顔をしているのかは想像に(かた)くない。

 

「泥棒猫は首を切られて、死ね!」

 

 完璧に出し抜かれた。美国織莉子にしてやられた。

 呉キリカだけだと思い込んでいた私が愚かだった。心の中で美国織莉子が存在したのはあの時間軸だけだと、そう願っていたのかもしれない。

 髪を掴まれているこの状況では、時間を止めても呉キリカは止まられない。

 

「別に、貴女のものじゃ……ないでしょう?」

 

 最期になるであろう言葉は何とも、私らしくないものだった。

 

 

 




まだ政夫はレイプ目状態のままです。
ですが、この固体のキュゥべえも政夫に翻弄されてきたせいでインキュベーターとして壊れかけています。
お互いぎりぎりですね。


そんな事より、ほむらはこのまま殺されてしまうんでしょうか? だとしたら、ストーリー上詰みますね。

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