魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第六十二話 彼女の目的

「? どうかしたの? まー君」

 

 織莉子姉さんの指輪を見て呆然としていた僕だったが、彼女の声にハッと我に返る。

 ここで慌てふためいても何も事態は好転しない。まずは、それとなく聞き出してみなければ判断のしようがない。

 瞬時に何とか気持ちを落ち着かせて、表情を取り(つくろ)った。

 

「いえ、ただ織莉子姉さんのしている指輪がとてもお洒落なので見蕩(みと)れてしまって。どちらで購入されたのですか?」

 

 僕は不自然なイントネーションにならないよう気を付けて、買い物袋を受け取りながら極自然な感じで聞き出す。

 目線は当然、織莉子姉さんに向けている。軽い笑みを浮かべながら、瞳孔の動きを注意深く観察した。

 

「ああ、これね。これは……昨日買ったものよ」

 

 家の鍵を開けながら、一瞬だけ言いよどみながらも特に何でもなさそうに答えた。

 だが、僕は見逃さなかった。僕の言葉に織莉子姉さんは僕から目を逸らした。嘘を吐いた人間の反応だ。

 大体、自殺した父親の汚職が発覚したのが昨日だ。仮に午前中はまだニュースなどで知らされていなかったとしてもまともな精神回路を持つ人間なら、父親が自殺して大して経っていない内にアクセサリーを購入する意欲など沸く訳がない。

 けれど、ここでそれを指摘したところで意味がない。織莉子さんと支那モンが契約したのは明白なのだ。

 聞き出さなければいけないのは、彼女の『願いごと』だ。

 僕はニコっと微笑んで、織莉子姉さんの言葉を納得したふりをした。後のことは家の中で聞かせてもらおう。

 

「へえ、そうなんですか。良かったらその指輪を買った店に連れて行ってください。僕、最近そういうアクセサリーに目がなくて」

 

「……今度、時間があればね」

 

 玄関のドアを開けて織莉子姉さんは先へ入っていく。僕はその背中に続くまえに郵便受けの中をちらりと確認する。

 嫌がらせを受けていることから猫の死体が詰め込まれている可能性も考えていたが、別にそこまではなかった。どうやら織莉子姉さんに嫌がらせをしてきた奴らの人間性は、小学校の頃僕を虐めていたクズどもよりはまだマシのようだ。ちょっとだけ安心した。

 しかし、新聞までないところを見ると、織莉子姉さん自身が回収したのだろうか?

 そんな疑問を持ちながら、僕は玄関先で靴を脱いで中に上がらせてもらった。 

 

 窓のガラスが砕かれていたから中も荒れているのかと思っていたが、ちゃんと綺麗に整頓されていて、砕け散ったガラス片一つ落ちていない。落ち着いてよく考えてみれば、別に住居の中まで侵入された訳でもないから当然か。

 窓の方に目を向けていると、織莉子姉さんは特に気にした様子もなく言った。

 

「ああ、気にしないで。割れた窓は業者の人に頼んでいるから、明日のお昼には直るわ」

 

 割られたのは昨日ぐらいのはずなのに、どうしてこうも平然としてられるのだろう。それに新しくガラスを入れてもまた割られる可能性だってあるのに。

 ひょっとして、支那モンに頼んだ『願いごと』は心の安定だったのかもしれない。

 織莉子姉さんに案内されて、僕は客間に着いた。

 大きな部屋に高級そうな革張りの長いソファが向かい合うようにガラスのテーブルを挟んで二つ、一人がけの革張りのソファが一つ並んで置いてあった。我が家のリビングにあるソファとは値段の桁が違うことが一目で分かる。

 他にも高そうな絵画が壁にいくつか掛けてあり、至るところにブルジョア感が漂っている。何だか気後れしてしまいそうだ。

 

「私は紅茶を入れてくるから、まー君はソファに掛けて少し待ってて」

 

「そんな、気にしなくていいですよ。僕は水道水で構いませんから」

 

 昨日、危険な目に合わせてしまったお()びなのか、巴さんは僕に紅茶を嫌というほど()()ってくれたので、ぶっちゃけるともう紅茶は飲みたくなかった。

 あの人はしっかりしている時と、はっちゃける時の落差が激しすぎる。たまにしか会えない孫が遊びに来てくれた時のおばあちゃんのようになっていた。

 

「まー君こそ、そんな遠慮しないで平気よ。それじゃ、すぐ戻ってくるわ」

 

 無論、そんなことを知る(よし)もない織莉子姉さんは僕が遠慮しただけと思い込み、微笑みながら部屋から行っていまう。

 せめて、コーヒーが良いと言えばよかった。

 内心、切実に後悔しつつも、僕はソファに腰掛け、部屋の中をぐるり見渡す。

 高そうなオブジェが目に入るだけで別段おかしなところはない。こういうものは政治家でだった織莉子姉さんの父が見栄(みえ)を張るために買ったのだろう。

 それなりに格好を付けないと味方が作れないのが政治の世界だとは理解できるが、こんなものを買ってるせいで汚職に手を染めたのかと思うと正直呆れしか出てこない。

 織莉子姉さんの父親で、父さんの友達の久臣さんのことを悪く言いたくはないが、どうにも好感は持てそうになかった。

 

 そんなことを考えていると、織莉子姉さんがこれまた高そうなティーカップと陶器でできたポットと角砂糖の入った小さなガラスケースをお(ぼん)に乗せて帰って来た。

 そのお盆をテーブルに置くと、テキパキとお茶の用意をし始める。

 

「まー君はお砂糖はいくつ?」

 

「じゃあ、三つでお願いします」

 

 できるだけ甘くして、少しでも味を変えようという僕のささやかな悪あがきだ。あまり糖分を取りすぎるも嫌なので角砂糖三つに抑えているから、大した効果は得られそうにないが。

 織莉子姉さんは僕の分と自分の分の紅茶を用意すると、僕の正面にあるソファに腰を下ろす。

 

「それじゃあ、改めて。久しぶりね、まー君。静岡からわざわざ私に会いに来てくれたの?」

 

「静岡県に居たのは四年前までです。それからは神奈川県に引っ越して……二週間ほど前に見滝原市に来ました。まさか、織莉子姉さんがこの街に住んでいるなんて今日まで知りませんでしたよ。でも、今日織莉子姉さんに会うために来たのは確かですけどね」

 

「……え。見滝原に、越してきて来てしまったの?」

 

 僕の言葉を聞いて、織莉子姉さんの表情が急に強張(こわば)る。カップを持つ手が微かに震えているのが分かった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 明らかに不自然だ。今の台詞のどこにそんな表情をする部分があったんだ?

 

「まー君……。いえ、何でもないわ。ちょっと驚いただけ」

 

「そうですか。驚かせてしまってすみません」

 

 嘘だ。いくらなんでもその言い訳はお粗末すぎる。……魔女のことについて僕に説明しようとしたが、信じてもらえそうにないので諦めた。そんなところだろうな。

 しかし、このままじゃ(らち)が開かない。そろそろこちらからカマを掛けてみるか。

 

「あ、そうだ。これは学校で噂になっている話なんですけど――『何でも願いごとを叶えてくれる不思議な白い生き物』の話って知ってます?」

 

「え……っ?」

 

 織莉子姉さんの顔色が変わった。

 僕はそのその挙動をじっくりと見ながら、話を続ける。

 

「話によるとですね、その生き物は女の子限定で願いを叶えてくれるらしいんですけど、その見返りとして日々化け物と戦う運命に巻き込まれるとか。なんともまあ、ジュブナイルじみた話ですよ。一体誰がこんなの最初に考えたんでしょうかね? それに女の子限定って男女差別も(はなは)だしいと思いませんか?」

 

「……ええ。そうね」

 

 多少、言葉に詰まりながらも織莉子姉さんは平静を装っている。まあ、この程度なら、さほど揺らいだりしないか。

 ならば、さらに踏み込んでみるまでだ。

 

「しかも、その願いを叶えてもらった女の子は宝石を渡されて魔法を使えるようになるっていうんですよ。宝石ですよ、宝石。中学生が持ってていいものじゃないですよね」

 

「そうね。取られちゃったりしたら……困るもの」

 

「ですよね。だから、女の子はその宝石を――――」

 

 ティーカップを脇に退けて、織莉子姉さんの方へ手を伸ばす。僅かに震えている左手をそっと包み込むように握り、親指で彼女の指輪をなぞる。

 

「指輪に変えて肌身離さず身に付けているって話です」

 

 一瞬だけ硬直していたが、次の瞬間にはどこか観念したような顔で僕に聞く。

 

「……知っているの? 魔法少女の事を」

 

「まあ、ある程度は」

 

「その理由、聞かせてくれるかしら?」

 

「織莉子姉さんがどうして『そんなもの』になってしまったのかを教えてくれるのなら構いませんよ」

 

 

 

 

 

 織莉子姉さんの話を要約すると、尊敬していた父・久臣さんが自室で首を吊って自殺、さらにニュースや新聞で自殺の原因が汚職だと知った。ただでさえ精神が参っていたところに通っているお嬢様中学校から電話で、品位を落としかねないからという理由で自主的に転校をするよう言われ、学校の友人から着信拒否、言わば所属していた全てのコミュニティから強制退去させられた訳だ。

 そこで今までの自分の存在が「議員の娘」でしかなかったと思い絶望していたところにあの似非マスコットが現れて契約を持ちかけられ、自分自身の価値を知りたいと願った――ということらしい。

 相変わらずあのケダモノは弱っている人間の心に付け込むのがうまい。

 だが、僕がもっと早く織莉子姉さんが同じ街に居ることを知っていれば防げたかもしれない。そう思うとやるせない気持ちになる。

 

「そうだったんですか……」

 

「そんな顔しないで。私は別に魔法少女になった事を後悔なんてしてないわ。むしろ、多くの人を救えるかもしれないんだもの」

 

 僕を安心させるために織莉子姉さんは優しく微笑む。僕はそんな彼女らしい利他的な台詞に嬉しさを感じた。

 昔、僕のために一緒に泣いてくれた織莉子姉さんは変わっていなかった。いや、辛い思いをしていても他者を思いやれるその姿は僕が憧れたあの頃より立派だ。

 

「……でも、救世を行うには犠牲が必要だと知ったわ」

 

 文脈が繋がらなかった。

 突然、何かのスイッチが入ったかのように俯きながら織莉子姉さんは語り出す。

 

「まー君。貴方がどこまで知っているかは分からないけれど、魔法少女は最終的に魔女(バケモノ)になってしまうの」

 

 そこまで知っているのか。昨日、魔法少女になったばかりだというのにどうやって、その情報を手に入れたのだろう。支那モンにうまいこと聞き出したのか?

 

「私は最悪の未来を見たわ。一人の少女が魔法少女となり……そして魔女と化して世界を滅ぼす未来を」

 

 未来? 未来を見ることができるのが織莉子姉さんの魔法なのか。

 いや、それよりもその魔法少女っていうのは……。

 

「だから、私はその少女がキュゥべえと契約して魔法少女になる前に――殺さなくてはならないの」

 

 




あまり話が進んでいませんが展開上飛ばすと、訳が分からなくなるためこういう風になりました。次回からはもっとテンポよくなると思うので……。



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