僕にしがみ付いて泣いている美樹の頭を軽く撫でている。
一応、こちらはこれで一見落着だろう。
ショウさんの方を見ると、膝立ちで杏子さんを抱きしめていた。どうやら、向こうも向こうで元の
こちらと構図が似ているのは、ちょっと面白い。
「ショウさ……」
いや、もう少しだけ二人を
ショウさんの愛がようやく伝わったのだ。しばらくは余韻に浸っても罰は当たらないはずだ。
それに家族の間に土足で入るのは野暮だしね。
美樹も空気を読んでか、僕から離れた後も杏子さんに再び剣を向けることもなく、無言でただショウさんたちを眺めている。美樹も美樹で杏子さんに対して思うところがあるのだろう。
鹿目さんの話によると、初対面ではマミさんに喧嘩を売っていたらしいし、今まで杏子さんに良いイメージを持っていなかったとしても無理はない。
特に美樹はちょっと独善的なところがあるからな。
「夕田君!今駆けつけたわ!!何があったのか分からないけど、私が来たからにはもう安心よ!!」
大きな声と共に辛うじて付いていた教会の扉を蹴り倒し、巴さんが
傘も差さずに走ってきたのか、前髪が額に張り付き、特徴的なドリル部分も雨で
意気揚々と黄色を基準とした魔法少女の格好でマスケット銃を構えてポーズをとっている。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
何とも形容しがたい空気が教会内を支配していた。
ショウさんと杏子さんの周りにあった余韻は、巴さんの登場により
自分で呼んでおいてなんだが、せめて、もっと静かに登場してほしかった。何でそんなテンション高いんですか。
ショウさんと杏子さんは、「空気読んでくれよ」と言わんばかりの冷めた視線を投げかけていた。空気を読まないことに定評のある美樹ですら絶句している。
「えっと……あれ?わ、私何か、変な事でもしたかしら」
周囲に漂う空気の温度差に気付いたらしく、巴さんは戸惑い出した。巴さんからしたら、満を持しての登場のつもりだったのだろう。
「いえ、こんなに早く来てくださってありがとうございます。巴さん。ですが……その、タイミングが良くなかったとしか言えないです」
本当に呼んでおいて申し訳ないが、間が悪すぎた。
僕は美樹に放してもらうと巴さんの方に近寄った。魔法少女の服装はそれほど濡れていないが、髪は水滴が垂れるほど濡れている。
「本当にすみません、僕のせいで。こんなに濡れてまで来てくれたのに……」
僕はポケットからオレンジのレースのハンカチを取り出すと、巴さんの顔に付いている水滴を
「ゆ、夕田君。
巴さんは恥ずかしそうに照れているが、どこか満更でもなさそうにしている。
大丈夫ですよ、巴さん。今さら周りの目を気にしたところであなたはもっと恥ずかしいことをすでにやらかしてしまっています。
額から耳の方まで拭くと、僕はハンカチを巴さんの顔から離す。
「あ……」
他人に顔を拭かれるのが心地よかったのか、ハンカチを離した時に巴さんは名残惜しげに声を漏らした。
「大分、水滴は拭えましたね」
髪の方は流石にハンカチではどうしようもない。これ以上は吸水性のあるタオルか何かで拭かないと駄目だ。
「あ、ありがとうね。それで夕田君。私をここに呼んだ理由ってもしかして……」
巴さんは僕から視線を外すと、教会の奥の方でショウさんと抱き合ってこちらを向いている杏子さんを見つめる。
流石は巴さんだ。僕の言わんとしていることをすでに理解している。
「ええ。多分、巴さんが思っているとおりです。巴さんにもう一度、魅月杏子さんと話し合いをしてもらいたくて来てもらいました」
僕は実際のところに立ち会ったわけではないが、昨日杏子さんと話し合いが成立せずに争いになってしまったらしい。
巴さんの話を聞いた限りでは、お互いに感情的になりすぎたせいだと感じた。
だから、今度は僕と美樹、ショウさんが外野として立ち会うことで、二人に冷静に話し合ってもらう場を作る。第三者に見られているという状況下では、人間は冷静であろうとするものだ。
人は誰かに見られているからこそ、恥ずかしくない振る舞いをしようとする。これは父さんの教えでもある。
『人の目を気にせず、自分が楽しければいい』で生きている人間は堕落の一途を
巴さんは、僕のことに振り向くと困ったような笑みを浮かべた。
「夕田君って、かなりのお節介さんね」
確かに、巴さんたちの仲も聞きかじった程度の僕が二人の仲立ちをするのは、大きなお世話だ。そこまで干渉する権利なんて僕にはないだろう。
巴さんもいきなりこんなことをされても複雑な心境になるのは当然と言える。
でも……。
「差し出がましいとは思います。でも、感情って心に溜めていると時の流れで風化してしまいます。話し合えるのなら、少しでも早い方が良いと思います」
やっぱり、友達には後悔してほしくない。
母さんの死に目に会えなかった僕は、しばらくの間ずっと後悔していた。もっと言葉を交わせばよかったと。話したいこともたくさんあったのにと。
巴さんも両親を事故で失ったせいで、伝えられない悲しさを知っている。何の前触れもなかった分、僕よりもずっと辛かったはずだ。
「自分が言葉を伝えたい時、伝えたい相手は元気とは限りません。できる時にできることをしないと確実に後悔します。だから……」
「もういいわ、夕田君」
「巴さん……」
怒らせてしまっただろうかと思ったが、それは僕の
「ありがとう。夕田君の気持ち伝わったわ。そうよね、言いたい事はちゃんと口に出さないと言えなくなっちゃうわ」
吹っ切れたように微笑みを浮かべる巴さんには、迷いの色はすでになかった。
「魅月さんとも仲直りしたいしね」
かつての僕に見せた弱さはもうここにはない。いや、これこそが巴さんの本来の姿なのかもしれない。
大学が忙しくてほとんど書けていませんでした。
もっと書いてから、投稿しようと思ったのですが、時間がうまく取れないので短いけどさっさと投稿しました。
すみません。