魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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番外編 情けない兄貴

 

「ようやく見つけたぞ、杏子。ずいぶん、心配したんだぜ?」

 

「……ショウ。何でだ?」

 

近づこうとする俺を牽制(けんせい)するように、杏子は槍を俺の喉元(のどもと)に突きつける。

 

俺は、喉元に付き付けられた槍をなるべく気にしないようにしながら、杏子の目を見つめる。

ファミレスでの政夫は、胸倉をつかんだ俺の目から目を逸らすことなく、まっすぐ見て話していた。それをみて、俺は杏子が出て行った時にちゃんと杏子の目を見て話していなかった事に気付かされた。

杏子をカレンの代わりにしていた事を後ろめたく思ってたからだ。

あの時、杏子にお前はカレンの代わりじゃないと言ってやれば良かったんだ。

 

 

最初、杏子に協力したのは、本当にただの贖罪(しょくざい)のためだった。

カレンに何もしてやれなかったから、境遇が似ている杏子に親切にして、自分の情けない過去を帳消しにしようとしていただけだった。

 

でも、それは違った。

ようやく気付けた。今度は手遅れになる前に分かる事ができた。

カレンはカレンで、杏子は杏子だ。二人とも、俺の大事な大事な家族だ。代わりなんかじゃない。

 

 

こんな単純な事に気付くのにどんだけかかってんだ俺。

情けねぇ。ホント、駄目な大人、いや、駄目な兄貴だ。

だから、もう今度こそ何があろうと杏子から目を逸らさない。絶対に逃げたりしない。

 

「何でって……何がだよ?」

 

「何でアタシの事、探してたんだよ!アタシはアンタの妹じゃない。ただのゾンビだ!化け物だ!魔女になるしかないだけの存在なんだ!」

 

「違う!」

 

杏子の自虐的な台詞に、俺は間発入れずに否定した。

絶対に杏子はゾンビなんかじゃない。化け物でもない。

 

「どこが違うんだよ!ソウルジェムがアタシたち魔法少女の本体で、ソウルジェムが濁りきれば魔女になるって教えたのはショウだろ!それにアタシはいつも使い魔を見逃してた。そのせいで人が死ぬのも知ってながらな!アタシは自分の事しか考えてない、人でなしさ!」

 

杏子は、俺に吐き捨てるように言う。でも、その声にほんの少し涙がかすれている事が伝わってくる。

辛くて、悲しくて、助けてほしいって、俺に訴えかけてくるかのように。

 

それなのに俺は、杏子になんて言ってやればいいのか思いつかない。こんなに自分が馬鹿である事を悔やんだ事は今まで一度だってなかった。

 

どうすればいいんだ?

俺はなんて言えば、杏子を救ってやれる?

考えても、考えても、そんな言葉は出てこない。

 

焦ってようがいまいが、結局俺は、杏子に何も言ってやれない。

女を(たぶら)かす甘い台詞はいくらでも持っているくせに、傷ついた妹を救うための言葉は一つもない。

 

 

だったら。

 

 

言葉じゃなく、行動で示せばいい。

 

 

「杏子……」

 

「何だよ……今更アタシに何を言おうって……」

 

杏子が台詞を言い終わる前に、俺は向けられた槍先を握り締める。指先に鋭い刃が食い込み、ポタポタと血が流れ出した。

 

「ショ、ショウ!アンタ何やって……!」

 

杏子はそれを見て、顔を青くさせたが、俺はそれに構わず、自分の胸に浅く突き刺した。

 

「痛ッッ……!」

 

(そば)で見ているから分かっていたが、この槍は本当に鋭いぜ。浅く刺したつもりが思ったよりも深く刺さっちまった。

 

「ショウ!?」

 

「どうした、杏子?化け物なんだろ?自分の事しか考えてない人でなしなんだろ?だったら、俺がどうなろうが構わねぇんじゃねぇのか?」

 

杏子の震えが槍を通して俺の傷口へと伝わってくる。この痛みは杏子が今感じている痛みの何分の一くらいなんだろうか。

こんな事をしても杏子を苦しめるだけかもしない。だが、妹に何にも言ってやれない馬鹿な兄貴には、こんな事ぐらいしかできない。

 

「ッ馬鹿か!!……こんな事して何になるんだよ!」

 

俺が握っていた槍が突然、消えてなくなった。

杏子が消したのだと理解する前に、ガクッと床に膝を突いてしまった。

昨日から杏子を探し回っていた疲れが、とうとう溢れやがった。

徹夜は慣れてると思ってたんだが、走り回っていたのと、座って酒を飲んでるのじゃ、疲れ度合いが全然違う。

 

「そうだなぁ……。何にもならないかもな」

 

ふらつく頭を押さえながら、目だけは杏子から離さないで俺は話を続ける。

 

「でも、そのおかげで気付けた事があるぜ」

 

「何にだよ……」

 

問い返してくる杏子の顔を見ながら、俺はかすかに笑った。

 

「こんな馬鹿な事する奴を傷つけたくらいでお前は泣いてる。少なくても、それができる奴は人間だ。化け物や人でなしは他人のために涙なんか流せねぇ……」

 

「!何だよ……それ。意味分かんねぇ……」

 

一ヶ月くらい杏子と一緒に過ごしてきたが、こいつの泣き顔なんて初めてみたぜ。そんなこいつが俺のために泣いてくれてる。兄貴冥利に尽きるってモンだ。

顔をくしゃくしゃにした杏子が俺に抱きついてきた。だが、膝を突いてるせいで、逆に杏子の胸に抱きこまれる形になったのは何とも格好が付かなかった。

 

やっと捕まえたぞ、この家出娘。ホントに心配かけやがって。

杏子をぎゅっと抱きしめ返すと、胸の傷が痛んだ。でも、この痛みだって無駄じゃない。もっと賢い方法があったのかもしれないが、馬鹿な俺にはこんな冴えないやり方の方がちょうどいい。

 

 

「ア、アタシは、魔法少女だ……」

 

「知ってるぜ、そんな事」

 

「魔女に、なっちまうんだぞ。傍に居たら、ショウまで殺しちまうかもしれない……」

 

「構わねぇよ。大事な妹の傍に居れんなら、命なんか惜しくねぇ」

 

「でも……」

 

何だ。こいつが俺から離れて行ったのは、自分が魔女になった時に俺を殺しちまうかもしれなかったからだったのか。自分が魔女になって死ぬ事よりも俺の身を案じてくれてたわけだ。

ホント、優しい奴だ。

でもな、杏子。そいつは兄貴ナメすぎってモンだ。

 

「もしお前が魔女になっちまったら、そん時は俺も一緒に死んでやる」

 

「え?」

 

「お前はたとえ魔女になったって、俺はお前の兄貴だ。死んでも独りなんかにさせやしねぇ。……覚悟しろよ?」

 

(せき)が切れたように本格的にしゃくり上げて泣き出した杏子の頭をなでながら、俺の元に返ってきてくれた妹を迎えの挨拶を言う。

 

「お帰り」

 

「……た、だいま」

 

カレンとは違う、この意地っ張りでワルぶってる、でも同じぐらい優しいこの妹と共に生きて、そして死のう。

そう改めて俺は心に誓った。

 

 




言葉で教える政夫と、行動で分からせるショウさん。
ちゃんと対比はできているでしょうか?

もうそろそろで大学が始まるので、更新速度が著しく下がると思いますが、完結はさせるつもりなので、よろしければ読んで下さい。

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