追記
◼️◼️視点を少しだけ加筆修正しました。
何でこんなに強いのかの説明が足りてなかったという、かなり大きな箇所です。
~■■視点~
初めてここに来た時の感想は、本当にどうしようもない場所、だった。
書き割りのような見せかけだけの建物。役割としての動作を繰り返すだけの人形の住民。ごっこ遊びと言っても過言ではないナイトメアとの戦い。
何より、取り込まれた一般人を放置して、おままごとのような日常に
嫌なことから逃げ、作り物の幸せを享受する彼女たちは、まるで泥のケーキを貪る愚者のようだった。
それでも一度は関係ないと切捨てようと思った。
この偽の見滝原市に居る魔法少女たちは、僕の友達ではない。何の関わり合いもない赤の他人だ。
僕は死んだ人間。終わった命。あるのは固形化された魂の残り
本物の見滝原市に居た『僕』の消滅しそこねた思念の塊。それが消滅の寸前に“魔法少女の神様”とやらと出会っていたせいで、偶然、ここに引き込まれただけの異物。
存在するだけで常に否定の魔法に削られ、感情と記憶を摩耗していく哀れな魂。
そんな存在に何の責任があるだろうか。その存在に何の意味があるだろうか。
早々に魂に刻まれた幸福な記憶と共に跡形もなく、一瞬で消えてしまおう。
その時は、そう思った。
だけど、『君』が愛してくれた『僕』であれば、きっと見過ごさないだろう。
自分を好きになることも、誰かに恋することもできなかった『僕』のことを好きだと言ってくれた『君』。
どうしようもなく、自分の命に価値を見出せなかった『僕』の命を、薄汚い本性を知った上で愛してくれた『君』。
ここに居る魔法少女たちには何の親しみも感じないが、希望と言うなの妄想に逃げ込んだ彼女たちを見て見ぬ振りするのは『君』へ対する裏切りだ。
『彼女』の愛に対する冒涜だ。
ならば、最期まで『僕』で居よう。それが、もう二度と会えない『君』のためにできるたった一つの愛の証だから。
だから、僕はこの歪んだ世界と、そこで幸せに浸る彼女たちを徹底的に否定しようと決めた。
まず、彼女たちの実力を否定した。
偽りの敵との遊びのような闘争で
次に、彼女たちの魔法を否定した。
特別な力を持つことで得た万能感や、肉体的・精神的に強靭だという自尊心を奪い取り、根本はただの少女と変わらないことを学ばせた。
そして、彼女たちの願いを否定した。
清らかで素晴らしいものだと思い、疑わなかった自己の支える信念を、身勝手で醜悪な利己心から来る妄執だと語って聞かせた。
否定され、貶められた彼女たちは悩み、苦しみ、泣き、喚き……諦めた。
突き付けられたその否定が、覆しようもないことだと理解し、受け入れたのだ。
己の願い、言いかえれば希望を抱くことを断った。
それ即ち――絶望に他ならない。
諦めなければならないものがあることを知り、その上で勝利という絶対に諦めてはいけないものを選択した。
希望という名の都合の良い妄想に首元までどっぷり浸かっていた魔法少女たちが、だ。
これこそが成長であり、大人への階段だろう。
子供が大人になる絶対条件は、絶望を知ること。
すべてが思い通りにならないことを受け入れ、物事を取捨選択をし、その上で絶対に譲れないものを勝ち取ること。
だからこそ、どれほど都合の良い希望を抱いても人は正気で居られるのだ。
際限なく望みが叶うことなど希望とは言わない。それはただの堕落だ。
絶望があるからこそ、人は希望を抱いても堕落せずに生き続けられる。
ようやく彼女たちは少女から大人へと進み始めた。
一度はもう駄目かと思った。彼女たちは魔法少女として在り続けるにはあまりも弱すぎると感じた。
でも、彼女たちはもう脆弱な少女ではない。
自分の希望に我を見失うほど弱くはない。
死んだ妹の幻影から解放された赤髪。
永遠の苦しみが続くことを受け入れた青髪。
兵士のような己を許すことができた金髪。
女神の奴隷であることを自覚した白髪。
過去への執着から目を覚ました黒髪。
希望を妄信することを止めたピンク髪。
……ああ、駄目だ。どうしても名前は思い出せない。この街の人々の名前は憶えていたはずなのに欠落している。
彼女たちがどういう存在か、どういうパーソナリティをしていたかは覚えているのに、その名前が完全に記憶から喪失している。
自分の名前ももう朧気なのだから仕方ない。
それが相手に悟られないように彼女たちを髪の色で呼ぶようになった。それでも会話が成立するのは行幸と言ったところか。
常時感じている全身を内側から
自分が何を忘れてしまったのかも分からない恐怖に比べれば、魔力で構成された臓物が溶けていく苦しみなど児戯に等しい。
記憶が欠けるごとに『君』の容姿や声が思い出せなくなる。あれだけ好きだった『君』のことをだ。
その度にソウルジェムを握り潰してしまいたくなる衝動に襲われる。
笑えることに、その絶望が魔法の威力を跳ね上げる。
記憶を失い、苦しそうになるほど僕は強くなる。そして、魔法が強くなるに連れ、記憶と感情が消えていく。
絶望が力になり、力が新たな絶望を呼ぶ。負のスパイラル。マイナスの永久機関だ。
だが、もう魔力でできた肉体も内側から崩れ、維持することもままならない。でも、これで最後だ。
最後に彼女たちの力を試させてもらう。
感情エネルギーという膨大な力を支配するだけの器量はあるのか。僕などよりも遥かに強い存在と対峙することになっても勝つことができるのか。
死に掛けの、今にも崩壊寸前の僕に敗北するのなら話にならない。
だけど、今の彼女たちなら大丈夫だ。
きっと、誰にも負けない強さと誇りを見せてくれると信じている。
これで、いいんだよね……■■■さん。
……っ。そうか、もう『君』の名前さえも……。
……ううん。いいよ、それでも。
たとえ『君』の顔を思い出せなくても。
たとえ『君』の声を忘れてしまっても。
たとえ『君』と過ごした日々が消えてしまっていても。
『僕』は忘れない。『君』が僕を愛してくれたことは。
『君』のことをどれだけ愛しているかだけは絶対に覚えている。
それさえあれば、十分だ。命の
最後の最期まで僕は、『君』の愛した『僕』であり続ける。
『さあ、来い。魔法少女ども。お前たちの
***********
人の姿を捨て否定の魔王になったゴンべえ君を下から眺め、唇を噛みしめた。
もっと早く気付けばよかった。
ゴンべえ君の……政夫君の魔法は否定の魔法。それが奇跡も魔法も、それがどんなものであろうとも平等に崩壊させる力。
なら、肉体が魔力で作られた彼が平気で居られるはずがない。
魔法を使い始めてか、それともこの結界内に足を踏み入れる前からかは分からないけれど、彼の身体は休むことなく、崩壊し続けている。
ソウルジェムが削れるほどの苦しみなんて、普通の人はもちろん、魔法少女だって耐えられない。
それもきっと、自分のためじゃなく、私たちのために戦ってるんだ。
ほむらちゃんが私のために酷いことをして私に殺されようとしたように、ゴンべえ君も悪役の振りをしている。
そうじゃなかったら、勝っても何一つ得られない戦いなんてする訳がない。
私たちを苦しめる意図が合ったとしても、そこにここまで時間を掛ける必要なんてない。
だって、時間が経てば経つほど不利になるのはゴンべえ君の方なんだから。
彼の目的は多分、私たちを成長させる事。
自分自身が障害となり、乗り越えさせる事だ。
―—じゃあ、私のやるべき事は決まってる。
「皆、私たちの敵を……倒そう」
私の言葉に頷きだけを返し、皆は散開し、私を中心にして扇状に跳び上がった。
背中に居るほむらちゃんが申し訳なさそうな声で呟く。
「まどか……やっぱり私を降ろした方が……」
「大丈夫! ほむらちゃん、軽いもん」
「そ、そう? でも、足手纏いには代わりないでしょう……」
「そんな事ないよ。こうして一緒に居るだけでも力が湧いてくる」
真後ろだから表情までは見えなかったけれど、ほむらちゃんは首を竦めて恥ずかしがっている様子だった。
それを茶化すようにさやかちゃんとなぎさちゃんが笑った。
「うわー、ほむらったら照れてる照れてる」
「ひゅーひゅー、なのですー」
ますます恥ずかしくなったのか、ほむらちゃんは黙ってしまう。
殺伐とした状況に対して、和やかな雰囲気が流れた。
「お前ら、余裕か!?」
緊張感のなさに杏子ちゃんが怒ると、ソウルジェムで魔法少女に変身しながらマミも同調する。
「そうよ。これが正念場なんだからのんびりしている暇はないわ」
「変身しながら言ってるマミが一番のんびりしてるだろうがっ!? さっさと武器出せ、武器!」
突っ込みを入れつつ、杏子ちゃんは構えた槍を振りかぶって、否定の魔王へと投げ付けた。
避ける素振りさえ見せない彼へ直撃するも、卵状の身体に切っ先がぶつかった瞬間、硬質な音が響いて、弾かれた。
黒い表面には傷の跡は少しも残っていない。特別な力や何らかの方法で防いだのではなく、単純な頑丈さから攻撃が通っていないのだ。
「ありゃあ……相当硬いぞ」
眉間に
大きく距離を取り、地面に着地した私は、彼がその手に見合う巨大なステッキを作り上げる光景を見た。
そのまま持ち上げ、乱暴にステッキを下へ叩き付ける。
単調な動作、しかし。
轟音と激しい振動が私を襲う。
これはもう地震だ。飛び上がった訳でもないのに宙に投げ出された。
ほむらちゃんを落とさないようにするだけで精一杯だった。受け身など考えられず、うつ伏せで地面に衝突する。
「ほむらちゃん……大丈夫?」
「うそ……崩壊しかけていたとはいえ、こんなにもあっさりと」
呆然としたほむらちゃんの声は私の言葉の返答ではなかった。
同じく、その景色を目の当たりにして、唖然とする。
地面が縦に裂かれていた。
その断面を私たちに見せた後、下へと岩盤ごと落下して消えていく。
「これが、全力の否定の魔法の威力」
「……違うわ。まどか、これは違う……」
ほむらちゃんの声が震えている。
「私はその身であいつの魔法を味わったから分かる。あいつは魔法を……使っていない」
そんな……。
じゃあ、物理的な威力だけで地面を割ったの……?
否定の魔法が効くか効かないかなんて、そういう次元じゃない。
一撃でも当たれば、即死してしまう。
さやかちゃんの治癒やなぎさちゃんの再生でも耐えられない質量の力。
火力で言えば、ワルプルギスの夜が起こす高層ビルを使った波状攻撃以上だ。
とにかく、皆が無事なのか確認を取らないと……。
「皆っ、無事なの!?」
「大丈夫、なのです……」
一番近くに居たなぎさちゃんが瓦礫の中から這い出して、答える。
他の皆もそれほど離れた位置に飛ばされなかったようで、全員が一定の距離を取りながら、立ち上がった。
「それにしても、さっきの攻撃……ワルプルギスの夜並なのです」
「そうだねって……あんた。ワルプルギスの夜と戦ってないでしょ」
「それを言うならさやかも同じなのです! 知ったかぶりすんな、なのです!」
……なぎさちゃんとさやかちゃんがすごくどうでもいい事で揉め始める。
この中でワルプルギスの夜と直接戦ったのは私とほむらちゃんだけだけど、今そんな事に拘ってる場合なの……?
「ワ、ワルプ……? 何だって?」
「聞き覚えのない単語だけど、それはそこまで重要なものなの?」
「「魔獣組は黙って(て!)(るのです!)」」
「ま、魔獣組……?」
あ、マミさんたちにまで飛び火が。
だけど、この凄まじい威力の攻撃に気圧されていなくてよかった。
正直に言えば、もしこの場に居るのが自分だけなら、力の差に参っていたかもしれない。
「よく、分からない罵倒だけど……不思議ね。状況はさっきよりも悪くなっているっていうのに、不思議とあんまり恐怖を感じていないの」
「アタシもだ。怖すぎて逆に感覚が麻痺ってんのかもな……」
「頼りになるね。二人とも」
魔法少女としての経験の差か、マミさんと杏子ちゃんは落ち着いている。
人型の敵よりも魔獣のような巨大な敵と戦う事に慣れているからだろうか。
本当に彼女たちは頼りになる。
「そうね。でも、いつもより身体が軽い。こんな気持ちで戦うの初めてよ」
……………………。
すごく聞き覚えのあるフレーズに思わず、黙り込んでしまう。
口論していたさやかちゃんたちも微妙な顔でマミさんを見つめた。
「な、何かしら? 私、そんな変な事言った?」
困惑するマミさんに何と答えたらいいのか、私にも判断ができない。
ただ、さやかちゃんとなぎさちゃんは揃って私に何か言ってあげてと言わんばかりの視線を向ける。
時々、喧嘩をするくせにこういう時だけ仲がいいんだから……。
「えーと。……その、大変言い辛いんですけど、言葉のチョイスが……縁起悪いなって」
「ええ!? ポジティブな発言のつもりだったんだけど……じゃあ、変えて、もう何も怖くないわ!」
「あの、それも……」
「これもなの!?」
「てへへ……」
魔女が居た世界の記憶が変な形で噴出した、のかも。
取りあえず、これ以上話しているよくない状況になりそうなので、話を切り上げた。
ちょっと気分が持ち直してきた事もあり、改めて否定の魔王を見据える。
十メートルはあるその巨体。反してやや短めな手足。一番似たものを上げるなら、鏡の国のアリスの絵本で見たハンプティダンプティの挿絵だろうか。
ステッキによる攻撃は、確かに恐るべき威力だけど、攻撃の範囲はステッキの間合いに限られている。
飛び道具を黒い布を通して反射したり、空間を移動してのワープ攻撃はもう使ってこない。
それができるなら、あの時杏子ちゃんの槍を撃ち返さない訳がないし、今こうしてのんびり話している間に至近距離に移動しているはずだ。
あれだけの手傷を負っているゴンべえ君に、もう余力はほとんど残っていないだろう。
だからこそ、力を一点に集中させてあの姿になったのだ。
それなら、ソウルジェムが消滅するまで逃げ回れば、私たちが勝つ。
でも、それだけはできない。
「皆、もう一度私に命を預けてくれる?」
何よりも、彼の内心を僅かでも理解している私が彼を倒してあげたい……ううん、違う。これはただの言い訳。
「……私の手でゴンべえ君を倒したいの」
彼を乗り越えたい。真正面から勝利したい。
それは、私が彼を……。
「好きだから……」
この世界が都合の良い作り物だとしても、この想いは本物だ。
彼の心が好き。私たちのために、敵に回ってまで、導こうとしてくれる彼が愛しくて堪らない。
「まどか……。私からもお願い! あなたたちがこんな場所に居るのは私のせいだって分かってる。でも……」
背負っているほむらちゃんが身を乗り出して、皆にお願いしてくれる。
彼女の望みを拒絶した私のために。
ありがとう……ほむらちゃん。
そこへ困った調子でさやかちゃんが口を挟む。
「あのさ、この状況でまどかの意見聞かない訳ないでしょ。何で断る前提で話すかねー」
それに合わせて残りの三人も口々に言う。
「まったくなのです」
「アタシはあの化け物に惚れてるってのが分かんねーけど、あいつ倒すんなら付き合うに決まってんだろ?」
「満場一致ね。そこまで言うからには勝算があるんでしょう。教えてちょうだい」
晴れやかにそう答えてくれる皆に心から感謝した。感極まって泣きそうになるけれど、それはまだ早い。
……見ていて、ゴンべえ君。この世界で繋いだ絆は、あなたの魔法にだって否定させないから。
ゴンべえの内心は書くかどうか迷いましたが、ある程度のネタ晴らしは必要かと思い書きました。
結界内で一般人を保護した内容とかも書こうかと思ったんですが、ただの苦労話になると思ったので削りました。