-―ピーンポーン。
来訪を知らせるチャイム音がリビングに響く。
ああ、もう来たのか。壁に掛けられたアナログ時計を見れば、一時を指し示している。
僕は玄関の方へ向かい、ドアを開いた。
外には見慣れた女の子が立っている。
一人は人懐っこい笑顔、もう一人はむっつりとした無表情。クラスメイトであり、友達でもある暁美と美樹だ。
「ほむらさんに美樹さん、こんにちは。まあ、取りあえず、上がってよ」
僕がそう言って迎えて、来客用のスリッパを渡すと彼女たちはそれに履き替えて、家に上がり込む。
「おっ邪魔っしまーす」
陽気な口調で『暁美』が言う。
「失礼するわ」
落ち着いた口調で『美樹』が言う。
事前に何が起きたのか聞いている僕でさえ、彼女たちの態度に途轍もない違和感は拭えなかった。
思わず、彼女たちの顔をまじまじと眺めていると、視線に気付いた『暁美』が悪戯っぽく笑う。
「あれあれ、どうしたのー?。政夫。まさか、私の美貌に見惚れちゃった?」
すると、隣で自分の靴を揃えていた『美樹』が呆れたように言う。
「『貴女の顔』じゃないわ、さやか。それは私の身体なんだから」
僅かに不機嫌さを含んで『美樹』は水色のショートカットヘアを掻き上げる。それはいつも暁美がやっている仕草だったが、今の冷めた表情の『美樹』には妙に様になっていた。
「今は私の身体なんだからいいでしょ。ほらほら、政夫見て。私、暁美ほむらでっす!」
玄関先でくるっと一回転して、ふざけたように立てた二本指を自分の片目に当て、茶目っ気のあるポーズを取る『暁美』。ちょうどプリクラでも撮るような馬鹿っぽいウインクまでしている。
「止めなさい、さやか。私の身体で頭の悪そうな事しないで」
怒る『美樹』にそれを見て、キャーとからかうように僕の後ろに隠れる『暁美』。
そう。現在、彼女たち二人の中身は入れ替わっていた。
こうなった原因は昨日の金曜日の夜にまで
昨日の夜、学校の帰りに巴さんたち魔法少女一行は日課の魔女退治のためにパトロールに出かけていた。
巴さんに聞いたのだが、その日は一塊になって魔女の捜索に当たっていたところ、ちょうど街外れの公園にて、魔女の結界を見つけて襲撃をしたらしい。
結界の最深部に居た魔女は奇妙な少女のオブジェを二つくっ付けたようなデフォルメされたシャム双生児のような姿をしていた。
その魔女は六人もの魔法少女を前に圧倒的戦力差を感じたらしく、すぐに結界を消して逃げ出そうとした。すぐに戦闘に移ろうとした一行だが、その際、僅かな隙を突いて魔女は暁美と美樹の両名にひも状の触手を伸ばし、二人のソウルジェムに何かをしたそうだ。
その後、突如、二人は気を失い、巴さんたちは大事を取って、魔女の追跡を中断。巴さんの家まで気絶した二人を運んだところ、目を覚ました時には二人の意識は入れ替わっていた。
全て聞いた話なのでひょっとしたら実際の状況とは細部に違いはあるかもしれないが、概ねこんな感じのことらしい。
魔法少女たちは知恵を借りるために元インキュベーターだったニュゥべえに相談すると、
「魔女を倒せば恐らくは入れ替わった魂は元に戻るはずだよ。ただ、それまでに別の肉体に入れられた魂は安定しないから安心できる場所で休ませた方がいいだろうね。肉体と魂の齟齬が自我に多大な負荷を掛けるはずだから」
とのことだったため、二人はなぜか土日の二日間僕の家に滞在することに決まっていた。
僕の知らないところで、僕の知る由もないところで!
勝手に話が進められ、僕に情報が回ってきたのはつい数時間前の話だった。
「あのさ、今更だけど何で僕の家に泊まるって話になったの?」
「貴方のインキュベーターが一番心の落ち着ける場所と言ったからよ」
「それに休みの間だと、ウチには親居るし、怪しまれるじゃん」
だが、それは僕の質問の答えになってるようで、なっていなかった。
「僕の家以外にも落ち着ける場所くらいあるでしょ、ほら」
「ないわ」「ないよ」
二人して被せるようにほぼ同時に返答する。こういう時だけ、足並みが揃っている辺りがムカつく。
しかし、まあ僕もニュゥべえから、事情を全て知った上で不測の事態に対応できる人間は君くらいだからと言われいたので仕方ないと、既に現状を諦めていた。ちなみにいうと、ニュゥべえは魔女の捜索に手伝うために今は外出している。
「それにしても僕の父さんが居たらどうするつもりだったの?」
「だって、ほむらが政夫の親なら今週の土日居ないって言ってたから」
確かに今日と明日、僕の父は知り合いの法事のために見滝原を出ており、帰って来るのは明日の夜だと聞いている。
だが、それを誰かに伝えた記憶はない。ましてや、暁美がそれを知る由もないはずだ。
僕の家の庭くらいの位置で耳を澄ませて、僕と父さんの話を聞いていなければ、の話だが。
「ほむらさん……君、家の近くまで来て、あの時盗み聞きしてたな?」
「……今の私は美樹さやかだから」
そっと目を逸らして誤魔化す
「まあまあ、立ち話も何だからさ、取りあえず政夫の部屋にでも行こうよ」
僕としても異存はないが、その台詞は客が言っていい台詞ではない。
その上に普段、低い声で話す暁美が高めの可愛らしい声で喋るので、その都度背中に鳥肌が立ちそうなほどの気色悪さを感じる。
「ほむらさんが陽気な声で喋ると何か気持ち悪いね」
「うん。私も自分で喋ってるとすごく変な気分になる」
「え?」
若干、
部屋に入るや否や、自分の指定席とばかりに
こういう著しく、社会的常識のしている行動を見ると、やはりこちらの方が本来の暁美なのだと悲しい納得をしてしまう。
「座布団でも出すよ」
「あ。ありがと、政夫」
「私は要らないわ」
「だろうね……」
僕は押し入れから青い座布団を一つ取り出して、
僕も机の傍にある椅子へと腰を下ろすと、二人を改めて眺めた。
明るくなった暁美と、冷徹な表情の美樹。本当に正反対な二人が入れ替わったと思い知らされる。
「それで二人とも体調の方は平気なの?」
一応、一晩経っているので身体の方には何か異変はないかと尋ねてみた。
「うん、私は平気。ただ……」
「ただ?」
「動くと胸の辺りが凄いスカスカする」
薄紫色のワンピースの胸元を自分でぺたぺたと触り、苦笑い気味にそう話す。
酷いことを言うなとは思ったものの、多分身長以上に二人のサイズ差があるところだから、一番気になる部分かもしれない。
当然、彼女の胸元スカスカ発言に
「何を言っているの? ふざけて言っているなら許さないわ」
「いや、ふざけてる訳じゃないんだけど……身体動かしてて違和感があるっていうか。ブラも
ベッドから腰を離した
この話題はデリケートなので細心の注意が必要だ。これ以上続けると
「ほむらさんの方は? 何かある?」
「今のところは……ああでも、この身体、
「こらこら。喧嘩しない。どの道、巴さんたちが件の魔女を倒すまでは入れ替わったままなんだから、しばらくは仲良く頼むよ」
当てつけを言う
それまでこの二人の面倒を見なければいけないが、小学生でもあるまいし、そこまで手間もかからないだろう。
……そう思っていられたのはそこから約四十秒ほどの短い時間だけだった。
「それにしても政夫の部屋って初めて来たよ。恭介の部屋は上がった事あるけど、中学に入ってからはほとんどなかったし……どれどれ、ベッドの下にはえっちな本とかは」
無断で他人のベッドの下を物色しようとする
「そこには特に雑誌の類は入っていないわよ。それより、政夫。何か飲み物を出してくれないかしら。紅茶はマミのところでよく飲まされるからコーヒーがいいわね。砂糖とミルクは要らないわ」
偉そうにベッドに腰掛け、踏ん反り返って、遠慮なく人に飲み物を要求する
やっぱり追い出そうかと本気で考えたが、その場合このマナーも知らないボケナス二名を鹿目さん家に押し付けることになってしまう。
それは流石に頂けない。この傍迷惑な奴に彼女の平穏な休日が蹂躙されてしまう……。
額に青筋が浮かびそうになるのを僕は堪え、
内心、醤油でも温めて出してやろうかと半ば本気で思ったが、万が一、口に含んでから吐き出された場合、部屋が醤油で汚される未来を想像し、止めた。
電気ケトルでお湯を沸かし、インスタントのコーヒーをマグカップに注ぐ。
それを持って自室へと戻ると、両名は僕の衣装ケースからトランクスパンツを何枚か床に広げてじっくりと観察をしていた。
「……おい、馬鹿ども。……そこで何をしている?」
ドスの利いた低いトーンの声で尋ねると、二人は急に弁解をし始める。
「ちが、いやあ、ほら。その、たまたま服がケースからはみ出てて。せっかくだから、泊めてもらうお礼に綺麗に畳んで整頓してあげようとおもって、ね?」
「ええ、そうよ。だから一度、全部取り出してから整理しようとしていたのよ。決して好奇心からの行動ではないわ」
絶対に嘘だ。こいつらにそんな殊勝な精神は芽生えない。
何より百歩譲って真実だとして、それで友達とはいえ、勝手に異性の下着に触れていいことにはならない。
ゴミでも眺める目でしばらく見下ろしていると、彼女たちはそそくさと僕の下着をケースへと畳んで戻していく。
……一応、後で何枚かなくなっていないかチェックしよう。
ぞんざいにお盆を床の上に置くと、マグカップをそれぞれに無言で手渡す。
二人ともバツが悪そうに視線を彷徨わせていたものの、渡されたカップを受け取り、口を付けた。
「まあ、取りあえず、少しの間だけだと思うけど、大人しくしてね」
「うん」「ええ」
本当に信用していいのだろうかと思いつつ、僕も自分の分のコーヒーにシュガースティックとコーヒーフレッシュを混ぜてから口に含む。
どうにも疲れる休日になりそうだ。
長くなりそうなので、ここら辺で一旦区切ります。