魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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今日でちょうど最初の登校日から二年目になります。
さらにまどかルートで百話目にあたるので、二つの意味で記念ですね。


第百話 歪んだ愛

 次の日、暁美は何ごともなかったように林道沿いの待ち合わせの場所へ現れた。

 小さな微笑みすら浮かべて、志筑さんや美樹と和気藹々(わきあいあい)と談笑すらしている。

 もしも、織莉子姉さんが昨夜電話がなければ、素直に安心できた光景だったのだが、今の僕にはそこからは不気味さしか感じられなかった。

 まどかさんの家に迎えに行き、彼女と共に来た僕に暁美が気付くと、にこりとこちらに笑顔を向けて近付いてくる。

 

「おはよう。政夫、まどか。いい天気ね」

 

「……おはよう。ほむらさん」

 

 暁美をまどかさんに近付けないようにさり気なく二人の直線上に立った。背にまどかさんを庇うようにして挨拶を返す。

 まどかさんはそれに怪訝そうに見つめるが、彼女も暁美があまりにも穏やかにしているのが不自然に感じられたようで、僕の後ろから出ることはなかった。

 

「おはよう。ほむらちゃん。……昨日は学校に来なかったけど、どうしたの?」

 

「昨日は体調不良で休んだだけよ。少し具合が悪かったの。心配させてごめんなさいね」

 

 心配していたまどかさんに暁美は眉を下げて申し訳なさそうに謝る。

 それにほっと安堵したまどかさんは表情を明るくさせて、僕の脇から暁美に駆け寄ろうとした。

 暁美がふっと笑った。今までに見てきた彼女の笑みとは本質的に何かが違う、不穏な表情だった。

 いつもの紫色の瞳が、ほの暗く濁って映って見えた。背筋に冷たいものが走る。

 その顔を見た僕はまどかさんの手を思わず、握って引き止めてしまった。

 

「政夫くん?」

 

 きょとんとして振り向くまどかさんに僕は説明することもできず、彼女の手を握り締め、少しの間黙る。自分の表情筋がいつになく強張っているのを感じた。

 暁美の後ろに居る志筑さんと美樹も僕の反応がおかしいことに気付き、視線だけでどうしたのかと尋ねてくる。

 

「……早く登校しようよ。昨日は遅刻ぎりぎりになっちゃったし」

 

「う、うん。そうだね」

 

 有無を言わせない真剣な表情でそう言うと、まどかさんは取り合えず相槌を打ってくれた。

 ただならない様子をしていたが、昨日遅刻しそうになったのは事実。皆も僕に従って学校へ向かい始めた。

 暁美もそれを気にした風もなく、共に歩き出す。

 僕は暁美の動向に気を配りながら、まどかさんと繋いだ手をしっかりと握って足を動かした。まどかさんは暁美を気にかけていたが、何も言わずに僕に着いて来てくれた。

 

 *

 

 授業中は担当の先生の声すら耳に入って来ないほど暁美を凝視していたが、昼食時は屋上に大勢集まっていたために少しだけ気を弛められた。

 ……気を、弛める? 暁美に対して?

 そう考えて、自分がそこまで暁美を恐れていることを実感して、嫌悪感を覚えた。

 これではまるで得体の知れない人間に対して危惧しているようで、嫌でも暁美を差別しているような気にさせられる。

 暁美は友達だ。少なくても好意を振って悩むほどには大切に思っている。

 出会ったばかりの頃は軽蔑していた相手だったが、今では掛け替えのない存在だ。

 だというのに、これでは敵対している相手のようではないか。

 

「政夫くん、大丈夫? 気分悪そうだよ?」

 

 すぐ隣に居るまどかさんが僕の顔を覗き込む。その表情は不安そうだ。

 (しか)めた表情を消して、楽しそうな顔に変え、彼女の不安を払拭させる。僕が陰鬱にしていれば、まどかさんが悲しんでしまう。そんなことは絶対に避けたい。

 

「大丈夫だよ。それより、このマッシュポテト美味しいよ」

 

「それ、私が作ったんだよ?」

 

「凄いね。いいお嫁さんになれるよ。いや、まどかさんはお母さんみたいなキャリアウーマンになりたいんだっけ?」

 

 昨日、まどかさんと話した時に母親のようなキャリアウーマンに憧れていると言っていたのを思い出す。父親が主夫をやっていることもあり、結婚すれば女性は必ず家庭に入るとは考えていないようだった。

 それなら、今の発言は少しばかり失礼だったかと内省して頬を掻く。

 けれど、まどかさんの反応は少し違った。

 

「そう思ってたけど……家庭的なお嫁さんもいいなって、思うようになったの」

 

 上目遣いで見る乙女らしい視線に僕はどきりとする。

 それは僕と結婚したら、支えてくれるという意味で受け取ってもいいのだろうか。

 どれだけ僕の中の好意を肥大させれば気が済むのだろう。本当に、本当にどこまでも可愛い女の子だ。その愛らしさは留まることを知らない。

 箸を咥えて、まどかさんへの想いに頭を膨らませていると、冷ややかな瞳が僕の意識を現実に引き戻す。

 少し離れた場所で巴さんと会話していた暁美の目がこちらを、より正確には僕を捉えていた。

 頭から冷たい水を浴びさせられたような気分だった。

 心地よい温かさを孕んでいた思考が一瞬にして冷却され、胃の縁が引き締まる。

 視線が合っていたのは五秒にも満たない時間だったが、僕にはその二十倍以上に体感していた。

 

「まー君」

 

 暁美と視線が逸れても硬直していた僕に織莉子姉さんが小さな声で話しかけてきた。

 まどかさんと反対側の隣に座ると、落ち着かせるように手を僕の肩に置いてくれた。じんわりと纏わり付く嫌な空気を追い払うために僕は務めて明るく振舞った。

 

「どうしたんですか?」

 

「……あまり近付かない方がいいわ。彼女……」

 

 ちらりと暁美を一瞥して織莉子姉さんは呟いた。

 

「普通には見えない」

 

「…………」

 

 僕はそれに何も告げられず、無言で口元を引き結んだ。

 まどかさんはそんな僕たちの様子が理解できないようだったが、暁美のことを言っていることは何となく察せたようで聞いて来る。

 

「あの、美国さん。ほむらちゃん、何かあったんですか?」

 

「いえ。ちょっと様子がおかしいというだけよ」

 

 当事者とは言え、予知で暁美があなたを殺す光景が見えましたとは言えずに織莉子姉さんは誤魔化した。

 無理もない。暁美はまどかさんにとっても信頼する大切な友達なのだ。

 もし、本当にそのことを直接言ったところで到底信じられるものではないし、近くに暁美が居る状況で口に出すことなど不可能だ。

 それに織莉子姉さんが見た光景については事細かく僕に伝わっている以上、ここで話すことはないに等しかった。

 僕も織莉子姉さんも口を噤んでいたが、逡巡の後織莉子姉さんはまどかさんに提案をする。

 

「ねえ、鹿目さん。話は変わるのだけれど……今日、貴女に家に来て欲しいのだけれどいいかしら?」

 

「え? 美国さんの家にですか?」

 

「そう。ぜひとも、まー君とどこまで仲良くなったのか教えてほしいわ」

 

 からかうような声音でそう言うとまどかさんは真っ赤になって俯いた。

 

「も、もう。美国さん!」

 

「ふふ。それにいい紅茶の葉が手に入ったの」

 

 楽しげに言うと、まどかさんに笑いかけた。

 どうやら、織莉子姉さんはまどかさんを暁美から隔離しようとしているようだ。

 予知のことももしかしたら話すつもりなのかもしれない。

 少々強引な誘い方だったが、織莉子姉さんとも仲良くなっていたまどかさんはその誘いを受けてくれた。

 

 **

 

「政夫」

 

 放課後に教科書を学生鞄に詰めていた僕に暁美が声をかけて来た。

 振り返ることなく、僕は尋ねる。今、彼女の表情を見ていて平然を装うことができるか分からなかったからだ。

 

「どうしたの? ほむらさん。魔女退治のパトロールには向かわなくていいの?」

 

「病み上がりだからってマミが休みをくれたのよ。この後時間、あるかしら?」

 

 今の暁美と一対一で話すことに恐怖を覚えずにはいられなかったが、対話をすることで暁美を思い留まらせることができるかもしれないと思い、僕は頷いた。

 

「うん。あるけど」

 

「そう、よかった。……避けられていると思っていたけど安心したわ」

 

 目を細めて頬を薄く引き上げる暁美に形容しがたい妖しいさを感じて、身震いしそうになる。制服の袖の下にはふつふつと鳥肌が沸き立った。

 だが、臆した様子は一切外には出さずに、暁美に近付いて堂々と笑顔を浮かべた。肩に手でも回しそうな気安さで暁美に言う。

 

「何言ってるのさ。ほむらさんたら、被害妄想強いんじゃないの?」

 

「そうかもしれないわね。気を付けるわ」

 

「それじゃあ、どこに行こうか?」

 

「そうね……」

 

 形の良い唇に一指し指を置いて、思案すると暁美は思いついたように言った。

 

「コーヒーが飲みたいわ」

 

 それは僕には最初から決まっていたことを考えて思いついたように見せているように見えた。嘘の下手な彼女には似合いもしない白々さを感じさせるその様は、酷く歪に思えて、胸の奥に不快が生まれる。

 気取ったような艶かしさに溢れた暁美は、まるで僕の知っている彼女とは別人のように映った。

 

 僕は暁美に連れられるままに彼女が行きたがっていたカフェへとやって来た。

 その店は前に上条君が暁美をデートに誘ったカフェだった。美樹と一緒に彼らを着けて入ったからよく覚えている。

 僕としてはここで美樹に自分を直視させるためとは言え、少しばかりきつい発言をした上にそれを暁美に咎められて頬を叩かれたので、あまりいい思い出のある場所ではない。

 店の入り口で暁美はエスプレッソを頼み、僕の方を見る。

 苦いものが得意でない僕はレジにあるメニューに目を落としてカフェ・ラテを注文した。

 バイトであろう高校生くらいのお姉さんが店内を案内してくれようとした時、暁美は急に「外の席に座りたいのですが」と言い出した。

 オープンテラスに案内してもらうことに僕たちは代金を支払った後、注文した飲み物を持って、テラス席に座った。

 薄暗く空が曇っているためか、テラス席には僕と暁美以外に客の姿はなかった。天気予報は見ていなかったが、もうしばらくすれば一雨来るかもしれない。

 暁美はそんなことは気にも留めていないようでエスプレッソに口を付けた。

 僕の方から何かを話す気にもなれず、こちらもカフェ・ラテを一口(すす)る。

 すると、暁美は何がおかしかったのか、クスクスと僕を見て笑う。

 

「苦いのは嫌いなのかしら?」

 

「甘いものが好きな男子だって居るの!」

 

 恥ずかしくなり、ちょっと抗議するように語尾を強めた。

 暁美があまりにも楽しげで浮ついているに見えて、違和感を味合わされる。

 いつものむっつりしがちな彼女とは180度違う、精神的に余裕に満ちた年上の女性を相手にしているような感覚だ。

 僕はペースを握られないように、とぼけた風を装い彼女に尋ねた。

 

「随分とご機嫌だね。いいことでもあったの?」

 

「そうね。考えて悩み抜いていた事に自分なりに答えを出したからかしらね」

 

「胸の大きさが増えないとか?」

 

 軽口を叩いて怒らせて会話のペースを握ろうと画策するが、暁美はそんな安い挑発には乗ってこない。

 首を横に振って、艶然な笑みすら滲ませ、こちらの一番聞きたくなかった言葉を放り投げてくる。

 

「そんな事じゃないわ。……好きな男の子にどうアプローチすればいいのか、よ」

 

 肘を突いて両手を組み、そこに自分の顎を乗せて、暁美は僕の目を覗き込むように見つめた。

 胃の縁がまた締め上げられるような痛みを発する。膝の上に置いていた手は知らない間に拳を作っていた。

 やはり暁美は未だに僕に好意を寄せているようだった。あれだけ決定的に振られて、まどかさんと手を繋いで仲良くしているところを見ても、変わらない恋愛感情を向けてくる。

 言葉に詰まりそうになりながらも、何かを言わなければと思い、口を開いた。

 

「そうなんだ。それで、どうアプローチする気なの?」

 

 ここで逃げる訳にもいかず、逆鱗に触れるつもりで地雷原へと足を踏み入れた。

 しかし、暁美はそれには答えず、一方的に韜晦(とうかい)にも似た話を話し始めた。

 

「とある女の子が居たわ。その女の子は迷路の中で一人の男の子に出会ったの。女の子はその男の子の優しさに触れて恋をした。けれど、男の子は別の女の子が好きになった。優しい男の子にぴったりの思いやりのある女の子にね」

 

 童話の一節を語るように滑らかな台詞は耳に程よく通った。それが返って、僕の胸を抉り取るような罪悪感を与える。

 針のむしろに立たされた心情になるが、彼女の話を遮る気にはならなかった。

 

「迷路に居た女の子はそれに耐えられなかった。大好きな彼が自分以外に愛を向けることがどうしても我慢できなかった。どうして自分では駄目だったのか、考えて悩んだ女の子は自分の浅ましさに気付いたわ。思いやりのある子とは大違いの身勝手な自分なんかに振り向いてくれる訳がなかったと知ったの」

 

 湿り気のある空からぽたりと小さな雫が僕の頬に落ちて来た。

 次第にぽつぽつと雨がまばらに降り始める。まるで暁美が語る物語の中の「迷路に居た女の子」が自嘲の涙を流しているかのように。

 

「迷路に居た女の子は自分が愛されない人間だと理解したわ。けれど、それでも優しい男の子の事がどうしても諦められなかった。迷路の女の子はどうしたと思う?」

 

「思いやりのある女の子が憎くなって、彼女を銃で撃ち殺そうとした――とか」

 

 お前の目論見は既に分かっていると、暁美の目を見て答えた。

 ここまで言えば、何らかの反応を見せると――首を静かに横に振った。

 

「違うわ、政夫。貴女は迷路に居た女の子の事を分かってないわ。迷路に居た女の子は憎しみなんて抱いてない。それは逆恨みだもの」

 

「え……?」

 

 その言葉に僕は呆気に取られて、疑問符を吐き出す。

 暁美はまどかさんに憎しみを抱いてない? ならば、織莉子姉さんの予知は……?

 もしかしたら、何かの間違いだったのか?

 そんな希望的観測が脳髄から湧き出してくる。

 しかし、その希望は次の言葉で見事に打ち消された。

 

「でも、半分は正解。迷路に居た女の子は思いやりのある女の子を殺そうとしている」

 

「な、何で!? 恨みも憎しみもないなら何で!?」

 

 思わず、立ち上がって暁美に問う。

 意味が分からなかった。理解が追い着かない。

 それなら、どこに暁美がまどかさんを殺す理由があるというのだ。

 艶かしい瞳で僕を眺める暁美は自分の唇を指でなぞりながら、こう告げた。

 

「優しい男の子に憎まれるためよ。思いやりのある女の子を殺す事で、迷路に居た女の子は誰よりも憎まれる。愛する女の子を奪われた優しい男の子は他の誰よりも迷路に居た女の子を憎み続ける。誰よりも誰よりも想い続ける……そうでしょう? 政夫」

 

 理解ができた。

 そして、すぐに理解したことを後悔した。

 目の前に居る少女が自分の想像の範疇から逸脱した存在だと思い知らされた。

 暁美は僕に憎悪されてまで一番想われていたいのだ。

 それが愛とは真逆の感情であろうとも、自分だけを見ていてほしいと、本気でそう言っているのだ。

 今まで自分が『恋愛』に対して軽く考えていたと思う時が何度もあった。けれど、これは今まで以上だ。

 暁美がここまで僕に執着しているなど考えたことすらなかった。

 もう、異常の域に達した暁美の僕への想いにおぞましさしか感じられない。

 怯えを含んだ僕を見ながら、暁美は席から立つと丸いテーブルを歩き、すぐ隣に来る。

 顔を見上げて妖しく微笑む暁美は硬直する僕の唇に自分のそれを押し当てた。

 一昨日、まどかさんにされたキスと構図もまったく同じだった。

 

「――愛してるわ」

 

 その言葉を最後に暁美の姿は僕の目の前から消失した。

 正気に戻り、急いで周りを見回すが、彼女の姿はどこにもない。

 黒い雲が覆う空からは小雨だった雨が急激に勢いを強くして、テラスを濡らす。

 僕に向かって落ちてくる冷たい大粒の雨は、これから起こる最悪の状況を予感させるには十分すぎるものだった。

 




いやー、まどかルートは政夫に対して優しくないですね。
彼が何をしたというのでしょうか?

大学のサークルで執筆する作品を書き上げなくてはいけないので、次の投稿はしばらく先になりそうです。

それと『かずみ?ナノカ』の方も良かったら、読んでみて下さい。

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