魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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ワルプルギスの夜編
第百七話 死ぬ覚悟と生きる覚悟


 ワルプルギスの夜。

 本で調べたところ、それは4月30日か5月1日に中欧や北欧で広く行われる行事のことらしい。

 元々は古代ケルトで暖季を迎える5月1日を季節の変わり目として祝っていたバルティナあるいはケートハブンと呼ばれる春の祭りの前夜がヴァルプルギスの夜などと呼ばれ魔女たちがサバトを開き跋扈するなどと伝えられていたそうだ。

 祭りの名前は、710年にイングランド七王国の一つ、ウェセックスで生まれた聖ワルプルガという聖人にちなんで名付けられたと書いてあった。

 だが、彼女が聖人に格上げされる、『列聖式』の日が5月1日だったから彼女の名前が祝祭と結びついただけであって、聖ワルプルガと魔女には何の関連もない。

 簡単に言ってしまえば、日本でいうところの『お彼岸』程度のものだ。

 確かにワルプルガ本人は女性だが、列聖されており、当然ながら魔女ではない。

 それにも関わらず、今日この見滝原市に来るという魔女の名前にまでされてしまった聖ワルプルガさんには同情を禁じえない。

 しかし、絶賛風評被害中の聖ワルプルガさんのことは一先ず置いておいて、現状のどうにかしないといけない。

 

 僕は今、見滝原市にある避難所に居る。

 『ワルプルギスの夜』という巨大な魔女の接近によって、暗雲が立ち込め、暴風が吹き荒れている状態だ。

 スーパーセルの前兆だと市長は警報を出し、大規模な避難が行われ、今に至る。

 避難所の窓の外から見える光景は本当に嵐のようにしか見えないが、不自然なほど湿気がなく、雨は一粒も降って来ない。

 それが僕には異様で、歪で、何より不気味に感じられた。

 

「政夫」

 

 後ろを振り返ると、白衣姿の父さんが立っていた。

 

「父さん。患者さんたちの方、見てなくて平気なの? 皆、ただでさえ怯えてるのに精神病の人たちなんかなおさら怖がってるんじゃない?」

 

「そうだよ。すぐ戻らないといけない」

 

 父さんの表情はいつものような穏やかな笑みはなく、引き締めた固い顔をしていた。

 父さんは僕が何か危険なことに足を突っ込んでいることを察しつつも、あえて聞かずにおいてくれた。他人ならどう思うか分からないが、僕としては理想的な放任教育だったと思う。

 子供としてではなく、一人の人間として接してくれたおかげで責任というものや自分の意志で行動することを学べた。だから、美樹や巴さんたちを手助けできるような人間に育つことができた。

 今回もまた、僕が何をしようとも放って置いてくれると思ったのだが……。

 

「ねえ、政夫。君が隠している事を教えてくれないか?」

 

 その問いには有無を言わせぬ強制力のようなものを感じた。

 詳しく説明をするには少しばかり難問すぎるので、惚けてかわしてみようと試みる。

 

「どうしたの、急に? 隠してることって言われても……」

 

「僕には今の政夫の顔はまるで死地に(おもむ)く兵士のように見えるよ」

 

 誤魔化しは効かないか。元々、相手の心理を探るテクニックを教えてくれたのは父さんだ。小細工など通用しない。

 

「……そんな顔に見える?」

 

「死を覚悟した悲痛な顔に見えるよ。少なくても僕にはね」

 

 誰が見ても平然としているように鏡を見て頑張ったつもりだったが、父さんには無意味だったようだ。

 長らく精神科の医師を勤めているせいか、それとも親故にの()せる(わざ)か。どちらにしてももはや隠し通せることではないようだ。

 

「分かったよ。……ニュゥべえ、出てきて」

 

「それは政夫の父親にも姿を見せる、という意味でいいんだね?」

 

 すっと部屋の端からオレンジのハンカチを首に巻いた白い小動物が姿を現す。小走り程度の速さで僕に近付くと、ひょいと大きくジャンプして僕の肩の上に乗った。

 父さんはほんの僅かに驚いた表情をした後にニュゥべえの首に巻いてあるハンカチに目を留めた。

 

「それは弓子の形見のハンカチだね。あげたのかい?」

 

「喋る小動物よりもそっちを気付く辺り、政夫の血筋を感じるよ」

 

 呆れと関心がない交ぜになった声でニュゥべえが言う。僕も同意見だ。喋る珍妙な生物が現れたことに対しては、さして驚きを見せてないのは凄い。ちなみに僕は旧べえを見た時は驚いて叫んでしまたので、そこら辺は父さんの方がおかしいと思う。

 

「初めまして。政夫の父の夕田満です。君は政夫の友達、でいいのかな?」

 

「そうだよ。ボクの名前はニュゥべえ。政夫の一番の友達さ」

 

 僕が呼んだ手前、ある程度友好的な存在だとは理解できるだろうが、よく分からない人語を解する小動物に平然と挨拶できるところは凄まじいと言える。

 ニュゥべえの方が会話の主導権を奪われそうになって困っているくらいだ。

 僕にどうしたらいいかと視線を送ってきたニュゥべえに僕は大丈夫と言うと話し始める。

 

「父さん。ニュゥべえを見てくれればで分かってくれると思うが、僕がこれから話すことは普通じゃ考えられないようなことなんだ。そこを理解して聞いて欲しい」

 

 

 魔法少女、魔女、インキュベーターについて。そして僕に起きた出来事をできる限り簡潔にまとめて話した。

 とは言っても時間にして一時間もかかっていない。()い摘んでそれとなく分かるように流れだけを説明しただけで、魔法少女が魔女になるということなどは言わずにおいた。

 父さんも間は黙って聞いてくれたおかげで想定よりも早く済んだのも要因の一つだ。

 

「今日、この異常な天気も魔女という異形の化け物のせいなんだ。下手をするここも襲われるかもしれない」

 

 今日のワルプルギスの夜の話まで言い終えた僕に父さんは尋ねてきた。

 

「……それで?」

 

「それで、って何が?」

 

「僕が聞きたいのは今、政夫が決死の表情をしている理由だよ。それ以外の事はどうでもいい」

 

 自分の住んでいる街に巣食う怪物やこれからやってくる危機のことを聞いても「どうでもいい」で一蹴して、核心を突いてくる。

 普通ならここで意識が逸れて、話題がずれていくだろうに……。本当にやりずらい。

 話を変える気など一切なく、僕の顔付きの理由……いや、僕がしようとしていることまで気付いているのだろう。

 それをあえて僕の口から言わせようとしている。恐らく、僕を止めるために。

 

「今、僕の友達の魔法少女たちがワルプルギスの夜を止めるために戦おうとしてる」

 

「それで政夫は今――何をしようとしているんだい(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 父さんは僕の目を射抜くような鋭い眼光を僕に向けている。ニュゥべえはそれを少し不安そうに見つめながら黙っていた。

 無理だ。話を逸らすことなどできない。父さんが聞こうとしているのは僕の真意だ。

 小さく息を吐いて僕は行った。

 

「彼女たちのために僕にできることをしに行こうと思ってる。……その際に、今日僕は死ぬかもしれない。でも、それは別に今日に限ったことじゃ……」

 

「僕が見てきた政夫の顔には余裕があった。リスクがあっても死なない勝算があったんだろう? 今回はどう?」

 

 それも見抜かれていたのか。確かに今までは命を落とすリスクがあっても、自分の中にそれ以上に自信や勝算があった。

 危険な博打だとしても、勝ち目があった。生き残る可能性が十分に残されていた。

 今回は、それがない。

 策はもちろんある。

 だが、それが上手くいっても、それでも僕が生き残れるかは分からない。

 

「勝算なんてないよ。でも、ここで何もしなくても危険なのは変わらない。だったら、せめて――命を懸けても僕の大切な人たちの力になれるように行動したい」

 

 僕が今日死ぬとしても、少なくともこの街でできた友達の命は守ってみせる。自分の命を粗末に扱うのだけは人より秀でている自信がある。

 

「誰のために政夫はそうまでしているんだい?」

 

「誰のため……?」

 

 急に変わった質問の方向性に戸惑い、オウムのように繰り返してしまった。

 自分の行動の根幹に誰が居るかを尋ねられるとは思っていなかった。思考の海から、これまでこの街であった友達の顔が浮かび上がる。

 まどかさん。美樹。志筑さん。巴さん。杏子さん。織莉子姉さん。呉先輩。ニュゥべえ。それから、中沢君。上条君。あと、まあ……スターリン君。

 そして――ほむら。

 皆が皆、僕に色んなことを、色んな思いを抱かせてくれた。

 自分がどれだけ無知だったのか、思い上がっていたのかを教えてくれた。

 人と関わるということを、人を本当の意味で好きになることを伝えてくれた。

 全員、掛け替えのない人たちだ。

 けれど、僕が命を懸けているのはきっと……。

 

「僕自身のためだよ、父さん」

 

 『誰かのため』ではなく、自分自身がそうしたいと望むから僕はどれだけ恐れていても死地に向かえる。この覚悟や意志を他の誰かのせいにはしたくなかった。

 例え、死ぬとしてもそれは全て僕の責任だ。

 

「そうかい。なら、僕に言う事はもうないよ」

 

 諦めたような悲しげな、でもどこか誇らしげな笑みをこぼすと僕の頭に手を置いて優しく撫でた。

 父さんに頭を撫でられるのはこれで二度目だ。普段はまったく子供扱いしないから、こういったスキンシップはほとんどない。

 視線を僕からニュゥべえに移し変えると、頭を下げ、静かに言った。

 

「ニュゥべえさん。今更ですが息子の事を頼んでも宜しいでしょうか?」

 

「任せてよ。何があろうと僕は政夫の味方であり続けるよ」

 

 頼もしいその言葉に僕は胸が熱くなるのを感じた。顔を上げた父さんも僕の思いを読み取ったのか優しげに笑った。

 

「いい友達を持ったね、政夫」

 

「うん。自慢の友達だよ」

 

「この街に来る前は表面的にしか友達を作らなかったようだけど、安心したよ」

 

 気付いていたのか、僕が結局誰にも心を許していなかったことを。

 それでも何も言わずに僕が自分で気付くまでずっと待っていたのだろう。

 こればかりは誰かに教えられても意味がない。自分自身で気付いて理解しなければ何の意味も持たないから。

 僕が思っていた以上に心配をかけていたようだ。自分では一人で何もかもこなしていたつもりだったが、実のところ父さんの放任主義に甘えていたのかもしれない。

 周りの人間のことを見透かしているような気になって、実の父親のことすらちゃんと分かっていなかった。

 父親にすら心の壁を張っていたことにやっと気が付いた。一体、僕はどこまで愚かだったのだろう。

 

「ねえ、父さん。僕さ、彼女ができたんだ。帰ってきたら紹介するよ」

 

「それは知らなかったな。どんな子なのか楽しみだよ」

 

 ようやく、僕は父さんと本質的な意味で家族になれたような気がした。

 本当はもっと早く理解できていればよかったのだが、頭の悪い僕にはこれがやっとのようだ。

 

「それじゃあ、父さん――行って来るね」

 

「ああ――政夫、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 父さんと別れ、風が吹き荒れる外へ出て行くために避難所の階段へ向かった。だが、その階段の手前に人影が見えた。

 そこに居た彼女は僕を見つけると、待っていたかように微笑んだ。

 

「ここで待ってれば、必ず来てくれると思ったよ」

 

「まどかさん……。家族の人たちはどうしたの? 一人でこんなところに来たら心配するよ?」

 

 そこに居たのはまどかさんだった。彼女は階段の傍にある壁に背を預けている。

 

「それは政夫くんだって同じ事でしょ?」

 

「僕はちゃんと許可をもらったからいいの。ほら、早く戻らないと」

 

 避難民が大勢集まっている中央の広場に帰るように僕が言うと、まどかさんはそれを遮るように喋り出す。

 

「政夫くんはほむらちゃんたちのところに行くつもり何だよね? それなら……」

 

「君は連れて行けないよ、まどか」

 

 まどかさんの台詞に被せるようにそう言ったのは僕ではなく、ニュゥべえだった。

 ずっと僕の肩に乗っていたニュゥべえは、肩から飛び降りるとまどかさんを見上げた。

 

「ここからは命の保障はできない。まどかは外へは連れて行けない」

 

「ニュゥべえ……」

 

 同行を拒否され、悲しげにまどかさんはニュゥべえの名前を呟く。それでもニュゥべえは頑として意見を変えるつもりはないようで、凛とした態度を崩さない。

 当たり前だが、僕もその意見には賛成だ。わざわざ、まどかさんを渦中の最中に連れて行くなど狂気の沙汰だろう。

 皆が戦うのに自分だけ避難所で安寧を貪っていることに耐えられないのは、彼女の性格を知っている僕にはよく分かるが、それでも彼女はここに居るべきだ。

 目線を上げてニュゥべえから僕に移したまどかさんの瞳は、訴えかけるように僕を映す。

 

「政夫くん……。私も一緒に連れて行ってほしい。何もできないかもしれないけど……それでも何も知らないまま安全なところでじっとしてるのはっ!」

 

「まどかさん」

 

 強い調子ではなく、静かで穏やかな口調で僕は彼女の言葉を打ち切らせ、拳の形に握っているその手をそっと包むように両手で握った。

 

「まどかさんは僕やほむらさんが無事に帰ってくることを信じて待っていてほしいと思ってる」

 

「でも……でも……!」

 

 今、まどかさんを支配しているのは不安だ。自分の身に迫る不安ではなく、大切な友達が自分の目の届かないところで死んでいってしまうのではないかという不安。

 それは知らない内に自分の世界が壊れていくような恐怖だ。ただただ、何もかも取り返しの付かなくなった最悪の結果だけを押し付けられる辛さは僕には痛いほど分かる。

 

「不安だよね。僕も同じだよ。きっと悪い結果になる可能性の方がずっと高い。でもね、だからこそ、まどかさんはここで皆の無事を信じていてほしい」

 

 綺麗事を吐いているという自覚はある。しかし、この綺麗事は決して無意味だとは思わない。

 

「普通ならとても信用できそうにないことだからこそ、不安を堪えて信じて待ってくれる人が居るだけで力になる。少なくても、僕はまどかさんが信じてくれていれば心強く感じられる。だからさ、お願いできるかな?」

 

 この街に来たばかりのことでは絶対に思わなかった。何もかも乾いた目で見ていた僕には絶対に分からなかった。

 けれど、今なら思える。今なら分かる。

 人に信じてもらえることは大きな力なのだ。目には見えなくても確かに存在する偉大なものだ。

 

「まどかさんにしか頼めないことだ。どれだけ無謀で、確証のないことかを理解しているまどかさんが心の底から信じてくれるなら、きっとそれは現実に変えられる」

 

 僕の手のひらの中にあるまどかさんの拳が次第に力が抜け、広がっていくのが分かった。

 それから、再び力を込めて僕の手を握り返してくれた。

 

「信じるよ……。私にそうすることで政夫くんの――皆の助けになるなら、私はここでずっと信じて待ってる」

 

 桃色の瞳には不安よりも、強い意志が如実に現れていた。そして、それに呼応するようにそこに映る僕の顔も希望に満ちていく。

 

「だから、絶対に帰って来て。ほむらちゃんたちと一緒に!」

 

 やっぱり、この子は強い女の子だ。初めて好きになったのがこの子で良かった。

 恋をしたことを誇りに思えるほど、素晴らしい。

 今はもうほむらの方が大切だけど、まどかさんを好きになったことは後悔していない。

 

「うん。約束するよ。絶対に皆と帰って来る」

 

 こんなに自信を持って、守れるか分からない約束をしてしまうほどに僕を変えたのは確実にまどかさんだ。

 人を愛せるようになったのはまどかさんを好きになったからだ。

 ならば、この恩は約束を果たすことで変えそう。

 僕はそう思い、彼女を背にして階段を下りて行く。

 あれだけ重たく心に()し掛かっていた死ぬ覚悟はまどかさんとの約束によって生きる覚悟に変わっていた。

 希望を振り撒くのが魔法少女だというのなら、今の彼女は僕にとっては間違いなく、『魔法少女』と言えるだろう。

 




……まどかのヒロイン力が高すぎて困ります。

今回はずっと出せなかった政夫の父親との会話がメインです。人に頼ることが下手くそな政夫はようやく父親との本当の意味で語らうことができました。
本来は上条君や中沢君たちとも話させたかったのですが、テンポがあまりにも悪くなそうなので止めました。ちょっと、残念です。

次回は魔法少女たちの視点で書くと思います。あと、三話では終了は無理ですね。多分五話くらいは必要になりそうです。

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