「あ、グリーフシードをどうにかしないと!」
お互いのアドレス交換が終わると、巴さんが突然思い出したように言った。
ああ、そういえばグリーフシードって魔女の卵なんだったっけ?
「今まではどう処理してたんですか?」
「いつもはキュゥべえが食べてくれるんだけど……」
巴さんは形のいい眉を八の字型にして、困った顔をした。……あー、殺されちゃったからねー、支那モン。
殺した張本人の暁美を見ると少しも悪びれたようすもなく、気取ったポーズで髪をファサッとかき上げた。『ファサッ』じゃねーよ。どうしてくれんだよ。
死骸(しがい)とかした支那モンへ目をやると、そこには白く崩れた支那モンをおいしそうに食べる支那モンが、って……え?
「のおおおおおわああああぁぁぁぁぁぁ!!?」
『がつがつがつがつ……きゅっぷい。政夫、いきなり奇声を上げたりしてどうしたんだい?』
崩れた支那モンを食べ終えた支那モンがさも不思議そうに聞いた。
なんだ、こいつ……。いや、支那モンは「ボクら」と言っていたから複数匹いるのは分からなくもないが、なぜ死骸を食べた?共食いか?それとも……。
「キュ、キュゥべえ!あなた死んだんじゃ……」
『そうだよ、マミ。さっきの肉体は駄目になってしまった。まったく、
『前の支那モン』と変わらないトーンで支那モンは暁美の事を非難するように見た。『睨んだ』ではなく、あくまで『見た』だ。そこには仮にも仲間を殺したほむらへの憎しみも悪意も感じられない。
前の支那モンと記憶を共有しているのか、それとも意識までも共有しているのか、何にしても「勿体ない」で済ませるとは……つくづく人間とは価値観が違うな。
支那モンに文句を言われた暁美は特に気にしたようすもなく、トレードマークの無表情で驚愕に染まった巴さんのグリーフシードを勝手に取ると支那モンに放った。
「ほら、
『餌とは酷い言い草だね』
支那モンの背中の模様のある部分がハッチのように開くと、そこにグリーフシードが入っていった。
これが支那モン側の魔女退治のメリットであるエネルギー回収か。
自分で魔法少女を作って魔女に変える。それを魔法少女に倒させて、グリーフシードにする。壮大な自作自演だな。
だが、ここでそれを巴さんに話せば、張りぼてメンタルの巴さんがどうなるかは簡単に想像がつく。未だに支那モンに信用を置いてるみたいだし、今は教えない方がいいな。
「待ちなさい。夕田政夫」
その後、表通りで巴さんと支那モンと別れて、家まで帰ろうとした時、暁美に急に呼び止められた。
と言うと、まるで僕が暁美の行動に驚いているように聞こえるが逆だ。僕はこうなることをあらかじめ予期していた。
「何かな?暁美さん。僕はこれから家に帰って、夕飯のお米をとがなきゃいけないんだけど?」
しかし、あくまで顔には出さない。あからさまに面倒くさそうな表情をする。
暁美は僕に『何を』、『どこまで』知っているか聞いてくるはず。だから、逆にそれを利用して暁美の持っている情報を聞き出す。
「貴方は一体どこまで知っているの?」
ほら来た。
思った通り、暁美は駆け引きが苦手のようだ。聞き方がストレートすぎる。コミュニケーション能力の低さが
「う~ん?何が?取りあえず、君のスリーサイズは知らないけど?」
「ふざけないで・・・!」
「まあまあ、落ち着いてよ。暁美さん。とりあえず、立ち話もなんだし、そこのファミレスにでも入らない?」
僕はそういうと暁美の返事も待たずに、ファミレスの中に入っていく。
駆け引きで一番重要なのは相手のペースを乱し、なおかつ自分のペースに持ち込むこと。
「な、待ちなさい!」
「すいませーん。2名。禁煙席お願いします」
ウェイトレスの案内に従い、席に腰掛ける。そろそろ夕食時なので人が多かった。
父さんに外食することをメールで伝えると、メニューを広げて笑顔で暁美に話しかける。
「暁美さんは何食べる?僕は夕飯に響くと困るから、デザート系にしようかな。あ、せっかくだから、男一人じゃ頼みにくいチョコレートパフェなんか頼んじゃおう」
「貴方は私をおちょくっているの?夕田政夫」
暁美はすこぶる不機嫌な顔で僕を睨む。まあ、ここまでされれば誰だってそう思うよね。
しかし、いくら怒ろうともここでは銃を出して
「暁美さん。そのフルネーム呼ぶの止めない?うっとうしいし、厨二病っぽいよ?それにさ、暁美さんの態度って、どう聞いても人にものを頼む態度じゃないよね?」
暁美はうつむくと、ぎりっという音を出した。多分、歯をかみ締めたな。
僕は内心結構ビビリながらも、情報を聞き出すために程よく暁美を怒らせる。
無口な人間ほど怒ると
「……政夫。貴方が魔法少女について、どこまで知っているか教えてもらえないかしら」
頭を下げて、僕に頼んできた。でもなぜ名字じゃなく、名前で呼ぶの?そんなに親しくないだろう。
なかなか耐えるじゃないか。ここまで行くと、いっそのこと情報を小出しにして、普通に聞き出すのも手かもしれない。
「暁美さん。君はどこまで知っているの?まずそれが分からないと僕もどこから話せばいいか分からないよ」
「
おいおい。さらっとかなり重要な情報
ソウルジェムが魔法少女の魂?なるほどな。だから、僕がソウルジェムの材質を聞いた時、支那モンは話さなかったのか。……当然ながら、巴さんは知らないんだろうな、きっと。
「インキュベーターってのは支那モン、キュゥべえのことでいいのかな?」
「ええ、そうよ。あいつらの本当の名前は
支那モンの本当の名前?どうやって知ったんだ?流石に暁美自身が勝手につけたってわけではないだろう。まあ、いいや。それより、暁美の質問に正直に答えてやるかどうかだが……ここは正直にいくか。
「宇宙からエネルギーを求めて来た生命体で、グリーフシードをエネルギー源として集めてるってことぐらいかな?エントロピーだったっけ?」
「もうそんな事まで知っているの?!」
暁美は大きな声と共にテーブルに身を乗り出した。うわッ。止めろよ。他のお客さん、びっくりして見てるよ。
集団の中で生きる能力がない人間は、人目を気にしないから嫌だ。
「暁美さん、落ち着いて。それで暁美さんはどうやってその『魔法少女に関する秘密』を知ったの?」
そこがまず問題だ。支那モンは暁美のことをよく知らないようだった。つまり、支那モンから直接聞いた可能性は低い。でも、暁美の方は支那モンや魔法少女について知りすぎている。
暁美はしばらく思い悩むように黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「私は一ヶ月後の未来から来たの……」