艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『22 間宮納涼祭』

 この世界における軍隊の作戦行動は主に五十二日七周期で一年を回転させている。

 三百六十五日を七周期でわけた場合、五十ニ日づつに割ることができるのだ。――がしかし、そうした場合一日の余剰が生まれる。

 

 この一日は一切の作戦行動が行われないため、全ての執務等も停止し、完全な休日に充てられることになっている。このの休日をいつ取るかは各基地の裁量に任されているが、満達の鎮守府は夏の真っ盛りに取ることが決められている。

 

 この休日は満たちの鎮守府には、ある単語に置いて呼ばれる。

 

 “間宮納涼祭”――と。

 

 給糧艦『間宮』という艦娘に食糧を供給することを目的とした艦艇であるところの間宮を、鎮守府に呼び、そのアイスを振る舞ってもらうことがメインのイベントだ。

 とはいえ間宮は一人しかいない上、あらゆる基地でひっぱりだこの存在である。そのため、間宮だけでなく食堂のスタッフが総動員して作ったものを自由に食べることができる、というイベントだ。

 ここに来て間もない満に対し、某艦娘がこのイベントをゴリ押しして以降、某秘書艦の強烈なプッシュもあってか、今後も恒例になると目されている。

 

 今日は納涼祭当日。

 

 仕事ない司令室は現在ひとりきりで閑散としている。普段であれば島風や他の艦娘達が様子を見に来ることもあるが、今日はそういう様子もない。

 ここで自分がこうしているのは、書き物が煮詰まったための気分転換だ、別に私室に戻っても問題はない。

 

 納涼祭といえば、と去年のことを思い出す。何やら島風が鎮守府中を逃げまわっているためかなり遅くになったが、当時のメンバー一同で写真をとったのだ。その時の写真立てが司令室のデスクに飾られている。中央に座る満とその左後ろに赤城。右に島風と、そして広がるように他の面々が写っている。

 今年は龍驤と金剛が加わって、賑やかな写真となるだろう。

 

「あ、こちらにいらっしゃったのですね?」

 

 書物をしていた手を止めて見上げると、司令室の扉を開けて入室する間宮と呼ばれる女性の姿が目に入る。アイスを携え柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「お一ついかがですか?」

 

「いえ、ご遠慮します」

 

 そう言うと、再び書き物に目を落とす。間宮が困ったように笑むと、それから再び退出していった。もったいないことをしたかと思うが、気にするようでもないかと一人納得する。

 

 陽は凡そ天に届こうかというところ。

 

 夏は未だ終わる気配はない。今日はいい一日になるだろうと、どこか他人ごとのように考えた。

 

 

 ♪

 

 

 満が司令室を出ると、廊下にいた赤城と相対した。どうやら向こうは移動中だったようで、会釈をすると入り口そばに留まる。

 ちらりと視線を手元に落とすが、すぐに気にした様子もなく赤城は満と向き合った。

 

「こちらにいたのですね、満さん」

 

 なんだかむず痒いような名で呼ばれて、思わず頬を掻く、むず痒いというよりも不思議、といったほうが近い感覚だろう。普段が提督としか呼ばれないだけに、公私を分けて呼んでいるとはいえ、名前で呼ばれるのは新鮮味がある。

 

「僕を探していたの?」

 

「それもありますが、少しアイスをいただこうかと。間宮さんを知りませんか?」

 

「あー、彼女はもう帰ってしまったよ。納涼祭はここ以外でもやるからね」

 

 そうですか、と赤城は残念そうに言う。

 しゅんとした様子であったが、すぐに切り替えると、満に小さな疑問を投げかける。

 

「満さんはどうして司令室に? 今日は仕事もありませんし、用もないのでは?」

 

「うーん、私室よりこっちのほうがいいと思ったんだ。だからちょっとね」

 

 簡単に理由を話すと、赤城も納得した様子だった。

 幾つか言葉をかわして、それから赤城と別れる。短い時間であったが、中身は充実したものであった。

 

 

 ♪

 

 

 満が外に出ると、日が照り始め夏の陽気が周囲を圧し始めている頃だった。これから食堂に向かおうとも思ったが、なんとはなしに足を波止場に向ける。

 中々に侘しい場所に造られた交通網“だけ”は整備されている鎮守府で、心を休められるような絶景は、大海原の水平線だけだ。ふと気が向けば、よく満はそこで時間を潰していた。

 退屈が静寂を求めるのだろう。ただ喧騒に身を任せるよりも、ひとりきりの静けさを楽しんだほうが、よっぽど生産的と言える。

 

 少し、センチメンタリズムに満ちた詩人のようにも思えて気恥ずかしいが。

 

 提督としてこの世界にやってきてもう一年と半分以上が過ぎようとしている。どうやらこの体は艦娘と同様に――暫くの間かどうかは、今はマダ分からないが――年を取らないようだ。

 初めてこの世界にやってきた時と同じ目線で、海は満の視界に入ってくる。

 

 ただ、見えているものは大分変わった。海の向こうに深海棲艦や別の国が“在る”ということもなんとなく実感するようになってきた。

 この世界における南雲満が、南雲満であるということも。提督として、自分ができる最良と呼べることも、見えてきた。

 

 知識をつけるという目標ができた。

 深海棲艦のこと、南雲機動部隊のこと、鎮守府のこと、艦娘のこと。知るべきことはごまんとある。数えきれないくらい、とても。

 

 

「おーい、提督ー!」

 

 

 ふと、聞こえてきた声に意識を浮上させる。日はだいぶ照ってきているが、さほど時間が経ったようには思えない。ほんの数分、自分自身を精神に埋没させていたようだった。

 

「あー、天龍かい?」

 

 振り返りながら声の主に当たりをつける。見れば天龍だけでなく龍田も、そして第六駆逐隊の姿もあった。――ただし、響の姿はない。

 最近は遠征の帰りに、この顔ぶれを眺めることの違和感もなくなってきた。天龍の水雷戦隊旗艦としての指揮力は天才的であるし、龍田は人心掌握に長けるようだ。まぁ、掌握されているのは暁達なのだが。

 

「おう、天龍以下第二艦隊、一人をのぞいて全員集合だ」

 

「ははは、なんだか堅苦しいな。今日くらいはゆっくりしてもいいんだよ?」

 

「こういうのは形が大事って言うじゃない! 私たちも一人前の艦娘なんだから、こういうところはしっかりしないと行けないのよ」

 

 暁が、したり顔でそんな風に言う。

 が、しかしそれに雷が苦笑気味に言う。

 

「だったらまず、敬語を上手く使うところからやらないと、形からになってないんじゃない?」

 

「もう、雷は揚げ足をとりすぎよ。それに、敬語なら私だって使えないわけじゃない、です、し」

 

 別に普段の口調から敬語が飛び出さないことはないが、大人のまね事のようなものであり、正しい敬語が使われているかといえばそうでもない。

 そも、大人ですら正しい敬語など怪しいものだが。

 

「そういえば、響はどうしたの? このメンバーに響がいないのは少し珍しいけれど」

 

 どちらかと言えば受動的な響が、自主的に行動を起こしているということだろうか、答えたのは電だ。暁と雷が未だに言い合いをしていて、手が開いていたのが電のみだったのだ。

 

「えっと、さっき急に島風さんを見つけて、連れ立っていっちゃったのです……お話、をするみたいです」

 

 そこはかとなく胡散臭い表現であるが、とにかく電のいう“お話”をするために今はここにいないらしい。さっきというのがいつかは知らないが、それほど前ではないだろう。

 

「島風の奴、ついに捕まったか。油断したか? らしくない」

 

「さすがに年貢の納めどきだと思ったんじゃないですか? もう、だいぶ響ちゃんに行動パターン読まれてたみたいだしぃ」

 

 満の苦笑に龍田が合わせる。

 ここ最近は見慣れた光景であったが、どうやらついに決着がついたらしい。

 というのも去年の納涼祭前後から、響と島風の間で何やら逃走劇が繰り広げられていたのだ。何やら響が島風に話があるらしいが、島風がノリ気でないのだ。

 

 第一艦隊と第二艦隊は業務が違うため中々休暇が咬み合わない。時折噛み合ったと思えば、そのたびに島風と響は同じように逃走と追走を繰り返していた。ようやく、といった感想が鎮守府全体のものだろう。

 

「それでさ、……ほら暁、お前が渡すんだろ? いつまで言い争ってるんだ」

 

 パンパンと天龍がなだめるように手をたたきながら言う。渡す、と言われて満が目を向けると、どうやら暁は何やら袋を抱えているようだった。

 両手にぎゅっと抱きしめて、至極大事そうに抱えている。――そのせいか、今は暁が駄々をこねる子どものようにしか見えないが。

 

「だって、雷がこっちのクサイところをついてくるんだもの!」

 

「私は暁が立派になってほしいだけよ!」

 

 端から見れば子どもの言い争いのような微笑ましさもあるが、それでもどちらかと言えば雷の方が一枚上手だ。と、いうよりも、世話好きということもあるだろうが雷は、こういう時妙に世話を焼きがちだ。

 響曰く、母親のよう。

 

「……つーか、クサイところってなんだ。痛いところだろ。野球か?」

 

 突っ込むようにしながら、しかし楽しげに天龍は笑った。

 

「まったく、そんなんじゃいつになっても一人前のレディーってのにはなれねぇな。大変なんだぜ、一人前ってのはさ」

 

「な、何を言ってるのかしら? わ、私は一人前の女の子、立派なレディーウーマンなのよ」

 

 無い胸を張る暁。しかし天龍に声をかけられて一応気を取り直したようだ。とことこと波止場の際に立つ満の横に並ぶと、振り返った満に、はい、と手に持った袋を手渡す。

 その表情はどこか堅い。

 

「というわけで司令官、本日はお日柄もよくなのです……って、長ったらしいわ」

 

 ぽつぽつと言葉を並べようとして、しかしすぐに引っ込める。改めて、といた様子で、今度はくったくのない笑みを浮かべると……

 

「一年間お疲れ様です! 私たちはあんまり司令の助けにはならなかったかもしれないけど、それでも司令がすっごく頑張ってたのは知ってます。だから、はい、お礼……かな?」

 

 そう言って、ぐいっと袋を差し出した。

 満は少しだけ呆けた顔をして驚くと、すぐに気を取り直して笑みを浮かべる。自然と意図せず漏れたものだ。すぐに気がついたものが、気に留めることはしなかった。

 

「ありがとう、えっと、開けてもいいかい?」

 

「むしろ開けてほしいかな。ちょっと不思議なプレゼントだし」

 

 後ろから、龍田が答える。天龍と雷が、苦笑して電が恥ずかしそうにしているのが見えた。暁は全く気にした様子もない。

 

「じゃあ……と、……………なるほど」

 

 蝶結びになったリボンを優しく解いて、袋を広げて出てきたのは、幾つもの紐が輪を成して出来上がった、首飾りのようなものだった。

 不思議だというのは、解る。だがまぁ、これが何故こうなったのか、わからないわけではない。

 

「これは……ミサンガをつなげたんだね」

 

 言いながら、袋を更に漁ると、更に一つのミサンガが出てきた。小さなものなので、一緒に入っているとこちらは気が付かないかもしれない。

 

「最初は電が一人で作ってたのを俺が手伝ったんだけどよ、いつの間にか暁が一心不乱に作り続けてな、どうしようもなくなったんで繋げたんだ」

 

 ふんす、と暁がえばっている。満はそれに苦笑して、電に向けてありがとう、と告げる。少しだけ気恥ずかしそうにして俯いた電は、どういたしまして、とそれに返した。

 

「さすがに、首飾りは司令室に飾っておいたほうがいいかな。写真と一緒にしておくよ。ミサンガは……付けておこうかな。ありがとう、大切にするよ」

 

 ミサンガを大切にしても意味は無いだろうが、それでも無碍に扱うつもりはない。そういえば、と満はミサンガに気を使いながら腕を組み、

 

「願い事、どうしようかな?」

 

 ふむ、とそれに対して全員が思考に沈む。暫くは沈黙が続いて、それから天龍がポツリと、言葉を漏らした。

 

「――“一人前”の提督になる。なんてのはどうだ?」

 

 満の顔つきがはっとしたようなものに変わる。

 

「……一人前、か」

 

 感慨深げにそう呟いて、満はそれから一つ頷いた。

 

「うん。それがいい、すごく――いいね」

 

「じゃあ決定ね! 司令も頑張らなきゃダメよ?」

 

 ピシっと人差し指を突きつける暁、見上げるようなそれは、雷のような慈愛はない。それでも、とても真っ直ぐで、汚れのないものであることはすぐに分かった。

 笑みを少しだけキリッとしまるものに変えて、満は力強く頷いた。

 

「……あぁ、任せてくれ」

 

 満の言葉に、その場にいる全員が、満足そうに同意するのだった。

 

 

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 7

 

 

 互いの弾幕が空を駆け抜ける。長門の横を、ル級エリートの放つ砲弾が駆け抜けた。海に絶え間なく飛沫が上がる。主砲の突き刺さる盛大なものに、機銃の突き刺さる控えめなもの。

 そして艦載機の墜落する直線的なもの。

 

 正規空母四隻を有する日本海軍主力艦隊は、遊々と制空権を奪取、開幕爆撃は、日本側は無傷、敵側はル級エリート二隻の小破により終了となった。

 小破、とはいっても戦闘続行は十分可能だ。そしてその主砲を直接受ければ、当然長門や陸奥といえどもただではすまないだろう。

 

「陸奥、押し負けるな! 弾幕を張り敵の砲撃からなんとか持ちこたえてくれ! 私たちが持ちこたえれば後は空母連中がなんとかする!」

 

「言われなくても! でも、一発を貰えば厳しいのは貴方も同じよ? わかってるのよね、長門!」

 

 互いを叩き合う様に言葉を交わす長門と陸奥。激しい言葉の応酬は、全くの無駄にも見えるがそうではない。彼女たちは声から互いの位置を把握し、上手く距離をとってコンビネーションを発揮している。

 しかもそれだけが目的ではない、互いを鼓舞する意味も、この言葉の全力投球には篭っているのだ。受け取った側は、相手に負けて入られないと奮起する。それが彼女たちのやり方だった。

 

 

 砲撃のやりとりを敵と行う長門達の後方で、空母四隻、特に赤城と加賀は身を寄せ合って的を絞り、敵の砲撃をやり過ごしていた。

 

 現在、空の支配は赤城達にある。しかしそこから戦艦ル級達を撃滅するための決定打を見いだせていないのは事実であった。

 無論、敵の抵抗が瓦解するのは時間の問題で、それを行うための詰めを現在は必死に行っている最中なのだが。

 

「このままでは長門さん達が瓦解しかねません。赤城さん、第二次攻撃隊、発艦しますよ?」

 

「わかっています。今――行け!」

 

 引き絞った弓から、艦上攻撃機“天山”が連続して発艦される。同時に帰還した艦戦、“零式艦戦52型”が肩にかかった飛行甲板を駆け抜け空気に溶けて消えてゆく。

 艦戦が補充された矢筒から、しかし取り出すのは艦上爆撃機“彗星”。天山と彗星からなる敵艦撃滅を目的とした攻撃部隊が、空を切り裂き駆けてゆく。

 

 機銃が、その隙間を貫いた。対空のため装備されたル級の副砲は、今すぐにでも艦載機を押し返そうと空を覆い奮戦している。

 しかし、いかんせん精度の悪いそれは、艦載機の撃墜には至らない。

 

 時折航空機を掠めても、さほど問題はなく、装甲が剥げ落ちる程度。赤城達の艦載機は止まらない。

 

 直後、加賀の艦攻がル級エリートを貫き――ル級はあえなく轟沈。そしてもう一隻のエリートも、飛龍の艦爆による一撃で大破炎上、正常な戦闘続行能力を失った。

 

 ここまでは、想定通り。長門たちは、順調に艦隊決戦を優勢のまま進めていた。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、コンニチワ!

夏の暑い日にピッタリなお話なのです!
……ツッコミ待ちじゃないですよ?

次回更新は12月13日、ヒトロクマルマルです、良い抜錨を!

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