仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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躊躇

 

 昨日の昼間から降り続いた雨は、早朝には止んでいた。

 

 だが、空は依然灰色の雲が立ち込めており、またいつスコールが降り出してもおかしくないような張り詰めた緊張を孕んでいた。

 

 もしかしたら、この空は世界の終わりまで青い姿を取り戻すことは無いのかもしれない。

 

 そう思いながら士はベッドから四角い窓に切り取られた空を見上げていた。

 

 その時、鉄製の扉を開いて海東が部屋に入ってきた。手には昨日と同じように洗面器が握られており、それを士に差し出した。

 

 洗面器の中には昨日と同じように硬そうなパンが二つ放り込まれていたが、士はそのパンの上に何かが置かれていることに気づいた。昨日は無かったものだ。見ると、それは四角いカードだった。士はパンではなくそのカードを手に取り見つめた。そこには仮面ライダーカブトの姿があった。

 

 その姿を認めた瞬間、士は海東へと目を向けた。海東は何も言わずにパンを頬張っている。士は海東の胸倉を掴んで引き寄せ、カードを掲げた。

 

「これはどういうことだ? 海東」

 

「どうもこうも、見たとおりだよ。仮面ライダーカブトのカードだ」

 

 海東の答えに、士は責め立てる様な口調で怒鳴った。

 

「俺はそういうことを訊いているんじゃない! 何故、お前がカブトのカードを持っている?」

 

 士は海東の胸倉を掴んだまま、真っ直ぐに海東を睨みつけた。その眼を不審そうに見返して、海東は尋ねる。

 

「何をそんなに怒っているんだい? 士。ライダーを一人殺す手間が省けたんだからいいじゃないか。何の問題がある?」

 

「これは俺に課せられた役目だ。誰にも渡すつもりはない。全てのライダーは俺が破壊する」

 

 士が発したその言葉に海東は吹き出して、場違いな笑い声を上げた。

 

「何が可笑しい?」

 

「いや。君の言い分があまりにも面白かったからだよ、士。それで格好つけているつもりかい? 全ての罪は自分が背負って、誰も苦しめたくない、背負わせたくないって? 中々傲慢だね、君は」

 

 海東の言葉に、士は激昂したように叫んだ。

 

「黙れ! お前に、何が分かる」

 

「分からないよ、何も。君が怒る理由も、君が背負っているものもね。でも、これだけは分かる」

 

 その時、士は胸元に冷たい鉄の感触を覚えた。視線を落とすと、海東の握った銃が向けられていた。海東は先ほどまで笑っていたとは思えないほどの冷たい目つきで士を見つめ、口を開いた。

 

「君をカブトと戦わせていたら君は確実に死んでいた。それだけは阻止しなければならない。昨日も言っただろう? 君は僕が倒す。誰にも奪わせやしないってね」

 

「……なら、今俺を撃てばいいだろう」

 

 士の言葉に海東は笑いながら返した。

 

「そんな勿体無い事はしないよ。万全の君とじゃなきゃ面白くない。今は身体を休めたまえ、士。それが出来ないのなら、ここで引き金を引いても構わないけどね」

 

 その言葉の後、士は海東と睨みあったまま暫く沈黙していた。

 

 だが、その沈黙も士が海東から手を離したことで終わった。海東も士から銃口を外し、またパンを頬張った。

 

 士も洗面器に入ったパンに手を伸ばし、齧りついた。相変わらず味は無かったが、昨日と違い飲み込むことが出来た。一日以上何も口にしていなかった士の胃が、僅かに軋むような痛みを発したが、それでも吐き出すような事はしなかった。

 

 海東は自分の分のパンを食べ終わったのか、立ち上がり洗面器を持って扉のほうへと歩いていった。その背へと士は呼びかける。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

「気分転換の散歩にでも行ってくるよ。あと、部屋に彩りが足りないね。花でも適当に見繕ってこよう」

 

 海東が部屋を見渡しながら発したその言葉に士は不機嫌そうに応じた。

 

「余計なものはいらない。さっさと出て行け」

 

 その言葉に返事をせずに、海東は部屋を後にした。

 

 扉の閉まる乾いた音が、灰色の部屋の中に残響する。

 

 海東の気配が完全に消えたことを確認してから、士は先ほどのカブトのカードと今までのカードを合わせて、手元で手繰りながら呟いた。

 

「あと四枚。キバと、電王、剣。……そして、クウガ」

 

 士は躊躇いがちにその名を口にした。クウガはかつて共に旅をしたユウスケだ。しかし、ユウスケもライダーの一人。全てのライダーを破壊するというのならば、ユウスケも手にかけなくてはならない。

 

 果たしてそれが出来るのか。士は自身に問いかけるように右手を見つめた。今まで多くのライダーを屠ってきた手だ。爪の先まで鮮血で汚れた悪魔の手。

 

「……やってやる。俺は、全ての破壊者だ」

 

 言って、右手を強く握り締める。ライダーを破壊するしか、今の自分に残された道は無い。

 

 だが、全てのライダーを破壊した後、自分はどうなるのだろうか。

 

 頭の中をふと過ぎったその疑問に、士は握り締めたはずの右手を開いてまた見つめた。

 


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