仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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氷雨

 

「何の用かな。こんな雨の中、突然訪問してくるなんて正気の沙汰とは思えないんだけど」

 

 青い傘を差しながら、海東は外に出ていた。闇の中に浮かぶ白い姿と対峙する。白い姿の主は、背が高く歳若い青年だった。灰色の景色の中でも映えるほどの鋭い目つきをしており、傲慢そうな口調で青年は言葉を発した。

 

「用など、最初から知れているだろう。すぐそこにディケイドがいるはずだ。手合わせ願おう」

 

「悪いけど、今の士は戦える状態じゃないんだ。お引取り願えるかな?」

 

「素直に従うと思うか?」

 

「だろうね。君はここで引き下がるような男じゃない。天道総司。――いや、仮面ライダーカブト」

 

 その言葉に天道は僅かに眉を動かし、海東を睨みつけた。

 

「そこまで分かっているならばなおさらだ。そこを通してもらう」

 

「さっきも言ったろう。今の士はとてもじゃないが戦える状態じゃないんだ。その代わりと言っちゃなんだが――」

 

 海東が青い傘を捨て去る。その手には青い長大な銃器が握られている。

 

「僕と戦わないか。自分で言うのもなんだが、僕は士よりもいい相手になると思うよ」

 

 海東の銃が天道を真っ直ぐに捉える。それを見た天道は鼻で笑いながら言った。

 

「面白い。だが、俺は天の道を往き、総てを司る男だ。目の前の敵が一人増えようとも、何も変わりはしない。結果は初めから決まっている」

 

 その時、天道の元へと羽音を響かせながら飛来してくる物体があった。それは赤いカブトムシの姿をしていた。だが、海東はあれがただのカブトムシではないことを知っている。あれはゼクターと呼ばれる機械だ。

 

 カブトゼクターは雨粒を強固な翅で切り裂きながら、天道の手元で静止した。それを天道は掴み、翳すように構えて言った。

 

「変身」

 

 天道はカブトゼクターを腰に巻かれたベルトのバックル部へと横から差し込んだ。瞬間、腰のベルトから全身に向けて六角形の粒子が結合し合い、鎧となって構築されていく。

 

 直後に現れたのは戦車のような鎧を纏ったごつい姿をした灰色の巨体だった。それのひとつしかない青い複眼が灰色の闇の中に映える。

 

 海東は笑みを浮かべながら、懐から一枚のカードを取り出した。銃身をスライドさせ、その中にカードを挿入し、銃身を元の位置に戻す。すると、『カメンライド』の電子音声と共に銃身にディエンドを模したオレンジ色のホログラムが展開された。

 

 そのまま、海東は青い銃器――ディエンドライバーの銃口を天に向け静かに言った。

 

「変身」

 

 その言葉と共に引き金を引く。

 

 瞬間、『ディエンド』という音声がスコールの音を割って鳴り響き、銃口から青い板状のものが射出され空中で固定される。それと同時に、虹色の影が海東を中心として動き回る。

 

 虹色の影が海東に固定された瞬間、海東の姿は黒いディエンドになっていた。その直後、青い板状のものが海東に向けて落下してくる。それが海東の身体を貫き、黒いディエンドの姿が青く染まる。眼の無い異質な顔が、カブトを視界の中に捉える。カブトもまた、青い複眼でディエンドを睨みつけていた。灰色の景色の中、二つの視線が交錯する。

 

「まずは、こちらからやらせてもらう」

 

 ディエンドはそう言いながらカードを取り出し、ディエンドライバーに挿入する。『カメンライド』の電子音声が鳴り響き、ディエンドはカブトに向けてその銃口を向け、引き金を引いた。

 

『ライオトルーパー』の音声と共にその銃口から飛び出したのは弾丸ではなく、三つの虹色の影だった。その虹色の影はスコールに晒されながら、徐々に輪郭を持ち始める。

 

 その三つの影は先に戦ったファイズとほとんど同じ姿をしていた。違うのは体色が茶色であるということと、複眼の色が灰色であるということだ。

 

 これがディエンドの能力の最たるものだ。別の世界のライダーを召喚し、手駒とする。

 

「ファイズの世界のシステム。ライオトルーパーか。そんな雑魚で俺に立ち向かうとは、嘗められたものだな」

 

 カブトの発した挑発に憤ったように、ライオトルーパー三体がカブトに向けて駆けて行く。

 

 カブトは舌打ちをひとつして、バックル部のカブトゼクターの角に指をかけ、そのまま右側に折り曲げた。瞬間、『Cast Off』という音声がゼクターから発せられ、カブトのごつい装甲が浮き上がったかと思うと、次の瞬間にはその装甲が一挙に弾けとんだ。圧縮空気によって撃ち出された装甲はそれだけの質量を持つ弾丸と同義だ。ライオトルーパー達はその装甲の弾丸をもろに受けて砕け散った。ディエンドは自分に向けて飛散してくる装甲を空中で的確に撃ち落とす。装甲の飛散が止み、先ほどまでカブトがいた場所にディエンドは目をやった。

 

 そこには先ほどまでのカブトとはまるで異なる姿のライダーが立っていた。赤い金属質な装甲に身を纏った細い体躯のライダーである。顎の部分に継ぎ目のある二股の角がゆっくりと上がっていき、ひとつの青い複眼を中心で二つに分ける。それはまさにカブトの名前の通りの姿だった。『Change Beetle』の音声が鳴り響き、一対となった複眼が青く輝く。

 

 カブトはナイフのような形をした武器――カブトクナイガンを逆手に持ち、ディエンドを視界に捉えたまま言った。

 

「今度はこちらの番だ。この速度について来れるか、試させてもらう」

 

 カブトがベルトの左側面へと手を伸ばす。それに気づいたディエンドがカードを挿入し、銃の引き金へと力を込めたが、それはあまりにも遅い反応だった。カブトがベルトの左側面を押した瞬間、『Clock Up』という音声が鳴り響く。

 

 刹那、世界が静止する。スコールの水滴が空中で留まり、ディエンドの銃から放たれた弾丸は、止まっているが如く遅くなる。その空間の中を、カブトは疾走した。

 

 水滴を弾き飛ばし、ぬかるんだ地面を蹴りつけてカブトは真正面に浮かぶディエンドの放った弾丸をクナイガンの刃で切り裂き、弾く。『Clock Up』によって時間を止められた空間の中、超加速で動くカブトにとって銃弾による攻撃を防御するなど児戯にも等しい。

 

 全ての弾丸を叩き落されたことなど露知らず、静止したままのディエンドの首筋へと、カブトはクナイガンの刃を滑り込ませた。

 

 赤い筋がディエンドの首を横一文字に走る。カブトはもう一度、ベルト左側面を押す。すると『Clock Over』の音声が発せられると同時に、全ての現象が元の時間を取り戻していく。宙で止まっていたスコールの雨粒が再び地表を叩きつける。それと同時にカブトの背後で、何か重い物が落下する音が聞こえた。振り返ると、ディエンドの首が泥にまみれて転がっていた。そのすぐ隣には首を失った身体が仰向けに倒れている。

 

 それを見たカブトは薄くため息をついた。

 

「この速度について来れないとは。大口を叩いた割にはあっけない幕切れだったな」

 

 カブトは最早、興味をなくしたように、そのまま建物に向かって歩みだそうとした。

 

「――確かに。思ったよりあっけなかったな」

 

 その声にカブトは足を止めた。瞬間、後頭部に冷たい鉄の感触を覚えた。見ずとも分かる。それは銃口だった。

 

 カブトは僅かに首を動かして、銃を突きつけている人物を視界に捉えた。

 

 そこには先ほど首を落としたはずのディエンドが立っていた。

 

「……馬鹿な。何をした?」

 

「この二枚を『Clock Up』の直前に使わせてもらった」

 

 そう言ってディエンドは片手にカードを二枚持って翳している。

 

 一枚は『イリュージョン』のカード。もう一枚は『インビジブル』のカードだった。

 

「まずは『イリュージョン』で分身を作る。そして僕の本体は『インビジブル』で姿を消し、分身の真後ろから君に向けて銃撃する。こうすれば分身が撃っているように見えるってわけさ。中々洒落たマジックだろ? ただ、入れ替わるのが少し難しくてね。成功確率は大きく見積もっても三割って所だったんだけど。――思ったより君が弱くて助かったよ」

 

「……貴様ッ!」

 

「怒っても駄目だよ。この距離ならベルトの起動ボタンを押す前に、君の頭を撃ち抜ける」

 

 ディエンドはディエンドライバーの銃身をスライドさせ、カードを装填する。『ファイナルアタックライド』の電子音声が鳴り響くと同時に、ディエンドは冷たく言い放った。

 

「じゃあ、さよなら。天の道を往く男が地面に這いつくばって死ぬっていう最期も、中々面白いじゃないか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、カブトは脳内が怒りで白熱化していくのを覚えた。そして気づいた時には、クナイガンを後ろのディエンドに向けて振り返り様に放とうとしていた。絶対に間に合わない。それを完璧に理解していたにも関わらずの行動だった。

 

 青い日輪が自分の頭を捉えているのを視界の端で見た瞬間、銃口から放たれた光線がカブトの思考と視界を一挙に青く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠雷が聞こえる窓辺で、光夏海はアルバムを捲っていた。

 

 夏海は今、自宅である光写真館の一階にいた。木造の部屋には丸いテーブルが置かれている。そこで夏海はユウスケや士たちと食事をしたり、談笑したりしていたことを思い出していた。

 

 ユウスケが大抵間抜けなことを言い、それに対して士が突っかかる。夏海は二人の仲裁をしながら、笑顔でテーブルを囲んでいた。その日々の名残が、残像のように夏海の視界を掠める。しかし、それも一瞬だった。先ほどより少し近づいた雷の轟音が、夏海の前からその残像を根こそぎ奪い去った。

 

 奥には、巨大なタペストリーがある。そこにはライダー達が、ディケイドに向けて一斉に襲い掛かっている絵が描かれている。このタペストリーによって、夏海達は幾度と無くそれぞれの世界へと導かれたのだ。いわば、このタペストリーは、世界を繋ぐ扉のような役割を果たしている。だが、ライダー大戦の世界の絵のまま変わらないそのタペストリーは、まだ戦いが終わっていないことの象徴でもあった。

 

 空を割るような雷の音と室内を照らし出す青い光に、時折夏海は怯えたように身を縮める。それでも、窓辺から離れようとはしなかった。地表を打ちつける雨音が絶えず鳴り響いている。その音を、この世界のどこかで士も聞いているのだろうか。そう思いながら、夏海はアルバムのページをまた一枚、捲った。

 

 夏海が手に取っているアルバムの中の写真は、門矢士が行く先々の世界で撮影したものだ。士の撮る写真は、何故か被写体が歪んでしまうという欠点があった。

 

 それを士は時折、「世界が俺に撮られたがれていない」などという不遜な言葉で評していたのを夏海は思い返した。当初は士の写真の腕前の方に問題があると、夏海は思っていたが、今にして思えば、それは士がディケイドだからこそなのだろう。ディケイドは世界の破壊者、故に居場所がない。拒絶される世界に向き合う術として、士はレンズ越しで世界と向きあうことを選んだのだろう。

 

 だが、その写真もいまや色あせている。夏海は白く焼ききれたような写真が収められているアルバムのページをまた捲った。このライダー大戦の世界に着いた直後、士の撮った写真は全て色を失い、被写体は消え去った。それから何度見返しても、アルバムの中の写真は変わらない。それは直接、今まで巡ってきた世界の消失を意味していた。

 

 世界の崩壊を止めるために旅をしてきた結末に待っていたのが、今までの旅路の否定でありディケイドという存在の否定だった。

 

 ページが最初の写真に差し掛かる。

 

 そこにはクウガの世界で撮られたユウスケの写真があった。空を見上げているユウスケの背後に、ユウスケが「姐さん」と慕っていた女性警官、八代藍の笑顔がある。だが、それ以外のライダー世界の写真は全て白く焼き切れて、何も見えなくなっていた。九つのライダー世界の人々のうち、ユウスケだけがまだ消えずに残っている。これは一体、何を意味しているのか。夏海は考えたが、答えが出ずにため息をついた。

 

 その時、奥の扉が開いてコーヒーカップを二つ持った見知った顔が入ってきた。

 

「おじぃちゃん」

 

 夏海の声に、祖父である光栄次郎は夏海の手にあるアルバムに目を向けた。

 

「また、士くんの写真を見ているのかい?」

 

 栄次郎はカップをひとつ夏海に渡しながら尋ねた。夏海はカップを受け取って頷いた。

 

「うん。何度見ても同じだって分かっていても、やっぱり忘れられなくて」

 

 栄次郎はテーブル付近の椅子に腰掛けて、コーヒーを啜った。

 

「士くんか。一体、今頃どこで、どうしているんだろうなぁ」

 

 栄次郎は奥のタペストリーの方を向き、視線を遠くにやった。栄次郎は士がディケイドであることを知っているのか、知らないのか夏海にも分からなかった。だが、世界を旅する上で色んなことがあったが、それでも動揺しなかったところを見ると、案外全て分かっているのかもしれない。

 

 夏海はアルバムを閉じ、俯きながら呟いた。

 

「……私たちの旅は、結局、無駄だったんでしょうか?」

 

 その声に栄次郎が夏海に目を向ける。夏海は俯いたまま、アルバムの表紙に視線を落とし続けた。

 

「九つのライダー世界を救うための戦いは、結局誰のためのものだったのか、分からないんです。誰が幸福になったのかも。誰が救われたのかも。この世界に来て、士くんが消えて、今まで旅して救ったはずの人たちまで消えて。……私たちは、何のために旅をしてきたんでしょうか?」

 

 夏海の問いかけに、栄次郎は瞳を閉じて腕を組んでうなった。

 

「何のための旅、か。難しいね。でも、それと似たようなことを士くんも言っていたよ」

 

「士くんが?」

 

 栄次郎の言葉に夏海が聞き返すと、栄次郎は頷いた。

 

「ボロボロになって帰ってきたことがあってね。ちょうど、この世界に来たばかりの頃だったかな。その時に、彼は今の夏海と同じことを訊いてきたんだ。それで、私は旅に無駄はないって言ったんだよ。誰の人生にも無駄が無いのと同じようにね」

 

「……旅に、無駄はない」

 

 夏海は掌にあるコーヒーに視線を落として言った。黒々とした液体に、自分の不安げな顔が映っている。

 

「士くんがどんなものを背負っていたのかは、私には全然分からない。恥ずかしいことだけどね。でも、士くんが背負ったものは無駄ではない、必ず意味があるものだと私は思っているんだ」

 

 その言葉の後、栄次郎は照れ隠しのように笑ってコーヒーを飲み干した。

 

 夏海は栄次郎の言葉を頭の中で繰り返した。

 

 ――無駄ではない、必ず意味がある。

 

「なら、私は士くんにとってどんな意味があったんでしょうか? 私にとっての、士くんも」

 

「その答えは、夏海自身が見つけるものだよ。どれだけ時間が掛かってもね」

 

 栄次郎は立ち上がり、優しい笑顔を夏海に投げかけ部屋を去った。

 

 取り残された夏海は、窓に頬を寄せながら外の景色に視線をやった。景色は時間を忘れたかのように止まない雨が継続している。

 

「……私自身が答えを見つける、か。私にとって、士くんは――」

 

 そこから先の言葉を夏海は濁した。アルバムを胸に抱き、夏海は灰色に閉ざされた空を見つめる。

 

 また、遠雷が耳に届き、青い光が空を走った。

 


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