仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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記憶

 頭の中でシャッター音が鳴り響く。

 

 その音で門矢士は薄暗闇の中で目を開けた。しかし、開けた視界も暗闇とほぼ同等の灰色によって閉ざされていた。灰色の景色はオーロラのように揺らめき、誘うように士の前に立ち塞がっている。士はそのオーロラに向けて無意識的に手を伸ばした。

 

 瞬間、オーロラから凄まじい速度で映像が士の中に流れ込んでくる。視界は消え、幾つもの映像が網膜の裏から視覚を奪い去り、全身の感覚が映像の中に飲み込まれていく。

 

 ――これは記憶だ。と士は感じていた。だが、一体何の記憶なのか分からない。

 

 最初の記憶は世界崩壊の記憶だ。ビルが灰色のオーロラに飲み込まれ、甲殻類や昆虫を模した巨大な異形の怪物達がビルを埋め尽くし、共食いを始める。建物が崩れ、粉塵が視界を埋め尽くす。その中にディケイドとしての自分が立っている。隣には、長い黒髪の少女がいた。

 

「……夏海」

 

 少女の名を呼ぶ。しかし、夏海は世界崩壊の光景をディケイドである自分と共に見つめており、こちらには気づかない。士は記憶の中の夏海の姿へと手を伸ばした。

 

 だが、その次の瞬間、映像が書き換わり、現れたのは紫色の直立した狼のような姿をした怪人と対峙するディケイドの姿だった。

 

 隣には赤い姿をした一対の黄金の角を持つ人型が立っている。腰には赤い光を放つ円形の霊石の埋め込まれたベルトをしており、真紅の複眼が強い意思を携えて怪人を見つめていた。

 

「――クウガ。あれは、ユウスケと、俺か?」

 

 士が言葉を発した瞬間、またも映像が書き換わる。

 

 またも怪人と対峙する自分の姿。だが、隣にいるものと怪人の形が違う。怪人は頭部がカブトムシの様な形をしており、紺色の体色だった。隣に立っているのは、赤い鎧を身に着けた鋭角的な黄色い複眼を持つライダー、キバだ。確かこれに変身したのは、まだ幼さを残した少年、ワタルだった。

 

 そこでようやく、士はこれが自分の旅の記憶だと気が付いた。九つのライダー世界を巡った足跡を、自分は反芻しているのだ。

 

 場面が激しく切り替わる。自分が倒したライダー達が、自分の隣に立って怪人と戦っている。九つのライダー世界、夏海の世界の裏側にあったネガの世界、ディエンドの世界、それらが目まぐるしく回転していく。そのどれもが異形の怪人と戦っている姿だ。

 

 士はそれが自分の与えられた役割だと信じていた。最初の世界崩壊のあの場所でディケイドに変身し、紅渡に導かれて世界の融合を止める為に旅立ったあの瞬間から、自分は自分の意思に従い、戦ってきた。その行動に後悔はしていないつもりだった。

 

 ――だが。

 

 映像が激しいノイズと共に切り替わる。

 

 そこには満天の星空があった。その星空を隠すように、重力と物理法則を無視したビルの群れが乱立している。その中の横倒しになったビルの上に、紅渡が立っている。その眼は地面に立つ士を見下ろし、責め立てる様な眼差しだった。

 

「僕は最初に言いました。あなたは全てのライダーを破壊する存在だと。創造は、破壊からしか生まれませんからね」

 

 紅渡が言葉を発する。それと同時に、ビルの群れの中に空間が開き、その中で九つの地球が、中心の地球に向けて急速に引き寄せられ、対消滅を起こす様が投影される。九つのライダー世界が、融合し、崩壊現象を起こしているのだ。だが、それを止める為に、自分はライダー世界をまたいで旅をし、世界崩壊へと繋がる怪人たちと戦ってきた。それが世界を救う、ということではなかったのか。

 

 映像の中の自分は戸惑いを隠せずに「どういうことだ?」と聞き返した。

 

「あなたはライダー達を破壊せず、仲間にしてしまった。それは大きな過ちでした。――今、僕の仲間たちがあなたの旅を終わらせます」

 

 紅渡の元に金色の蝙蝠が飛来する。それは蝙蝠というには少し形状が異なっていた。円盤状の身体を持ち、そこに黒い顎と、一対の赤い眼を持っている。金色の蝙蝠の身体を紅渡は掴み、あろうことか自らの左手首にその牙をあてがった。

 

 瞬間、紅渡の頬にステンドグラスのような色合いを持った亀裂が走る。戸惑う記憶の中の士を他所に、紅渡は呟いた。

 

「変身」

 

 その言葉と共に金色の蝙蝠を手放す。蝙蝠は腰のバックルに逆さに吊るされる。その刹那、紅渡の身体を銀色の膜が包み込み、次の瞬間その膜がガラスのように弾けとんだ。

 

 そこに現れたのは赤い鎧を纏った黄色い複眼を持つライダー、キバだった。だが、士の記憶の中で共に戦ったキバは少年であったはずだ。だというのに、何故目の前の紅渡がキバに変身できたのか。

 

 士が呆気に取られていると、キバはビルから飛び降り両手を前に翳して士を睨みつけた。その眼には明確な殺気が込められている。その殺気に射竦められたように思わず後ずさった。

 

 すると、星空は消え、辺りは灰色の空と荒野に包まれていた。

 

 その場所に、今まで共に戦ってきたはずのライダー達が士を取り囲むように並んでいた。皆、一様に武器を手に携えいつでも攻撃に移れるように構えている。

 

 士はいつの間にかディケイドに変身していた。

 

 そして周囲に立つライダー達を見渡した。その中にいる黒スーツの男がディケイドを睨みつけている。

 

「ディケイド。ここで終わりだ」

 

 男はその手に握っていた立方体の形をした銀色のバックルを腰にあてがった。瞬間、バックルから赤いトランプが帯状に繋がって伸び、男の腰にベルトとして巻かれる。

 

 男はバックルにある取っ手型のハンドルを引き、静かに言った。

 

「変身」

 

 その言葉と共に、バックルの中心が裏返り、「スペード」のマークが現われる。そこから男の目の前に金色の壁が出現する。その金色の壁にはカブトムシの刻印があった。その壁を男がすり抜けた瞬間、男の姿が変わっていた。

 

 そこにいたのは黒を基調とした姿に金色の鎧を纏ったライダーだった。尖った頭部が研ぎ澄まされた刃を連想させる。身体の各所には動物を模したレリーフが全部で十三個ある。

 

 その姿を士は知っていた。

 

「……仮面ライダー剣、キングフォーム。だが、剣はカズマのはずだ」

 

 カズマとはディケイドが旅をしてきた世界の中のひとつ『剣の世界』で、仮面ライダー剣に変身した青年だ。

 

 ディケイドの発した疑問に、剣は答えた。

 

「そうだ。俺もまた、カズマだ。だが、お前と手を取り合った愚か者のカズマとは違う。俺は、剣崎一真。本物の、仮面ライダー剣だ」

 

 剣は手に持った黄金の大剣を構え、ディケイドを見据える。ディケイドはその殺気から逃れるように、背後を振り返った。しかし、振り返った先には黒いクウガに変身したユウスケがいた。全身を金色の血管が走り、肩の尖った鎧のような姿を持つ黒いクウガはディケイドを視界に捉えると、獣のように咆哮した。

 

「……ユウスケ」

 

 ディケイドのその言葉にもクウガは反応しない。感情がまるで窺えない、奈落のような漆黒の複眼でディケイドを睨みつけている。

 

 その瞬間、自分は騙されていたのだと察した。世界崩壊を止めるなど、単なる詭弁だったのだ。結局、自分は世界を救いはしない。ライダーを殺し、世界を破壊することが自らに課せられた本来の役目だったのだ。

 

 ――ならば。

 

「いいだろう。全てを破壊してやる」

 

 それが自分の咎だというのなら。

 

 ディケイドはライドブッカーを剣の形に展開し、ライダー達を見回した。それを合図にしたようにディケイドへと、武器を振りかざし襲い掛かるライダー達。それを一体、また一体と切り倒していく。ライドブッカーの刃が赤く染まり、緑色の複眼にライダー達の血が飛び散った。

 

 ディケイドが切り倒したライダーを押し切って、剣の振るった大剣が右肩口から鎧を切り裂いた。

 

 重力が剣の形を取ってそのまま圧し掛かってきたような重い一撃。

 

 だが、それでも戦うことを止められない。ディケイドは自らの身体を斬りおとそうとしている刃を掴み、もう一方の手で剣を振るった。ライドブッカーの鋭い切っ先が剣の右目を斬りつけた。剣は呻きながら後ずさる。それと同時に、ディケイドは右肩の剣を抜き去った。

 

 しかし、剣を退けてもライダーは向かってくる。ディケイドは右肩からの痛みを無理やり蹴散らすように咆哮した。ライダーが自分の破壊を望むなら、何体いようとも破壊する。

 

 刃がライダーの首筋を捉える。そのまま力任せに、ディケイドはその首を斬りおとした。鮮血が雨のように迸り、地面に真っ赤な血溜りが生じる。

 

 その血溜まりに映り込んだ自分の姿をディケイドは見た。

 

 そこには緑の眼をぎらつかせた悪鬼のような自分の姿が映っていた。だが、不思議と恐怖と罪悪感に苛まれることは無かった。これが本来あるべき自分の姿なのだ。世界の破壊者、ディケイド。

 

 その時、士の名を呼ぶ声がした。

 

 その声に振り返った瞬間、銀色の二門の銃口が自分の額へと向けられていた。その銃を向けている姿に、目をやる。

 

 ディケイドと対を成すような青い身体。青い銃身を持つ長大な銃器。海東大樹が変身するライダー、ディエンドだった。

 

「……海東」

 

 その名をディケイドは呟く。

 

 瞬間、至近距離で響いた銃声がディケイドの思考を引き裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地を叩きつける弾丸にも似たスコールの音の中、門矢士は瞼を開いた。

 

 視界は灰色の天井が覆っている。どうやらここは建物の中にある部屋のようだ。首を僅かに動かすと、鉄製の無機質な扉があり、その側面の壁にある窓を雨が激しく打ちつけている。自分はベッドの上に仰向けに眠っているようだ。上半身には包帯が巻かれており、脱がされた服は床に転がっていた。

 

 スコールの音が耳元に残る銃声の音と重なり、果たして今、自分は記憶の中にいるのか、現実にいるのかが曖昧になる。そのぼやけた感情のまま、起き上がろうとすると神経を無理やり引っぺがされたような鋭敏な痛みが身体中を駆け巡った。その痛みに士はうめきながら、起こしかけた上体を再び寝かせた。

 

「無理をするなよ。まだ、傷は治ってないんだ」

 

 その声に目を向けると、一人の青年がこの部屋の扉の前に立っていた。青年は口元に柔和な笑みを浮かべながら、手に握った錆付いた洗面器を士の前に差し出した。その中には硬そうなパンが二個放り込まれていた。

 

「食べるといい。少しでも体力を回復させるためにね」

 

 青年はそう言いながら、部屋の隅に置かれたパイプ椅子を自分のほうに引き寄せ、それに座り込んだ。士は洗面器の中のパンを一瞥し、青年から目を逸らして言った。

 

「そんなもん食えるか。お前が食え、海東」

 

 海東と呼ばれた青年は笑みを浮かべながら「それなら遠慮なく」と言って、洗面器の中のパンに手を伸ばした。

 

 バリバリと音を立てながら、パンを頬張る海東から顔を背けたまま、士は尋ねた。

 

「どうして、俺を助けた? 海東」

 

 その問いに、海東はパンの塊を飲み込んで、ひとつ咳払いをしてから聞き返した。

 

「助けた? 馬鹿言っちゃいけないよ、士。僕は君を助けたつもりなんてない」

 

 その時、士は後頭部に鉄製の固い何かが当てられたのを感じた。それが銃口であると、士は振り向かずとも理解していた。

 

「君は、僕が倒す。ライダー達には渡さない。邪魔をするなら、ライダーも殺すまでだ」

 

 その言葉に士は目を閉じて頷いた。

 

 この男はただ自分の目的のために生きているに過ぎない。誰の意思にも縛られず、世界が崩壊する最中においても、自分を曲げていないのだ。それは四ヶ月前、ライダーとの戦いの中で、自分の背中に迫ったライダーを撃ち殺した瞬間からずっと変わっていなかった。

 

「なるほど。お前らしい理由だ。なら、俺はここで死ぬわけにはいかない」

 

 言って士は海東へと振り返り、寝転びながら洗面器の中のパンに手を伸ばした。それを海東は銃を下ろし、黙って見つめている。士は固そうなパンを逡巡するように手元で見つめていたが、やがて意を決したように噛り付いた。口に含んだパンは見た目以上に固く、乾燥して味も無いためゴムを噛んでいるような感触だった。

 

 それを飲み込もうと力を入れた瞬間、思考が痺れたような感覚と共に腹に痛みが走り、飲み込もうとしたパンの塊を士はそのまま吐き出した。激しく咳き込む士の姿を見ながら、海東はパンを頬張りながら言った。

 

「内臓に酷いダメージを受けているからね。そうなるのは仕方がないよ。逆に、その状態で生きていることが既に奇跡だ。どうやら君は、相当にしぶといらしい」

 

 その言葉を受けて、士は手に持っていた齧りかけのパンを洗面器の中に放り込んだ。まだ咳き込みながら、海東に背を向ける。

 

「もう食べないのかい?」

 

 海東の問いに士は振り向かずに答える。

 

「どうせ食えないのに、噛り付くだけ体力の無駄だ。俺は寝る」

 

 その言葉を受け、海東は「分かった」とだけ言って洗面器を持ち、立ち上がった。そのまま遠ざかっていく足音を背中越しに感じながら、不意に士は海東を呼び止めた。

 

「待て。海東」

 

 その声に海東の足音が止まる。

 

 士は海東に振り返りはせずに、言葉を発した。

 

「俺は、世界を旅してきた。……色んな世界を」

 

 士は自分の掌を見つめ、その手を拳の形にして続けた。

 

「だが、結局、俺を受け入れてくれる世界は無かった。どの世界も、俺の存在のせいで消滅していく。俺がいるせいで、世界が崩壊へと向かう。そうやって世界が俺を拒絶するなら、俺も世界を拒絶してやる。その一心で、俺はライダー達をこの手にかけてきた。……だが、それは正解だったのか? 海東。俺は、本当に正しい道を歩いているのか?」

 

 その問いに、海東は暫時、何も言わなかった。雨が窓を激しく打ちつける音が、静寂の部屋の中に反響する。

 

 海東はゆっくりと口を開いた。

 

「……僕には、その問いに答えられるものがない。正しい道なんて、どんな世界にもないからね。その答えは、この先の君自身が決めたまえ。士」

 

 鉄製の扉が軋んだ音を立てながら開かれ、ゆっくりと閉じられた。一人、部屋に取り残された士はポケットの中からカードを取り出した。それは今まで倒してきたライダー達の肖像だ。

 

 そのカードを見つめながら士は呟いた。

 

「自分自身で決めろ、か」

 

 鼓膜に残るその言葉を反芻し、士はカードを握り締めながら自嘲気味に笑った。

 

「――だったら、俺はもう間違っている」

 

 言って、士は目を閉じた。暗闇の中が自分にはお似合いだと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海東大樹はパンの入った洗面器を、台所代わりにしている水道の前に置いた。

 

 この建物は元々学校か、または病院だったのだろう。朽ちた建物が並ぶ中で、ガスも水道も通じている数少ない建物だった。

 

 等間隔に並ぶ蛇口のひとつを捻り、海東は顔を洗った。そのまま顔を上げ、窓の外を見つめる。嵐のような激しいスコールが景色を灰色に塗りつぶし、夜の暗さと相まって一寸先さえ見えない闇を作り出している。

 

 その闇の中に傘も差さずに立っている白い人影を、海東は窓から見つけた。海東は水を滴らせながら、口元に笑みを浮かべた。

 


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