仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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星域

 

 小野寺ユウスケは、暗い地下通路を歩いていた。

 

 地表をスコールが弾丸のように鋭く打つ音が、何倍も鈍くなって地下通路の中に反響する。時折、地上から滲みこんできたのであろう水滴が、地下の乾いたコンクリートを濡らした。

 

 ディケイドがこの世界でライダーを破壊し始めてから、こうして突発的にスコールが起こることは珍しくなかった。これも世界崩壊の予兆なのか。それとも、と考えてユウスケは首を振った。考えても仕方がない。何せ、自分はこの世界の人間ではないのだ。

 

 ユウスケはこの世界で生まれたわけではない。別の世界で生まれ、そしてライダーの力を手に入れた。いや、正確には託された、と言ったほうが正しい。

 

 鳴滝と名乗る壮年の男に導かれ、ユウスケはライダーの一人〝クウガ〟として、自身の世界を〝未確認生命体〟と呼称する謎の生命体から守ってきた。その途中、ディケイドがユウスケの世界に現われたのだ。ユウスケはディケイドとともに戦い、未確認生命体を殲滅した。その時から、ユウスケはディケイドを仲間のように感じていた。世界を救ってくれた恩人であると。その後もディケイドと夏海とともに様々な世界を巡り、戦ってきた。だが、その結果、行き着いたのがこの世界だった。

 

 ここは『ライダー大戦の世界』。だが、この世界にいる人間は、自分たちの存在する世界がそう呼称されているなど夢にも思わないだろう。本来、別々の世界に存在するはずのライダーが、同時に複数存在する理の歪んだ世界などとは誰も考えまい。それがディケイドという、たった一つの存在を滅ぼすための戦いだということも。

 

 そこまで考えて、ユウスケは再び首を振った。これも陰気な地下通路を歩いている今考えることではなかった。

 

 むしろ現実的に今、考えるべきなのはスコールによる浸水のせいで黴臭い臭いを放つこの地下通路から一刻も早くおさらばしたいということだ。だが、目的地に着くためにはこの地下通路を通る以外に道は無い。あるとすれば、削岩機でも持ってきて、地上からその目的地まで掘り進めることぐらいだろう。尤も、その方法で行こうと思えば、何十日も掛かってしまうが。

 

 自分の足音と、鈍いスコールの音が乱雑に響く地下通路をユウスケは歩き、遂に通路の終着に辿り着いた。

 

 通路から出た場所には一面の星空があった。その星空を狭めるように、ビルが物理法則を無視して、縦横無尽に並んでいる。一見すれば先ほどまで夏海とともにいた場所と同じように見えるが、ユウスケはここが先ほどまでいた場所とは全く異なることを知っていた。ここは長い地下通路を経てようやく辿り着くことの出来る場所だ。だが、密閉された屋内というわけでもない。見上げる星は全て本物の星空であり、ビルも本物だ。

 

 ユウスケが聞いたところによれば、この場所は『ライダー大戦の世界』が内包する『どこか別の世界』らしい。つまりひとつの世界の内側に、もうひとつの世界が存在しているのだ。

 

 ユウスケは瞬く星を見つめながら、呟いた。

 

「ひとつの世界の中に、こんな場所があれば、そりゃ世界も歪むか」

 

「――ですが、そのおかげでディケイドは未だここに気づいていません」

 

 突然聞こえてきたその声の方に目をやると、横倒しのビルの上から白い服に身を包んだ端正な顔立ちの青年が、真っ直ぐにユウスケを見下ろしていた。

 

 青年の名は紅渡、だとユウスケは聞いていた。彼本人がそう名乗ったわけではないが、他のライダー達がそう呼んでいるのをユウスケは耳にしたのだ。そして彼もまた、ライダーである。黄色く鋭角的に吊り上がった複眼を持ち、鎖に絡め取られた赤い鎧に身を包んだ姿が、彼の本当の姿――仮面ライダーキバである。

 

 渡は片手を上げ、教鞭を振るうような口調でユウスケに言った。

 

「確かに、ひとつの世界の中にもうひとつの世界を入れ込むことは世界の摂理を歪ませることに繋がる。しかし、この世界は元々、ライダー同士の世界が混在した世界です。本来相容れぬはずの世界が、ディケイドという存在を基点として、磁力で引かれあうかのように渾然一体となっている。その状態のままでは、世界は一時と持ちません。それを補正するために、僕はこの世界を入れ込みました。崩壊する世界の中に、安定した世界を中心核として据えることで世界は擬似的ながらバランスを得る」

 

「つまり、世界を救うために、わざと摂理を歪ませた、っていうことか」

 

 ユウスケの言葉に、渡は首肯したが「しかし」と続けた。

 

「それも一時的なものです。崩壊する世界を完全に安定させるためには、根本原因を正さなければならない。その根本原因こそが」

 

「――ディケイド、か」

 

 渡の言葉をユウスケが引き継ぐ。渡は頷き、言葉を続けた。

 

「最早、一刻の猶予もない。ディケイドによってライダーは破壊され、そしてしかる後に世界は破壊される。消失したライダー世界を復活させるには、ディケイドを破壊するしか、方法はありません」

 

「その通りだ」

 

 突然別の方向から聞こえてきたその言葉に、ユウスケと渡は視線を向けた。斜めに突き立ったビルの縁に座る黒いスーツを着込んだ男が視界に映る。その人物はサングラスをかけており、視線が全く読めなかった。

 

 その男が渡に向けて言葉を発する。

 

「もう、時間がない。俺が直接打って出る」

 

「いえ、それは許可できません。剣崎さん。あなたは貴重な戦力です。ここであなたを失うわけにはいかない」

 

 渡のその言葉に、剣崎と呼ばれた男は強い口調で反論した。

 

「だが、もう残りのライダーは少ない。追撃に向かったファイズからの連絡も途絶えた。恐らくは、もう消されているだろう」

 

「だとしても、です。ここは耐えてください」

 

 静かながら有無を言わせぬ迫力をもった渡の言葉に、剣崎は舌打ちしながら、何も言葉を返さなかった。

 

「……そんな、ファイズまで」

 

 俯きながらユウスケは呟いた。これで残りのライダーは自分も含めてもう数えるほどしかいない。

 

 かつて共に旅をし、自分の世界を救ってくれた恩人と想っていたディケイドが同胞であるライダーを殺している。その現実にユウスケは眩暈を感じ、その場で僅かにふらついた。ぼやける視界を保つように、手で額を押さえる。それを見た渡が「どうかしましたか?」と頭上から声を掛けた。

 

 その声にユウスケは顔を上げ、こちらを見下ろす渡の表情を読み取った。恐らく、ユウスケの感情など全て分かっているのだろう。渡は薄く笑みを浮かべながら、問いかけるように、しかし確信を込めて言った。

 

「――憎いのですね。ディケイドが」

 

 その言葉はユウスケの中に一瞬にして沁みこんできた。ああ、これが自分の感情の正体なのだ、とユウスケは感じると共に脳髄を焼き切るような激しい衝動が自身の内側から湧き上がるのを感じた。

 

 四ヶ月前、ディケイドを前にしたときに感じたものと同じものだ。血液が黒く変化し、心臓が早鐘を打つと共に体温が上昇して思考を白く染め上げる感覚。身体を力の奔流が脈動する。

 

 その感覚にユウスケが飲まれかけたのを制するように、渡の声が響き渡った。

 

「しかし、まだあなたの出番ではありません」

 

 放たれた意外な言葉に、ユウスケは覚えず「どうして?」と尋ねていた。

 

「憎しみで正面からぶつかっても、ディケイドには勝てない。ディケイドに勝つにはそれ相応の策が必要です。それにクウガを失うのは惜しい。クウガは、ディケイドに匹敵する数少ないライダーですからね」

 

 諭すような渡の言葉に、ユウスケは自身の内に湧いた感情がいつの間にか鎮まっているのを感じていた。だが、ディケイドへの憎しみが消えたわけではない。

 

 ユウスケは怒りを逃がすように長く息を吐きながら拳を強く握り、渡の言葉に頷いた。

 

 それを確認した渡が、目を瞑り、宙に向けて問いかけた。

 

「天道さん。いますか?」

 

「さっきからここにいる」

 

 その言葉に応えたのは、ビルの窓に背中を預けながら佇む男だった。両腕を組み、不遜そうに天道と呼ばれた男は渡へと目を向けた。

 

「今度は俺の番か?」

 

 その問いに渡は頷く。

 

「ええ。お願いできますか?」

 

 渡の言葉に、天道は指を天上に向け一本立てて答える。

 

「任せておけ。俺は天の道を往き、総てを司る男だ。ディケイドになど、遅れは取らない」

 

 言って、天道は背を向け地上へと続くトンネルに向けて歩を進めた。その姿を横目に見ながら、ユウスケは拳を固く握り締めた。なぜ、自分ではないのか。今なら、迷い無くディケイドと戦えるというのに。

 

 天道の足音がトンネルの中に消えたのを確認してから、渡は両手を広げて言った。

 

「それでは、あとは天道さんに任せるとしましょう。くれぐれも、勝手な行動は慎んでください。今は、たった一人が欠けることすら命取りですからね」

 

 渡は踵を返し、ビルの奥の闇へと消えていく。いつの間にか剣崎の姿も消えていた。この場所にいるのはいまや、ユウスケ一人だ。

 

 ユウスケはいつまでもここにいても仕方がないと、先ほどここにやって来るときに通った地下通路へと引き返そうと身を翻した。

 

 その時、聞き覚えのある声がユウスケの耳に届いた。

 

「どこ行くの? ユウスケ」

 

 それは透き通った女性の声だった。その声に振り返ると、銀色の小さな蝙蝠が宙を舞っていた。蝙蝠、と言ってもその形はよく知られている翼手目の蝙蝠とはまるで形が違う。銀色の円盤状の身体に赤い一対の眼を持ち、小さな口がその下についている。その円盤の身体に羽根がついており、それで飛行している。

 

「キバーラ、か?」

 

 ユウスケがその蝙蝠の名を呼ぶと、キバーラは嬉しそうな笑い声を上げながら、ユウスケに近づいてきた。

 

「覚えていてくれたんだぁ。嬉しいわ、ユウスケ」

 

「忘れるわけが無いだろ。それより、なぜ今になって現われたんだ? この混乱はお前が招いたものじゃないのか?」

 

 ユウスケの責め立てる様な質問にキバーラはひらりと空中で身を躍らせながら心外だといわんばかりの口調で言った。

 

「あら。酷いわね、その言い方。命の恩人に対して、ちょっと雑すぎるんじゃない?」

 

 キバーラの言葉に、ユウスケは声を詰まらせた。

 

 そう。四ヶ月前。この『ライダー大戦の世界』で自分は一度死んでいるのだ。大ショッカーと呼ばれる組織による複数のライダー世界の同化現象を食い止めるため、自分はディケイドと共に戦い、ディケイドを庇って死んだ。その筈だった。

 

 しかし、ユウスケには安らかな死など与えられなかった。気づいた時には、自分は黒い姿のクウガとなって、ディケイドに襲い掛かっていた。後から夏海に聞いた話では、キバーラが死んだはずのユウスケの首筋に噛み付き、蘇生させたという。

 

 その時、キバーラはこう言ったそうだ。

 

『ユウスケを生き返らせてあげる。ただし、アルティメットクウガとしてね』と。

 

「……命の恩人だと。ふざけるな!」

 

 ユウスケはキバーラの小さな身体を掴んで、引き寄せた。

 

「ちょっと! 何すんのよ、ユウスケ!」

 

「アルティメットクウガとは何だ! 答えろ! キバーラ!」

 

 鬼気迫る表情でユウスケは手に握ったキバーラを睨みつけた。今にも握りつぶされそうな最中、キバーラは妙に落ち着いた口調で問いかけた。

 

「知ってどうするの? どうせディケイドを殺すんでしょ? だったら、与えられた力をそのままに使えばいいじゃない? それとも、力を振るうのに理由なんているの?」

 

「俺は、何も知らないままディケイドを、――門矢士を殺すわけにはいかない。たとえ士が俺の知っている士じゃなくなっているとしてもだ」

 

 ユウスケは久しぶりにディケイドの本当の名前を口にした。瞬間、ユウスケの内部で黒い疼きのようなものが激しく脈動する。唐突に湧き起こる衝動に、ユウスケは視界がぼやけるほどの頭痛を感じ、うめきながら膝を折った。それに乗じてキバーラがユウスケの手から離れ、銀色の翼をはためかせながら不敵に笑った。

 

「ほら。ディケイドをどうせ殺すのに、そんな面倒なことを考えるから。そうなっちゃうんじゃない」

 

「……これは、何だ? お前は、俺に一体何をした?」

 

 脳髄の芯が痺れるような頭痛に耐えながら、ユウスケは搾り出すように声を発しキバーラに手を伸ばした。キバーラはその手から逃れながら言った。

 

「別に。ちょっと手助けをしてあげただけよ」

 

「……手助け、だと?」

 

 荒い息を吐きながら、ユウスケは聞き返した。

 

「そう。あんたの基本能力じゃいつまで経っても、ディケイドには勝てない。だから、無理やり呼び覚ましてあげたのよ。クウガの、本当の力をね」

 

「……俺は、そんなことを頼んだ覚えはない。それに、何だ? この、頭痛は」

 

「それはあんたが余計なことを考えないようにするための、一種のプロテクト。一応、ディケイドと旅をしてきたからね。情が移って殺せません、じゃ話にならないでしょ? だから、あんたは何も考えずディケイドを殺すことだけ考えていればいいのよ。そうすれば頭痛も起こらないし、何よりあんたも感じているでしょ? ディケイドを憎めば憎むほど、力が身体の底から湧き上がって来るのを」

 

 それは事実だった。その証拠に先ほど渡からディケイドにライダーが殺されたという話を聞いた直後にも同じようにどす黒い疼きが自身の中で蠢くのを感じていた。

 

 その感情が思考を満たしていく感覚は心地よかった。このまま、この黒い感情に任せて、ディケイドをこの手で殺せたらどんなに気分がいいだろう。この手であの紫色の鎧を砕き、手足を引き千切り、何の抵抗も出来ないディケイドの首を握りつぶす。その瞬間を思い描くだけで、恍惚とした感情に包まれる。そう感じながら両手を見下ろしている自分に気づき、ユウスケはハッと顔を上げた。

 

 それを見越したように、視界の中のキバーラが嗤った。

 

「ほらぁ。ディケイドを殺したいんでしょ? 隠していても分かるわよ。あんたは、もうそういう人間――」

 

 その時、キバーラの言葉を激しい破裂音がかき消した。キバーラが視線を落とすと、ユウスケが地面に拳を叩きつけていた。地面はまるで脆いプラスチックのように砕け、捲れ上がっていた。

 

「……黙れ」

 

 ユウスケが低い声で俯きながら呟き、その眼をキバーラに向ける。そこにあった憎悪と殺意の入り混じった眼差しに、キバーラは背筋が寒くなるのを感じた。

 

 ユウスケはふらつきながら立ち上がり、おぼつかない足取りで地下通路へと戻っていく。その後姿を見つめながら、キバーラは口元に笑みを浮かべた。

 

「いいわ、その眼。その眼が、いくら言葉で否定しようとも、あんたがそういう人間だって物語っている。もっと、憎悪に身を沈めなさい、ユウスケ」

 

 言ってキバーラは銀色の翼をはためかせて闇の中へと消えていった。

 


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