仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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雨獄

 空からは俄かに雨が降り始めていた。

 

 朝から灰色に張り詰めていた空は、遂に堪えきれなくなったように地表にスコールを浴びせかけている。

 

 その一面を灰色で覆われた空の下に、ひとつだけ太陽の光が降り注ぐ場所があった。

 

 そこにディケイドは立っていた。足元は落下の衝撃のせいでクレーターになっている。そのクレーターの中心で天上を見上げると、灰色の空を穿つ孔が見えた。先ほどの攻撃で開いた孔だ。ディケイドはそれをしばらく呆然と見つめていたが、突然、気づいたように足元に視線を落とした。そこには無造作に二枚のカードが落ちていた。ディケイドは屈んで、それを拾い上げる。

 

 それは今しがた倒したスカイライダーと龍騎の姿が描かれたカードだった。

 

「……またか」

 

 ディケイドは飽きたようにそれを見つめ、ライドブッカーの中に仕舞った。

 

 これはいつものことだった。どんな形であれ、ライダーを殺せばそのライダーはカード化する。それはどんな殺し方をしても、だ。バラバラに切り刻んだライダーもいた。爆発して跡形も残らないほどに破壊したライダーもいた。だが、そのどれも死体は残らない。今回のスカイライダーにしてもそうだ。一度殺し、カード化する前に死体を握った。その後、完全にドラグレッダーの炎で焼失したはずだ。だというのに、今、カードがこの手にある。

 

 これは一体、どういう意味があるというのか。

 

「……考えても仕方ない、か」

 

 ディケイドはバックルのハンドルを開き、中に入っていたカードを取り出した。瞬間、紫色の鎧がモザイクのように砕け、霧散した。

 

 先ほどまでディケイドがいた場所に現れたのは、黒いコートを羽織った青年――門矢士だった。首からは紫色の四角いトイカメラをぶら提げている。黒色の鋭角的な瞳孔が猛禽を思わせる。その眼は、まるでこの世の全てを憎んでいるかのようだった。

 

 士は首から提げたトイカメラで、自分が空に開けた孔をレンズ越しに見つめた。ピントを孔の中心に合わせ、光が降り注ぐ様子を収めようとボタンに指をかけ、シャッターを切った。間もなく、カメラの下部から写真が排出される。それを掴み、士は目をやった。

 

 そこには奇妙な形に歪んだ円形の孔と、紫色の空が映っていた。それと、実際の光景を見比べる。もちろん、孔は歪んでおらず美しい円形であり、そこから覗く空は青かった。

 

「……またか。この世界も、俺を拒絶する」

 

 士は舌打ちをして、写真を投げ捨てその場を後にしようとした。晴れているのは、足元のクレーター部分だけで、周囲は灰色の壁が降りてきたような激しいスコールに見舞われていた。

 

 そのスコールへと歩みだそうとした瞬間、士は何かを感じ取ったように足を止めた。後ろを振り返ると、灰色の景色の中に黄色い円と赤く光る骨格が見えた。それはまるで黄色い頭と赤い身体を持った骸骨のようだった。

 

「――ファイズか」

 

 士がその名を呼ぶと、灰色の雨の中にあったその姿が鮮明に見え始めた。黄色い円形の頭と見えたのは、複眼であった。赤い骨格と見えたのは、全身の鎧を走る赤いエネルギーの血流――フォトンストリームだ。

 

 ファイズと呼ばれたライダーは、銀色の指先を振るい、士を見据える。

 

 それを見た士は、笑みさえ浮かべながらファイズに向き直った。

 

「そう焦るな。心配しなくても、お前らの相手はしてやるよ。知っているだろ? 俺は、全ての破壊者だ」

 

 士は先ほどバックルから取り出したカードを構えた。それと同時にエンジン音が響く。

 

「変身」

 

 言うと同時に、バックルの中にカードを挿入する。『カメンライド』という電子音が響いた瞬間、ハンドルを閉じる。バックルが九十度回転し、ディケイドの顔を模したホログラムがバックル前面に展開され、スコールの音を掻き消す電子音声が反響する。

 

『ディケイド』

 

 士を起点として九つの影が現われ、周りを囲む。影の腰部分にはそれぞれ九つのライダーを模した紋章がある。それが回転しながら士に向けて集束し、士の姿と重なった。

 

 瞬間、士は黒い姿のディケイドになっていた。そのディケイドの前面に七枚の黒い板が現われ、ディケイドの頭部を貫いた。刹那、まるで命を吹き込まれたようにディケイドの鎧が紫色に染まり、緑色の複眼が魔的に光る。

 

 ディケイドの指が動き、左腰に装着されているライドブッカーを掴み、剣の形へと展開する。

 

 それを見たファイズが、ベルトへと手を伸ばした。そのベルトのバックル部にある「φ」の文字を象った意匠のある電子版を抜き取り、右手に巻かれた腕時計のような黒いアタッチメントに装着した。

 

 その瞬間、ファイズの胸部の鎧が半回転し、肩までせり上がりプロテクターのようになった。先ほどまで銀色の胸部があった箇所は、内部の機械構造がむき出しになっている。

 

 それと同時に、ファイズの体色が黒く変化し、黄色い複眼が赤く発光する。フォトンストリームの色は赤から銀色へと転じ、ファイズは前傾姿勢を取りながらディケイドと対峙した。

 

 ファイズの形態の変化を見たディケイドは別段驚くことも無く、鼻で笑った。

 

「アクセルフォームか。いいぜ。それなりの相手をしてやるよ」

 

 言ってディケイドはライドブッカーの中から一枚のカードを取り出し、バックルに挿入した。

 

『アタックライド』の電子音がスコールの音に混じって響く。それと同時に、ファイズは腕時計型のアタッチメントのボタンを押した。

 

 ファイズから『Start Up』 の音声が流れるのと、『クロックアップ』の電子音が響いたのはほぼ同時だった。

 

 瞬間、ディケイドとファイズの姿がその場から掻き消えたように見えた。正確には消えたのではなく、常人の眼では追いきれない速度に双方とも移行したのである。

 

 スコールの一滴、一滴の落ちる速度が千分の一まで引き伸ばされ、まるで水の結晶漂う無音の空間に取り残されたような中、ディケイドとファイズは戦っていた。

 

 ファイズが上段に回し蹴りを放つ。雨粒を弾き飛ばし、青い残像を景色に刻みつけながら、通常の千倍の速度を誇る蹴りをディケイドは後方に跳んで避けた。着地と同時に、銃型に展開したライドブッカーから赤い光が放たれる。周囲の水滴の表面に乱反射しながら直進する光の筋を、ファイズは姿勢を低くしてかわすと同時にディケイド目掛けて静止した景色の中を駆け抜ける。

 

 ファイズが向かってくる瞬間に、ディケイドはライドブッカーを剣の形へと可変させ構えていた。その剣がファイズへと縦一文字に振るわれる。それをファイズは直前で半身になって避ける。

 

 ディケイドの刃が空間に僅かに残るファイズの青い残像を切り裂くと同時に、ファイズはディケイドの横腹に向けて蹴りを放った。千分の一に引き伸ばされているとはいえ、衝撃はディケイドの身体を貫き、周辺の雨粒ごとディケイドを弾き飛ばした。ディケイドは剣を地面に突き立て、制動をかける。

 

 その隙をファイズは見逃さない。

 

 地面を強く蹴ると同時に、泥が跳ね、雨粒が霧のように飛散する。その泥が再び地面に着く前に、ファイズの姿はディケイドの眼前にあった。

 

 気づくと同時に剣のライドブッカーを銃型に変化させ、構えた瞬間、ファイズの手がディケイドの手首を掴み、銃口を無理やり逸らせた。

 

 ――しまった。と言葉を発する前に手首を掴まれたままファイズに引き寄せられる。瞬間、凄まじい衝撃がディケイドの腹を貫いた。その衝撃がディケイドの背面にあった雨粒も同時に弾き飛ばし、一瞬にして霧と化す。

 

 ディケイドはその場に仰向けに倒れた。倒れる瞬間、ディケイドはファイズの左手に装備された篭手のような武器を視界に捉えていた。あれによってゼロ距離で腹を殴られたのだ。

 

『Reformation』という音声とともに、ファイズの姿が通常のものに戻っていく。今のファイズならば倒せる。そう思っていても、身体が全く動かない。ライドブッカーはどこへ行ってしまったのか。感覚が鈍化しているせいで、握っているのか、それとも手から離れているのかすら分からない。

 

 白む景色の中で、急に強さを増したスコールを遮るようにファイズが立っている。その手にはバイクハンドルのような持ち手の剣が、フォトンブラッドと呼ばれる赤いエネルギーを纏った刀身を煌かせていた。その切っ先が首筋へと向けられる。

 

「終わりだ。ディケイド」

 

 その言葉とともにファイズが剣を持つ右手を振り上げた。

 

 瞬間、獣のような銃声がスコールの音を割って響き渡った。直後、ゴト、と何か重い物が落下したような音がディケイドの耳元で響いた。そちらに目を向けると、剣を掴んだままのファイズの右腕が無造作に落ちていた。

 

 肩口から赤いフォトンブラッドが噴き出し、泥臭い地面に赤い粘性のある液体が流れ落ちる。ファイズは残った左手で、右肩からの出血を押さえながら、自身の背後から撃ってきたであろう存在に振り返った。

 

 その瞬間、『ファイナルアタックライド』という電子音が鳴り響いた。

 

 ファイズは灰色のスコールの中に、水色のカードが円形を形成していく様を見た。それはまるで地上に現われた青い日輪を思わせた。その日輪が幾重にも重なり合い、ファイズへと向けられる。重なり合ったそれは骨格だけあしらえた一門の砲のように見える。

 

 その砲の奥にいる人影が、青い銃の引き金を引いた。その瞬間、小さな銃口から放たれた弾丸が日輪を突き抜け、巨大な青い光線となってファイズの胸部を貫いた。

 

 ファイズは残った左腕で貫かれた箇所に手をやる。強固な銀色の鎧は容易に砕け、巨大な孔が自身に開いたことを脳が認識した瞬間、ファイズは倒れた。

 

 ディケイドはファイズが倒れたと分かっていても、立ち上がれずにいた。その身へと、ファイズを撃ち抜いた者の足音が、激しいスコールの音に混じりながら近づいてくる。ディケイドは僅かに顔を上げ、近づいてくるそれを視界に入れた。

 

 それは青い銃器を右手に握っていた。大柄な鎧を思わせる青い身体。頭部にはディケイドと色は異なるが、同じように板状のものが無数に刺さっている。眼と思しきものはないが、それは確かにディケイドを見つめながら銃を肩に構えて言った。

 

「危なかったね。士」

 

 その声に、ディケイドは聞き覚えがあった。

 

「……海東。ということは、ディエンドか」

 

 その言葉を発した瞬間、ファイズから受けたダメージのせいか、ディケイドの意識は闇に消えた。

 

 あとにはスコールの音が、耳鳴りのようにいつまでも聞こえていた。

 


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