仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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明暗

 灰色の雲に一面覆われた空で、一際巨大な光が瞬いた。

 

 その光が瞬いた場所の雲が円形状に切り取られ、そこから一筋の小さな光が地表に向けて落下してくる。

 

 それを光夏海はビルの屋上から眺めていた。強い風が吹き抜け、夏海の長い黒髪がなびく。今、夏海のいるビルはもう人の住んでいない薄汚れた廃ビルだった。その屋上に取り付けられた手摺に掴まりながら、夏海は遠くに落ちた光の行方を想った。

 

 先ほどの光は、恐らく戦闘の光だろう。連日のように繰り返される、存亡をかけた殺し合いだ。

 

 夏海は荒廃したビルの谷間を流れる風を頬に感じながら、周囲の景色を見渡した。傾いたビルが、隣のビルに突き刺さり、中には横倒しになった建物に押し潰された建物もある。どの建物も朽ちており、色あせたコンクリートからは饐えたような臭いが立ちのぼる。どの建物を見ても、中には人っ子一人いない。

 

 この街はディケイドが現われた初期に、大規模な戦闘によって崩壊し、棄てられた街だ。ライダー同士の戦いは、街ひとつを軽く壊滅させる。それがディケイドというたった一つの存在を消滅させるためだということを、どれだけの人間が知っているだろう。夏海は埃交じりの空気を吸い込みながら、ディケイドを最後に見た日のことを思い返した。

 

 荒野の中に、自分は白いドレスを着て立っている。その荒野を埋め尽くさんばかりのライダーの軍勢がたった一つの存在を破壊するために襲い掛かる。地上をライダー達の駆るバイクが爆音を響かせながら走り抜ける。空は異形の怪物や龍が飛び回り、それを操るライダー達の勇み声が響き渡る。その声を赤い光が貫き、轟音が大地を震わせ、バイクが地面を滑り、ライダー達が投げ出され倒れる。

 

 炎が荒れ狂い、異形の怪物の断末魔が木霊する。死屍累々たるその光景の中、自分は薄汚れたドレスを着たまま立ち尽くす。その風景の中心、ライダー達の死体の上に立つ紫色の姿を眺めながら。

 

「……ディケイド」

 

 その声にディケイドは一瞬、こちらに目を向けたように見えたが、すぐに背を向けどこかへ歩き去っていく。その姿へと自分は掛ける言葉を持たない。

 

 その背が記憶の中の荒野の景色に溶けて消えていくのを、夏海はぼんやり思い返していると、突然自分を呼ぶ声が後ろから聞こえて振り返った。

 

 そこにはジャケットを羽織った一人の青年がいた。年の頃は自分より一、二歳年上であろう、純朴そうな顔をした青年だ。

 

「ユウスケ。どうしたんですか?」

 

 夏海が尋ねると、ユウスケと呼ばれた青年は「どうしたじゃないよ」と言いながら、夏海に歩み寄った。

 

「急にどこかに行ったら心配するじゃないか。ついさっきまで、近くで戦闘があったんだ。危ない目にあったらどうするんだよ」

 

「その戦闘なら、さっき見ました。あの辺りの空が光って――」

 

 夏海が先ほど空が光った場所を示しながら言った直後、何か思いつめたような顔をしながら空を示した指を下ろし呟いた。

 

「また、ディケイドとライダーが戦ったんでしょう。ディケイドは、士くんはどうなったんでしょうか」

 

 士、という名を聞いた途端、ユウスケの顔色が変わった。ユウスケは俯きながら、夏海の顔を見ずに言った。

 

「ディケイドは未だ倒せていない。今日討伐に向かったスカイライダーと龍騎からの連絡も無い。恐らく、また殺されたんだろう。ディケイドに」

 

 ユウスケは夏海に半分背を向けながら、拳を握り内に湧いた怒りを逃がすように長く息を吐いた。夏海はそんなユウスケに、何も言葉を掛けられずにいた。

 

 それはユウスケもまた〝ライダー〟の一人だからだ。仲間を殺されて、怒りを感じない人間などいない。

 

「……ユウスケ」

 

 夏海が不安そうに呟いたのに気づき、ユウスケは取り繕ったような笑顔を浮かべながら、夏海を宥めた。

 

「大丈夫だよ。戦闘地域はここからは大分遠いし。ディケイドだって俺たちが今、身を潜めている場所までは分からないはずだ。何も心配要らないって」

 

 心の内を表面に出すまいとしているのは、ユウスケなりの夏海への気遣いなのだろう。夏海はそれを感じて、笑顔で頷こうとした。しかし、それは弱々しく余計に心配させてしまうような笑顔だった。

 

「そう、ですよね。……士くんだって、私達をわざわざ殺しに来るわけがないし」

 

 夏海の口から出た士という名に、ユウスケはまたも何か言いたげな表情になったが、その言葉を飲み込むように、早口に言った。

 

「とりあえず、ここから離れよう。いくら遠くてもこのビルは危険だ。それにディケイドがいつ来るかも分からない」

 

 ユウスケは夏海の手を無理やり引いて歩き出そうとした。その手を夏海は反射的に振りほどいた。ユウスケは立ち止まり、夏海の顔を見つめている。夏海はユウスケが掴んだ手を庇うようにしながら、俯いて言った。

 

「……すいません。もう少ししたら戻りますから。まだ、一人にしてください」

 

 その言葉に、ユウスケは否定も肯定もせずに、踵を返し、ビルの階段を降りていった。遠ざかっていくユウスケの足音を聞きながら、夏海はユウスケが握った手首を見つめた。

 

 掴まれた手首は内出血しているのか、少し腫れていた。

 

 いくら平静を装っていても、ユウスケとてライダーだ。夏海を気遣う気持ちよりも、ディケイドへの怒りのほうが勝っているのだろう。その証拠にユウスケは一度も、ディケイドのことを本当の名前では呼ばなかった。

 

「……どうして、こうなってしまったんでしょうか。士くん」

 

 夏海は灰色の空を見上げてそう呟いた。


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