仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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約束

 

 ディエンドの鎧が砕け、ディエンドライバーが地面に音を立てて落下した。

 

 ディケイドはディエンドが砕ける瞬間、何か大きな光に包まれたのを見たような気がしたが、今ディエンドがいたはずの場所にはその光の残滓も無かった。

 

 あとに残ったのは銃身が中心から二つに折れたディエンドライバーと、地に突き刺さったライダーカードだった。ディケイドはそのライダーカードを拾い上げ、手元で見つめた。

 

 そこには何も描かれていなかった。ただ、カードの下部に『NARUTAKI』と刻まれているだけだ。

 

「……そうか。お前もまた、俺と同じだったのか」

 

 ただディケイドを憎み、追い続ける存在。ディケイドと同じ、ただの現象。それに一条薫の意識が乗ったのだろう。

 

 ディケイドが言った直後、そのカードは砂のようになって指の間を滑り落ちていった。ディケイドはハンドルを引き、バックルから『ディケイド』のカードを取り出した。鎧がモザイクのように砕け、周囲の空気へと溶けていく。

 

 士は長く息を吐いた。その時、士に向けて駆けて来る足音を感じ、そちらへと目を向けた。

 

「士くん!」

 

 夏海が心配そうな顔をして士へと駆け寄ってくる。士は安心させるように笑みを浮かべながら夏海へと向きかえった。

 

「士くん。大丈夫ですか?」

 

「ああ。何ともない。心配かけたな、夏海」

 

 その言葉の直後、胸に圧し掛かってくるような重みを感じ士はふらついた。見ると、夏海が士の胸に顔を埋めて寄りかかっていた。

 

「……本当に、心配したんですから。士くん」

 

 その言葉に士は胸の内に少しばかり罪悪感を覚えた。自分を信じて待ってくれた大切な人に、こんなにも心配をかけてしまった。士は無言で夏海の頭に手を置き、夏海の身体を抱き締めた。

 

「……もう、心配かけさせないでください。お願いですから」

 

「ああ。約束する。長い間、すまなかった。夏海」

 

 言って抱き締める手に力を込めようとした、その時だった。

 

 突然、士の耳に何かが割れるような音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でしょう、今の音」

 

 夏海は突然聞こえてきた音に、士の服を握ったまま辺りを見回した。すると、灰色の雲に閉ざされた天井に皹が入っているのが視界に映った。それだけではない。灰色のオーロラが周囲で揺らめき、荒野にある小高い丘を消し去っていく。荒野の乾いた景色が徐々に透明になっていき、溶けるように消滅していく。

 

「……そんな。全部終わったんじゃなかったんですか?」

 

 夏海の言葉に士は「……いや」と首を振った。

 

「逆だ。全部終わったから、この場所は崩壊する」

 

「それって、どういう――」

 

 士の言葉に疑問を挟もうとした夏海は、そこで思わず言葉を切った。

 

 士の身体が周囲の風景と同様に透け始めているのだ。

 

「士くん。その身体……」

 

 夏海が放ったその言葉に、士は驚きもせずに「ああ」と自身の半透明になった手を見やった。

 

「ここは『クラインの壷』の中だ。全てのライダーが破壊され、ディエンドも消えた今、最早この場所は必要ない。俺も、どうやらお役御免らしい」

 

 冷静に事態を見つめる士に、夏海はようやく悟った。ディケイドは全てのライダーを破壊するためだけに生まれてきた存在。その役目が終わった今、ディケイドだけではなく、その器である士までもが消えようとしている。夏海はその現実に、士の服を引っ張り、激しく髪を振り乱して首を横に振った。

 

「嫌です! そんな。こんなことって……。だって、折角戦いが終わったのに。もう一度、一緒にいられると思ったのに……」

 

「悪いな。どうやら、こればっかりは俺でも破壊できそうにない。多分、最初から決まっていたんだろう」

 

 穏やかな口調で言う士は全てを受け入れているようだった。しかし、夏海は目の前の現実をそう簡単に認められなかった。これではどちらにせよ、士は救われない。世界のために創られ、破壊され、全てが終われば消し去られる。そんな不条理がどうしても容認できなかった。

 

「決まっていても、士くんは抗ってくれるんでしょう? 定まった流れを破壊してくれるのが、ディケイドのはずなんじゃ――」

 

「無理なんだ、夏海。もう、俺には」

 

 夏海の言葉を遮り、士は『ディケイド』のカードを翳した。その瞬間、『ディケイド』のカードから絵柄が消え、カード自体も砂のように崩れ士の指先から滑り落ちた。

 

「もう、俺はディケイドにはなれない。運命を破壊する力も、抗う力も、どうやら世界は俺から奪っていくらしい」

 

『ディケイド』のカードだった砂の塊が灰色のオーロラに消されていく。夏海はそれを見つめながら、もう会えないのだとようやく解った。もう士には会えない。その現実に夏海は士の服を掴んでいた指を離し、項垂れた。

 

 士は夏海に背を向け、崩れて消えていく景色を眺めながら、ぽつりと夏海に言った。

 

「夏海。そのカメラ」

 

 その言葉に夏海は顔を上げた。士は肩越しに夏海を見つめながら続ける。

 

「そのカメラ、お前にやる。だから、俺の代わりに世界を撮ってくれ」

 

「……やめてください」

 

 夏海は俯いて両手で耳を塞いだ。士は構わず、言葉を続ける。

 

「そのカメラは多分消えない。確信はないけど、そんな気がするんだ。だから、夏海。そのカメラで、俺が見れなかった景色を――」

 

「やめてください!」

 

 士の言葉を夏海は大声で遮り、嗚咽の混じった声で言った。

 

「……代わりに撮ってくれ、だなんて、士くんらしくありません。士くんには、自分自身で世界を撮って欲しいんです」

 

 夏海の言葉に士は沈黙を挟んで、静かに口を開いた。

 

「――そうだな。代わりって言うのは、らしくなかった。夏海。俺は、お前に託したいんだ。俺の思いを。ユウスケたちが俺に託してくれたように」

 

 ユウスケの名前が士の口から出たことに、夏海は驚いて顔を上げた。

 

「俺の思いを、そのカメラと共に託したいんだ。夏海。それがユウスケたちと、俺自身の願いだ」

 

「……そんな。ずるいです、士くん。そんな、言い方」

 

「ずるいのは分かっている。お前に無理矢理押し付けているようなもんだからな。だけど、夏海。これだけは忘れないでくれ」

 

 士は夏海の方へと向き返り、夏海の目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「お前がレンズ越しに世界と向き合うとき、俺はいつでもお前と共にある。お前がレンズで覗いた景色は、俺の眼にもしっかりと映っている。だから、頼んだぞ、夏海」

 

 士は夏海の頭に手をやり、ゆっくりとその手を離した。黒いコートを翻し、背を向け灰色のオーロラの中に消えて行く。

 

 夏海はハッと我に帰り、士のあとを追いかけた。

 

「士くん! 待って! 行かないでください!」

 

 追いすがり、指先がコートの先を掴んだ。しかし、その瞬間、半透明になっていたコートは完全に感触を失い、夏海の指は空を掴んだ。

 

 士はこちらへと振り返ることなく、片手を上げて別れを告げる。その背中へと夏海は、呼びかけ続けた。

 

 まだ、何も言っていない。本当に言いたいことを、何一つ。

 

「士くん! 待って! まだ、言いたいことが、言わなきゃいけないことがあるんです! だから……」

 

 もう一度、夏海は士へと手を伸ばした。しかし、今度はコートを掴むどころか、何にも触れられず、伸ばした手は空しく宙に開かれたまま止まった。

 

 荒野の景色が完全に消失し、辺りは虚空と静寂に包まれていく。その中を一人取り残された夏海は、背後に灰色のオーロラが迫っているのを見た。

 

 あれに追いつかれたら二度とこの場所に戻ることも、士に会うことも出来ない。直感的にそう感じた夏海は、ほとんど暗闇に飲まれた士の姿を求め駆け出した。

 

 灰色のオーロラが、夏海へとあっという間に追いつき、その身体を飲み込んでいく。夏海は手を伸ばし、士へと必死に呼びかけた。

 

「士くん! 覚えていてください! もう一度会える日まで、信じて待ってますから! その時に言うから、だから、士くんも私のことを忘れないで……!」

 

 その言葉が士に届いたのかそれとも届かなかったのか、次の瞬間に灰色の景色の中に飲まれた夏海には判らなかった。

 





 次回、『仮面ライダーディケイド Another End』最終回。

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