仮面ライダーディケイド Another End 作:オンドゥル大使
――罪の清算。
ディエンドが放ったその言葉に、ディケイドは突然に身体中の血が固まったかのように身動きが取れなくなるのを感じた。
覚えず、自身の手に視線を落とす。いくら仕組まれていたこととはいえ、数多のライダーをその手にかけた忌まわしい血に濡れた手。その罪は簡単に拭い去れるものではない。
ならば、とディケイドは突きつけられた銃口へと視線をやった。『ファイナルアタックライド』の音声が鳴り響き、ディエンドライバーの射線を囲うように、半透明のカードが円形に展開され、それが幾重にも積層されていく。
これを真正面からくらえば清算できるのか、とディケイドは赤い複眼で今にも弾丸が放たれるであろう銃口を見つめた。青い光線が罪を洗い流してくれるのか。世界の破壊者として犯してきた数々の罪悪を。その思考に、仮面の下で瞼を閉じようとした士の耳に、声が届いた。
――士、迷うな。
その声は、ユウスケのものだった。自身の中にあるライダーカードと化したユウスケが語りかけているのだ。
――お前には、帰る場所がある。待ってくれている人がいる。鳴滝さんの言葉に呑まれるな。誰かの手に委ねるんじゃない。お前は、お前自身の方法で罪を償うんだ。
その言葉に士は後ろを振り返った。
そこにはこちらを不安げに見つめる夏海の姿があった。その肩が震えている。恐らく、今すぐにでもここから逃げ出したいのだろう。それでもこちらを見つめ続けているのは、自分のことを信じてくれているからに他ならない。士はその目を見つめ返し、頷いてディエンドへと向き直った。
「――そうだったな。俺は、まだ死ねないんだ。命ある限り戦う。たとえ、贖えない罪を重ねようとも。それが、仮面ライダーだ」
呟き、ライドブッカーの中からエンジン音と共に一枚のカードを取り出す。それを翳し、士は自身の内にいる二十四人のライダー達に向けて言った。
「いくぞ。これが、俺たちの放つ最後の技だ」
そのカードをバックル部に挿入する。
『ファイナルカメンアタックフォームライド』の音声が鳴り響くと同時に、ディケイドはハンドルを閉じた。
『ディ、ディ、ディ、ディケイド!』というスクラッチされた音声がバックルから放たれ、先の音を掻き消す。
ディケイドが片手を振り上げる。その瞬間、コンプリートフォームの装甲が砕け、ディケイドの姿が元に戻っていく。
直後、大気を震わす轟音と共にディエンドライバーから青い光線が放たれる。射線上の半透明のカードからエネルギーを得た光線は、ディケイドの姿をすっぽり飲み込んでしまうほどの大きさだった。その光線がディケイドの姿を消滅させると思われた刹那、青い射線を中空から落下してきた何かが阻んだ。何事かと、ディエンドがそれに目をやる。
それは『仮面ライダー』の肖像が描かれた巨大なライダーカードだった。そのライダーカードが壁のように、青い光線の行く手を阻んでいるのである。それの前面へと、『仮面ライダー二号』、『仮面ライダーV3』とさらに新たなライダーカードが展開されていく。ライダーカードが展開されるたびに、青い光線が押し戻されていく。『仮面ライダー』から『キバ』までのライダーカードが青い光線を拡散させ、最後にディエンドの眼前へと『ディケイド』のライダーカードが展開される。
両者の間に二十五枚のライダーカードが展開され終わると同時に、ディケイドは跳躍した。
それに併せて、ライダーカードもせりあがりディケイドとディエンドを一直線に結ぶ。空中で跳び蹴りの姿勢を取ったディケイドは、そのまま流星のようにライダーカードへと突っ込んだ。
ライダーカードを蹴破るたびにディケイドの脳裏にそれぞれのライダー達の記憶が流れ込んでくる。
彼らは生きていた。
レプリカであろうとも、オリジナルと違う人生を歩ませられようとも、自分たちの意思で仮面ライダーとして戦ってきた。その魂がエネルギーの奔流となってディケイドの身体に蓄積され、全身が赤い光を帯びる。コンプリートフォームの状態からライダーカードを展開し、蹴破ることは全てのライダーを破壊するのと同義だった。だが、それは同時に全てのライダーの力を繋ぐこともである。隕石のように赤く瞬いた足が、『キバ』のカードを貫き、最後の『ディケイド』のカード越しにディケイドはディエンドの中に歳若い男の姿を幻視した。
その男はディエンドの鎧に囚われ、どす黒い鎖に雁字搦めにされているようにディケイドの眼には映った。
その男の眼と、ディケイドの視線が交錯する。ディケイドはその瞬間、悟ったように「ああ」と口中に呟いた。
「――今、解放してやる」
その言葉と共にディケイドの蹴りが全てのライダーカードを流星のように貫き、ディエンドの身体を射抜いた。
ディエンドの鎧がモザイクのように砕けていく。
鳴滝は霧散していくディエンドの鎧を取り戻すかのように手を伸ばした。しかし、掴んだ先からディエンドの鎧はガラスのように砕け、質量すら感じられない霧となって消えていく。
「――駄目だ。まだ消えないでくれ。私は、私はこの力が無ければ帰れないんだ」
鳴滝は言いながらもう一度、消えかけた鎧の欠片へと手を伸ばした。その時、横から伸びてきた手が、鳴滝の手を遮った。その手の主へと鳴滝は目を向ける。
そこには五代雄介がいた。優しげな笑みを浮かべ、鳴滝の手を遮りながら首を横に振った。
――もう、いいんですよ。一条さん。
五代が放ったその言葉に鳴滝は声を震わせながら、首を振った。
「いいわけないだろう。私は、お前の世界を取り戻したかった。お前が望んだ、笑顔に溢れた優しい世界を。そのためにディエンドの力を手に入れたんだ。なのに、こんなところで――」
もう一度、鳴滝はほとんど砕けて消えようとしているディエンドの鎧の欠片へと目をやった。その鳴滝へと、五代は言葉をかける。
――だから、もういいんです。もう、一人で戦わないでください。一条さん。
「お前だって、たった一人で未確認生命体と戦ったじゃないか」
鳴滝の言葉に五代は頭を振った。
――俺は、一人で戦ったわけじゃありません。一条さんや、みんながいたから戦えたんです。
「だが、お前が守ろうとした人々は、ディケイドに……」
――それも、もういいんです。俺は、ディケイドを憎んでなんていません。俺は無力だったけど、でもいいんです。俺よりも、一条さんのほうが随分と苦しんだ。だから、もう終わりにしましょう。一条さん。
「本当に、それでいいのか? 五代」
鳴滝の言葉に、五代は柔和な笑みを浮かべながら頷いた。
――帰りましょう。一条さん。もう、随分と長い旅をしてきたんでしょう?
五代の言葉に、鳴滝は目を閉じて長い息を吐いた。言われてみれば確かに長い旅路だった。そう思うと、身体の内側からえもいわれぬ疲労感が滲み出し、鳴滝はその疲労を吐き出すように言った。
「……そうだな。思えば、とても遠回りな旅をしてきたように感じるよ。そろそろ帰ろうか、五代」
目を開くと、鳴滝の姿は一条薫の姿へと変わっていた。五代は笑顔でサムズアップを寄越してきた。それに一条は同じようにサムズアップを返した。
何度も繰り返してきた光景。だが、それがいまや懐かしく思える。
ああ、そうか。と、一条は納得した。
「俺は、もう一度だけ、こうしたかったんだ」
自身の親指を上げた拳を見下ろし、一条は柔らかく笑った。