仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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戦士

 

 青い光の柱が、暗礁空間を横一直線に奔っていく。

 

 その青がディケイドを飲み込んだ瞬間、夏海は思わず士の名を叫んでいた。青い光がハレーションのように暗い空間の中を照らし、夏海の眼を刺激する。夏海はその光に目を細めながら、ディケイドのいたであろう空間を見やった。

 

 果たして、そこにディケイドはいた。ディケイドは背中から伸ばした翅を前方に翳し、さらにライドブッカーで直撃を受け止めたのだ。しかし、バーコード状の翅は見る影もなく焼け焦げ、ライドブッカーで防いだとはいえ、鎧のほとんどが煤にまみれたように黒く変色している。突起のある部分は爛れたように溶解し、もはやそれは鎧と呼ぶのが憚られるほどに形状が崩れていた。

 

 ディケイドは地面に手をつき、片手で柄を握って身体を支えた。恐らくそうして立っているのも限界なのだろう。離れている夏海からでも、ディケイドの膝が笑っているのが見て取れた。

 

「まだ生きていたか。しぶといな」

 

 ディエンドは吐き捨てるように言って、ディケイドへとゆっくりと歩み寄る。反撃する力が残っていないことを分かっているのか、その足取りは余裕に満ちていた。

 

 ディケイドは何度か立ち上がろうとするが、その度に姿勢を崩し、地面に突き刺したライドブッカーに寄りかかるようにして倒れた。

 

「無様だな。だが、貴様には地に這い蹲る姿こそが相応しい。私と同じ地表に立ち、同じ空気を吸うなど、吐き気がする」

 

 ディエンドライバーの銃口が、ディケイドへと向けられる。それを見た瞬間、夏海は覚えず走り出していた。そしてディエンドとディケイドの間に割って入り、ディケイドを庇うように両手を広げた。

 

「何のつもりだ? 君は、自分が何をしているのか分かっているのか?」

 

 眼前に突きつけられた銃口と共に、殺気を帯びた声が突き刺さる。夏海はその殺気に気圧されそうになる自分を感じながらも、必死にディエンドを睨みつけた。

 

 その眼を見つめたディエンドが「なるほど」と声をもらし、ディエンドは銃口を下ろした。夏海は思わず安堵の息をついた。しかし、次の瞬間、それを裏切るようにディエンドは銃身をスライドさせ、カードを装填した。

 

「どうやらディケイドと共に死ぬのがお望みらしいな。なら、望みどおりにしてやろう」

 

 銃口が再び夏海へと向けられる。銃口の奥が青く瞬くのが、夏海の目に映った。

 

 ――殺される。

 

 脳裏を過ぎったその思考に夏海は目を閉じた。その時、背後から伸びてきた手が夏海の肩を掴み、力任せに横に突き飛ばした。

 

 突然のことに夏海は地面に倒れこむ。その直後、夏海が先ほどまでいた空間を凶暴な銃声が引き裂いた。その音に、夏海は振り返る。

 

 そこにはディエンドに刃を振り下ろしたディケイドの姿があった。ディエンドは銃身で刃を受け止めている。その時、夏海はディケイドの足元に赤い染みが広がっているのを見つけた。それはディケイドから滴り、今も広がり続けている。

 

 夏海は、ディケイドが自分を庇って撃たれたのだとようやく悟り、立ち上がってディケイドに近づこうとした。

 

「来るな! 夏海!」

 

 その声に駆け寄りかけた足が止まる。ディケイドは苦しげなうめき声を上げながら、夏海へと顔を向け、首を振った。

 

「いいか。絶対に来るんじゃない! これは、俺が選んだ戦いだ。お前まで傷つくことはない!」

 

「……そんな。また、全部背負うつもりなんですか!」

 

「違う!」

 

 夏海の言葉を士の声が強く否定した。

 

「あいつらに、ユウスケ達に俺は誓った。何かを背負うんじゃない。俺自身のために戦うと。だから、信じてくれ、夏海。信じてくれさえすれば、俺は勝てる。勝って、また世界を撮るんだ。俺自身のために!」

 

 その声に夏海は言葉を詰まらせた。士を信じる。ポケットの写真を握り締め、夏海はどう答えるべきか逡巡するように目を伏せると、その耳にディエンドの声が響く。

 

「信じてくれれば、勝てる、だと? 思い上がるのもいい加減にしろ!」

 

 銃身でディケイドの刃を押し出し、ディエンドは叫んだ。ディケイドは倒れ込みそうな身体を支えるように、地面に手をついた。その姿を見たディエンドが嘲笑を浴びせかけながら、銃身をスライドさせる。

 

「立っているのも限界の身体で、よくそんな言葉が吐けるものだな。そんなもので埋まる実力の差でないことは分かっているだろうに」

 

「……実力の差なんて、関係ない。俺は、何度でも立ち上がる。誰かが俺を信じてくれる限り、覚えてくれている限り」

 

 刃を杖のように突きたてながら、ディケイドは震える身体をなんとか支えた。その言葉を聞いたディエンドの複眼の無い異質な顔に、憎悪の色が浮かんだのが夏海にも見て取れた。

 

 低く押し殺した声で、ディエンドは言葉を発する。

 

「……安い希望を振りかざすか。ならば、それを打ち崩してやろう」

 

 ディエンドは一枚のカードを取り出し、それをディエンドライバーに装填し銃身を元の位置に戻す。『カメンライド』の音声が鳴り響き、ディエンドは変身時のように銃を天上に向けて掲げた。

 

「絶望をくらえ、ディケイド」

 

 引き金に掛けられたディエンドの指に力が込められる。『オールライダー』の音声が鳴り響き、二門の銃口から虹色の弾丸が撃ち出された。それは空中で花火のように弾け、地面へと雨のように降り注ぐ。それは着地する直前に人の形を取り、ディエンドの周囲に片膝をついて侍った。その虹色の光に包まれた人型が徐々にその姿を露にしていく。

 

 それを見た瞬間、夏海は驚愕に呼吸さえ忘れ、目を見開いた。

 

 それはディケイドが破壊してきたライダー達だった。その総数、二十四。破壊されたはずのライダー達は立ち上がり、各々の複眼でディケイドを睨み据えた。

 

 さらにディエンドは再度天上に銃口を向け、引き金を絞った。

 

 瞬間、射出された弾丸が中空で弾け、星空が灰色の空と、荒れ果てた景色に塗りつぶされていく。それと同時に地面の下にある星たちも乾いた地面に覆われていく。

 

 瞬く間に星空に満たされた世界は消え、目の前に広がったのは『ライダー大戦の世界』にあった荒野の姿だった。

 

「貴様が命を落とすにはこれ以上の舞台はあるまい。全ての始まりであり、終わりの場所だ。ディケイド」

 

 言い終わると同時にディエンドが高笑いを上げながら、周囲に立つライダー達を見回した。

 

「ディエンドは造物主と同じ力を持っている。これらのライダー達はレプリカだが、戦闘能力はオリジナルとほぼ同等だ。今の貴様では彼ら一体を相手にすることすら困難だろう。さぁ、呪われたこの場所で、ライダー達を破壊した報いを受けるがいい! ディケイド!」

 

 ディエンドがディケイドへと銃口を向ける。それを合図にしたように、ライダー達がディケイドに向けてゆっくりと歩き出した。

 

 その足音が静寂に包まれた荒野へと染み渡る。ディケイドは刃を構えようとしたが、それすら出来ずに膝を折った。もう限界が近いのだろう。夏海はディケイドに駆け寄り、その肩に手を置いた。ディケイドはそれを力なく振り払い、ライドブッカーの柄を握ろうとした。だが、握ることもかなわず、その指さえ柄を滑り落ちていく。

 

「士くん! もう無理です。逃げましょう!」

 

 どこへ、逃げるというのか。言ってから夏海は思ったが、他に掛ける言葉が無かった。ディケイドは頭を振り、もう一度ライドブッカーに手を伸ばした。

 

「駄目だ。俺は、戦う」

 

「……でも。もう、戦える状態じゃありません!」

 

「関係、ない。誓ったんだ。ユウスケ達に、俺自身に。命ある限り、戦い抜くと……!」

 

 柄を握り、ディケイドはよろめきながら立ち上がった。ライダー達の、軍隊のように整った足音が響き渡り、ディケイドへと着実に距離を詰めてゆく。その中には赤いクウガやキバの姿もあった。ディケイドは夏海を庇うように片手を夏海の前に広げ、もう片手で引き抜いたライドブッカーを構えた。

 

 ライダー達が眼前に迫る。ディケイドは肩を上下させながら、ライドブッカーの切っ先を向かってくるライダーに向けた。

 

 ライダー達がそれを見て立ち止まる。雑踏が急に引き、静謐が訪れる。だが、それも一瞬のことだろうと、夏海は感じていた。次にどちらかが動いた瞬間、恐らく勝負は決する。

 

 ディケイドは動かず、じっとライダー達を見据えている。迂闊に動けば、隙が出ることを分かっての行動だろう。夏海も息を潜め、成り行きを見守っていた。数では圧倒的に相手が有利だ。この状況下で勝てるはずが無い。

 

 その時、先頭に立つライダーが僅かに動いた。攻撃の気配を感じ、夏海は次の瞬間に訪れるであろう暴力の奔流に目を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのか。

 

 耳が痛くなるほどの静寂が支配する空気の中、夏海はゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界の中には、予想していた凄惨な光景は無かった。

 

「……そんな。何で?」

 

 思わず夏海はそう呟いていた。

 

 夏海の視界の中に、ディケイドを庇うように前に立ちディエンドへと向き直ったライダー達の背中があった。

 

「……これは、どういうことだ?」

 

 突然のことにディケイドも戸惑うような声を上げた。その時、背中を向けていたライダーの一人が振り返った。

 

 赤いクウガだ。真紅の複眼がディケイドを捉え、拳を掲げる。そのまま殴りつける気か、と夏海は思ったが、目の前で展開された光景はその予想を裏切ったものだった。

 

 クウガは親指を上げ、サムズアップをディケイドと夏海に寄越した。それを見たディケイドが驚いた様子で言葉を発した。

 

「……まさか、ユウスケか?」

 

 その言葉に夏海はクウガの複眼を見つめた。すると、クウガはサムズアップをしたまま、夏海のほうを見て頷いた。

 

「……どうして。だって、ユウスケはカード化したはずじゃ」

 

「また呼び戻されたんだ。ディエンドの能力によって、『クラインの壷』の底から。夏海ちゃんは聞いただろ。ディエンドの能力はレプリカを作り出す能力だ。だが、そのレプリカだって基が無ければ作れない。基となる人格は『クラインの壷』の中にある。そうなれば、世界が消え『クラインの壷』の奥底に封印された俺たちが呼び出されるのは当然、ってわけさ」

 

 夏海の言葉にクウガは温かみのある声で返した。それは紛れも無く小野寺ユウスケの声だった。久しぶりに聞いた、ユウスケの温厚な声。戦闘に張り詰めた気配の無い、純朴で優しい声音。その声を聞いただけで夏海は涙が出そうになった。

 

 クウガはディケイドに向き直り、力強く言った。

 

「安心しろ、士。俺たちは、みんなお前の味方だ」

 

 その言葉と共に全ライダーの視線がディケイドへと向けられる。ディケイドがその眼を見返すと、全員が真っ直ぐにディケイドを見つめ頷いた。

 

「……そうか。すまない。俺を信じて一緒に戦ってくれるか?」

 

 ディケイドの問いかけにライダー達が再度頷く。

 

 ディケイドはそれを確認すると、よろめきながらライダー達に向けて歩き出した。ライダー達は道を開け、ディケイドを前に通した。ディケイドを中心に、二十四人ものライダー達が並び立つ。その壮観な光景に、夏海は目を奪われていた。世界を飛び越え、時間さえ越えた戦士達の戦列が、荒れ果てた景色の中でたった一人の敵を見据えている。

 

「さぁ、決着だ。鳴滝。俺はこいつらを信じている。お前が馬鹿にした信じるということがどれほどの力を持つか、教えてやる」

 

 ディケイドが放ったその言葉にディエンドはたじろぐような仕草を見せた。だが、すぐに銃口をディケイドたちに向け、調子を取り戻すかのように大声で返した。

 

「信じるだと? そのレプリカ共をか? ふざけるのも大概にしてもらおうか、ディケイド! そいつらは私が生み出したレプリカだ! いくら魂とやらが宿っていても、ライダーを構成する素体が私の支配下にあることには変わりは無い。そいつらと共同戦線を張ったところで、貴様一人が私と戦うのと、なんら変わりはしない!」

 

「……確かに、俺たちがあんたと戦うことはできない」

 

 ディケイドの隣から一歩踏み出したクウガがディエンドの言葉に応じる。

 

「だが、託すことはできる。俺たちの思いを。それこそ、魂を」

 

 そのクウガの言葉に続くように、ブレイドがディケイドを挟んでクウガと同じように前に立った。

 

「その通りだ。士が俺たちを信じてくれているように、俺たちも士を信じている。武器を振るうことが出来なくても、俺たちには心がある。研ぎ澄まされた思いは刃よりも強い。それを、俺たちは託す術を知っているんだ」

 

「……戯れ言を。レプリカ風情が私に説教を垂れる気か……!」

 

 ディエンドが引き金を引き絞る。それと同時に放たれた弾丸をブレイドの細く鋭い剣と、クウガの横回し蹴りが弾いた。

 

 それにディエンドが驚愕する前に、二人の声が重なる。

 

「「士。俺たちの魂、お前に託す」」

 

 その言葉にディケイドは頷き、「ああ」と応じながらバックルの両側にあるハンドルを開いた。中から『ディケイド』のカードを取り出し、それを前面に翳す。

 

「約束しよう。お前らの魂、無駄にはしないと」

 

 その時、『ディケイド』のカードの下部から光が瞬き、その光がカードを下側からじりじりと書き換えていく。それがカードを書き換え、光が弾けた瞬間、ディケイドはそれを再びバックルへと挿入した。

 

『ファイナルカメンライド』の音声が鳴り響き、ディケイドはハンドルを勢いよく閉じた。『ディケイド』の音声と共に、ディケイドの顔を模した赤いホログラムがバックル前面に展開される。

 

 それと同時に、周囲のライダー達がディエンドに召喚された瞬間と同じ、虹色の影へと変化していく。ライダーであった虹色の影たちはディケイドを中心として交錯し、やがてディケイドへと集束した。

 

 刹那、赤い光が瞬き、ディケイドを起点として荒野の中を同心円状に広がった。荒廃した風を吹き飛ばし、砂塵が竜巻のように激しく宙を踊り狂う。

 

 荒ぶる光景の中、夏海は片手を翳して視界を守りながら僅かに目を開いた。

 

 そこには砂煙の中で立ち尽くす一人のライダーがいた。銀色と黒を基調とした鎧を纏っている。が、夏海の目を引いたのは胸部から両肩に跨る追加装甲だ。そこにはまるで博物館のように、整然とライダー達の肖像であるライダーカードが配置されていた。クウガからキバまで配されたその鎧は、紫色の鎧に上下から挟まれている。

 

 頭部を七つの板が貫いており、そのうち二つが角のように発達し、前面に張り出している。その張り出した二本の板が額付近の『ディケイド』のカードを挟み込んでいる。

 

 その奇異な姿のライダーは左腰に装着したライドブッカーを剣の形に変形させ、軽く斜に一振りする。それだけで周囲を覆っていた砂煙に一閃が走り、次の瞬間にはあれだけ激しかった砂塵が嘘のように霧散していた。そのあとには白日の下に晒された一人のライダーの姿がある。

 

 そのライダーの一対の赤い複眼が、戦闘の光を湛え、ディエンドを見据えた。その視線にうろたえるように、ディエンドは震える手で銃口を向け、呟いた。

 

「……ディケイド、か? 何だ、その姿は?」

 

 その言葉で夏海はようやく目の前の奇妙な姿のライダーがディケイドであることを認識した。

 

 ディケイドはライドブッカーの刃の切っ先をディエンドに向け、言った。

 

「これが俺たちの姿だ。全てのライダーの力を併せ持つディケイドの真の姿。仮面ライダーディケイド、真コンプリートフォーム」

 

 ディケイドが発した言葉に、ディエンドはたじろぐように返した。

 

「……真コンプリートフォーム、だと? レプリカ共と融合した紛い物の集合体が、何を言っている!」

 

 ディエンドが銃身をスライドさせ、カードを装填する。『アタックライド、ブラスト』の音声と共に、三つに分裂したディエンドライバーが再びディケイドへと向けられる。

 

「砕け散れ、ディケイド!」

 

 その叫びを引き金にして、ディエンドライバーから弾丸が高速連射される。それをディケイドは避けようともせず、その場に立ち尽くしている。

 

 このままでは蜂の巣にされる。夏海はそう感じ、ディケイドに向けて叫んだ。

 

「避けてください! 士くん!」

 

 だが、その言葉は遅すぎた。一斉掃射された弾丸は既にディケイドの目前まで迫っていた。夏海は思わず両手で視界を覆おうとした。

 

 その時、ディケイドの鎧の表面を、まるで壁にでもぶち当たったかのように弾丸が跳ねた。続く弾丸たちも、ディケイドに命中する直前になって、見えない壁に阻まれたように空間の上で跳弾する。それに驚いたのは夏海もディエンドも同じだった。

 

「……馬鹿な。なぜ弾丸が弾かれる!」

 

 叫びと共にディエンドは引き金を引き絞り、高速連射を繰り返す。だが、結果は同じだった。全ての弾丸はディケイドの装甲に掠ることも無く、直前で見えない何かに弾かれていく。

 

 ディエンドは銃口を下ろし、うろたえるように後ずさった。

 

「……なぜだ。一体何をした、ディケイド!」

 

「さっき言ったはずだ。この姿は全てのライダーの力を併せ持つ。目を凝らしてよく見てみろ。あいつらは、俺と共にある」

 

 その言葉に夏海は改めてディケイドの姿を見つめた。すると、ある変化に気づいた。胸部と肩に跨るライダーカードが全て紫のクウガのカードに変わっているのだ。

 

 ディケイドはゆっくりと歩を進める。夏海はその姿に、紫のクウガの姿がだぶって見えた。

ディエンドがうめくような声を上げながら、再び銃を構え銃声が轟く。その弾丸がディケイドに迫った瞬間、紫のクウガの姿がディケイドの姿と重なり、弾丸がディケイドに憑依したクウガの鎧の表面を跳ねる。

 

 それを見たディエンドは慄くように何度も何度も引き金を引いた。その度にフラッシュバックのように、ディケイドと重なった紫のクウガの姿が一瞬現われ、弾丸を弾いていく。

 

「無駄だ、鳴滝。お前は、俺たちに勝てない」

 

 その言葉が残響する前に、胸部のライダーカードが全て仮面ライダーカブトのカードへと切り替わる。その瞬間、ディケイドの姿がディエンドの前から掻き消えた。それに困惑する間もなく、ディエンドは後ろから放たれた衝撃によろめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた衝撃は鋭い刃による一閃だった。

 

 衝撃に次いで鋭敏な痛みが斬られた背中から全身を駆け巡る。ディエンドよろめきつつも、振り返り様、背後にいるであろうディケイドに銃口を向けた。

 

 しかし、その時にはディケイドは既になかった。それを認識する前に、続け様に、ディエンドの身体を刃の応酬が嬲る。右にあったかと思えば、次の瞬間には左にと、ディケイドの姿は僅かな残像だけを空間に残し、ディエンドの視界の中を走り抜ける。微かに網膜の裏に残るディケイドの残像は、赤い装甲を持つ仮面ライダーカブトの姿と重なり、ディエンドはまるで幽鬼と対峙しているような気分に陥った。

 

「――クロックアップか!」

 

 舌打ち交じりにディエンドは言い放ち、見える範囲内を薙ぐように銃を乱射した。その中でディケイドの姿が立ち止まる。だが、その身には傷ひとつ無かった。見ると、胸部の奇妙な追加装甲にあるライダーカードがまたも紫のクウガへと変わっていた。

 

 ディエンドは荒い息を吐きながら、肩を上下させディケイドに照準を合わせた。青い鎧が数回の攻撃によって削られ、刃による傷跡が全身にあった。

 

「……ディ、ケイド。お前は、この世界にあってはならない存在。なぜ、私の邪魔をする? 帰る場所のない苦しみは、貴様も知っているだろうに」

 

 ディエンドの言葉に、ディケイドは突きつけられた銃口を見つめ応じた。

 

「ああ。確かに、俺も帰る場所なんて無い。その苦しみも、分かっているつもりだ」

 

「そうだろう。なら――」

 

「だが、俺とお前は違う」

 

 ディエンドの言葉をディケイドは強い口調で遮り、続ける。

 

「俺には俺の存在を信じてくれる人がいる。待ち望んでくれている人がいる。それは、お前がレプリカと呼んだこいつらだって同じだ」

 

 ディケイドは胸部の装甲に拳を当て、ライダー達に語りかけるように言った。

 

「信じてくれる人が、待ち望んでくれる人がいるなら、帰る場所はそこにあるんだ。それをお前は、自分の絶望で奪い取ろうとした。自分の都合のいいように複製しようとした。それは、いくら帰る場所の無い苦痛を知っていようとも、許されることじゃない」

 

 ディケイドの言葉に、ディエンドは次第に思考が白熱化していくのを感じた。世界を破壊するために作り出された現象が、被害者である自分をまるで同等以下の人間のように否定する。その現実に、鳴滝はディエンドの仮面の下で奥歯を噛み締めた。胸の内で生じた憎悪が全身にまわり、視界をどす黒く染めていくのがはっきりと感じられる。

 

 次の瞬間、ディエンドはその憎悪を撒き散らすように叫んでいた。

 

「黙れ! 現象風情がふざけてくれる! 許されることではないだと? ならば、私の世界を奪った貴様とて許される存在ではない!」

 

 ディエンドの放ったその言葉に、ディケイドは何も返さなかった。それを見たディエンドがさらに追い討ちを掛けるように言葉を重ねる。

 

「何も反論できまい! 私がいくら間違っていようとも、貴様はそれ以上に罪を重ねたのだ! その罪を清算しろ、ディケイド!」

 

 ディエンドが銃身をスライドさせ、カードを新たに装填する。『ファイナルアタックライド』の音声が鳴り響き、ディエンドライバーの銃口がディケイドへと向けられる。

 

 ディケイドは自身に向けられたその銃口を黙って見据えていた。

 


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