仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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対峙

 

 引き金に力を込めた瞬間、鳴滝は何かが軋みを上げる音を聞いた。

 

 その音に顔を上げ、周囲を見渡す。

 

 星空に囲い込まれた世界は、一部の隙もない静寂で満たされている。にもかかわらず、その静寂が先ほどまでとは打って変わったような気配を孕んでいるのを鳴滝は感じ取っていた。軋みを上げた部分がひび割れ、何かがこの世界に流れ込んでいるような感覚だ。その感覚に、鳴滝は夏海から銃口を外し、警戒の眼を辺りに注いだ。

 

 その時、視界の端で星空が歪むのが見えた。灰色のオーロラが幾重にも揺らめいている。鳴滝は銃口をそちらに向け、オーロラから来るであろう何者かに目を凝らした。

 

 ――全てのライダーは破壊したはずだ。海東大樹も死に、ディエンドもこの手の内にある。では、誰が次元移動してくるというのか。

 

 幾層にも重なった灰色のオーロラを人影が通り抜けていく。ひとつのオーロラを通り抜けるたびに、その姿に輪郭と色が与えられていく。それはまるで人形が彩色される様を見ているようだった。こちらに歩みを進める人影に、黒いコートが与えられ、最後の一層を通過する。

 

 鳴滝はその人物の姿を見た。瞬間、鳴滝の顔が驚愕と憎悪に塗り潰される。震える視界の中、鳴滝は改めて、銃口を人影に向けて狙いつけた。

 

「……馬鹿な。貴様は、もう――」

 

 鳴滝が引き金に掛けた指に力を込める。その時、人影から四角形の何かが回転しながら放たれた。それは薄いカードだった。手裏剣のように鋭利に放たれたそれはディエンドライバーを握る鳴滝の指先を切りつけた。鳴滝は痛みにうめき声を上げながら、ディエンドライバーを取り落とす。鳴滝は指先から滲む血を見つめ、近づいてくる人影に憎悪の一瞥を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏海には何が起こったのか分からなかった。

 

 突然、鳴滝が周囲を警戒し始めたかと思うと、オーロラが揺らめき、そこからカードが放たれたのだ。そのカードは鳴滝の指を切ったようで、鳴滝は痛みにうめき、ディエンドライバーを地面に落とした。

 

 カードは夏海の目の前の透明な地面に突き刺さった。夏海はそれを見やった。ライダーカードだ。だが、全てのライダーは破壊されたはずである。では、何のカードなのか。

 

 夏海は地面からそのカードを抜き取り、手元で見つめた。

 

 その瞬間、夏海はオーロラの向こうからやってくる人物に目を向けた。徐々に明確になっていくその姿を見つめ、夏海は涙が頬を伝うのを感じながら、口元を両手で押さえながら感嘆の声をもらした。

 

「――帰ってきて、くれたんですね。士くん」

 

 その声に気づいたのか、灰色のオーロラを抜けた士は微笑みながら夏海のもとへ歩み寄った。

 

「ああ。すまないな、俺が遅れてしまったせいで、こんな……」

 

 士の手が夏海の腫れた頬を撫でる。その手を掴み、血が通った士の手の感触を感じながら夏海は目を閉じた。

 

「いいんです。士くんが、帰ってきてくれただけで、私は。――信じてたんです、ずっと」

 

「ああ。お前が覚えてくれたから、俺は帰って来られた。――ありがとう、夏海」

 

 夏海の目から溢れ出た涙を拭いとり、士は柔らかな笑みを投げかけた。

 

 夏海が手に握ったカードを士に差し出す。それは先ほど士が投げた『ディケイド』のカードだった。それを受け取ったその時、突如として静寂を割る銃声が響き渡り、士の足元を銃弾が跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士がそれに気づいて振り返ると、鳴滝が士達に向けてディエンドライバーを構えていた。仄暗い銃口が鳴滝の狂気じみた眼と重なり、まるで奈落の底から覗く眼に射竦められたかのような感覚に陥る。

 

 士は鳴滝の銃口から庇うように、夏海の前に踏み出した。その士へと鳴滝の憎悪に満ちた言葉が放たれる。

 

「……現象風情が、また私の邪魔をするのか。レプリカのクウガと相打っていればよかったものを。……貴様はどれだけ、私の人生をかき乱せば気が済むのだ!」

 

 叫びと共に獣のような凶暴な銃声が二、三回、静謐を湛えた星空の中に木霊する。鳴滝は銃声によって増長されたようにさらに声を荒らげた。

 

「本物の人生をレプリカが生きる苦痛を、貴様は知るまい!『クウガの世界』、あれを私がどんな目で見ていたか、分かるか? 世界の破壊者が、本物の人生を一瞬で奪われた者の気持ちなど分かるものか!」

 

 鳴り止まない銃声は鳴滝の言葉と渾然一体となって、凄まじい暴力の奔流となる。その中の一発が士の頬を掠めた。横一文字に細い血の線が走り、滲んでいく。

 

 士は顔を伏せたまま、「違う」と呟いた。その声に鳴滝が反応し、銃口を真っ直ぐに士へと向ける。士は顔を上げ、その銃口に臆すことなく鳴滝を見据えた。

 

「お前が言っていることは、ただ自分を正当化したいだけのことだ。人が生きるのにレプリカも、本物も関係ない。少なくとも、ユウスケや、カズマ、俺が旅した場所にいたライダー達は生きていた。――そう、本物の人生を送っていたんだ! それは、お前らオリジナルを語る奴らのためにあるんじゃない! あいつらの人生はあいつらのものだ! 誰にも、利用する権利なんてない!」

 

 士の放った言葉に、鳴滝は額に刻まれた険を一層強くして、士を睨みつけた。

 

「大層な口を叩くな! お前は一体、何なんだ!」

 

 士は『ディケイド』のカードを眼前に掲げ、鳴滝の憎悪に染まった視線を真っ直ぐに受け止めた。

 

「通りすがりの、……いや」

 

 そこまで言いかけて、士は脳裏に浮かんだユウスケ達の言葉を思い返した。

 

 ――自分の信じるもののために戦え。

 

 ならば、もう通りすがりの仮面ライダーではない。誰かのために世界を巡るのではない。自分の意思で、世界を選び取る。

 

 士は強い意志を湛えた口調で叫んだ。

 

「――俺は、仮面ライダーディケイド、門矢士だ! 覚えておけ。変身!」

 

 ベルトのバックル部にカードを挿入する。『カメンライド』の音声と共にバックル表面にディケイドの顔を模したホログラムが展開される。それと同時に、士はバックルを挟むハンドルを閉じた。バックルが九十度回転し、『ディケイド』の音声が先の声を上塗りする。

 

 瞬間、士を基点として九つの影が士を取り囲んだ。それは影の形を取りながらも、九人のライダーの姿をしていた。腰にあるライダーの紋章を輝かせながら、回転し、士へと集束していく。それが士の姿と重なった瞬間、士は黒いディケイドと化していた。その眼前に七枚の板が展開され、ディケイドの頭部を貫く。刹那、黒い鎧に紫色の血色が通い、緑色の複眼が生命の輝きに満ちて煌く。

 

 ディケイドはクウガに破壊されたはずのライドブッカーを掴み、それを剣の形に変形させた。

 

「さぁ、全てを終わらせようぜ、鳴滝。今までのようにライダーを介してではない、俺達自身の手で決着をつけるために」

 

 ディケイドが刃を研ぐように刀身を撫でる。それを見た鳴滝は口元に笑みを浮かべながら応じた。

 

「いいだろう。決着だ、ディケイド。貴様を私自身の手で破壊し、私の世界を取り戻す」

 

 ディエンドライバーの銃身をスライドさせ、『ディエンド』のカードを鳴滝は装填し、銃身を元の位置に戻す。『カメンライド』の待機音声が流れると共に、鳴滝はディエンドライバーを天に向けて構えた。

 

「変身」

 

 鳴滝の指が引き金を引く。『ディエンド』の音声が響き渡ると同時に、銃口から射出された数枚の青い板が宙に固定される。鳴滝を中心に虹色の影が交錯し、その影が鳴滝に固定された瞬間、鳴滝は黒いディエンドの姿に変身していた。その身体へと、空中から青い板が落下し、鎧を貫く。貫かれた箇所から青が滲み出し、その身を青く染め上げた。

 

 そこにいたのは海東が変身していたのと全く同じ姿を持つディエンドだった。違うのは、その身に纏った空気だ。海東のように自在ながらも隙のない空気ではない。憎悪に張り詰め淀んだ空気をその身に纏ったディエンドは、若干黒ずんで見えた。

 

 ディエンドがゆっくりと銃身を上げ、ディケイドに狙いを定める。仮面の下からくぐもったような鳴滝の声が聞こえてくる。

 

「かつて私は予言した。ディケイドとディエンドは互いに滅ぼしあうと。私は海東大樹とディケイドのつもりで言ったのだが、それがまさか、貴様と私自身という形になるとはな。これもまた、宿命か」

 

 ディエンドが銃身をスライドさせ、カードを掲げる。それを見たディケイドも同様にライドブッカーからカードを取り出して構えた。

 

 お互いにカードを装填し、『アタックライド』の音声が同時に鳴り響く中、ディケイドは頭を振った。

 

「違うな。宿命なんかじゃない。俺はこの道を選び取った。だから、今、ここでお前の前に立っている。俺の選択は、予言なんかで定められたものじゃない」

 

「……減らず口を、叩くのも大概にしろ! この悪魔が!」

 

 叫びと共にディエンドが銃身を戻すのと、ディケイドがバックルのハンドルを閉じたのはほぼ同時だった。

 

『ブラスト』の音声が上がり、ディエンドの銃を握る手が三つに分裂し、高速回転しながら二門の銃口が猛獣のように轟く。

 

『スラッシュ』の音声と共に、ディケイドのライドブッカーの刃が三つに分裂し、高速連射される弾丸を弾き落としていく。

 

 ディエンドは雄叫びを上げながら、高速連射を繰り返すディエンドライバーを突き出し、ディケイドに向けて猪突する。それに応じるように、ディケイドも雄々しく叫び、空間に残像を引く紫の刃を振りかざしながらディエンドへと駆けていく。

 

 襲い掛かる弾丸を弾き、ディケイドはディエンドへと刃を振り下ろした。分裂した刃を、同じように分裂した銃身が受け止める。

 

 ディエンドは銃身でディケイドの刃を押し返し、無駄の少ない動きでディケイドへと銃口を向ける。その銃口を塞ぐように、ディケイドはライドブッカーの四角い中央部を盾のように構えた。弾丸が白いライドブッカーの表面を跳ねる。ディケイドはそのまま、弾丸を弾きつつ、間合いを再度詰め、下からすくい上げるように刃を振るおうとする。

 

 しかし、それを読んでいたかのように、ディエンドライバーの銃口が下からの一閃を受け止めた。それに驚く間もなく、銃口から放たれた弾丸が刃を弾き返し、ディケイドはその反動で僅かに後ずさった。その身へとすかさず照準が合わせられ、ディエンドの高速連射の猛攻が襲い掛かる。

 

 ディケイドは切っ先を地面に突き刺し、盾のようにライドブッカーを構えたまま、その猛攻を防ぐ。しかし、弾丸自体は防げても、ライドブッカーを激しく叩きつける衝撃まで消えるわけではない。その衝撃はじりじりとディケイドの体力を消耗させ、柄を握る手を僅かに緩めさせる。

 

 その時をディエンドは見逃さなかった。防戦一方でその場に磔にされたディケイドが疲労を露にした瞬間、ディエンドは高速連射を停止させ、銃身をスライドし新たなカードを装填する。それに気づいたディケイドが体勢を立て直し、刃を振るうために切っ先を地面から抜き取る僅かな時間。その時間は一瞬のものであったが、ディエンドにはそれだけあれば十分だった。

 

『ファイナルアタックライド』の音声が今しがた切っ先を抜き取ったディケイドの耳朶を打つ。

 

 瞬間、ディエンドの銃口の先にカードで構成された歯車のような円が無数に現われ幾重にも重なっていく。それは真っ直ぐにディケイドへと照準を向けていた。

 

「終幕だ。ディケイド」

 

 その声と共に引き金が引かれる。銃口から放たれた弾丸は青い日輪を突き破ると巨大な光線へと変化し、ディケイドへと一直線に伸びる青い光の柱となって襲い掛かる。

 

 ディケイドは反射的にカードを取り出そうとした。だが、たとえ『クロックアップ』を使ったとしても、至近で放たれたそれを避けきれる保証はない。

 

 膨大な熱量が着弾前に鎧の表面を焼いているのをディケイドは感じ、迫る青い光線へと目を向けた。

 

 瞬間、ディケイドの視界は青白い光に塗り潰された。

 


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