仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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存在

 

 視界がまるで揺り篭にでも入れられているかのように、不自然に揺らめいている。

 

 景色が熱に中てられたかのように浮かび上がり、遠い異国の地を遥か彼方に望ませる。

真上で輝く太陽のせいか、と思い顔を上げると、太陽は灰色の雲に閉ざされていた。彼はそれを確認し、嘲笑混じりに口を開いた。

 

「――なんだ。おかしいのは俺の目のほうじゃないか」

 

 一歩進むたびに波に絡め取られる足に僅かながら力を込め、彼は蜃気楼が揺らめく景色を目指して歩いていた。

 

 自分は浅瀬を歩いている。その認識はあったが、何故浅瀬を歩いているのか。何故、蜃気楼の先を目指しているのかは自分でも分からなかった。

 

 ただ、身体が長い間鎖に縛り付けられていたかのように重く、一歩進むと疲労感が血管内に滞留し、視界がふらついた。

 

 自分は何をしていたのだろう。何故、こんなにも疲れきっているのだろう。

 

 問いに対する答えを浮かばせることすら億劫になり、彼は足を進めることに専念した。暫くすると、砂浜が視界の中に入ってきた。もうすぐだ。もうすぐ浅瀬を抜ける。

 

 その時、視界の中に、一本の影のようなものが揺らめいた。よく見ると砂浜の中心に白い人影が立っている。コートを着込んだ青年だ。その姿が視界に入った瞬間、足が縺れ、彼は波間に倒れ伏した。飛沫が上がり、疲労の溜まった背筋に生温い塩水が伝う。

 

 起き上がろうと手に力を込めて、無駄だと思いやめた。何故、起き上がるのか。起き上がって、蜃気楼を目指してどうするというのか。所詮は届かない遥か遠くの幻だというのに。

その時、彼は自分の上に陰がさしたのを感じた。気づき、僅かに顔を上げると先ほど視界に入った白いコートを着た青年が目の前に立っていた。

 

 青年は静かに、しかし確かな意志を込めた口調で言葉を発した。

 

「――士、消えるな」

 

 その声に、彼は手で身体を持ち上げた。ふらつきながらも起き上がり、眼前の青年と対峙する。

 

 その青年の澄んだ瞳の中に自分の姿が映りこんでいる。紫色の鎧に身を包んだ、緑の複眼を持つ悪魔のような姿が。

 

「お前、誰だ?」

 

 彼が尋ねると、青年は凛とした声で答えた。

 

「――門矢士」

 

 その名前に彼はどこか懐かしさを覚えた。遠い昔に同じ名前を聞いたことがある。いや、言った事がある。誰かに自分の名前を尋ねられるたびに言った名前だ。

 

「そうか。俺も、門矢士だ」

 

 彼がそう言うと、門矢士と名乗った青年は微かに笑った。

 

「同じ名前なのは当たり前だ。俺たちは同じ存在なのだから」

 

「どういうことだ?」

 

「俺たちは同じだ。どちらが本物かじゃない。どちらも本物なんだ。ディエンドがレプリカを造った時に出来た〝歪〟。いうなればノイズだ。その影響によって、本来あるはずの無い情報が紛れ込む。それが俺たちを二つに分けた。俺は、お前の前に世界を破壊した、もう一人のディケイドだ」

 

 その言葉の直後、門矢士の姿は先ほどまでの自分と同じ、紫色の鎧をまとった悪魔の姿に変わっていた。緑色の複眼に映る自分の姿は、対照的に先ほどまでの門矢士の姿に変わっている。違うのはコートが黒いことと、首からトイカメラを提げていることだった。

 

「……俺の、前に世界を破壊しただと」

 

 彼――士の言葉に、ディケイドとなった先ほどまでの門矢士が頷く。

 

「そう。俺は『起点の世界』の使者として、全てのライダー世界を破壊するために送り出された。だが、オリジナルのクウガに破壊され、この『クラインの壷』の内部に還元された。ディケイドの力は、俺からは離れ時空の狭間に置き去りにされてしまった。それと時を同じくして、お前が生まれたんだ、士。お前は俺の記憶を受け継いでいる。だから、全てのライダーの戦い方が分かり、破壊する術も知っていたはずだ。なのに、なぜ初めから破壊しなかった?」

 

 緑色の複眼が揺らめき、士に問いかける。その問いに士は暫時、沈黙を挟んだ。自身の内に、明瞭な答えを探そうと思案するような静寂の後、士は言葉を選びながら口を開いた。

 

「……俺は、理由もなく破壊したくなかった。本当の自分自身も知らないのに、訳の分からない定められたレールの上に乗せられて、一方的に相手から奪う気になんてなれなかったんだ。俺はただ、自分を受け入れてくれる場所が欲しかった。破壊者だと蔑まれてもいい。ただ、俺の居場所が欲しかった」

 

 士は首から提げたトイカメラに視線を落とした。このレンズで覗いたものがありのままに映る世界。それだけが欲しかった。他は何もいらないと思えるほどに。

 

 ディケイドは士の言葉に穏やかな口調で返した。

 

「そうか。なら、お前はもう持っている」

 

 その言葉に士はトイカメラにやっていた視線を上げた。目の前のディケイドの姿は消え、白いコートを羽織った門矢士が真っ直ぐにその眼を見据えていた。

 

「お前は居場所を得ている。見てみろ」

 

 門矢士の言葉に、景色が揺らめき灰色のオーロラが周囲に立ち現れる。その中から人影がこちらへと近づいてくるのが分かった。思わず士は身構える。その時、人影のひとつの姿が露になり、士は強張らせていた身を解いた。

 

「……ワタル」

 

 そこにいたのはかつて『キバの世界』で出会った少年、ワタルだった。ワタルは士を見つめ、笑顔で頷いた。

 

「お久しぶりです。士さん」

 

「どうして? お前は消えたはずじゃ」

 

「――消えてなんていない」

 

 続いて聞こえてきた声に士は目をやった。そこには士に向けて手を挙げながら笑いかける朗らかな青年の姿があった。士はその青年の名を呼ぶ。

 

「……カズマ」

 

「久しぶりだな。ライダー大戦の世界で大ショッカーと戦って以来だ」

 

 士は周囲を見渡した。次々と現われる人々は全て士が旅をした世界のライダー達だった。だが、彼らは『ライダー大戦』の世界において、オリジナルライダーが現われたことによって消滅したはずだ。なのに、なぜここにいるのか。

 

「……お前ら、どうして。消えたんじゃなかったのか?」

 

 その質問に、門矢士が応じる。

 

「彼らは確かにレプリカ、オリジナルライダーとディエンドによって造られた存在だ。オリジナルに比べれば存在の力は極めて薄く、そして脆い。だが、彼らを覚えている者がいる限り、彼らは存在し続けられるんだ。そして――」

 

「それは、お前も同じなんだ。士」

 

 不意に背後から聞こえた聞き覚えのあるその声に、士は振り返った。そこにはジャケットを羽織ったユウスケが士を見つめていた。

 

「……ユウスケ」

 

 士が呟くと、ユウスケは士へと歩み寄り、言った。

 

「お前も俺達と同じ、誰かが覚えている限り消えることなんてない。俺達が、お前のことを覚えている。それに夏海ちゃんも」

 

「夏海、も……」

 

 士はユウスケの言葉に「……だが、俺は」と語尾を濁した。

 

「俺は、お前らの世界を、結局救えなかった。俺には、誰かが覚えてくれているとしても、帰る資格なんて……」

 

「――まだそんな下らないプライドを持ってるのか? 士」

 

 その時、不意打ち気味に声が上がった。ユウスケが笑いかけている方に振り向くと、そこには指鉄砲で士に狙いを定めた海東が不敵な笑みを浮かべながら立っていた。

 

「海東……。お前も」

 

 士の驚愕を他所に、海東は士に近づき、いつもの調子で言葉を発した。

 

「いい加減、そんな重荷は捨てたまえ。君には、君にしかやれないことがある。それだけは確かだろう? 士」

 

 海東の言葉にユウスケも頷いた。

 

「ああ。海東さんの言うとおりだよ、士。もう、いいんだ。世界の破壊者なんて重荷は背負わなくていい。お前は、お前が本当に望む戦いだけをしてくれ。それが俺たち全員の、願いでもある」

 

 ユウスケの言葉に、その場に集まったライダー達が頷いた。その中から門矢士が士へと歩み寄り、コートの中から何かを取り出し、士へと差し出した。

 

 それはディケイドのバックルだった。

 

「戦う覚悟があるなら、これを掴め。士。今度は誰も強制はしない。誰のための戦いでもない。お前自身のための、戦いだ。世界の破壊者じゃない、仮面ライダーディケイドとしてもう一度、世界に舞い戻る気があるならば」

 

 その手に握られたバックルを士は見下ろした。世界の破壊者としてではない。初めて、仮面ライダーディケイドとしての選択が目前に迫られている。

 

 士は眼前の自分の似姿を見つめ、口を開いた。

 

「覚悟なら、とうの昔に決まっている」

 

 差し出されたバックルに士は手を翳し、それをしっかりと掴んだ。

 

「命ある限り戦う。俺は、仮面ライダーディケイドだ」

 

 その言葉に、門矢士は安らかな微笑をこぼしながら、士へとバックルを手渡した。

 

「その言葉を、お前が発するときを待っていた」

 

 その時、士の背後に灰色のオーロラが現われた。士はバックルを強く握りながら、目の前に並び立つ人々に目を向けた。

 

「じゃあまた会おう。士」と海東が言い、指鉄砲を士に向ける。

 

「お前なら、皆を笑顔に出来る。夏海ちゃんを頼んだよ、士」とユウスケが言い、サムズアップを士に寄越した。士もそれに応じるように親指を上げる。

 

 中心に立つ門矢士の眼が今まさにオーロラに入ろうとする士へと向けられる。その唇が、強い口調と共に言葉を紡ぐ。

 

「――士。やり遂げてくれ。お前の戦いを」

 

 その言葉に士は頷き、「ああ」と応じた。

 

 次の瞬間、灰色のオーロラが士を飲み込み、視界を塞ぐ。士はコートの内ポケットから、二十四枚のライダーカードを取り出した。それに『ディケイド』のカードを加え、二十五枚のカードの束を士は強く握り、誓うように瞳を閉じて言った。

 

「約束する。俺は、自分の信じるもののために、戦い抜くと」

 

 士は内ポケットにカードの束を仕舞い、目を開いた。

 

 そこには強い意志を湛えた双眸があった。

 

 


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