仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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真実

 

 何が起こっているのか。

 

 渡は突然、ぐらりと頭を揺らしその場に倒れ伏した。その身体から赤い血が流れ出し地面を濡らしていく。その時、先ほどまで渡が立っていた空間の背後に灰色のオーロラが揺らめいているのが見えた。その中から青い銃を持つ手が覗いている。オーロラが薄れ、銃の持ち主の姿が、次第に靄が晴れるかのように露となっていく。その姿を認めた瞬間、夏海は息を詰まらせた。

 

「……鳴滝、さん」

 

 夏海の声に鳴滝はディエンドライバーを下ろし、口元に笑みを浮かべて応じた。

 

「君か。安心するといい。私は敵じゃないよ」

 

 仮面のような笑顔を張り付かせ、鳴滝は一歩夏海へと近づいた。夏海はそれだけで身体を強張らせ、震えながら後ずさる。

 

 それを見た鳴滝が自身の手に掴んだディエンドライバーに視線を落とし、苦笑した。

 

「なるほど。確かにこれでは、安心しろというほうが無理だな。だが、敵でないのは本当だ。むしろ、君にとって本当の敵は、先ほどまで話していた彼なのだから」

 

 銃口をうつ伏せに倒れた渡の背に向け、鳴滝は平然と言い放つ。

 

「そうそう。死んで当然、っていうやつよね」

 

 その時、甲高い女の声が響いた。夏海が目をやると、鳴滝の上でキバーラが翼をはためかせていた。

 

「……キバーラ」

 

 夏海が声を上げると、キバーラは夏海のほうを向いて小さな口元に笑みを浮かべた。

 

「捜したわよ、夏海ちゃん。あなたはあたしの身体代わりなんだから、逃げてもらっちゃ困るわよ」

 

 身体代わり、という言葉に夏海は背筋が凍るのを覚えた。キバーラがゆっくりと夏海へと迫る。夏海は守るように身体を両手で抱きながら逃げようとした。その時、鳴滝の声が耳に届いた。

 

「そうだな。確かにこれまではそうだったが、もうその用は済んだんだ」

 

 その言葉にキバーラと夏海が同時に鳴滝へと視線を向けた。

 

 瞬間、銃声が響き渡った。

 

 夜空の静寂を叩き割るような凶暴な音が残響し、不意にキバーラの身体が地上へとポトリと落ちた。赤い眼が貫かれ、弾丸によって押し潰れていた。

 

「仮面ライダーキバーラはもう必要ない。〝歪〟はもういらないんだよ。ご苦労だった、キバーラ」

 

 鳴滝の言葉にキバーラは「……そんな」と、か細い声をもらした。それが最期の声となった。キバーラの身体が球状の光に包まれ、光の弾けたあとにはクウガの時と同じく、仮面ライダーキバーラのカードのみ残っていた。

 

 夏海は言葉を失った。鳴滝はなぜキバーラを撃ったのか。鳴滝が言っているのは一体、どういうことなのか。

 

 その思考を感じ取ったように、鳴滝は夏海へと視線を向け、「何を言っているのか分からない、というような顔をしているね」と言った。

 

 その言葉に夏海が何か返そうとする前に、鳴滝はディエンドライバーを片手に掴んだまま、夏海へと歩を進めながら口を開いた。

 

「君は、疑問に思わなかったのか? なぜ、オリジナルライダー達は『起点の世界』の崩壊現象を止めていたのか。『起点の世界』が崩壊するのならば、放っておけばいい。オリジナルライダーからしてみれば、その方がよっぽど都合がいいだろう。レプリカライダーの世界を破壊させるために、ディケイドを蘇らせるなどという危険性の高いことをしなくとも、レプリカライダーの世界を融合させ、『起点の世界』にぶつけてしまえばいい。そうすれば『起点の世界』ごとディケイドは消滅し、八つのライダー世界はまた自己増殖を始めることが出来る」

 

 鳴滝の言葉は確かに正鵠を射ていた。オリジナルライダーからしてみれば『起点の世界』を守る利益など何一つ無い。『起点の世界』からディケイドが出現するならばなおさらだ。相手の根城に弓を構えていながら、潰さずに守る理由などどこにあるのか。

 

 夏海の心に湧いた疑問に、鳴滝は淡々と語る。

 

「答えは単純だ。その方法を取れば都合の悪い人間がいた。ディケイドにレプリカの世界を破壊させ、『起点の世界』に誤認させる。もし、それが失敗に終わったとしても、最終的に生き残り、ディケイドを破壊することで最も利益を得るものを考えれば、その人物は自ずと見えてくる」

 

 そこまで言われれば、夏海もその人物が誰なのか思い当たった。しかしその考えに、まさか、と夏海は俯きながら首を振った。そうだとすれば最初から、「彼」はそれだけのために自分たちを利用したことになる。『起点の世界』が崩壊する瞬間、九つの世界を巡るように働きかけてきた「彼」がそうだとは思いたくは無かった。

 

 鳴滝の足音が止まる。夏海が顔を上げると、目の前に能面のような顔をした鳴滝が立っていた。眼鏡越しの鋭い眼光が夏海を射竦める。その薄い唇から放たれた言葉は冷徹に、そして無情に夏海の迷いを引き裂いた。

 

「もう分かっただろう。それは紅渡だ。彼は、自分の世界が最終的に生き残るために、他のライダー全てをディケイドに破壊させていた。そうすることで、他のライダー世界は消失し、オリジナルのライダー世界は『キバの世界』のみになる。小野寺ユウスケを緒戦に投入せず、彼が最後の最後まで残しておいたのはレプリカでありながらディケイドを破壊できる可能性があったからだ。レプリカのクウガの世界が残れば、たとえディケイドに代わる存在が現われたとしても、隠れ蓑に出来る。とことん狡猾な人間だよ、こいつはね」

 

 鳴滝が振り返り、倒れ伏した渡へと再び銃口を向けた。しかし、先ほどまであったはずの渡の姿はそこには無かった。代わりにぽつねんと地面に一枚のカードが転がっていた。鳴滝は早足にそのカードへと歩を進め、屈んで拾い上げた。

 

 夏海へと振り返り、カードを前に掲げる。それは仮面ライダーキバのカードだった。

 

「消えたか。だが、偽りの真実を語る存在がいては、私も落ち着いて君と話が出来なかったからね。ちょうどいい」

 

 鳴滝はキバのカードをコートの内側に仕舞いながらそう言った。その言葉に、夏海は先ほどまで閉ざしていた口をようやく開いた。

 

「……偽りの、真実? 渡さんが話してくれていたのは、真実じゃないって言うんですか?」

 

「正しくは、だ。彼の話したことは大方合っているよ。自分が仕組んだ、ということを巧妙に伏せ、この『クラインの壷』の本来の力を語らなかったことを除いてはね」

 

「……本来の、力?」

 

 夏海が聞き返すと、鳴滝は「そう」と短く言い、地面に銃口を向けた。

 

 夏海はディエンドライバーから照準を向けられている地面へと目を向けた。何の変哲も無い、コンクリートで舗装された黒色の地面だ。その場所を、鳴滝は絞り込むように眼つきを鋭くさせて見つめ、引き金を引いた。

 

 雷の轟音にも似た銃声と共に、放たれた一発の銃弾が地面を穿つ。瞬間、夏海は何かの摩擦する音を聞いた。グラスに入った氷同士が擦れあったかのような微かな音だ。

 

 その音が静寂の中に消え入った途端、今度は空が鳴動するような地鳴りと共にガラスが激しく割れるような音が響き渡った。その音に思わず夏海は耳を塞いだ。その時、思いも寄らぬ光景が目に入ってきた。

 

 物理法則を無視して乱立していたビルの群れが、ガラスのように砕け散っていく。それは極彩色の破片となって、夏海へと降り注いだ。

 

 夏海は頭を抱え、身を縮こまらせる。しかし、破片は夏海の身体に当たった瞬間、雪のように砕けた。しかし、夏海へと直接降り注がなかった破片は地面へと突き刺さり、その身に虹のような色取りを湛えながら鋭利に輝く。その破片の虹色が地面へと吸い寄せられていく。すると、虹色の光が地表を照らしたかと思うと、次の瞬間には地面から色は失せていた。破片を中心に地面が透明になっているのだ。それが足元に迫ったとき、夏海は、落ちる、と感じ両手で自身の身体を抱き、瞳を強く閉じた。

 

 しかし、夏海は落下の重力も、浮力も感じなかった。恐る恐る瞼を開くと、やはり地面は透明になっていた。だが、透明になっただけで地面はあるようだ。ガラスの床の上に座らされているような気分になり、夏海は不意に地面が消えたりしないかと立ち上がって爪先で透明な地面を叩いた。コンクリートを足で蹴ったときと同じ、硬い音が響く。

 

 夏海は足元を覗き込んだ。透明な地面を埋め尽くすように無数の星が浮かんでいる。次いで夏海は空を仰いだ。ほとんど同じ数の星達が空にも瞬いている。

 

 鑑なのだろうか、と思いながら地面を眺めていると「鏡ではないよ」という全て見通した鳴滝の声が響いた。

 

「下の星も上の星空と同じものだ。我々は、仮初めの足場を得てその間に立っているに過ぎない。見上げる星も、見下ろす星も、全てそれぞれの歴史を持つ『世界』だ」

 

 その言葉に夏海は驚いて眼下の星を今一度見つめた。今、足元にある星達にも全て歴史がある。それは重い言葉であったが夏海の中ではまるで現実感が伴わず、ふわふわとしたものだった。足元に星空があるという光景自体ありえないのだから、無理も無いのかもしれない。

 

「この『クラインの壷』の内部空間は全ての『世界』にアクセスできる。紅渡はこのシステムを模倣し、『起点の世界』にアクセスしてディケイドを覚醒させた。そして、一度でもこの『クラインの壷』に触れれば、次元移動など容易い。今の君でも次元移動程度ならば出来るはずだ。まぁ、試してみろと言ってもすぐには無理だろうがね」

 

「……次元移動の力。それが『クラインの壷』の本来の力ですか?」

 

 夏海の質問に、鳴滝は煮え切らない表情で答えた。

 

「そうともいえる。しかし、この空間の最たるものはそこではない。全ての『世界』にアクセスできるということは、過去の世界、そして未来の世界にもアクセスできるということだ。そもそも、この空間自体には時間の概念が存在しない。この空間にある限りは、『世界』はそこで時間を停止させる。つまり、ディケイドによって破壊され、この場所に送り込まれた『世界』は、その時点で全ての時空から切り取られるということなのだよ」

 

 鳴滝は笑みを浮かべながらそう語った。しかし、夏海には鳴滝が言わんとしていることが理解できなかった。過去、未来に行けるからといって何の意味があるのか。何故、鳴滝はこうも嬉しそうに語るのか。

 

 夏海は笑みを浮かべる鳴滝を怪訝そうに見つめ、言った。

 

「……あなたの、目的はなんですか?」

 

 その言葉に鳴滝の笑みが氷結した。そして次の瞬間には、その笑みは険しい表情の中に消えていった。夏海は突然恐ろしくなり、一歩後ずさる。

 

 鳴滝は表情を崩さずに、鼻先だけで笑った。

 

「私の目的か。あの紛い物の小野寺ユウスケも私に対して同じことを訊いたよ。いいだろう。ディケイドが破壊された今、隠す必要もあるまい。明かすときが来たようだ、私の正体を。よもや、君に明かすことになるとは思いもしなかったが。しかし、これも必然かもしれない。君は、かつての私を見たはずだからね」

 

 その言葉に夏海は眉を寄せた。

 

「……かつての、あなたを? でも、私があなたを最初に見たときも、あなたは今と同じ姿をしていたはずじゃ」

 

「気づいていないのか? ……無理もないな。あれから随分時間が経ってしまった」

 

 寂しそうに鳴滝はそう言い、夏海を見据えた。

 

「私の本当の名は鳴滝ではない。私の名は、一条薫。かつてディケイドに滅ぼされたオリジナルの『クウガの世界』において、クウガと共に未確認生命体と戦った人間だ」

 

 鳴滝の口から語られた言葉に、夏海は息を呑んだ。先ほど渡が映した『クウガの世界』。あの時にクウガの後ろにいた一条という刑事風の男が、鳴滝と同一人物だと言うのか。

 

 鳴滝は自身の掌に視線を落としながら、静かに語った。

 

「私は、クウガ、いや五代雄介と共に未確認生命体全てを殲滅した。そうして平和は守られたはずだった。五代が望んだとおりに、皆が笑顔でいられる世界がそこにあるはずだったんだ。だが、奴が我々の前に現われた」

 

 ――奴。その言葉を口走ると同時に鳴滝は開いた手を拳に変え強く握り締めた。その眼が見る見る間に黒々とした憎悪に染まっていく。

 

「……ディケイド。奴だけは許せなかった。たった一人で戦い、傷つきながらも平和を勝ち取った五代を殺し、笑顔で溢れていたはずの世界を破壊した。……こんな、こんな理不尽なことがあるか! 奴は、私から全てを奪い去っていったんだ! 五代が命を懸けて守った世界を、奴は一瞬で……」

 

 鳴滝が拳を震わせて、嗚咽するかのように俯いた。夏海はそれを黙ってみていた。いくら『起点の世界』を救うための存在とはいえ、ライダーの側からすれば全てを奪い去っていった、まさに悪魔でしかないディケイド。だが、門矢士は――。

 

「だが、私は死ななかった」

 

 鳴滝が顔を上げ言った言葉に、夏海は思考を止め鳴滝へと目をやった。鳴滝はディエンドライバーの銃身に視線を落とし、続けた。

 

「何の因果か知らないが、私は崩壊する世界から一人、弾き飛ばされた。最もクウガに関わっていたことが影響したのかもしれない。今となってはそれも知る由も無い。だが、私は生き残り、そしてこれも何かの因縁か。破壊されたはずのクウガのベルトと、このディエンドライバーが虚空を彷徨う私の手元へと流れ着いてきた」

 

「それじゃあ、あの映像のディエンドは」

 

「ああ。あれは私だよ。私はディエンドの力を使い、次元を超え、オリジナルライダー達にディケイドの存在を伝えた。そして世界を複写した後、自身の世界から逃げてきた海東大樹にディエンドの力を渡した。彼もまた、過去に囚われていた。それに、私の一手と成りえる実力の持ち主だったからね」

 

 鳴滝の言葉に夏海は海東のことを思い返した。余裕を湛える不敵な笑みをいつも浮かべていた海東の姿が瞼の裏に蘇る。そして、あの凄惨な最期も。夏海は海東との記憶が鮮明になるにつれ、目頭が熱くなっていくのを感じた。海東はどこまで知っていたのだろうか。利用されていたことも、ディケイドのことも。

 

 そんな夏海の思考を他所に鳴滝は話を続ける。

 

「『クウガの世界』にいる小野寺ユウスケにベルトを託した。ディケイドを倒せる可能性があるのはクウガしかない。そして、複製した世界の紛い物のベルトでは、きっと究極の姿には辿り着けない。そう考えた私は、紛い物のユウスケに、オリジナルのクウガのベルトを渡すことを選んだのだ。それが結果として、レプリカ達が消えていく中、彼だけが生き残った要因になってしまったが」

 

 紛い物。その言葉が夏海の心に刃のように突き立った。先ほどから鳴滝が繰り返すその言葉に、夏海は鳴滝の驕りのようなものを感じ取った。自分はオリジナルであり、レプリカは淘汰されて当然だという傲慢。突き立てられた言葉から熱のようなものが溢れ出し、夏海はその熱に急かされるまま口を開いていた。

 

「……ユウスケは、紛い物なんかじゃありません」

 

 夏海の発した言葉に、鳴滝は夏海へと視線を向けた。鳴滝の視線には、鋭い殺気めいたものが籠もっていた。それに気圧されないように、夏海は真っ直ぐに鳴滝の目を見据え声を張り上げた。身体の内側に蟠る熱を、夏海は叫びと共に吐き出す。

 

「紛い物なんかじゃない! ユウスケは生きていました! あなたがレプリカライダーと呼ぶ彼らもそうです。海東さんも、みんな、みんな必死に生きていました! 生きることに、偽者も本物もありません!」

 

「それは君が『起点の世界』の人間だからこそ、出る言葉だ。破壊されたもの達からしてみれば、そんなことはどうでもいいのだよ。紅渡も、そう考えたからこそ自身の世界の保護を優先し、他のライダー達を見殺しにした。誰も、自分と自分の周りが一番愛おしいに決まっている。それ以外は、生きていようが死んでいようが同じことだ」

 

「違う! あなたは自分の世界と憎しみに囚われすぎて、何も見えていないんです! ディケイドを追っていたのなら感じたでしょう? その世界の人々の命を、呼吸を、人生を。みんな、必死に今日を生きていたんです! あなたがこの時を迎えるための、仮初めの命なんかじゃない!」

 

「黙れ!」

 

 ディエンドライバーの銃口が夏海へと向けられる。至近距離で覗くその暗い穴の殺気に、夏海は吸い込まれそうになりながらも必死に耐えた。

 

「黙りません! あなたは間違っている。結局、あなたは自分勝手な都合でみんなを不幸にしているだけじゃないですか! それが、本当に五代さんと望んだ世界なんですか!」

 

「お前に、何が分かる!」

 

 叫びと共に青い銃身が夏海の頬に振るわれる。夏海は銃身で殴り飛ばされ、透明な地面に転がった。脳が揺れ動くような衝撃を受け、今にも意識が閉じようとする。夏海は首を振って意識をかろうじて保ちながら、頬の痛みを吹き飛ばすように立ち上がり叫び返した。

 

「何も、分かりませんよ! あなたは、何も見えていない。周りの人のことも、何一つ、あなたは分かっていないんです! 犠牲も知らずに、ただ自分の不幸を語るだけ。そんなもの分かるわけがありませんし、理解したくもありません!」

 

 夏海の声に、また銃身が振るわれる。今度は斜めから打ち下ろされた重く固い一撃が、脳を揺さぶり、一瞬、視界が暗くなりかける。鈍く痺れたような痛みを額に感じ、夏海は手をやった。指先には赤い血が滲んでいる。その手を握り締め、夏海は鳴滝を睨んだ。

 

 その眼に一瞬鳴滝はうろたえたような声を上げたが、すぐにまた夏海へと銃身を平手打ちのように放った。

 

 頬が腫れ、夏海の唇の端から血が滴る。それでも夏海は鳴滝から視線を逸らそうとはしなかった。痛みを理由に、退こうともしなかった。

 

「な、なんだ。その眼は! 何故、私をそんな眼で見る」

 

「……信じているからです」

 

「信じている? 何をだ? 小野寺ユウスケは死んだ! キバーラも死んだ! 海東大樹も死んだ! 何を信じるというんだ!」

 

 今度は銃身ではなく、鳴滝の平手打ちが夏海の腫れた頬を叩いた。乾いた音が響き、口中に鉄の味が充満していく。それでも夏海は決して鳴滝から逃げようとはしなかった。

 

「――門矢士くんを、私は信じています」

 

 その言葉に鳴滝は吹き出し、嘲るような笑い声を上げた。

 

「門矢士を? ディケイドをか? 馬鹿な! 門矢士は現象だよ。ディケイドという存在を受け止めるための器だ。帰る場所など無い。物語も無い。恐らくは、この『クラインの壷』の中にさえ、彼の世界などない。そしてディケイドは滅ぼされた! ほら、何にすがる? もう何にもすがれないだろう。私はこの『クラインの壷』の中から、ディケイドに滅ぼされる前の『クウガの世界』を見つけ出す! そして帰るんだ、あの日々に!」

 

「そんな身勝手、士くんが許しません!」

 

「うるさい!」

 

 またも平手打ちが放たれる。その痛みのせいか、夏海は眩暈を感じ思わず膝を折った。立ち上がろうと力を込めるが、鋭敏な痛みがそれを邪魔する。鳴滝は蹲る夏海へと、無表情に銃口を向けた。

 

「私は帰るんだ。あの日々に。五代雄介の隣に。……何故、元の世界に帰ることを望んではいけない? 誰に、私の願いを邪魔する権利がある? そんなもの、誰にもありはしない」

 

「……だったら、あなたの願いのために、誰かが犠牲になる理由もありません。あなたは初めから間違っていたんです。ディエンドの力を使い、海東さんを使い、ライダーをも利用したその瞬間から、あなたはもう、五代さんの隣にいた一条さんじゃない」

 

 夏海の額に冷たい感触が当てられる。銃口が頭蓋をカツンと叩く。思いのほか冷徹なその感覚に、夏海は自然と身体を強張らせた。

 

「私は、一条薫だ。帰るべき場所がある君には分からんだろう。居場所を永久に奪われた者の気持ちなど……」

 

 呟き、鳴滝は引き金に掛けた指に力を込めた。夏海は眼を閉じなかった。眼を閉じれば鳴滝の言葉に屈服させられたことになる。瞳は閉じない。最後まで見据える。

 

 ――それに、私はまだ信じています。

 

 声に出さずに夏海は呟き、ポケットに仕舞った写真を握り締めた。

 


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