仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

16 / 25
極限

 振るった拳は空を切った。

 

 それを脳が理解した直後、士は前につんのめった。足に力を入れ、かろうじて倒れないように踏ん張る。その時、足元の感触が変わっていることに気づいた。泥ではない。一転して、乾いて罅割れた地面があった。オーロラで移動させられた。それを理解し、士は周囲を見渡した。

 

 その景色を捉えた網膜に、四ヶ月前の光景がフラッシュバックした。そこは荒野だった。それも四ヶ月前、ライダー大戦が勃発した始まりの場所だ。

 

 その荒野を埋め尽くさんばかりのライダーの軍勢を士は幻視した。耳に残っていた彼らの雄叫びが蘇る。

 

 だが、四ヶ月前とは異なり、荒野は閑散としていた。代わりに、荒野を埋め尽くしていたのは幾つもの武器だった。剣が所狭しと突き刺さり、銃が十字架に引っ掛けられている。それはここで散ったライダー達の墓標だった。

 

 士がその墓標たちを見つめていると、不意に背後から足音が聞こえてきた。それに振り返る前に、足音の主が言葉を発した。

 

「――この下に遺体はない。これは形だけだ。墓標と呼ぶには程遠い。だけど、彼らが戦った証は確かにここにある。彼らの武器と共に、戦った雄々しい魂は生き続ける。それともお前は、死者は死者だと切り捨てるか? ディケイド」

 

 その言葉に士はゆっくりと振り返った。ジャケットを羽織った青年がじっとこちらを見つめている。鋭い眼光を宿したその瞳は何かを決意したような色を浮かべている。その眼を士は真っ直ぐに見返した。

 

「それが、海東を殺した理由か? ユウスケ」

 

 士の言葉にユウスケは感情を表に出さず、淡々と応じた。

 

「海東さんはここに眠る魂たちを冒涜したんだ。報いを受けるのは当然だよ。全ての犠牲の上に命があることを理解しないものは、生きる価値などない愚者だ」

 

「だからといって、殺していい理由になんてならない」

 

「お互い様だろ、ディケイド。殺す理由なんて、数多のライダーを殺してきた者が吐く台詞じゃない」

 

 その言葉に士は声を詰まらせた。ユウスケは周囲の墓標を眺め回し、嘆息を吐くように言った。

 

「……とうとう俺が、最後のライダーになってしまった。こんなこと、望んでいなかったのに」

 

 周囲を眺めていたユウスケの眼が、士に向けられる。その眼は憎悪に沈んでいた。

 

「ディケイド。俺はお前を倒す。最後のライダーの一人として」

 

 ユウスケの身体の内側から霊石が腰に浮き出す。それは漆黒の霊石だった。ベルトから金色の神経が伸び、ユウスケの体表に浮かび上がる。

 

 ユウスケは右手を突き出し、士を見据え叫んだ。

 

「皆の笑顔を守るために! 変身!」

 

 左腰の突起を右手で押し込む。瞬間、全身にまわっていた金色の神経がユウスケの身体に纏わりつき、霊石から黒い霧が発生する。その黒い霧がユウスケの全身を包んだ瞬間、ユウスケの姿は変わっていた。

 

 そこにいたのは尖った黒い鎧を持つライダーだった。金色の神経が毛細血管のように全身に走り、五つの角を持つ姿は鬼神と形容しても過言ではなかった。霊石と同じ色の複眼がディケイドを捉える。クウガの究極の姿、アルティメットフォーム。全てのライダーを凌駕する最強の存在。

 

 その眼に宿る明確な殺意に、士は諦観したように目を伏せた。

 

「……そうか。だが、俺もここで死ぬわけにはいかない」

 

 エンジン音と共に『ディケイド』のカードを取り出し、眼前に翳す。カード越しにクウガへと強い一瞥をやると共に、士は言い放つ。

 

「俺は、生き残る。アルティメットだか何だか知らないが、俺は既に、究極を越えている」

 

 バックル部にカードを挿入し、士は静かに言った。

 

「変身」

 

『カメンライド、ディケイド』の音声と共に九つの影が集束し、士の姿をディケイドへと変えていく。その身にはブレイドにつけられた十字の傷跡が生々しく残っている。

 

 クウガは長く息を吐きながらディケイドに向けて歩き始める。それと同時に、ディケイドもクウガに向け、歩を進めた。

 

 乾いた地面が二つの足音を受け止め、墓標から発せられる死臭が荒廃した大地に吹く風に運ばれ互いの身体を突き抜けていく。その死臭に、士はディケイドの仮面の下で顔をしかめた。これは悪臭に他ならない。今を生きるものを死に縛り付ける冷たい香りだ。それに対してクウガは何も感じていないかのように淀みない歩調で乾いた地面を踏みしめる。

 

 ――何も感じないのか?

 

 ディケイドがそう思った瞬間、クウガがディケイドに向けて、すっと右手を前面に翳した。だが、まだ拳が届く距離ではない。何のつもりだ、と身構えた刹那、ディケイドの身体から火の手が上がった。

 

 突然のことに、ディケイドは手で炎を振り払おうとした。しかし、炎はまるで粘性でも持っているかのように、ディケイドの身体から離れず、いくら叩いても揺らめきもしない。

 

 ディケイドは半ばパニックに陥りながらも、炎が引き剥がせないと判断し、ならばと腰のライドブッカーへと指をかけた。即座に銃型へと変形させ、クウガに向けて引き金を引く。原理は分からないが炎がクウガによる攻撃だとすれば本体を仕留めればいい。銃口で赤い閃光が瞬き、一直線にクウガへと向かう。

 

 クウガは避けることもなく、その赤い光をその身に受けた。

 

 直撃。だが、中ったはずの箇所には傷ひとつない。今度はカードをバックルに挿入し、クウガへと狙いを定める。『アタックライド、ブラスト』の音声と共に、分裂した三つの閃光がクウガへと襲い掛かる。しかし、それも先ほどを同じ結果に終わった。全弾命中、だが、クウガの鎧には少しの傷どころか、掠った跡すらない。

 

「――なら、直接攻撃するまでだ」

 

 身を焼く炎にもがき苦しみながら、ディケイドはカードをバックルに挿入した。『クロックアップ』の音声が響いた瞬間、ディケイドの姿は掻き消え、クウガの背後にあった。先のブレイド戦で剣が使えない今、ディケイドは地面に突き立っていた龍騎の剣を抜き取り無防備なクウガの背中へと鋭い突きを放った。

 

「無駄だ」

 

 不意に放たれた言葉と共に、ディケイドは剣が止まったのを感じた。見ると、クウガがこちらへと向きかえり、刀身を掴んでいる。『クロックアップ』によって時間が通常の速度から遊離しているにも関わらず、クウガは真っ直ぐにディケイドを見据えていた。

 

 瞬間、右側から風圧を感じディケイドは咄嗟に剣から手を離し、身を屈ませた。その上を、空気を割る轟音と共にクウガの左拳が通過する。ただ拳を振るっただけだというのに、ディケイドはその拳に背筋が凍るような必殺の一撃の気配を感じた。

 

 離脱しようとしたその身に、突如として鉄球を打ち込まれたような衝撃が走る。蹴られたのだ、と認識する前に身体が後ろのめりに飛び、地面に強く背を打ちつけた。貫くような痛みが脳髄を痺れさせる。地面への激突によるダメージよりも、たった一撃の蹴りによる衝撃が鎧を貫通し、内臓が破裂寸前まで痛めつけられたのを感じた。

 

 クウガは掴めば本来指が裂けているはずの刀身を何事もなく掴み、その手にさらに力を込めた。瞬間、切っ先が柄に変化し、柄であった部分が黒い刀身へと変化した。そこにあったのは海東を貫いた紫のクウガが使ったものと同じ長剣であった。だが、それは影のような黒を宿しており、「剣」という形を取っているだけでまるで現実味がない。ディケイドはうめきながら立ち上がり、傍らの剣を掴んだ。今度は誰の剣だかは知らないが、刀身が青く細い剣だった。

 

 それを構え、ディケイドはクウガに向けて墓標の間を駆け抜けた。その場から動かないクウガへと、ディケイドは剣を振るう。刀身が空間に青い軌跡を残しながら振り下ろされる。その剣をクウガは影のような剣を翳して受け止めた。

 

 金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いたのも一瞬、ディケイドの振るった剣はクウガの剣に触れただけで半分に砕けた。宙を舞う折れた刀身が緑色の複眼に映る。それを認識する前に、クウガは身を捻り、回転しつつディケイドの腰に向けて一閃を放った。影の刃が空間を切り裂き、ディケイドの腰に吊り下げられたライドブッカーを叩き割った。

 

 吸収しきれない横殴りの衝撃がディケイドの身体を押し出し、ディケイドは地面を滑った。それに追随するように砕けたライドブッカーの破片が、ディケイドの滑った地面に残骸のように転がった。ライドブッカーに収められていたカードも宙を舞い、バラバラに散乱した。カード化されたライダー達に、クウガは視線を落とす。地面から見上げる無数のライダー達の視線を受け、クウガはその意志を感じ取ったかのように感嘆の声をもらした。

 

「感じないか、ディケイド。彼らが俺たちの戦いを見てくれている。カード化されても、彼らの魂は息づいているんだ。それを、俺は無駄には出来ない」

 

 クウガは影の剣を地面に突き立て言い、その手で墓標のひとつに提げられた銃を掴む。瞬間、銃が形状の変化を始める。グリップと引き金はそのままに、銃身に弓のようなアーチ状の弧がつき、本来撃鉄のあるはずの部分は奇妙な形状の持ち手へと変化した。それはまるでボウガンのような形だった。色は先ほどと同じ、影のような漆黒である。

 

 ディケイドはよろめきながら立ち上がり、クウガの言葉に応じる。

 

「息づいている、だと。ふざけるな。俺たちは生きている。だが奴らは俺が殺した。死した者の声に囚われて、自分の道を見失ってたまるか」

 

 ディケイドは傍らに突き立った剣を抜き取る。今度は菱形の持ち手の中に柄がある奇妙な形の剣だった。刀身は黄色く、フォトンブラッドの輝きを帯びている。そういう性質の剣なのか、刀身が逆手についていた。

 

 ディケイドはそれを構え、クウガを見据える。

 

 クウガは残念そうに首を横に振り、呟いた。

 

「……そうか。お前には聴こえないか。彼らの声が、彼らの嘆きが。ならば――」

 

 クウガが銃口部分をディケイドに向けた。

 

「分からせてやろう。彼らの、痛みを」

 

 クウガは撃鉄部の持ち手を引っ張った。同時に銃身についたアーチ状の弧が持ち手に引き寄せられるように反り返る。銃口部に周囲の空気が圧縮され、銃口付近の空間が歪んだ。

 

 ディケイドは銃口が向けられると同時にカードを用い、バックル部に挿入した。『インビジブル』の音声と共にディケイドの紫色の体色が荒廃した景色の中に溶けていく。

 

 目標を見失ったクウガの耳に『クロックアップ』の音声が空気を伝い響き渡る。クウガは持ち手に指を掛けたまま、口中に呟いた。

 

「見えなければ射撃武器は当たらないとでも思ったか。無駄なことを」

 

 瞬間、クウガは自身から見て右側に、身体の向きはそのままに銃口と視線だけを向けた。持ち手を離すと同時に引き金を引く。持ち手はピストン運動の要領で定位置に戻され、その運動によって押し出された空気と共に長細い針のような弾丸が撃ち出された。

 

 それは弓矢のような鋭さを持ちながら、弾丸のように空気を捻り込み宙に軌跡を刻みつけながら直進する。その針の弾丸が突然、中空で止まった。直後にうめき声が聞こえてくる。その声の上がった景色から紫色の身体が浮かび上がる。ディケイドだ。針は左肩の鎧を貫通し、荒い息を吐きながらディケイドは左肩口を押さえている。鎧から生身の上腕部分に血が伝い、それが指先から乾いた地面に滴り落ちて赤い染みを作っている。

 

 クウガは銃口を下ろし、ディケイドを漆黒の眼で睨み据えた。

 

「『インビジブル』で姿を消し、『クロックアップ』で一気に畳み掛ける、か。お前らしい卑怯な戦法だ。それで何人ものライダーを葬ってきたのだろう。だが、俺にはそんな姑息な手は通用しない」

 

 クウガはディケイドへと向き直り、銃口を再びディケイドへと向ける。ディケイドは肩口を押さえていた手を離し、長く息を吐いて呼吸を整えつつ剣を構えた。

 

 クウガが再度、持ち手に指を掛け引っ張る。するとアーチ状の部分がしなるように後方に引っ張られ、銃口に空気が圧縮されていく。

 

 カードを出さず、構えを崩さないディケイドを見て、クウガは鼻で笑った。

 

「下手に仕掛けずに正面から受け止め、リロードの瞬間を狙うつもりか? 安直な考えだ」

 

 言い終えると同時に、クウガは持ち手を離し引き金に掛けた指に力を込めた。瞬間、右胸に向けて放たれた音速の針の弾丸を、ディケイドは剣の鎬で弾いた。地面に長細い針が転がる。

 

 受け止めたとはいえ、フォトンブラッドの刀身には疵がつき、亀裂を生じさせていた。何度も防戦一方で相手の攻撃の隙を窺う暇はない。ディケイドは針の弾丸を弾き飛ばしたと同時に、クウガに向けて駆け出した。『クロックアップ』などの小細工は最早通用しない。ならば、愚直でも真正面からぶつかったほうが相手の動きも見やすいと考えての行動だった。

 

 クウガは再び持ち手を引っ張り、ディケイドへと狙いを定めた。ディケイドは刃を前に突き出し、いつでも弾き返せる体勢を取りながら一直線に向かってくる。

 

 クウガはその姿勢を見、嘲笑うかのような声音で言った。

 

「ディケイド。どうやらひとつ勘違いをしているようだから教えておいてやろう。このボウガンから放たれるのは一発だけじゃない」

 

 クウガの言葉にディケイドが返す前に、クウガは持ち手から指を離し、引き金を強く絞った。

 

「このボウガンが同時に射出できる弾数は、最大三発だ」

 

 その言葉と共に、引き絞られた空気が一挙に放射され、銃口から三発の針が矢継ぎ早に撃ち出された。突然の攻撃の変化に、ディケイドは思わず踏みとどまり、剣で針を弾き落とそうとした。しかし、同時に三発射出されたものを全て弾き落とすことなど出来るはずがない。一発目を弾いた瞬間、二発目がディケイドの鎧に突き刺さり表面を砕く。さらに、その上から三発目が砕かれた鎧から覗く生身の部分を貫通した。

 

 近距離から撃ち込まれた針は皮膚を裂き、肺を穿った。痛みと共に右胸の中をじわりと何かが滲み、それが肺を満たしていく。鉛を身体の中に押し込まれたように肺が重たくなり、呼吸が出来なくなっていく。ディケイドは首根っこを押さえながら空気を求める魚のように宙を仰いだ。空気を肺に取り込もうと力を入れると、不意に内側から湧き上がり、喉元までせりあがってくるものを感じたディケイドは、激しく咳き込んだ。

 

 ディケイドの仮面の下の部分から血が滴る。肺を潰されたことで吐血しているのだ。

 

 クウガは咳き込むディケイドへと銃口を向けたまま、ゆっくりと歩み寄っていく。

 

「苦しいか? ディケイド。だが、その程度でまだ死んでもらうわけにはいかない」

 

 ディケイドが荒い息を吐きながら顔を上げる。眼前には、仄暗い銃口が突きつけられていた。

 

 それを緑色の複眼が捉えた瞬間、銃口から放たれた針がディケイドの複眼に突き刺さった。ディケイドは右眼を押さえながら後ずさり、呻き声を上げる。右眼には針の命中した場所を中心に亀裂が入り、一部が砕けて落ち窪んでいる。

 

 痛みによって呼吸すら儘ならないディケイドへと、クウガは再びボウガンの持ち手を引っ張り、狙いをつけた。

 

「剣崎さんと同じ痛みだ。光を失うことがどれほどの痛みか、これで分かっただろう。だが、まだ足りない」

 

 持ち手を離し、引き金を引くと同時にクウガは銃身を斜めに逸らした。銃口から撃ち出された針の弾丸たちはそれに沿って、ディケイドの身体へと肩口から脇腹へと斜に撃ち込まれる。

 

 意識を引き千切るような痛みに、ディケイドは思わず、握っていた武器を手放し、その場で膝を折った。

 

 クウガはボウガンを捨て、傍らに突き刺さっている墓標の剣を抜き取った。瞬間、剣は先ほどと同じように黒い影の長剣へと変化していく。

 

 クウガは剣を携え、地面に手をついてかろうじて意識を保っているディケイドへと歩みを進める。

 

 ディケイドは全身から血が滴り、地面に作り出された血溜まりの中に映る自分の姿を見た。右眼は潰れ、全身の鎧が砕かれ亀裂を生じさせている。自分のものとは思えない凄惨な姿だった。仮面の下でまた吐血し、飛び散った血が仮面を伝って血溜まりへと落ちて波紋を生み出す。

 

 その時、突如として身体の下側から突き上げるような衝撃が嬲り、ディケイドは弾き飛ばされ地面を滑った。クウガによって下から爪先で蹴り飛ばされたのだ。

 

 ディケイドはうつ伏せになった状態で、僅かに頭を上げた。

 

 ――まだ、死ねない。

 

 今にも閉じそうな思考の中、それだけを考え立ち上がろうとする。

 

 その時、靄のかかったように判然としない視界の中、先ほどライドブッカーが砕けたときに散らばったカードが一枚、傍らに落ちているのを見た。そのカードを拾い上げようと手を伸ばす。痛みで感覚が麻痺しているせいか、指先が何度もカードの表面を滑り、何度目かでようやくカードの端を摘みそれを手元に引き寄せた。ディケイドは震える手で、それをバックル部に挿入した。

 

 瞬間、ディケイドは首根っこを掴まれ、無理矢理立ち上がらせられた。力任せに振り向かせられると、真正面でクウガの黒い複眼が睥睨していた。この世の奥底にまで通じているかのような寄る辺のない漆黒に、傷ついた自分の姿が歪んだ像として映り込む。その像に問いかけるように、ディケイドは口を開いた。

 

「……ユウ、スケ。……俺が、憎いのか?」

 

 それは空気を吐き出すように弱々しい声音だった。その声に、クウガは左手でディケイドの首を掴んだまま、剣の切っ先をディケイドのバックルに向け、短く答えた。

 

「ああ、憎い」

 

「……それは、本当に、お前の意志か?」

 

 呼吸音とほぼ変わらない消え入りそうな声で、ディケイドは問うた。その言葉に、クウガは剣の柄に込めかけた力を僅かに緩めた。

 

 それを感じ取ったのか、ディケイドは続ける。

 

「お前、は……、本当に、こんな結果を望んでいたのか? 俺を、殺すことを」

 

「今更、命乞いか。見苦しいぞ、ディケイド」

 

 迷いを断ずるようにクウガが発した言葉に、ディケイドは首を振った。

 

「……違う。俺の、命の問題じゃない。……お前が、この結末を自分で選んだのか、と訊いてるんだ」

 

 その言葉にクウガは言葉を詰まらせた。確かに、鳴滝に言われるまま自分は海東を殺し、今まさにディケイドを手に掛けようとしている。だが、いずれはこうなったことだ。それが鳴滝によって早められ、キバーラによって促進されただけのこと。これは元々、定められていたことだ。

 

「この結末は変わらない。元々、決まっていたんだ。俺が最後のライダーとして、お前を殺すことは。――もう、変えられない。すまない、士」

 

 ――士。その名前が心理プロテクトに負荷をかけ、クウガの脳髄を黒い疼きが満たしていく。クウガはその衝動に内側から突き動かされ、獣のような叫び声を上げた。黒い脈動が柄を持つ手に伝わり、力が入る。クウガは叫びながら、一息にディケイドのバックルを貫いた。

 

 バックル部を衝き抜け、背骨を砕き、切っ先が背中から突き出した。ディケイドが激しく吐血し、仮面の下から飛び散った血が、クウガの複眼にかかった。ディケイドは二、三度びくりと身体を震わせ痙攣したが、やがて動かなくなった。

 

「これが、結末だ。ディケイド」

 

 呟き、クウガは剣を抜き取ろうとした。その時、柄を握るクウガの手に冷たい感触が重ねられた。驚いて柄に視線を落とす。すると、ディケイドの左手がクウガの手を掴んでいた。

 

「……結末、か」

 

 その声にクウガはディケイドへと顔を向けた。砕けた緑色の複眼が真っ直ぐにクウガを見据えていた。

 

「……変わらない結末なんて無い。だからこそ、俺達は、いくつもの世界を巡り、戦ってきた。定められた結末を、変えるために、抗うために。……だから、俺はここでは死ねない」

 

 ディケイドのもう一方の手がバックルへと伸びる。その時になって初めて、クウガはバックルのハンドルが開いていることに気づいた。ディケイドの手がバックルを閉じようとする。だが、剣がバックルを貫いているために、九十度回転するはずのバックルは動かない。ディケイドはそれでも諦めていないのか、もう体温も感触も全く感じられない手でハンドルに力を込めた。過負荷がかかり、バックル部が軋みを上げ鋭い亀裂が入る。ディケイドはそれに構わず、ハンドルを押し戻そうとした。

 

「……死ね、ない。必ず、生き残る!」

 

 叫びと共に、何かが割れたような音がクウガの耳に届いた。見ると、ハンドルが無理矢理閉じられたせいでバックル部が砕けていた。

 

『ファイナルアタックライド』の音声がノイズ混じりに響き渡る。瞬間、ディケイドとクウガの至近ともいえる距離の間に無数の光のカードが展開されていく。気づき、クウガは柄から手を離そうとするも、手が既に光のカードに縛り付けられており動かすことすら出来ない。

 

「……俺は、お前のように、皆を笑顔にするなんていう、崇高な目的はない。……だ、けど、俺は、定められたままに殺されるのだけは御免だ。全ての破壊者だというのなら、俺は、その定められた結末さえも、破壊してやる!」

 

 ディケイドが右拳を強く握り締める。その手が赤い輝きを帯びた瞬間、ディケイドはクウガの霊石に向けて、その拳を放った。光のカードを貫き、漆黒の霊石に赤い拳が光の尾を引きながら撃ち込まれる。

 

 刹那、光が弾け荒野を衝撃が奔った。ディケイドとクウガを中心に、同心円状に広がった光と衝撃は墓標をなぎ倒し、荒廃した風を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前に揺らめく灰色のオーロラ越しに、ディケイドとクウガが殺しあう光景が映り込む。

 

 夏海は感情を排した瞳のまま、それを眺めていた。傍らではキバーラが翼をはためかせながら、楽しそうに宙を舞っている。夏海はキバーラの呪縛が半分解けていながらも、オーロラの向こう側へと手を伸ばす気にはなれなかった。これは何度も予想した光景だったからだ。ライダーの一人であるユウスケと、世界の破壊者であるディケイドが殺しあう。それは既に定められた運命だ。どんな風に動いたとしても、好転することなどありえない。

 

 夏海は心の中で蹲り、膝を抱えた。

 

 海東も死んだ。もう、この事態を止めてくれる人間なんてどこにもいない。自分さえキバーラの意識に操られていたとはいえ、キバを殺した。同罪だ。止めに出て行く資格なんてない。

 

 夏海は抱え込んだ膝に顔を埋め、何も見ないようにした。こうしていれば何も苦しまなくて

すむ。たとえキバーラに操られたままだとしても、目を閉じ、耳を塞いでいればいい。そう思ったその時、オーロラの向こうで声が聞こえてきた。

 

 ――……変わらない結末なんて無い。だからこそ、俺達は、いくつもの世界を巡り、戦ってきた。定められた結末を、変えるために、抗うために。……だから、俺はここでは死ねない。

 

 それは士の声だった。顔を上げると、オーロラの向こうでディケイドはクウガの剣によってバックルを貫かれていた。その光景に思わず夏海は駆け出そうとした。しかし、キバーラの支配がまだ続いているせいか、足は動かない。声を上げることすらできない。

 

 クウガとディケイドの間に光のカードが展開されていく。ディケイドは赤く煌いた右拳を、クウガの霊石へと撃ち込んだ。

 

 瞬間、弾け飛んだ光が視界を埋め尽くした。その光が夏海の意識を漂白し、キバーラの支配を一時的に消し飛ばした。その一瞬のうちに、夏海は駆け出した。急に感覚の戻った足の筋肉が軋むのを感じる。しかし、立ち止まれば、またキバーラに意識を侵食される。夏海は後ろから聞こえてくるキバーラの声を振り切り、揺らめく灰色のオーロラの中へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒廃した景色を駆け抜けた光は、ほとんど弾け飛んだのだろう。

 

 荒野には元の静寂が包み込んでいた。違うのは、ライダー達の墓標がほとんど消えてなくなっていることだった。あの光はこの荒野からライダー達の魂も消し飛ばしたのか、と思いながら夏海は周囲を眺め回した。すると、景色の中にうつ伏せに倒れる二つの影があった。

 

 ひとつはクウガだ。まだ変身が解けておらず、カード化もしていないところを見るとどうやら生きているらしい。その向こう側に、倒れているもうひとつの影を見つけた瞬間夏海は走り出していた。

 

「士くん!」

 

 叫び、うつ伏せに倒れている黒いコートに駆け寄る。黒いコートは赤く汚れていた。抱き寄せ、仰向けにした瞬間、夏海は息を呑んだ。閉ざした右眼から出血し、身体にも多数の傷跡がある。どれも致命傷に至りかねないものだったが、一番酷いのはバックルごと貫いた腹の傷だった。バックルは砕け、中にある『ディケイド』のカードも切り裂かれている。

 

「士くん! 目を開けてください! 士くん!」

 

 夏海は士の身体を揺さぶり、何度も呼びかけた。しかし、冷たい士の身体は何の反応も示すことはなく、閉ざされた瞳も開くことはなかった。

 

「……士、くん。お願いですから。もう一度だけでもいいから、目を開けてください! いつもみたいに、私の名前を呼んでください! 士くん!」

 

 喉が裂けんばかりの声で夏海は叫んだ。だが、いくら叫んだところで士は動くことは無く、壊れた人形のように力なく首を項垂れさせた。

 

 その時、夏海の背後で何かが立ち上がったような気配がした。その気配に振り返ると、クウガが呻きながら立ち上がっていた。痛むのか、手で腰の霊石を押さえている。見ると、霊石に亀裂が入り、中から金色の光があふれ出していた。しかし、それ以外に外傷はなく、クウガは荒い息のまま、夏海と士へと目を向けた。

 

 漆黒の複眼が暫時、二人を見つめた。クウガは士が死んだことをようやく悟ったのか、勝った、と口中に呟いた。

 

「……勝ったんだ。俺は、世界の破壊者に。そうだ。俺の勝ちだ。これで、世界に青空が戻る。姐さん! 俺、やっと誓いを果たせたんだ。これで、皆が笑顔になる!」

 

 天を仰ぎ、両手を挙げてクウガは叫んだ。夏海もクウガの視線の先を追うように空を見上げた。

 

 しかし、空は依然として灰色の雲に閉ざされたままだった。

 

「……どうして、青空が戻らない」

 

 クウガは両手を下ろし、夏海へと視線をやった。漆黒の複眼に、目に涙を溜めた夏海の姿が映る。

 

「どうして、誰も笑顔にならない。俺は、戦って、勝ったのに」

 

 クウガが自らの両掌に視線を落とす。その手は士の血で汚れていた。

 

「どうして、俺の手はこんなに血まみれなんだ。これじゃ、まるで俺が破壊者じゃないか」

 

 わなわなと手を震わせながらクウガは呟き、血まみれの両手で目を覆って叫んだ。その叫びが、荒野の中に哀しく響き渡る。

 

 その時、クウガの背後の空間に灰色のオーロラが揺らめいた。キバーラが追ってきたのか、と夏海は身を固くした。しかし、そこから現れたのはキバーラではなく、片手にディエンドライバーを携えた鳴滝だった。

 

 クウガは鳴滝へと急ぎ足で歩み寄った。鳴滝は足を止め、クウガと夏海の抱える士とを交互に見やった。

 

「……そうか。ディケイドを殺してくれたか。小野寺ユウスケ」

 

 その言葉にクウガは血で汚れた自らの両手を翳しながら、半狂乱に陥ったように落ち着きの無い声音で、鳴滝へと早口に質問を畳み掛けた。

 

「鳴滝さん。俺は、あなたの言うとおりにディケイドを破壊した。……なのに、世界は救われない。これは、どういうことなんですか? ディケイドを破壊すれば、世界は救われる。それが俺のするべきことじゃなかったんですか? 俺は、何のために戦ったんですか?」

 

 クウガの言葉に鳴滝はうんざりしたような視線を向けた。

 

「喧しいレプリカだな。所詮は、紛い物ということか」

 

「レプリカ? 紛い物? どういう意味ですか? 鳴滝さん。説明して――」

 

 そこで不意に鳴り響いた銃声と共にクウガの言葉が途切れた。クウガは後ずさり、自身の霊石に視線を落とす。何かの意味を問おうとするかのようにクウガが鳴滝に視線をやる。その瞬間、獣のように凶暴な銃声が新たに二つ鳴り響いた。

 

 その音が荒野の中に完全に消え入ると、クウガは背中から仰向けに倒れた。霊石には亀裂のほかに三つの弾痕が刻まれていた。

 

 クウガの姿が光に包まれる。それが完全にクウガを覆った瞬間、光は弾け飛び、あとには仮面ライダークウガの姿が刻まれたカードだけが残った。

 

「これで、全てのライダーは破壊された」

 

 言って鳴滝はディエンドライバーを下ろし、夏海へと視線を向けた。その眼から逃れるように、夏海は士の身体を抱き締めた。しかし、冷たくなった士はいつものように頼りになる言葉を掛けてくれるわけもなく、ただ沈黙するだけだった。

 

 夏海の姿を見て、鳴滝はディエンドライバーに視線を落とし、「ああ」と理解したように呟いた。

 

「恐怖することはない。君の命を奪う気はないのだからね。私は始まりを見に来ただけだよ」

 

「始まり? 何が始まるって言うんですか?」

 

 夏海が言葉を発したその時、士のバックルが鈍い光を放った。それに気づき、視線を向けた瞬間、バックルから灰色の巨大な逆三角錐が飛び出し、空間に固定された。三角錐の底辺に当たる部分に対辺同士を結ぶ直線が刻まれ、そこから血飛沫のように灰色のオーロラが溢れ出した。底辺は徐々に開いていき、三角錐を分解していく。それはまるで空中で展開図を見ているかのようだった。その展開した三角錐が夏海と士へと覆いかぶさろうとする。

 

 それが夏海の視界を遮る瞬間、鳴滝は言った。

 

「遂に、世界を封じ込めていた『クラインの壷』が開く」

 

 ――クラインの壷?

 

 その疑問を口にする前に、展開した三角錐が士と夏海を飲み込んだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。