仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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覇剣

 

 剣戟の音が、長らく無音に沈んでいた廃駅の中を駆け巡る。

 

 絶え間なく響く鋭い金属音は、プラットホームに挟まれた二本のレールが走る場所から発せられていた。その中央で二つの影が激しくぶつかり合う。ブレイドとディケイドだ。

 

 ディケイドの剣がブレイドに向かって縦一文字に振るわれる。それをブレイドは一閃で弾き返した。攻撃を放ったはずのディケイドはその衝撃を受け止めきれず、後ろに大きく後ずさった。その身体へとすかさずブレイドの大剣が振るい落とされる。ディケイドは剣を下から突き上げ、弾こうとした。

 

 だが、剣の大きさもパワーも、明らかにブレイドの方が上だ。弾くことはかなわず、ディケイドはブレイドの剣に今にも押し潰されるような格好となった。ブレイドは両手で柄を握り、さらに力を込める。今にも押し負けそうな中、ディケイドは一枚のカードをバックルに挿入した。『アタックライド、スラッシュ』の音声と共に、ディケイドの刃が三つに分裂する。三本の刃ならば弾ける。ディケイドは渾身の力で、ブレイドの巨大な剣を押し返した。

 

 ブレイドがひとつ舌打ちをし、再度構えを取ろうとする。だが、その一瞬の間にディケイドはブレイドの懐に潜り込んでいた。

 

 ――『クロックアップ』か。

 

 そう気づいた瞬間には、ディケイドの三つに分裂した刃がブレイドの右脇腹に迫っていた。

 

 ――もらった!

 

 ディケイドはそう確信した。だが、刃はブレイドの腹部へと届く前に、咄嗟に出されたブレイドの右腕によって受け止められた。金色の鎧によって固められた右腕に刃が入り込む。鎧表面の動物のレリーフに刃が火花を散らしながら食い込んだ瞬間、そのレリーフが光り輝いた。なんだ、とディケイドが思う前に、左斜め下から片手で振るわれたブレイドの剣がディケイドの頭部に襲い掛かるのが視界の端に映った。ディケイドは咄嗟に地面を蹴り、後ろに跳躍した。ブレイドの剣が獣の咆哮にも似た音を立てながら、先ほどまでディケイドの頭があった空間を切り裂いたのが見えた。

 

 ディケイドはそれを見て悪寒が走った。もし、一瞬反応が遅れていたら。その思考に、ライドブッカーを握る手が震える。その震えを悟られぬように、もう一方の手で上から押さえつけた。

 

 ブレイドは「外したか」と呟き、ディケイドの刃によって傷つけられた右腕の鎧へと視線を落とした。すると、突然、その右腕を前に翳し「見てみろ」とディケイドに言った。

 

 その言葉に不信感を覚える前に、ディケイドの目はブレイドの右腕に釘付けになっていた。

刃が潜り込み、激しい亀裂が入っていたはずの鎧が自己修復を始めているのだ。金色の表面が泡立ち、徐々に傷口が塞がっていくさまは生物が傷口を再生する姿に似ていた。

 

「この鎧に刻まれている十三のレリーフは俺の世界の敵、アンデッドの力が具現化したものだ。俺は全てのアンデッドを封印し、この姿に至った。アンデッドはその名の通り、死ぬことはない。キングフォームを構成しているアンデッドは今も生きている。つまり、俺は決して破壊されることの無い生体鎧を装着していることと同義。その俺に、半端な傷など無意味だ」

 

 右腕の傷が完全に修復され、ブレイドは再び大剣を両手で握った。それを見据えながら、ディケイドも同じように構える。しかし、もう震えを隠しきれていなかった。当たり前だ。敵は斬っても死なない存在だと分かってしまったのだから。

 

 ディケイドの刃の震えを察したブレイドが口を開いた。

 

「臆したか? 無様だな、ディケイド。世界の破壊者を名乗り、俺の右目の光を奪ったお前が」

 

「俺が、臆しているだと?」

 

 ディケイドはカードを取り出し、バックルに入れ込んだ。

 

「――笑わせるな」

 

『クロックアップ』の音声が響くと同時に、全ての現象が通常速度から剥離する。その中を超高速でディケイドは駆け抜け、ブレイドの首筋へと刃を振るった。

 

 だが、その刃を今度は鈍重な大剣で受け止められた。『クロックアップ』によって速度が遅くなっているにも関わらず、である。

 

 ――何故?

 

 その疑問を口から発する前に、ブレイドの言葉が耳朶を打った。

 

「笑わせるな、だと」

 

 ブレイドの灰色の複眼がゆっくりとディケイドに向けられる。視えていないはずだというのに、その眼には射抜くような威圧感があった。

 

「こちらの台詞だ。ディケイド」

 

 その言葉と共に刃を受け止めていた大剣が振るわれる。その衝撃にディケイドは嬲られ、プラットホームに強く背中を打ちつけた。背後のコンクリートが砕け散る。脳髄を鈍痛が駆け抜け、ディケイドはうめき声を上げた。

 

 その姿へと、肩に大剣を担いだブレイドが顔を向ける。

 

「『クロックアップ』からの奇襲攻撃が二度も通用すると思ったのか? アンデッドの鎧のない生身の部分を狙えば一撃で決められるとでも? ――嘗めるな」

 

 怒りを押し殺したような口調でブレイドは言った。ディケイドは傍らのコンクリートに凭れかかりながら、ブレイドに目をやった。ブレイドは肩に剣を担いだ状態のまま、こちらを睨みつけている。ディケイドはライドブッカーで手元を隠しながら、カードをバックル部に挿入した。『アタックライド、ブラスト』の音声が鳴り響くと同時に、銃型に変化させたライドブッカーから三つの赤い光線が放たれる。

 

 咄嗟の防御など間に合うはずがない。ディケイドはそう確信した。だが、ブレイドは大剣を素早く眼前に翳し、盾のように構えて全ての攻撃を刀身で受け止めた。大剣の表面を赤い光が跳ねる。

 

「……馬鹿な」

 

 完璧なタイミングでの奇襲を防がれ、覚えずディケイドはそう呟いていた。ブレイドは剣を下段に構え直し、言った。

 

「お前の攻撃パターンは全て分かっている。今までのライダー達の犠牲を、無駄にはさせない」

 

 ブレイドが構えを崩さないまま、剣を地面に突き立てる。そのままブレイドは雄叫びを上げながら、大剣で地を断ち切るかのように振り上げた。その衝撃で地面が捲れ上がり、進行方向のレールが割れる。大剣を振り上げることによって生まれた風圧が、土石流のような力の奔流となって一気にディケイドへと襲い掛かった。

 

 ディケイドは咄嗟に左へ跳んだ。瞬間、先ほどまでいた場所を凄まじい衝撃波が蹂躙していく。コンクリートのプラットホームが砕けただけではない。天井のトタン屋根が風圧で弾け跳び、駅全体を地鳴りのような轟音が振るわせた。

 

 その轟音に一瞬気を取られたディケイドは、ふと先ほどまでいた場所からブレイドの姿が消えていることに気づいた。周囲を見渡すがどこにも見当たらない。

 

「……一体、どこへ」

 

 呟いた瞬間、上空に殺気を感じディケイドは顔を上げた。そこには中空に身を躍らせ、大剣を振り上げたブレイドがいた。薄曇の中、金色の鎧が僅かな光を背に受けて煌く。その手に握られた大剣が一直線に振り下ろされるのは予想するまでもない。だが、避ける時間もない。ディケイドはライドブッカーを剣の形に展開し、打ち下ろされる大剣を受け止めた。

 

 刹那、落雷のような衝撃が圧し掛かってきた。重力を何倍にも凝縮して、剣の鋭さを湛えた一撃。それは四ヶ月前に感じた以上の一振りだった。足が地面に埋まり、全身の骨格が軋みを上げる。

 

 ブレイドは刃を離し、間髪入れず身体を捻りながら横薙ぎの一閃をディケイドへと叩き込む。空気を裂き、その速度ゆえに切っ先に大気の尾を引いた大剣の刃が首筋に迫った瞬間、ディケイドはライドブッカーの刃でそれを受け止めた。電流のような痛みがライドブッカーを握る手首から全身へと駆け巡る。士はディケイドの仮面の下で強く奥歯を噛み締め、それに耐え忍んだ。

 

 痛みに呻くディケイドの鼓膜にブレイドの声が至近で突き刺さる。

 

「こんなものか! ディケイド!」

 

 刀身がぶつかり合い、甲高い摩擦音と共に火花が散る。ブレイドは大剣でディケイドを押し出した。ディケイドは刃を離し、後ずさる。その身に真下から振り上げられる一撃が迫る。ディケイドは咄嗟にライドブッカーを前に翳した。だが、衝撃を吸収しきれず、ディケイドの身体は宙に舞い上がった。制動をかけるために翅を展開しようとディケイドが念じた瞬間、背後に物体の存在を感じ振り返った。

 

 そこには朽ちた陸橋があった。回避も儘ならず、ディケイドはその陸橋に背中から衝突した。陸橋の中心で土煙が上がり、古びたトタン屋根やコンクリートがパラパラと崩れ落ちていく。

 

 その陸橋を見据え、ブレイドは大剣を構えた。半身になり、剣の切っ先を下方に向け両手でしかと柄を握り締める。

 

「これで終わらせてやろう。世界の破壊者よ」

 

 その言葉と共に、鎧の各所に刻まれたレリーフが金色の光を放つ。その光はブレイドの両手を伝い、大剣へと注がれていく。大剣がまるで太陽のごとき光を宿した瞬間、ブレイドの眼前にアンデッドの姿を象った無数の光の肖像が空間に展開されていく。それはディケイドの『ファイナルアタックライド』とよく似ていた。光の肖像はディケイドがぶつかった陸橋へと真っ直ぐに伸びていく。それが今しがた起き上がりかけたディケイドを捉えた時、ブレイドは静かに言い放った。

 

「『Royal Straight Flash』」

 

 その言葉と同時に振り上げられた大剣の太刀筋が剣閃となって、光の肖像を貫いていく。それは太刀筋の形を取った光線のようであった。光の肖像を切り裂き、輝きを増した剣閃がディケイドの目前に迫る。それを防御しようとディケイドはカードを握ったが、それはあまりに遅すぎた。

 

 黄金の剣閃が陸橋を貫き、衝撃波が円形となって余剰エネルギーを辺りに撒き散らす。トタン屋根が剥がれ、宙を舞い、陸橋が粉塵を上げながら半分に崩れ落ちた。

 

 ディケイドは弾き飛ばされ、宙を漂っていた。咄嗟の防御に使った手元のライドブッカーの刃に視線を落とすと、刃は酷く罅割れ欠けていた。

 

 ――もう戦えない。

 

 宙に漂っていられるのもあと僅か。地面に落下すれば自分には戦う力など残っていないだろう。この刃ではブレイドの大剣と一度でもぶつかれば簡単に砕け散ってしまう。

 

 だが、これでようやく世界の破壊者の重荷を捨てることができる。その思いに緑色の複眼の下で士は瞳を閉じた。暗闇の中を今まで旅してきた光景が走馬灯のように駆け抜けていく。いくつもの世界を巡り、何人ものライダーに出会った。だが、共に戦ったライダー達はもういない。仲間だったライダー達は消え、同じ姿をしたライダー達は自分がこの手で殺した。

 

 それが世界の破壊者の宿命だったのか、と士は落ちていく思考の中で思った。得たものは全て紛い物で、本物は全て自分を拒絶する。士は無意識的に宙に手を伸ばしていた。この手からどれだけのものが零れ落ち、どれだけのものを殺めたのだろう。ひとつも掴むことができなかったこの手には、一体何の意味があったのだろうか。

 

 ――意味はきっとありますよ。

 

 その時、士の意識の奥底でそんな言葉が弾けた。直後に、士にすがりつくようにして泣いている夏海の姿が記憶の淵から投影される。

 

 ――消えないでください。門矢士くんに、戻ってください。

 

 その言葉が響いた瞬間、士は眼を開いた。眼下には既に地面が迫っている。ディケイドは翅を広げ、体勢を立て直し地面へと滑りながら着地した。

 

 その姿へとブレイドの憎悪に染まった声が投げられる。

 

「まだ、生きていたか。しぶとい奴だ」

 

 ブレイドが大剣を再び構える。ディケイドは翅を背中に仕舞い込み、ブレイドを緑色の複眼で真っ直ぐに見据えた。

 

「ああ。俺はまだ、消えるわけにはいかない。どんなことをしてでも、生き残る」

 

 ディケイドはカードを取り出し、バックルに挿入すると同時にライドブッカーの銃口をブレイドに向けた。

 

『アタックライド、ブラスト』の音声と共に、三つに分裂した赤い閃光がブレイドへと直進する。ブレイドはそれを見て舌打ちした。

 

「馬鹿のひとつ覚えか。こんなものが通じるとでも」

 

 ブレイドが先ほどと同じように大剣を盾にして防ぐ。その刹那、正面に捉えていたディケイドの姿が掻き消えた。

 

 ――『クロックアップ』だ。

 

 それを察知し、ブレイドは右側に向けて一閃を放った。盾に構えていた剣をそのまま斜めに振り下ろす。ディケイドは死角となる右側を狙ってくるに違いないと確信しての行動だった。

果たして、その予想は当たった。剣の先に何かを弾いたような手ごたえを感じる。金属製の物体、恐らく刃であろう。軽すぎるような気がしたが、『Royal Straight Flash』をもろに食らったディケイドには弾き返す余力など残っていないと考えれば納得できる。『クロックアップ』の影響で認識するまでに少し時間が掛かるが仕方がない。ゆっくりと、ブレイドは右側に視線を向けた。

 

 しかし、そこにはディケイドの姿は無かった。

 

「……なんだと?」

 

 だが、先ほど確かに何かを弾いた感覚はあったはずだ。そう思い、ブレイドが辺りを見渡すと足元に白い四角形の鍔を持つ剣が突き刺さっていた。ディケイドが持っていた武器だ。だが、当のディケイドが見当たらない。

 

「剣、だけだと……。本体は」

 

 そう思い、周囲を探ろうとしたブレイドの耳に『ファイナルアタックライド』の音声が響き渡る。その声の聞こえてきた方向へとブレイドは目を向けた。上空だ。

 

 バーコード状の翅を広げ、宙に佇むディケイドから光のカードが展開されていく。光のカードの照準は真っ直ぐにブレイドを捉えている。ディケイドは翅を解除し、空中で跳び蹴りの姿勢を取った。ディケイドとブレイドを一直線に結んだ光のカードを、ディケイドの足が蹴破り、流星のように落下してくる。ブレイドは大剣を盾とし、ディケイドの蹴りを受け止めた。接触の瞬間、轟音が駅全体を揺らした。ディケイドの足に纏った光が弾け、ブレイドの大剣の表面で飛散する。衝撃波が大気を破り、光の粒子が灰色に染まった景色を照らし出した。

 

 大剣ごとブレイドの身体が押し出される。流星と化したディケイドの凄まじいエネルギーの奔流が、刀身を軋ませる。両大腿部の鎧に刻まれたアンデッドが激しく光り輝き、ブレイドが押し潰されるのをかろうじて支えている。だが、その力さえ一時的なものに過ぎない。ブレイドはディケイドの力に徐々に後退させられているのを自覚させられていないわけではなかった。

 

 ――押し負けている。

 

 その思考が脳裏を過ぎった瞬間、ブレイドは叫んだ。

 

「ふざけるなよ。ディケイドォ!」

 

 絶叫と共に鎧に刻まれた十三のアンデッドの紋章が金色の光を放射する。金色の光にディケイドの蹴りが徐々に押し戻されていく。

 

 ブレイドは猛々しい声と共に、剣で振り払った。蹴りに溜め込まれていた光のカードのエネルギーが弾け、ディケイドとブレイドはお互いに激しく後退した。

 

 砂利の地面に大剣を突き立て、ブレイドは制動をかける。ディケイドは翅を展開して体勢を整え、地面に突き刺さったライドブッカーの横に降り立った。

 

 ブレイドは大剣を地面から抜き取り、刀身に視線を落とした。ディケイドの『ファイナルアタックライド』によって、黄金の刀身には皹が入り、一部の装飾が砕けていた。この程度の損傷なら斬ることに関してはさしたる支障はない。だが、もし少しでも力を緩めていたら大剣ごと自分の身体は砕かれていたであろう。その予想に、ブレイドは身震いしながら大剣を構え、ディケイドを見据えた。

 

「……俺が、お前の攻撃パターンを全て把握していることを前提とした攻撃、か。見事だ。だが――」

 

 ブレイドはディケイドの武器に視線を向ける。ディケイドはライドブッカーを地面から抜き、刃を研ぐように手で拭った。ライドブッカーの刀身は激しく罅割れており、刃こぼれも酷い。いつ砕けてもおかしくないような状態だった。

 

「そんな剣で、俺に敵うと思っているのか?」

 

 ブレイドの問いかけに、ディケイドはカードを取り出し応じた。

 

「やってみなければ分からないだろ。それに俺は、ここでは死なない」

 

 カードをバックルに挿入する。『ファイナルアタックライド』の音声に混じって、ディケイドは言葉を続けた。

 

「俺は生き残る。お前を倒し、全てのライダーを破壊してでも、生き残るんだ」

 

 緑色の複眼が確かな意志を持ってブレイドに向けられる。それをブレイドは殺気の籠もった灰色と赤の複眼で返した。

 

「……生き残る、だと? どの口が言っている? この悪魔が!」

 

 ブレイドの激情を感じ取ったように、十三個のアンデッドの紋章が黄金の輝きを強く放ち、眼前に光で構築されたアンデッドの肖像を展開していく。『Royal Straight Flash』だ。それと対を成すように、ディケイドから真っ直ぐに光のカードが伸び、空間に展開される。

 

 ブレイドは大剣を構えたまま、アンデッドの肖像の中に光の粒子となって飛び込んでいく。ディケイドもブレイドと同じ構えを取り、光のカードの中を駆け抜ける。

 

 二つの影がお互いに展開した光の壁を、雄叫びを上げながら突き破っていく。突き破られた光が互いの刃に集束し、中央でその光が激突する瞬間、廃駅は眩い光と大気を貫くような爆音に包まれた。

 

 砕け散った光の欠片がコンクリートを根こそぎ捲れ上がらせ、砂塵が舞い上がる。陸橋の残骸が光に押し潰されたようにひしゃげた後、衝撃波が陸橋の姿を景色から奪い去っていく。瞬時に発生した膨大な熱量によってトタン屋根が溶解し、後に襲い掛かってきた突風が溶解した表面を針のようにささくれ立たせた。

 

 それはたった数秒の出来事に過ぎなかったが、この世界から廃駅を消滅させるには十分な時間だった。砂塵舞い散る中、互いに剣を前に突き出した姿勢のまま、背中をむき合わせた二つの影が浮かび上がる。

 

 その時、ディケイドの胸部に横一文字の切込みが入った。その傷が四ヶ月前の肩口の傷と重なり、十字の傷を作り出す。そこが赤く滲んだかと思うと、一挙に鮮血が迸った。ディケイドはよろめき、剣を杖のように地面に突き立てようとする。だが、その剣も根元からぽっきりと折れてしまっていた。支えを失った身体が地面に倒れ、横たわる。

 

 それを感じ取ったブレイドが背後を振り返った。胸部を構成する黄金の鎧に斜めに傷が入っている。だが、ブレイドは健在だった。大剣を肩に担ぎ地面に倒れたディケイドを見下ろして口を開いた。

 

「ここまでだったようだな。世界の破壊者、ディケイド」

 

 ブレイドはゆっくりとした足取りでディケイドに近づきながら、言葉を続けた。

 

「貴様はよく戦った。我々ライダーの軍勢を相手にたった一人で戦った姿は賞賛に値する。だが、それも所詮、悪あがきだったということだ」

 

 その言葉にディケイドは倒れ伏したまま何も応えなかった。「死人に口なし、か」とブレイドは呟き、ディケイドの間近に立った。

 

 肩に担いでいた大剣を両手で握り、切っ先をディケイドの背中に向ける。

 

「死体を残しておくのも哀れだ。貴様は憎いが、ここまで戦った敬意を評し、せめて跡形もなく破壊してやろう」

 

 言って、ブレイドは大剣を掴む手に力を込める。一撃で破壊できるよう、しっかりとディケイドの背中に視線を固定しようとした。

 

 その時、違和感に気づいた。

 

 ディケイドの背中を見据えようとしていた視線が、自身の黄金の鎧に向けられる。胸部の鎧の傷がいまだ再生しないままだった。アンデッドの力が作用しているのならば、傷はすぐに再生を始めるはずである。

 

「……何故、再生していない」

 

 ブレイドは片手を大剣の柄から離し、胸部の傷に触れた。触れた指先にねっとりとした感触が絡みつく。指を離して見つめると、黒い指先に赤い液体がこべりついていた。

 

「……これは、まさか――」

 

 その言葉を発した瞬間、ブレイドの背中から鮮血が迸った。激しく咳き込み、仮面の内側から吐血する。仮面の下から血が滴り落ちる。ブレイドは大剣を地に突き立て、よろめく身体を支えようとするが、意識に靄がかかったように上手く立てずブレイドは地面を転がった。仰向けになり、もう一度ブレイドは胸部の傷に触れた。見間違いなどではなかった。やはり、赤い血が鎧の内側から溢れ出していた。

 

「……馬鹿な。アンデッドの鎧を貫通したのか」

 

 それはありえないはずだった。本来、アンデッドに〝死〟という概念はない。だから封印するしかないはずなのである。そして封印したアンデッド十三体全ての力が作用した鎧は、装着者に不死を約束するはずのものだった。

 

 だが、現実にアンデッドの鎧は砕かれた。世界の破壊者、ディケイドによって。

 

「決定された摂理をも破壊するのか。おのれ、ディケイド……」

 

 その呟きを最期に、ブレイドの黄金の鎧が光に包まれた。その光は間もなくガラスのように砕け散り、あとには仮面ライダーブレイドのカードが一枚、地面の上に転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂利の上にあるディケイドの指先が僅かに動いた。

 

 神経がまだ繋がっているのを確認するかのように、何度も指先が動いた後、ようやくディケイドは顔を上げた。続いて身体を持ち上げようとするが、ブレイドによって切り裂かれた傷の痛みがそれを邪魔した。

 

 ディケイドは震える指先で胸の傷に触れた。顔の前に翳すと、血で赤く汚れている。胸から上を両断されなかっただけまだマシだが、決して傷は浅くない。ディケイドは変身を解かずに、そのまま伏せった。ディケイドに変身している状態のほうが傷の治りは早い。何より、今の状態では動けそうになかった。

 

 ディケイドは意識が闇に落ちていく感覚に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――また、ライダーが死にました」

 

 荒い息を吐きながらキバは呟いた。コンクリートの柱に凭れかかり、俯いたまま絶望的に発せられたその言葉にキバーラは「へぇ」と無感情に応じた。

 

「また、死んだんだ。誰?」

 

「……電王と、剣です」

 

 キバの死者を悼むような口調とは対照的に、キバーラは声を弾ませて言った。

 

「え? それホント? へぇー、あの二人が死んだんだ。意外ね。あ、でも電王は注意力散漫だから、不意打ちでも食らったらすぐにやられちゃいそうだもんね。でも、剣もかぁ。一体、どんな戦いをしたのかしら。気にならない?」

 

 キバーラの赤い複眼が眼下のキバへと尋ねる。キバは黄色い複眼を向け、責める様な口調で言った。

 

「あなたはもう少し口に気をつけるべきだ。彼らは十分に戦い、散っていった。それをあなたの軽い言葉で装飾するのは、死者への冒涜に他ならない。あなたは――」

 

 その言葉の先を遮ったのはキバーラのレイピアだった。その切っ先がキバの肩口に突き刺さっている。その痛みにキバはうめき声を上げた。

 

「あたしに説教なんて、いいご身分になったものね。渡くん」

 

 キバーラは冷徹に言い放ち、切っ先を抜き取った。傷口から血が流れ出し、キバの赤い鎧をさらに真紅に染めていく。

 

 キバーラは血を吸って赤黒く変色したレイピアの切っ先をキバの眼前に翳し、威圧するように言葉を発した。

 

「いい? 渡くん。あまりあたしの気を損ねないことね。じゃないと、次は左腕をもらうわよ」

 

 キバーラのその言葉に、キバは自らの右腕に目をやった。右腕はキバーラによって根元から切り裂かれていた。右腕だけではない。右脚を貫かれ、左のアキレス腱を裂かれている。今のキバは立ち上がることも儘ならず、ましてや戦うことなど出来なかった。

 

 キバーラは今しがた突き刺した肩口の傷跡を指でなぞり、その血のついた指でキバの頬を撫でた。

 

「いい姿になってきたじゃない。もっと男前にしてあげてもいいけど、これ以上やると死んじゃうしなぁ。そろそろ〝真実〟ってやつを話してくれると、あたしは助かるんだけど」

 

 キバーラのその言葉に、キバは強い口調で返した。

 

「言ったはずです。あなた方は真実など知る必要は無いと。ディケイドは世界の破壊者。それが真実だと思えばいい」

 

「だからぁ――」

 

 キバーラの振るったレイピアがキバの左眼を切り裂いた。キバは鋭敏な痛みに呻きながら、左手で一瞬にして光を奪われた左眼を覆った。

 

「その答えじゃ満足できないの。分からないの? 嘘偽りのない真実をあなたの口から聞かせてもらいたいの。……ホントにさぁ、早く吐いちゃってよ。これ以上やるとあたしの鎧が赤くなっちゃうじゃない」

 

 キバーラの白い鎧は、キバの返り血を浴びて所々赤く染まっていた。その姿を残った右眼で見つめて、キバは忌々しげに呟いた。

 

「……あなたは、ディケイドと同等の悪魔だ」

 

「それは褒め言葉? どちらにせよ、真実を話してくれる気がないのなら、このまま血を流し続けて死んでもらうしかないんだけど、どうするの? あたしに全部話せば、失血死なんていう無様な死に方だけは免れるわよ」

 

 キバーラが刃に指を沿わせながら、選択肢を迫るようにキバに尋ねる。キバはどちらにせよ、ここで殺されることは変わりないことは分かっていた。キバーラには元から自分を生かす気など毛頭ないのだ。ここで真実を吐かされ、それをディケイドにでも伝えられれば全ての計算が狂う。これまでのライダーの犠牲が、全て無駄になってしまう。それだけは避けねばならないと、痛みで失いかけた理性を奮い立たせた。

 

「お断りします。ここであなたに真実を話すくらいならば、僕は――」

 

「あっ、そう」

 

 キバの言葉を皆まで聞かず、キバーラは無慈悲にレイピアをキバの首筋に向けて振るった。首の根元から断ち切られたキバの頭部が宙を舞い、近くのビルの上に転がる。その瞬間、頭を失った首から血が迸り、スコールのようにキバーラに降り注いだ。

 

 鮮血がキバーラの白い鎧を赤く染め上げていく。キバーラは嘆息を吐きながら、血を噴出すキバの亡骸を見つめた。

 

「もっと綺麗に殺してあげるつもりだったのに。勿体無い事しちゃった」

 

 言って、キバーラは踵を返した。その眼前には灰色のオーロラが揺らめいている。その中へ入る瞬間に、キバーラは変身を解いた。

 

 キバーラと同調した夏海がキバの亡骸へと振り返り、片手を小さく振って笑顔で呟いた。

 

「バイバイ。渡くん」

 

 その声が灰色のオーロラの向こう側に消えていく。

 

 後に残ったのは、頭を失ったキバの身体と、それを見下ろす星空だけだった。

 


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