仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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空戦

 

 バーコード状の翅を震わせ、ディケイドは空中を疾走していた。

 

 翅の先端部が風を鋭く切り裂き、空気の壁を破りながら突き進む。両腕に抱えた夏海は、振り落とされないように必死でディケイドにしがみ付きながら、顔を埋めていた。

 

 夏海を巻き込むつもりは無かった。ライダー達も夏海には今までの経緯からして恐らく手を出さないはずだった。だが、電王の振り下ろした刃には確かに殺気が籠もっていた。あの場で夏海を残したとしても、夏海の身の安全が保障されるわけではない。最早ライダー達にとってはディケイドも夏海も関係がないのではないか、とディケイドは思うと同時に、そうさせたのは紛れもない自分自身だという罪悪が重石のように圧し掛かってきた。自分と共にいなければ夏海は巻き込まれることは無かった。自分がライダーを破壊しなければ、こんな切迫した事態になることはなかったのだ。

 

 では、どうすればよかったのか。

 

 ディケイドの仮面の下で、士は奥歯を強く噛み締めた。世界の破壊者と罵られながら、ただ黙って殺されていればよかったのか。そうすれば世界は平和だったのか。夏海もこんな目に遭わずに済んだのか。

 

 答えの出ない問答の中、不意打ち気味に背後から鳴り響いた汽笛のような音に思考は打ち消され、ディケイドは振り返った。

 

 視界に飛び込んできたのは、中空に刻まれた円だった。時計の文字盤のように十二個の筋が円の中に入っており、円の中心からは長針と短針が伸びている。その円の向こう側から汽笛は聞こえてくるようだった。その音が近づいてくると共に、円から鉄製のレールが伸び、何もない空に敷かれていく。そのレールを伝って、汽笛と共に円から飛び出してきたのは流線型をした列車だった。フロントガラスの部分がライダーの複眼のように赤く、先端の尖ったその造形は新幹線を思わせる。

 

「……時の列車、デンライナー。電王の追撃か」

 

 列車の名を忌々しげにディケイドは呟く。デンライナーは機首に次々とレールを継ぎ足していき、通常の列車ではありえない様な蛇行運動を重ねながら着実にディケイドへと距離を詰めていく。それは列車というよりは、機械の龍のようだった。

 

 ディケイドは舌打ちと共に翅の振動数を上げ、さらに速度を増した。その時、ディケイドの胸に顔を埋めていた夏海が小さく悲鳴を上げた。これ以上の加速は夏海の身体がついていかない。だが、デンライナーから逃げ切るためにはこれ以上、速度を上げるほかなかった。

 

「しっかり掴まっていろ! 夏海!」

 

 その言葉に夏海の手がディケイドの身体に強くしがみ付いた。直後、強烈な加速度が夏海とディケイドの身体を圧迫した。空気の壁を突き破る破裂音が鼓膜を激しく叩きつける。

 

 だが、デンライナーのレールはさらに早く、ディケイドの進行方向に立ち塞がるように展開された。このまま突っ込めばデンライナーに激突する。ディケイドは直感的に翅の速度を緩め、レールの下を潜り抜けた。その背へと捩れたレールが追いすがる。デンライナーとそこから展開されるレールは重力、引力の影響を全く受けない。そのためにレールを捩れさせ、急激な方向転換をしながら車体を走行させることも容易に出来た。

 

 逆さまになったデンライナーがディケイドと並走する。夏海を抱えているために武器を構えることも出来ず、急激な回避行動も取れないディケイドはデンライナーにとっては格好の的だった。

 

 デンライナーの客車部分がさながら箱のように開き、内部から重火器が飛び出す。四連装の大砲だ。それが緩慢な動作でディケイドへと照準を合わせる。ディケイドがそれを視界の端に捉えた瞬間、大砲の奥が赤く輝いた。

 

 ディケイドが身体を翻すと同時に、赤い火線が放射線状にディケイドへと迫る。先ほどまで身体のあった場所を赤色の筋が貫き、ディケイドは肝を冷やした。救いなのは大砲の照準速度と次弾装填が遅いことだ。中らなかった、と認識してから、数秒の間隔の後、大砲は次の弾を放つべくディケイドへと緩慢な動作で首を向ける。

 

 それを待っているほど、ディケイドも余裕があるわけではない。大砲が動き始めたと見るや、すぐにディケイドは上昇を始めた。

 

 それに大砲はついてこられず、デンライナー自身が大砲を中てるために動かなくてはならない。これは大砲がデンライナーの左側にしかついていないからだ。

 

 ディケイドは天井のように行く手を塞ぐ灰色の雲を突き破り、デンライナーより一足早く上空に躍り出た。デンライナーはまだ来ない。

 

 ディケイドは、身を強張らせ目を瞑ったまま必死に掴まっている夏海へと言葉を掛けた。

 

「……夏海。すまない。どうやら、ここまでのようだ」

 

 夏海は目を開け、顔を上げた。ディケイドは緑色の複眼を夏海に向けていた。

 

「恐らくは逃げ切れない。夏海、お前だけでも逃がしてやりたいところだが、それも出来そうにない。俺はやっぱり破壊者だ。目の前の障害を破壊するしか、俺の進む道は無い。だから、これから言うことをよく聞いてくれ」

 

 ディケイドは静かに、夏海に耳打ちをした。それを聞いた夏海の顔がみるみる青ざめていく。慄くような視線をディケイドに向けた夏海に対し、ディケイドはすまなそうに言った。

 

「これしか方法がない。だが、これはお前にも危険が伴う。無理なら構わない。俺は――」

 

「やります」

 

 ディケイドの言葉を夏海は遮った。その言葉にディケイドは驚愕したように声を震わせた。

 

「だが、成功する保証はない。俺にそこまで付き合うことは無いんだ」

 

「それでも、やらせてください。それに、そういう台詞はもっと前に言ってください。この状況じゃ選びようが無いじゃないですか」

 

 夏海はディケイドに掴まったまま、眼下の雲海を見下ろした。夏海の言葉にディケイドは「すまない」と呟いた。

 

 その言葉に夏海は精一杯の笑顔で返した。

 

「謝らないでくださいよ。士くんに会いたいって無理を通したのは私です。だから、私にも責任はあるんです。大丈夫ですよ。きっと、上手くいきます」

 

 そう言った夏海の声は気丈に振舞いながらも震えていた。当たり前だ。この状況下において恐怖しない人間などいない。ディケイドは震えの止まらない夏海の手を握り、強い口調で言った。

 

「必ず成功させる。俺に、命を託してくれ。夏海」

 

 夏海はその言葉にディケイドの複眼を真っ直ぐに見つめ頷いた。ディケイドもそれに併せて頷く。それが最後の確認だった。夏海の手がディケイドの身体から滑り落ちる。

 

 次の瞬間、夏海の身体は宙に投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デンライナーの制御は、機首内部の運転室で行われている。

 

 運転室にはマシンデンバードと呼ばれるバイクに跨った電王がいた。このバイクがそのままデンライナーの制御機構と直結しており、バイクの動きに連動してデンライナーは走行していた。正面には四角いディスプレイがあり、それがデンライナー機首の赤い複眼と繋がっている。

 

 そのディスプレイの中心に捉えていたディケイドの姿が唐突に上昇を始めた。それに舌打ちをしながら、電王は叫んだ。

 

「手間かけさせんなよ! ディケイドォ!」

 

 アクセルを強く踏み込むとレールが上方に向かって捩れ、真っ直ぐに伸びていく。その上をデンライナーは垂直に上昇した。デンライナーの装備は全て左側についているため、ディケイドを左側に捉えなければならない。つまり並走しなければ、攻撃することが出来ないのである。そのためにいちいち敵に追いつかなければならないのが、電王にとってはもどかしかった。先ほど建物にいるディケイドを襲撃するために使った武器のように大雑把な攻撃をすることのほうが、電王に今憑依しているイマジン、モモタロスにとっては合っていた。だが、剣崎との作戦上、ディケイドを着実に追い詰め逃げ場を無くす必要があった。

 

 壁のように眼前に迫る灰色の雲を抜けた瞬間、電王は何かが上空から落下してくるのを見た。長い黒髪を服が強風に煽られ、今にも消し飛ばされそうである。それがデンライナーの脇を通り抜ける瞬間、電王はその姿をはっきりと眼に捉えた。

 

 それは先ほどまでディケイドが抱えていた夏海だった。

 

 デンライナーとの交錯もつかの間、夏海の身体は急速に落下していき、電王の視界から消える。見間違いか、と思い、その行方を追うように電王は後ろを振り返った。

 

 前方にあったディスプレイが電王の視界に合わせて背後に回る。そのディスプレイに表示された落下する人影を電王は見た。間違いない。落ちたのは夏海だ。頭の中でそれが確信に変わった瞬間、電王は怒りで思考が白熱化するのを感じた。

 

「……女を落としただと。ふざけんなよ、この悪魔がァ!」

 

 アクセルをさらに強く踏み込み、上空で待ち構えているであろうディケイドへと駆け抜けようとした瞬間、片手に剣を携えた紫色の姿が迫っているのを電王はディスプレイ越しに見た。

 

 それがディケイドだと認識する前に、衝撃が電王の身体を嬲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏海の手がディケイドの身体を滑り落ちる。

 

 その手の体温が遠く離れ、宙に投げ出された瞬間、ディケイドは雲海を突き破るように上ってきたデンライナーの機首を見据えた。それは鯨が海面でジャンプする様子に似ていた。違うのは、鯨はジャンプ後にまた着水するが、デンライナーはこちらへと真っ直ぐに向かってくるということだ。

 

 夏海の身体がデンライナーのすぐ脇を通る。とりあえずデンライナーに轢かれなかったことがディケイドを安堵させた。だが、そう安心してはいられない。目の前の障害を破壊する以外に、この場を切り抜ける方法はないからだ。

 

 ディケイドはライドブッカーから一枚のカードを取り出した。それと同時に、背面に展開させていたバーコード状の翅を解除する。解除の方法は、ただディケイドが「不要だ」と思えばいいだけだった。バーコード状の翅はディケイドの背中に仕舞いこまれる。

 

 その瞬間、先ほどまで翅によって揚力と浮力を同時に得ていた身体に突然、抗いがたいものが圧し掛かってきた。重力だ。それに押し出されるようにディケイドは上空から落下した。

 

 デンライナーの機首が目前に迫る。ディケイドはライドブッカーを剣の形に展開し、先ほど取り出したカードをバックルに挿入した。『アタックライド、スラッシュ』の音声が鳴り響くと同時に空気圧で消し飛ばされていく。

 

 ディケイドは姿勢を整えながら、両の手で剣を握り、正眼に構えた。デンライナーのレールが既に足元に展開されており、眼前に迫る赤い複眼が米粒ほどの大きさしかないディケイドを睥睨しているように見えた。だが、ディケイドは臆することなく、その刃をデンライナーの機首に叩き込んだ。

 

 通常の剣で、ただ愚直に真正面から切り込んだだけならば、それはコンクリートに爪で跡をつけた程度の傷にしかならなかっただろう。デンライナーは見た目以上に強固であり、ただの剣で切り込んだだけなら、それは棒切れで立ち向かうのと同義だからだ。だが、この時ディケイドには落下時によるエネルギーが掛かっており、なおかつライドブッカーの剣での一撃はただの剣での一振りとは異なっていた。

 

 機首に叩き込んだ刃は三つに分裂し、三倍の攻撃力となってデンライナーの強固な装甲へと潜り込んだ。刃を潜り込ませればこちらのものだ。上ってくるデンライナーと、落ちるディケイド。デンライナーの上昇運動により、刃は勝手に深く潜り込み、ディケイドの落下によって豆腐を切るように容易くデンライナーの装甲は引き裂かれていく。火花が激しく散り、刃を持つ手が今にも弾け飛びそうなほどの衝撃が嬲った。しかし、ディケイドは決して剣の柄から手を離そうとはしなかった。たとえ腕が耐え切れずに飛んだとしても、剣を離さない、離してなるものかという意地が柄を握る力をさらに強めさせる。

 

 刃の先端部分が軋みを上げる音が聞こえてくる。『アタックライド、スラッシュ』によって三つに刃を分裂させているとはいえ、かかる負荷は相当なものだ。もしかしたら腕よりも刃のほうが持つかどうか、という不安がディケイドの脳裏を過ぎる。

 

 その時、急に腕に感じていた負荷が消えた。デンライナーを断ち切ったのだ。宙に投げ出されたディケイドは再び翅を展開させ、デンライナーに向き直った。デンライナーは車両の下部を縦に切り裂かれており、完璧な両断とはいかないが相当なダメージを負っているようだった。

 

 だが、デンライナーは止まらなかった。レールの先端部分が捩れ、宙に弧を描きながらこちらに向けてUターンしてくる。デンライナーの機首には、操縦席から飛び出した電王が武器を携えていた。このまま突っ込むつもりか、それとも携えた武器で攻撃するつもりか。どちらにせよ、ディケイドはこれ以上、デンライナーに関わる時間も、電王と一戦交える余裕もなかった。

 

「――悪いな。これで終わらせる」

 

 バックルにカードを挿入する。『ファイナルアタックライド』の音声と共に、ディケイドは銃型に変形したライドブッカーを、猪突してくるデンライナーに向けた。光のカードがデンライナーとディケイドの間に幾重にも展開されていく。その光のカードに構うことなく、デンライナーはディケイドへと猛進する。その機首に立つ電王が剣を振り上げた瞬間、ディケイドは引き金を引いた。

 

 刹那、ライドブッカーから放たれた赤い閃光が光のカードごと、デンライナーを貫通した。デンライナーの機首に屹立したまま身体を撃ち抜かれた電王はそのまま硬直している。その一瞬後に、デンライナーから火の手が上がり、直後、大気を振るわせる爆音が轟いた。

 

 ディケイドはそれを最後まで見届けることなく空中で身を翻し、バーコード状の翅を折り畳み、急速落下した。深い靄のような雲海を突破し、ディケイドは空中に夏海の姿を捜した。夏海の落下速度は思ったよりも速く、ディケイドが当初考えていたよりずっと下に夏海の姿はあった。首から提げたままのトイカメラが強風に煽られている。夏海はそれを抱き込むようにして目を瞑り、身体を縮こまらせている。

 

「――夏海!」

 

 ディケイドの声に気づいた夏海は片目を開け、手を伸ばした。ディケイドはカードを取り出し、夏海の下へと急いだ。

 

「間に合ってくれよ……!」

 

 呟き、ディケイドはカードをバックルに入れ込む。『クロックアップ』の音声と共に全ての現象が速度を落とし、ディケイドだけが超加速を得る。目も眩むような速度でディケイドは夏海へと手を伸ばした。華奢な腕が空気圧で揺れている。その手をしっかりと握り締め、ディケイドは夏海を抱えた。だが、その時にはもう地表は目前であった。ディケイドは夏海を強く抱きとめ、身体を反転させた。ちょうど仰向きになるような格好だ。少なくとも足から落下するよりは反動が軽減されるはずだ。

 

 ディケイドは次の瞬間に訪れるであろう思考を叩き割るような衝撃に備えるように、奥歯を強く噛み締めた。

 


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