仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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交錯

 士は夏海の持ってきたアルバムを眺めていた。

 

 どれも自分の取った写真だ。しかし、どの写真も色褪せ白く焼ききれている。これはその世界が消滅した証だった。ページを捲り、その写真達を見るたび、まるで今まで旅路自体を否定されたような気分になった。

 

「……消えちまったのか。ワタルも、カズマも、皆……」

 

 士の呟きを、包帯を洗っていた夏海は背中越しに聞いていたが、何か言葉をかけることは出来なかった。

 

 士はアルバムを捲りながら、写真の一枚一枚を見つめ言った。

 

「この写真達に意味はあるのか? 俺は、レンズ越しでしか世界と向き合う術を知らなかった。そんな俺が撮った写真も今はこうして消えている。一体、写真を撮るということは、俺にとってどういう意味があったんだろうな」

 

 それは士の独白のようであった。夏海は洗った包帯を持って、士のベッドの隣に座った。

 

「意味は、きっとありますよ」

 

 その言葉に、士は夏海に目をやった。

 

 夏海は士の目を真っ直ぐに見据えたまま続けた。

 

「きっと、士くんの撮った写真には意味があるはずです。分からないなら、これから探していけばいいんです」

 

 夏海は士の首から提げられたトイカメラに目をやった。

 

「また、旅をしながらこのカメラで世界を撮り続ければいいんです。時間が掛かるかもしれないけど、そうすれば、きっと意味は見えてくるはずです。旅に無駄は無いんですから。……まぁ、おじぃちゃんの受け売りですけど」

 

 最後の言葉を夏海は照れ隠しのように付け足して笑った。それにつられるように士は笑い返した。それを見た夏海は安心したように士の顔を見た。

 

「ようやく、笑ってくれましたね。士くん」

 

 夏海の言葉に士は頷いた。思えば、ライダー大戦の世界に入ってから笑ったことなど無かった。ライダーとの生き残りをかけた戦いに感情など不要だと思っていたからだ。感情を失い、破壊者として生きれば戦いへの感傷も、痛みも感じる必要はない。裏切られたと思うこともない。しかし、それは同時に人間、門矢士としての死を意味していたのかもしれない。現に、今夏海といるこの瞬間、門矢士という一人の人間として振舞えている気がしていた。

 

「そうだな。また、世界を撮るか。俺の世界を見つけるために。俺が、本当に撮りたい物を見つけるために」

 

 士はトイカメラに視線を落とした。その時、夏海が何か思いついたように手を叩いた。

 

「そうだ! 今、撮りましょう」

 

「今? 何を撮るんだよ。こんな殺風景な部屋、撮ったって何も面白くないぞ」

 

 士が部屋を見渡しながらそう言うと、夏海は首を横に振った。

 

「違いますよ。風景を撮るんじゃないんです。士くんを撮るんですよ」

 

 その言葉に士は驚いて自分を指差した。

 

「俺を? 冗談言うなよ、夏ミカン」

 

「冗談なんかじゃありません。今思ったら、士くんを撮った写真が一枚も無いじゃないですか」

 

 夏海が士の手元にあるアルバムをパラパラと捲った。確かに士自身の写真は一枚も無かった。

 

「自分を撮るなんて恥ずかしいこと出来るか」

 

 不遜な態度でそう言った士に、夏海は顔をむくれさせて士の首からトイカメラを引っ手繰った。

 

「何するんだ! 返せ、夏ミカン!」

 

 手を伸ばして抗議する士を無視して、夏海は士へとファインダーを向けた。士がそれに気づいて手で顔を覆い隠す前に、シャッター音が響き渡った。

 

 間もなくしてカメラの下部から写真が排出されていく。それを見て、夏海は満足そうに頷いた。

 

「うん。よく撮れてますよ、士くん。ほら、見てください」

 

 夏海が士にその写真を見せようとするが、士は不機嫌そうに顔を背けその写真を見ようとはしなかった。

 

「いらん。自分を撮った写真なんて、格好悪すぎて見たくもない」

 

「……むぅ。相変わらず変なところで強情ですね。じゃあ、いいです。後で勝手にアルバムに入れちゃいますから」

 

 言って夏海は写真をポケットの中に仕舞った。それを見て士は手を差し出して、夏海に言った。

 

「……やっぱり渡せ。夏ミカン」

 

「何でですか? いらないんでしょう?」

 

「あとで勝手にアルバムに入れられでもしたら恥ずかしいだろう。それは俺が自分で捨てる。早く渡せ」

 

「嫌ですよ。破られるのを分かっていて渡すわけ無いでしょう。これは、アルバムの最後のページに挟みますから」

 

 夏海が悪戯っぽく言って笑うと、士は必死に叫んだ。

 

「ふざけるな! そんなもん一生の恥だ。いいから返せ、夏ミカ――」

 

 その時、士は急に言葉を止めた。そして何かに気づいたように、静かに周囲を見渡し始めた。

 

「どうかしましたか? 士くん」

 

 夏海が不審に感じて、士に歩み寄ると士は急に夏海の背に手を回して夏海を抱き寄せた。突然のことに、夏海は戸惑いながら声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと! 何するんですか、つか――」

 

「シッ。静かにしろ。夏海」

 

 夏海の声を士は唇に人差し指を当て、制した。士の目からは先ほどまでの温かみのある色は失せていた。戦いに慣れた冷たい瞳が、周囲の気配を探っている。

 

「……何か聞こえる」

 

 士がそう呟いたのを聞いて、夏海も耳を澄ませた。

 

 確かに、何か鋭い音が僅かに聞こえてくる。強い風が細い枝葉の間を突き抜けるときに聞こえてくるような高い音だ。

 

 その音が徐々に高さを増しているのが、夏海には分かった。風の音かと思ったが、夏海はここに来たとき全く風が吹いていなかったことを思い出した。ならば、この音は何なのか。

 

 音はさらに高さを増していく。さらにその音に付随するように、何かを砕く音が聞こえてきた。工事現場などでよく聞く岩を削り取るような、乱雑で激しい音だ。その音が最高潮に達したとき、士は叫んだ。

 

「――伏せろ! 夏海!」

 

 叫ぶと同時に頭を無理やり押さえつけられる。士も同じように伏せていた。

 

 その時、先ほどまで士の頭があった場所の壁を赤い刃が引き裂いた。その刃は回転しながら、まるで削岩機のように壁を削り取っていく。

 

「……まずい。崩れるぞ」

 

 士がそう呟いたとき、音も無く天井が落ちてくるのが夏海の目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 塀の外にいる人影は白い建物をじっと見つめていた。

 

 その人影は赤い装甲を身に纏っており、装甲の各所にはレールのような筋が入っていた。赤い複眼を持ち、手には黒い柄に赤い切っ先のついた武器を握っている。ライダーの一人、仮面ライダー電王だった。

 

 電王はディケイドが潜伏していると連絡があった建物二階の端にある部屋を暫く静かに見つめていたが、やがて痺れを切らしたように地団駄を踏んだ。

 

「ええい! まだかよ、剣崎! じれってぇな! あそこにディケイドがいるって分かっているんだろ! 早く攻撃の許可を出しやがれ!」

 

 電王は「イマジン」と呼ばれる精神体が「特異点」と呼ばれる存在に憑依することによって変身できるライダーだ。今、「特異点」である野上良太郎に憑依しているのはイマジンの中でも気性が荒く我慢が嫌いな「モモタロス」という名のイマジンだった。

 

 電王が遂に我慢できず、武器を振るおうとしたその時、予め耳に装備されていた通信機器からノイズ交じりの通信が入った。

 

『電王。準備は整った。予定通り、始めてくれ』

 

 それは剣崎一真の声だ。その声に待っていましたとばかりに、電王は嬉々として答えた。

 

「了解! ディケイド。悪いが、最初ッからクライマックスでいかしてもらうぜ!」

 

 電王が武器を持っていないほうの手に何かを握っている。それは黒いパスケースだった。それをベルトのバックルに翳す。すると『Full Charge』という音声がバックルから響き渡り、バックル部から電王の構える武器へと赤い筋が波打ちながら注がれる。その赤い光は武器の先端部分へと蓄積し、切っ先が赤く光り輝いた。

 

 それを構え、電王は叫ぶ。

 

「いくぜ。俺の必殺技、パート1!」

 

 その言葉の直後、武器から赤い切っ先だけが分離し、宙を舞う。雄たけびを上げながら電王は武器を横薙ぎに振るった。

 

 武器から離れた赤い刃が回転しながら、武器の動きをトレースし、建物の二階部分を横薙ぎに引き裂いていく。削岩機のような激しい音が響き、建物の二階部分は灰色の粉塵を上げながら崩壊していく。天井が落下し、中には一階まで落ちた箇所もあるのだろう。建物全体が大きく揺れ、空気が震動する。

 

 電王は赤い切っ先を戻し、崩壊した建物を見据えた。二階部分は端から端まで綺麗に切り取られていた。これで生きているはずがない。少なくとも普通の人間ならば。

 

 その時、電王は二階部分から上がる砂煙の中に何かが立っているのを見た。それはバーコード状の翅を持ち、誰かを抱えて浮いているようだった。

 

 電王は口の中で「やはり」と呟いた。

 

「……生きてやがったか。ディケイド」

 

 ディケイドの緑色の複眼が鋭い光を湛える。それを真っ直ぐに見返して、電王は再び武器を構えなおした。

 

 ディケイドは両手で夏海を抱えているために丸腰同然だ。作戦通りに事を進めるにはちょうどいい。

 

「悪いな。手が出せない相手をいたぶるのは趣味じゃねぇんだが――」

 

 電王の武器の切っ先が再び分離する。電王が武器を振り上げると、赤い切っ先も宙へと舞い上がり天に固定された。

 

「これも世界のためだ。消えてもらうぜ」

 

 赤い光が電王の腕を伝い、武器を通じて切っ先へと集められる。切っ先が赤い光を湛え、煌いた瞬間、電王は叫んだ。

 

「いくぜ。俺の必殺技、パート2!」

 

 雄叫びと共に電王は武器を振り下ろした。切っ先が回転しながら、赤い軌跡を宙に刻み込んでいく。ディケイドは自分に向かって一直線に打ち下ろされるその一撃を見据えた。

 

 刹那、ディケイドのいた場所を衝撃が嬲り、砂煙が巻き起こる。切っ先はディケイドを切り裂くだけでは飽き足らず、建物自体を真っ二つに斬りおとした。

 

 白い建物に一直線の線が走り、粉塵が血液のように迸った。

 

 赤い切っ先が戻ってきたのを確認し、電王はまだ視界が開けない灰色の中を見つめた。その時、粉塵を翅で切り、羽ばたいていく紫色の姿が見えた。ディケイドだ。どうやら仕留めきれなかったらしい。恐らく刃が迫った瞬間、ディケイドは『クロックアップ』を使ったのだろう。

 

 遠くに飛び去っていくディケイドの後姿を眺めながら、電王は剣崎に通信を繋いだ。

 

「剣崎。俺だ」

 

『電王か。どうなった?』

 

 ノイズ交じりのその声に電王は言葉を返した。

 

「ああ。どうやら取り逃がしたらしい。――全て、予定通りだ」

 

『そうか。よくやった』

 

 その声には微かに笑みが混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物が崩壊した瞬間に舞った砂煙は、景色を一瞬白く染めるほどのものだった。

呼吸さえも奪いかねない高密度の粉塵。その中で砕け散っていく白い建物をクウガは横目に眺めていた。

 

「剣崎さんの計画か? 全く、派手なことを」

 

 呟き、クウガは自身の右手で握ったものへと視線を向け問いかけた。

 

「あなたもそう思うでしょう? 海東さん」

 

 しかし、その言葉には何の返答も無かった。クウガが返答を期待した海東――ディエンドは、クウガの右手によって首を締め上げられ壁に叩きつけられたまま項垂れていた。鎧の各所が破壊され、砕けた部分から赤い鮮血が滴り落ちている。

 

 クウガは残念そうに肩を竦めて、また建物のほうに視線を移した。

 

 その時、白い砂煙を切り裂き、空中に躍り出てきた紫色の姿を真紅の複眼が捉えた。ディケイドだ。その手には夏海が抱えられている。だが、何故夏海がこんな所にいるのか。クウガの脳裏に浮かんだその疑問に対して考える余地を残さないように、ディケイドはバーコード状の翅を広げ、一瞬のうちに遠くに飛び去っていく。

 

「――逃がすか!」

 

 叫び、その後姿を追おうとした時、クウガは自分の右手に妙な感触を覚えた。そちらに目をやると、ディエンドが首にかけられたクウガの手首を掴んでいた。

 

 それを見て、感心したような声をクウガはもらした。

 

「意外ですね。まだ、生きていましたか」

 

 その言葉にディエンドは笑い声を交えながら、搾り出すように言った。

 

「ああ。案外、僕もしぶといみたいなんでね。そう簡単に――」

 

 ディエンドライバーを握る右手に力を込め、それをクウガへと向けると同時に叫んだ。 

 

「やられはしない!」

 

 叫びと共に引き金を引く。至近とも言える距離で二門の銃口が火を吹き、クウガへと弾丸が襲い掛かる。それがクウガに着弾する瞬間、クウガの身体に変化が訪れた。腰部の霊石の色と複眼が紫へと転じ、赤い体表の鎧が変化していく。一瞬のうちに、赤い鎧は西洋の甲冑を思わせるような重厚な銀色の鎧へと変化した。その鎧はディエンドの放った弾丸をいとも容易く弾き、地面に空しく薬莢が転がった。

 

 クウガは複数の姿を持つライダーだ。赤い姿を基本の形態とし、他にも複数の戦闘形態を戦況に準じて使い分けることが出来る。今の姿は、鈍重ながら圧倒的な防御力を誇る紫のクウガだった。

 

 紫のクウガにはたとえゼロ距離で撃ったとしても弾丸程度ではダメージにならない。それを海東も知っていたが、それでも引き金を引かざるを得なかった。何度も何度も、無駄だと分かっていながらも引き金にかけた指へと力を込める。その度に鈍い金属音が鳴り響き、クウガの銀の鎧の表面を弾丸が跳ねる。

 

 クウガはため息をつき、ディエンドの首根っこを掴んだまま、反対側の地面へと放り投げた。ディエンドの身体が一度地面に強く叩きつけられ、一瞬浮き上がり、無防備なままに地を滑る。

 

 ディエンドは呻きながら、手で必死に起き上がろうとしている。だが、落下時に脳震盪でも起こしたのか、その身体はふらついており、手で起き上がろうとしては地面に伏すのを繰り返した。

 

 それを見ていたクウガが嘲るように笑った。

 

「無様ですね、海東さん。俺たちを翻弄して、自由奔放にしていた頃の面影もない」

 

 その声にディエンドはようやく立ち上がった。だが、足元はおぼつかずいつ倒れてもおかしくないような様子である。

 

 ディエンドはふらつきながら、カードを取り出し、余裕を見せるように笑い声を上げた。

 

「無様だって? それは君のほうがお似合いの言葉じゃないか。尤も、士と共に旅をしていた頃の君は、今よりよっぽどマシだったけどね」

 

 ディエンドライバーにカードを挿入し、『アタックライド、ブラスト』の音声が鳴り響く。ディエンドは震える銃口を、クウガへと向けた。瞬間、ディエンドの銃を握る手がディエンドライバーごと三つに分身する。

 

 ディエンドが引き金を引くと、その三つの銃口からそれぞれ弾丸が高速で放たれた。それを見据えながら、クウガは地面に無造作に置かれていた鉄パイプを一本拾い上げる。

 

 刹那、クウガの霊石と複眼が青く輝いた。それと同時に体表も変化していく。今度の姿は必要最低限の鎧だけを身に着けた、細い体躯の青いクウガだった。さらに変化したのはクウガの身体だけではない。手に持った鉄パイプにも変化が訪れていた。鉄パイプは青い棒状の武器へと変異していた。青い宝玉が埋め込まれた丸い両端を持ち、クウガはその棒状の武器を疾風のように振り回してディエンドの弾丸を叩き落した。ディエンドは負けじと弾丸を高速連射するが、クウガは武器を巧みに扱い、向かってくる弾丸を全て弾き飛ばしながらディエンドへと距離を詰める。

 

 ディエンドは後ずさりをしながら、弾丸を発射し続けようとするも、そこで不意に足が止まった。

 

 先ほどのダメージだ。視界がぼやけ、照準が一瞬ずれる。

 

 その隙をクウガは見逃さない。照準のずれた弾丸が、クウガの足元の地面を穿った瞬間、クウガはディエンドに向けて跳躍していた。片手に握った棒を振り上げ、ディエンドへと一直線に落下してくる。ディエンドは急いで銃口を向けようとするが、それは遅すぎる反応だった。ディエンドが照準を合わせ、引き金を引く瞬間、クウガの放った棒の端がディエンドの左胸を捉えていた。青い宝玉を中心に波動が生まれ、それがディエンドの纏っている鎧を弾き飛ばす。その衝撃でディエンドは後ろによろめいた。そこに間髪入れず、クウガは身体ごと棒を反転させ、ディエンドの脇腹に一撃を加える。鎧に細い皹が入り、そこが砕けると同時に血が溢れ出した。

 

 苦しげな呻き声を上げながら今にも倒れそうなディエンドに追い討ちをかけるように、クウガはその身体を蹴り飛ばす。ディエンドはふらつきながら、後ろに倒れ込もうとした。だが、背後はコンクリートの塀であり、ディエンドに倒れることを許さなかった。

 

 そこに凭れかかったディエンドへと、クウガが迫る。青いクウガから、先ほどの紫のクウガへと姿は変化しており、持っていた武器は棒から、紫色の長大な剣に変わっていた。ディエンドは痛みでぼやけた視界の中、クウガに向けて引き金を引いた。もちろん、紫のクウガに実弾が通用しないのは理解していた。だが、それ以外に抵抗の方法が無かった。

 

 クウガは弾丸を避けようともせず、ディエンドへとゆっくりとした足取りで歩み寄り、その腹へと剣の切っ先を向けた。

 

「終わりだ。ディエンド」

 

 その言葉と共に、クウガの剣がディエンドの腹を貫いた。ズブズブと剣は深く突き刺さり、塀までも貫いてディエンドをその場所に固定した。腹を貫通した刃の痛みにディエンドは喉が裂けんばかりに絶叫する。クウガは柄を捻り、完全に抜けないようにしてから手を離した。

 

 ディエンドはまだ苦しそうに呻いていたが、やがて息も絶え絶えになっていき、全身から力が抜けていくのが見て取れた。首を力なく項垂れさせ、その手からディエンドライバーが滑り落ちる。

 

 瞬間、ディエンドの青い鎧がモザイクのように砕け、霧散した。そこに残ったのは海東大樹という一人の人間だった。剣で腹を貫かれたまま、海東は目を閉じている。

 

 クウガは地面に落ちたディエンドライバーを拾い上げてから、変身を解いた。クウガの鎧が身体の内側へと仕舞われ、ベルトは腰へと吸収されていく。

 

 ユウスケは動かなくなった海東を無感情に一瞥し、ディエンドライバーの銃身をスライドさせた。そこには『ディエンド』のカードが装填されている。それを見つめてから、また海東を見つめた。生き返る、ということは無いだろうが海東は油断ならない。もしかしたら何らかの策を講じているかもしれない。そんな考えがユウスケの中で鎌首をもたげる。気づいた時には、ユウスケは『ディエンド』のカードを手に取っていた。

 

 それを破り捨てようと力を込めた瞬間、後ろから聞こえてきた鳴滝の声がそれを制した。

 

「待つんだ。小野寺ユウスケ。それにはまだ、利用価値がある」

 

 その声に手に込めた力を抜きながら、振り返る。

 

「利用価値? 一体、どういう価値なんですか?」

 

「ディエンドはディケイドと対を成す存在だ。ここでその力をわざわざ捨ててどうする。折角の勝機を逃すようなものだ」

 

 確かに、鳴滝の言葉は正しかった。海東大樹というディエンドの使い手は死んだが、これ自体でも十分武器になり得る。何より、『ディエンド』のカードとディエンドライバーさえあれば、もしかしたら誰か他にも変身できる人間がいるかもしれない。そうなれば、こちらの戦力の大幅な増強に繋がる。

 

「それは必要なものだ。もしもの時の保険に私が預かっておこう」

 

 鳴滝が手を差し出す。その手をユウスケは怪訝そうな眼で見つめた。鳴滝はディケイドへの私怨で動いている確率が高い。今、この男に渡していいものか、否か。しかし、ユウスケの迷いなど最初から知っているかのように鳴滝は言葉を重ねた。

 

「私が悪用することを心配しているのだろうが、それは杞憂だ。私の目的はディケイドの破壊のみ。それ以外に興味はない。もし、ディケイドを君が破壊すればこれは用済みだ。その時は、私が責任を持ってこれを破壊しよう。これで異論はないだろう?」

 

 それは質問というよりは最終確認のようであった。自分がディエンドライバーを持つことには何の問題も無く、むしろ正当であるという確認だ。そしてその正当性を否定する言葉を自分は持たない。

 

 ユウスケは『ディエンド』のカードとディエンドライバーを鳴滝へと手渡した。それを握り、鳴滝はまるで新しい玩具でも手に入れたかのように、片手でディエンドライバーを弄んだ。

 

 銃身を滑らせ、銃口と引き金を何度も見つめてから、鳴滝は呟いた。

 

「……ようやく、私の手元に戻ってきたか」

 

 それは打算も何も無く、まさに不意に口から滑り出たような言葉だった。その言葉に不信感を覚えたユウスケが鳴滝に目を向けるより早く、鳴滝はディエンドライバーをコートの内側に仕舞い、口を開いた。

 

「さぁ、小野寺ユウスケ。ディケイドを殺すために、最高のステージを用意しようじゃないか」

 

 口元に陰惨な笑みを浮かべながら放たれた鳴滝の言葉は、普段のユウスケならば嫌悪感を覚えただろう。だが、今のユウスケにとってそれはとても魅力的な提案に思えた。

 

 ユウスケは口角を吊り上げ、嗤いながら頷いた。

 

 灰色のオーロラがユウスケと鳴滝を覆い込む。鳴滝が消え、ユウスケへとオーロラが被さりかかる瞬間、ユウスケは背後の海東へと一瞥をよこした。

 

 海東は腹を貫かれたまま、微動だにしない。それを無感情に眺め、ユウスケは呟いた。

 

「さよなら。海東さん」

 

 その言葉は響ききる前に、オーロラの向こう側へと消えていった。

 


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