仮面ライダーディケイド Another End   作:オンドゥル大使

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仮面

 

 海東に連れられ、辿り着いたのは今にも倒壊しそうな白い二階建ての建物だった。

 

 周囲をコンクリート塀で囲まれており、その下には錆付いた鉄パイプやコンクリート片が転がっている。風が凪いでいるせいか、重く沈殿した空気が荒廃したこの場所に凝り固まっているようで、夏海は息苦しさを感じずにはいられなかった。

 

 ここは朽ちたビル群のある街からはさほど離れていない。こんな近い場所に士がいることを夏海は半ば信じられないでいた。

 

「本当に、ここに士くんがいるんですか?」

 

 その不信感を夏海はそのまま口に出していた。前を歩く海東は笑いながら応じる。

 

「信じられない、っていう言い方だね。まぁ、当然か。ここは元々僕の隠れ家だし。士はもっと巧妙に隠れたり、わざと見つけられたりしてライダーを撹乱しながら色々な場所を転々としていたみたいだからね。怪我をしてなかったら、多分死んでもこんな見つけられそうな場所には来なかったと思うよ」

 

「怪我、って。士くん、怪我しているんですか?」

 

 夏海の反応に、海東は口元に手を当てながら「しまった」という表情をした。

 

「大したことないよ。もう、ほとんど完治している」

 

 取り繕うように早口で発せられた海東の言葉に、夏海は不安が募った。その不安を押し止めるように、夏海はアルバムを強く握り締めた。

 

 建物の内部は外から見るよりも意外としっかりとしたものだった。元々、何かの公共施設だったのだろう。受付らしき場所が入ってすぐの所に設けられていた。穴が開いて中のスポンジが露出している長椅子が無数並んでいる。その前には大型のテレビが設置されていたが、液晶はひび割れており何も映りそうになかった。

 

 海東はそのフロアを抜け、真っ直ぐに奥の階段へと向かっていった。その後ろから夏海が追随する。

 

 二階部分は個室の扉が並んでいた。この光景から察するに、元々ここは病院だったのではないかと夏海は思ったが、その疑問を発する前に早足に歩き出した海東の後ろを付いていった。海東は幾つかの扉を素通りし、ずんずん奥へと進んでいく。夏海はどこに士がいるのだろうと気が気でなく、視線をきょろきょろとさせた。

 

 天井を見上げると、電灯が割れ本来隠れているはずの配線などがむき出しになっているのが見えた。足元に目をやると、リノリウムの床が色褪せて黄色くなり所々捲れ上がっているのに気づいた。

 

 その時、夏海は突如、額に衝撃を感じた。見ると、前を歩いていた海東が立ち止まっていた。どうやら下を見ている間に海東の背中にぶつかったらしい。

 

「何やってんの?」という海東の問いに、夏海は俯きながら「すいません」と言った。

 

「まぁ、いいや。ほら、ここだよ」

 

 そう言って海東は目の前の個室を示した。塗装の剥げた鉄製の扉が目の前にある。

 

「ここに士がいる。だけど、もう一度だけ聞かせてもらうよ。本当に、士が君の知らない士になっていたとしても、会いたいかい?」

 

 それは海東の最後の問いかけのように思えた。夏海の覚悟を試しているのだ。扉までの道筋は案内した。後は、どうするのか。士に会ったとして、何を訊きたいのか。

 

 何故、ライダーを破壊するのか? 

 

 何故、目の前から突然消えたのか? 

 

 何故、自分に一言も話してくれなかったのか?

 

 多数の質問が頭の中で浮かんでは消える中、夏海はその質問の群れを頭の中から一掃した。

訊くことは会ってから決めればいい。ずっと士に会いたかった、この気持ちだけは疑いようの無い真実なのだ。

 

 夏海は海東の質問に頷いた。

 

 夏海の答えを受け、海東はドアノブに手をかけゆっくりと開いた。

 

 最初に夏海の目に入ってきたのは白だった。窓から射し込む日差しが白い壁に反射し、部屋全体を白く染めている。

 

 その部屋の奥のベッドに上半身を起こして座っている青年の姿が視界に映る。包帯の巻かれた身体の上に黒いコートを羽織り、見覚えのある紫色のトイカメラを首からぶら提げている。

 

 その青年は開かれた扉に気づいたのか、顔をこちらに向けた。

 

 その瞬間、夏海は息を呑んだ。そこにいたのは夏海と旅をしていた時と寸分変わらぬ顔立ちの門矢士がいたからだ。

 

 士も夏海に気づいたのか、「……夏海、か?」と呟いた。

 

 それに夏海は何度も頷いた。ようやく出会えた。その思いのまま、部屋に入ろうとした夏海を海東の腕が制するように遮った。

 

「夏海ちゃん。ちょっと待って」

 

 言ってから、海東は部屋へと足を踏み入れた。それを見た士はベッドから立ち上がり、海東と向かい合った。

 

「ほら。約束どおり、花を見繕ってきたよ」

 

 海東が後ろの夏海を示して言った。

 

 瞬間、鈍い音が部屋の中に鳴り響いた。海東の身体が激しい音を立てながら床に倒れる。士は振るった拳をそのままに、海東を睨みつけていた。

 

「……痛いじゃないか、士」

 

 口の中が切れたのか、血を拭いながら海東は言った。そこでようやく夏海は、士が海東を殴ったことを認識した。

 

「余計なものはいらないと言ったはずだ。よりにもよって夏海をここに連れてくるとは。何を考えている? 海東!」

 

 夏海は一瞬向けられた士の視線の鋭さに思わず、背筋が凍った。そこには人間らしい温かみなどまるで存在してはいなかった。だが無感情ではない。憎悪と憤怒が入り混じった、刃物を思わせる鋭利な視線だ。

 

 夏海の感じた恐怖を察したのか、海東が夏海のほうを向いてひらひらと手を振った。

 

「ああ、大丈夫だよ。夏海ちゃん。士は僕に怒っているだけだ。君に怒っているわけじゃないよ」

 

 あっけらかんと言い放つ海東の襟首を士は掴み、無理やり立ち上がらせた。士は再度固く拳を握り、それを海東の顔面目掛けて振り放とうとした。

 

 その時である。今しがた海東を殴った士が、苦しげなうめき声を上げながらその場に倒れ込んだ。海東は襟元を正しながら、士を見下ろして言った。

 

「ほら言わんこっちゃない。まだ傷は癒えていないんだ。僕を殴る暇があったら、傷を早く治すことに専念したまえ」

 

 その言葉の後、海東はまだ部屋に入ってさえいない夏海の方に向き返り、手招きをした。夏海は目の前で起こっている事に呆気にとられていたが、その手招きでようやく平静を取り戻した。

 

 手招かれるまま、部屋に入ると海東は夏海の肩に手を置いてただ一言だけ囁いた。

 

「じゃ、士を頼む」

 

 夏海がその言葉の意味を問いかける前に、海東は振り返らずに片手を上げて部屋を後にした。

 

 取り残された夏海は、とにかく床で蹲っている士をどうにかしなければと士に触れようとした。その時、士は夏海の手に気づき、それを振り払った。

 

「俺に触るな。お前に心配されるほどのことじゃない」

 

 そう言い放ち、士はゆっくりと立ち上がった。だが、二、三歩進んだかと思うと、すぐによろめきベッドに覆いかぶさるように倒れた。

 

 夏海は驚いて触れようとすると、またも士は拒んだ。息苦しいのか、呼吸は乱れており、額に汗を相当掻いている。

 

「駄目です。放っておけません」

 

 夏海はそう言って、士の身体に触れようとした。だが、士は夏海の手を再び振り払い、荒い呼吸のまま言った。

 

「俺は、世界の破壊者だ。ディケイドなんだ。だが、俺がいなくなれば、世界は破壊されない。……なら、ここで消えたほうがいい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、夏海の思考が白熱化した。次の瞬間、乾いた音が部屋中に鳴り響いた。突然のことに士も何が起こったのか理解していないのか、痛む頬を押さえながら呆然としている。

 

 夏海は士と同じように荒い息を整えながら、振るった平手をそのままに叫んだ。

 

「そんなこと、言わないでください! 消えたほうがいいなんて、言って欲しくないんです!」

 

 夏海は両拳で士の身体を叩きながら、声の限り訴えかける。

 

「私はずっと士くんがどうなったのか、心配していました。なのに、会った途端、消えたほうがいいなんて……。そんなこと、私が許しません! 士くんは自分ばっかり不幸だと思っていて、破壊者だか何だかで格好つけて、それで逃げているだけです! 私だって辛かった! ユウスケだって辛かった! 海東さんだってきっと同じように辛かったはずです! なのに、士くんは皆の気持ち無視して、自分だけ勝手に背負い込んで、それで消えてしまいたいなんて、勝手すぎます! ……私は、士くんに会いたかった! 会いたかっただけなんです! なのに、どうして目の前で、こんなに近くにいるのに、仮面を被るんですか?」

 

 その言葉に士は夏海を見つめた。夏海は俯いたまま、静かに、しかし確かに熱の籠もった口調で続けた。

 

「……ディケイドだからだとか、世界の破壊者だからだとか、もうやめてください。そんな理由で、士くんに消えて欲しくないんです。私にとって士くんは、通りすがりの仮面ライダーなんかじゃない。門矢士という、一人の人間なんです。ひねくれ者で、自信家で、変わっているけど。でも、仮面ライダーディケイドじゃない。私が会いたかったのは、そんな性格の門矢士くんなんです。だから、無茶かもしれないけど、お願いします。消えないでください。門矢士くんに、戻ってください」

 

 その言葉の最後のほうには嗚咽が混じっていた。夏海は士に拳を打ちつけたまま、声を殺して泣いていた。

 

 士は暫く何も言わなかった。ただ夏海の言葉を自分の中で反芻した。自分勝手に全ての罪を背負い込む傲慢。それは海東にも言われたことだった。

 

 士は夏海の頭にそっと手を置いた。それに気づいた夏海が顔を上げると、士は不遜な態度で言い放った。

 

「大体分かった。……だが、怪我人に対して大声で怒鳴るなよ、夏ミカン。相変わらず非常識な奴だな」

 

 その言葉に夏海は一瞬、驚いたような顔をしていたが、すぐに安堵の表情になった。

 

 夏ミカン。それは士が夏海に付けたあだ名だった。いつもそんな風に無愛想にあだ名で名前を呼んでは、出来の悪い写真を見せびらかした。その出来の悪さを夏海が難しく批評すると、士は「大体分かった」という台詞で済ませるのである。

 

 それは仮面ライダーディケイドではない。門矢士だった頃の話だった。

 

 ――ようやく、戻ってきてくれた。

 

「悪いが、夏ミカン。看病してくれないか。少し調子が悪くてな」

 

 無愛想で無遠慮なその言葉に、夏海は頬を伝っていた涙を拭った。

 

「しょうがないですね。士くんは私がいないと何も出来ませんから」

 

 夏海は立ち上がり、腰に手を当てて笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアの脇に立って事の成り行きを最初から聞いていた海東は、そこでようやく安堵の息をついた。

 

「――よかったね、士。それに夏海ちゃんも」

 

 呟き、海東は足音ひとつ立てずに、リノリウムの廊下を歩き、外に出た。外から先ほどの部屋を眺める。もちろん中の様子までは分からない。だが、海東はもう自分はあの場所に戻るべきではないと感じていた。

 

 きっと、士は夏海と共にいることで回復するだろう。肉体的にも精神的にも。それが海東の望みだった。そして万全となった士と戦い、打ち勝つ。そうでなければ面白くない。

 

 だが、人生そう簡単には運ばないものだ、と海東はこの瞬間に痛感した。海東は部屋にやっていた視線を外し、振り返った。

 

 そこには灰色のオーロラが揺らめいていた。そこから二つの人影がこちらに向けてゆっくりと歩いてくる。その両方とも海東は知っていた。

 

「来る頃だと思っていたよ」

 

 その言葉に人影の片方――鳴滝が応じた。

 

「ほう。誰かと思えばディエンドじゃないか。まさかディケイドと行動を共にしていたとは」

 

 灰色のオーロラが薄らぎ、二つの人影の姿が完全に見えるようになった。そこにいたのは鳴滝ともう一人、仮面ライダークウガの青年。

 

「小野寺ユウスケ。久しぶりだね」

 

 海東のその言葉にユウスケは何も返さなかった。ただ、海東の後ろにある建物を見つめている。

 

 その建物の二階部分にいる人の気配に気づいたのか、ユウスケが真っ直ぐ建物に向けて歩き出した。その進路を弾丸が阻んだ。ユウスケが目を向けると、海東はディエンドライバーの銃口をユウスケの足元に向けていた。

 

「行かせるわけにはいかない。折角うまくいっている二人の仲を裂くほど、野暮ったいものは無いよ」

 

 その言葉にユウスケはここに来て初めて海東を見据え、口を開いた。

 

「ディケイドを、庇うんですか?」

 

「庇うなんてつもりはない。彼は僕が始末する。君たちが邪魔をしないなら、それで全て丸く収まるさ」

 

「そんな確証のない言葉を待っていられるほど余裕はありません。ライダーはもう、俺を合わせてあと四人。それ以外は全て、ディケイドに殺された。なら、仇を討ちに来るのは当然じゃないですか?」

 

 その言葉を聞いた後、海東は少し間を置いてから残念そうな顔をして言った。

 

「……君は、変わったね。前までの君は間抜けだったけど、愚かではなかった」

 

「俺が変わった? まさか。変わったのはあなたですよ、海東さん。ここまでディケイドに入れ込むとは思いもしなかった」

 

 ユウスケの言葉に海東は俯きながら、「そうだね」と呟き、ユウスケに銃口を向けたまま続けた。

 

「だからこそ、ここで君を通すわけにはいかないんだ。お引取り願おうか、小野寺ユウスケ」

 

「そう素直に引き下がるわけにはいきません。海東さんが通す気が無いなら、それでも構いません」

 

 その言葉と共にユウスケの腰に身体からベルトが浮き上がり、固定される。中央部には赤い霊石が埋め込まれており、両脇には紋章のついた丸い突起があった。

 

「力ずくで通らせてもらいます」

 

 ユウスケは右手を左前に突き出し、掲げる。長く息を吐きながら、その手をゆっくりと右側に移動させ、叫んだ。

 

「変身!」

 

 突き出していた右手で左側にある突起を押し込んだ。瞬間、霊石が赤く輝きを増し、ユウスケの身体に変化が訪れる。

 

 身体の内側から現われた赤い装甲がユウスケの体表に纏わりつき、その姿を変貌させていく。頭部からはクワガタを思わせる形の金色の角が現われ、目の周囲を赤い複眼が覆う。

霊石の赤をそのまま身に宿した姿がそこにはあった。これがユウスケの変身するライダー、クウガ。その複眼に映る海東が薄く笑った。

 

「赤のクウガか。アルティメットクウガにならないなんて意外だな」

 

「あなたにはこれで十分だ」

 

 クウガの発した言葉に海東は僅かに眉をひそめた。

 

「随分と嘗められたもんだね。だけど、遊んでいる暇は無いんだ。力ずくで通るって言うんなら、本気でいかせてもらう」

 

 海東がディエンドライバーにカードを挿入する。『カメンライド』の音声が響くと同時に、銃口を天に向けた。

 

「変身」

 

 言って引き金を引いた。

 


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