今年も変態紳士をよろしくお願いします。
<2日後・葬儀場>
そうして、2日の月日が流れた。
俺の中でやっと落ち着いてきた方だが、まだ小木曽さんがひょっこり帰って来るんではないかという淡い期待がまだ残っている。
白のシャツと黒いブレザーを羽織り、喪服姿で俺は家族と共に葬儀場に到着した。
「草薙君、よく来てくれたわね」
「はい。まだいまいち整理がついてないけど、それでも最期は見届けなきゃいけませんから」
「ありがとう。主人も喜んでるわ」
黒い着物を纏った凌子さんが俺達の元を訪れる。
母ちゃんと父ちゃんは彼女にお辞儀をすると、受付の人に挨拶をして葬儀場の中へと入った。
「あ、彰久! 」
「真琴ちゃん、来てくれたんだな」
「うん、そりゃもう小木曽さんにはお世話になっとったから……。シャルとか一夏も来とるで」
「一夏も……そうか。後で挨拶しとくよ」
「そうしとき。でも……彰久……」
「ん? どうした? 」
真琴ちゃんは心配そうに俺を見つめる。
「……本当に大丈夫? 目に隈出来とるし、なんだかいつもの彰久じゃ……」
「俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな、真琴ちゃん」
「う、うん……」
もちろん、大丈夫なはずがない。
俺も正直言って正気を保っているのがやっとだ。
彼女を置いて俺はその場を立ち去ると、人との関わりを避けるように俺は一人男子トイレの個室へと向かう。
「……ッ……」
今すぐにでも誰かに泣きつきたかった。
でも、それは出来ない。
千冬さんに、小木曽さんに強くなると約束したから。
すると突然、個室のドアがノックされる。
入っています、と答えると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そこにいるの、彰久だよな? 俺だ、一夏だ」
「ッ……」
「俺も小木曽さんの訃報を千冬姉に聞いたんだ。千冬姉と一緒に来てる」
「そ、そうなのか……」
今の俺の姿を一番見られたくない人物がそこにはいる。
こんな弱弱しい姿なんて誰にも見られたくない、見せられるものではない。
「……彰久。辛いのは俺にも分かるぜ。大切な人を失うって辛くて、とてもじゃないが正気を保っていられなくなるよな。俺も、そうだった。父さんと母さんは、俺達を捨ててどっか行っちまったから」
俺は黙ったまま、一夏の話を聞く。
やめろ、やめてくれ。
俺はお前に慰めてほしくてこういうことをしているんじゃない。
「……やめてくれよ、一夏。俺は、お前に今の俺の醜態を晒したくないだけなんだ。こんな姿、見せられたもんじゃない」
「彰久……お前……」
「ははっ、まるで一夏達に会う前の俺みたいだ。小学校からずっといじめられてて、それに反撃することもできない……。ただの弱い草薙彰久みたいだな」
「違う、違うよ。お前は変わっただろ。もう前のお前じゃない。今のお前は、身を挺して俺たちを守ってくれた草薙彰久なんじゃないのか? 」
一夏の声が俺に突き刺さる。
「"セシリア達を亡国機業から守るために、学園祭襲撃の事は話すな"って言ってたお前はどこに行ったんだ?銀の福音と戦った後、グレイスに向かって行ったお前はもういないのか? 」
「……」
「彰久。お前の強さを、俺達は知ってる。すぐに調子に乗るけど誰にでも優しくて、変態だけど誰かが傷付く前に真っ先に自分が向かって行って……。草薙彰久は、そんな男なんだよ。俺は、そんな奴に憧れてるんだ」
俺は一気に扉を開けた。
ここまで言われて、ただ燻ってるだけなら真の紳士ではない。
そう、俺は変態紳士。
大切なものは最後まで守り通す変態紳士だ。
「一夏、全変態紳士を代表して礼を言う」
「あ、彰久……お前! 」
「行くぞ一夏。小木曽さんの最期を、しめやかに送ろう」
「……おう! 任せとけ」
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<葬儀場>
そうして、葬式は始まった。
小木曽さんの遺影と棺が華やかに彩られ、僧侶がお経を読み上げながら木魚を叩いている。
「アキ、あんたの番よ」
「うん、わかってる」
厳かな雰囲気に緊張しながらも、俺はイスから立ち上がった。
棺の前に置かれた焼香を視界に入れつつ、俺は小木曽さんの遺族の方たちにお辞儀をする。
その後、俺は小木曽さんの顔と遺影に一礼しながら、お香をつまんで額の近くに持っていく。
俺はそのお香を香炉に入れ、この作業を二回繰り返した。
最後に手を合わせ、一礼してから遺族の方へまたお辞儀をしてその場を立ち去る。
「来場者の方は、こちらへ」
「はい」
係員に言われるがまま、俺は葬儀場の奥へと招かれた。
「アキ、こっちだ」
「……小木曽さんに、挨拶はすませた? 」
「うん。色々言いたい事があったけど、心の中で留めておいたよ」
「そう……。アキ、凌子さんが渡したいものがあるらしいわ。そこでご飯食べられるらしいから、待ってましょ」
「凌子さんが? 分かった」
母ちゃん曰く、凌子さんは葬式が終わった後に葬儀場の本堂で待っていてほしいらしい。
その時間が来るまで、俺は家族でご飯を食べて待つことにした。
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<数時間後・葬儀場本堂>
小木曽さんを見送り、役割を終えた参列者や僧侶は続々と帰っていく。
俺は母ちゃんと父ちゃんに先に帰ってもらい、ただ一人で小木曽さんの遺影を眺めて凌子さんを待っていた。
「ごめんなさいね、待っててもらっちゃって」
「あっ、凌子さん。全然大丈夫ですよ」
喪服姿のまま凌子さんは本堂に現れ、俺の隣に座る。
薫ちゃんはおらず、凌子さんは懐から封筒を取り出した。
「これが、俺に渡したかったものですか? 」
封筒には、綺麗な字で"彰久君へ"と書いてある。
おそるおそる封筒を開いてみると、そこには手紙と真新しいスマートフォンが入っている。
「主人が、"私が死んだら彼をこれに"と前々から言われていてね。読んでもらえるかしら? 」
頷くと、折りたたまれた手紙を開いた。
『彰久君、これを君が読んでる頃には私は既に死んでいる事だろう。すまない、ああいう形でしか君に真実を伝えられることが出来なかった。まだ若すぎる彰久君に、私の遺志を背負って貰った事も申し訳なく思っている』
俺は黙々と文を読んでいく。
『君なら私の基礎設計したIS"アドバンスド・フライルー"を使いこなせるはずだ。前の機体に引き続き、EMA-3も搭載している。もう亡国機業にデータを自動的に送るプログラムはインストールされていない、安心してくれ。それと、もう一つだけ。一緒に入っているスマートフォンは、自動的に篠ノ之束の連絡先が入っている』
「束さんの……? 」
左手にある、紺色のスマートフォンの電源を点けた。
連絡先の項目をタッチすると、確かに篠ノ之束と書かれた電話番号が表示された。
『彼女に、私の死を知らせてほしい。頼んだぞ、彰久君。私はいつでも君の事を見守っている』
そこで手紙は途切れており、俺はそれを折りたたむ。
凌子さんに断りを入れてから、篠ノ之束に電話を掛けた。
『……この電話番号、誰? どうしてあたしの番号を知ってるのかなぁ? 』
「ほ、本当に繋がった……。束さん、俺です。草薙彰久です」
『あっくん? もしかして、その電話は……』
「……察しの通りです。小木曽さんは、亡くなられました」
数十秒間だけ、無言が続く。
『……そ、そっかぁ。死んじゃったか……。たかくんは馬鹿だなぁ……』
寂しげに彼女は呟いた。
いくら他人に興味がないと言えど、二度と会えないとなると彼女でも悲しくなるのだろう。
「遺書の中に、束さんに彼の死を伝えてほしいとありました。やったのは亡国機業の連中です」
『えっ? けど、連中はそんな事一言も……』
「……どういう事ですか? 束さん」
束さんから出た一言に、俺は疑問を抱く。
まさか、束さんと亡国機業は協力関係にあったのか?
『亡国機業の奴らから、新しいISを製造してほしいって頼まれたんだ。ステルス迷彩とシールドエネルギーを奪う武装を搭載した機体なんだけど……』
俺の脳裏に、社長室を襲撃した黒いISが映し出される。
確かにあの機体は、小木曽さんに杭を射出した後跡形もなく消えたはずだ。
束さんの言う特徴と一致する。
「……小木曽さんが襲撃に遭った機体の特徴と一致するよ、それ。アンタは小木曽さんが亡国機業に嫌々手を貸していた事を知っていたのか? 」
『え、嘘。そうだったの? 』
この様子だと知らないようだ。
俺は凌子さんに遠慮し、束さんに後で掛け直すと伝え、電話を切る。
「もういいの? 」
「はい。とりあえず重要人物と連絡をとれる手段は見つかりましたから」
スマートフォンをポケットに仕舞い、俺は凌子さんの手を握った。
「凌子さん。小木曽さんのやりたかったことを、俺が実現させてみせます。何年掛かっても絶対に、絶対に叶えてみせます。だからお願いです、あなたと薫ちゃんで見守っていてほしい」
彼女は優しい笑顔を見せ、照れくさそうに笑う。
「えぇ、勿論よ。貴方は貴方の道を往きなさい。私たちはそれを、主人と一緒に見てるから」
「……はい! 」
再び握手を交わし、俺は凌子さんに別れを告げて本堂を出る。
「若い頃のあなたに……そっくりね。草薙君は」
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<束の移動ラボ>
彰久との電話を終えて、束はえもいわれぬ怒りに満ちていた。
小木曽と亡国機業の関係を知らずにISを提供し結果友人を死なせてしまうという失態は、彼女にとって死よりも耐え難いものである。
「……元々これが狙いだったの? それともたかくんが情報をあっくんに漏洩して消されたのか……いや、どうでもいい」
ふつふつと湧きあがる怒り。
束は休憩をとっているグレイスを呼び、彼女を連れてIS研究室へと入っていく。
「ぐーちゃん。私は自分の責任で友達を死なせちゃったんだ。だから、復讐を手伝ってほしい」
「……ほう、感情に流されることが少ない束が珍しい。不躾で悪いが、誰が亡くなったのだ? 」
「小木曽孝則。あっくんの"ギャプラン"を作ったラーク・メカニクスの社長だった人だよ」
「……なんだと」
グレイスも小木曽の訃報を聞き、非常に大きなショックを受けている。
死に目に会えなかったのが残念だ、と呟きつつ彼女は束へ視線を戻した。
「それで、私に彼の復讐をして欲しい訳だな。どうすればいい」
「作戦はまた後日改めて伝えるよ。そこで、ぐーちゃん用に既存のISコアを初期化してこの子を造ったんだ」
二人の前に被せてあったカバーを取り、青と黒の機体が露わになる。
グレイスはそれをまじまじと見つめ、小さく感嘆の声を上げた。
「"ブレイヴ"。君になら、乗りこなせるよね」
ブレイヴ、本格参入です。