IS-突き進め!変態紳士-   作:「旗戦士」

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


遺志を継ぐ者

<病院内>

 

 

 俺の頭の中は真っ白だった。

あの後俺の呼んだ救急車が到着し、片桐さんとエマさんと共に俺は救急車へと乗り込み、緊急手術が開始されている。

 

「……草薙彰久君だね。少しお話しを聞かせて貰いたい」

「貴方は……? 」

 

「失礼。刑事の小山健司だ、事件が起こった時の話を伺いたい」

「彼は社長の死を目の当たりにしています。今はお取り引き願えますか」

 

「いい、いいです片桐さん。俺で良ければ、話させて頂きます」

 

手術室の前にある椅子から立ち上がり、俺と小山さんは休憩室に向かう。

俺が疑われても仕方ない、確かにあの場にいたのは俺だけなのだから。

 

「では、辛いだろうが……話してくれるか? 」

「はい。俺はこのラーク・メカニクス社の社長、小木曽さんと技術主任の片桐さんに良くしてもらっていました。それで今日、小木曽さんに重要な話があると呼び出されたんです」

 

小山さんはスラスラと手帳にメモを取っていく。

 

「それで? 」

「次第に話している内に、話の本題へと入っていきました。その時、黒いISが社長室の窓を突き破ってきたんです」

 

「ISが? けどこの晴天だ、黒い機体なんて目立つじゃないか」

「分かりません。その機体は何か尖った棒のような物を俺に撃ち、それを小木曽さんが庇って……」

 

「…………そういう事か。ありがとう。また話を聞く事があるかもしれないから、その時はまた」

「はい、よろしくお願いします」

 

淡々と事情聴取を終えた俺達は再び手術室の前の椅子へと座った。

片桐さんが優しく俺の肩を叩き、俺の肩の上にいたエマさんは心配そうにこちらを見ている。

 

「……大丈夫かい? 彰久君」

「はい……。けど、色んな事があり過ぎて整理がつきません」

 

「だろうね。僕も同じだよ」

『彰久、一体小木曽社長と何を話していたの? 』

 

俺は戸惑った。

ここで本当の事を言うべきか、隠しておくべきか。

小木曽さんは"社員全員は関係ない"と言っていたが……。

 

「…………もし、小木曽さんがやむを得ず"亡国機業"に加担していたら二人はどう思う? 」

「な、何を言っているんだ? "亡国機業"って? 」

 

「小木曽さんをこんな目に遭わせた連中だよ。ISを使い、俺達の学園を襲撃したのもあいつらだ」

『そ、そんなまさか! 社長に限ってそんな事する訳ないわ! 』

 

「事実、俺はその話を小木曽さんにされたんだ。"家族をと社員全員を殺すと脅迫され、加担せざるを得なかった"、と。この会話を聞かれていたのか、俺に話した瞬間に黒いISがやって来たんだ」

 

愕然と片桐さんは肩を落とした。

自分の行なってきた研究が、全て亡国機業の手に渡っていたことがショックだったのだろう。

 

「それに、エマさんのシステムに自動的に戦闘データや所在地を亡国機業に送信するプログラムがインストールされていた」

『嘘……? 私のプログラムにはそんなもの一つも……』

 

「……そういえば社長はよく僕たちの研究室に足を運んでいた。特にEMA-3と会話が多かった気がするよ。思えば、その時に社長自身が彼女にそのプログラムをインストールさせていたのかもしれない」

 

ハッと我に返った顔でエマさんは微動だにしない。

その時である。

 

廊下の奥から複数の走る音が聞こえ、俺達は振り向いた。

そこにはアルフレッドさんとシャル、千冬さんが息を切らしてその場に立っている。

 

「草薙! 怪我はないのか! 」

「お、俺は大丈夫です。けど……小木曽さんが……俺を、庇って……! 」

「……ッ! 重傷、なのか? 」

 

俺は頷いた。

 

「そうか……。草薙、明日は学校を休め」

「えっ、でも……」

 

「一旦親御さんの元へ帰っておくといい。こっちで手続きは済ませておく」

「わ、分かりました……」

 

その瞬間、手術室の扉が開いて緑色の手術服を着た医師が出てくる。

彼は俺たちを見るなり一礼し、深刻な顔をして出てきた。

 

「……手は尽くしましたが……」

 

その一言だけで、全てを俺は察する。

全員の目は見開かれ、シャルはその場でへたり込んで泣いていた。

 

もう小木曽さんはいない。

一緒に紅茶を飲む事も、猥談をすることもできない。

 

頭の中がぐちゃぐちゃに絡まり、俺はその場を走って逃げる。

俺を呼ぶ声が後ろから聞こえるが、無視してそのまま屋上へと向かった。

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<屋上>

 

 

夕暮れ時なのか、屋上に出ると日差しが嫌と言うほど綺麗に輝き、眩しい。

だがそれを気にも留めずに俺は柵の所まで息を切らしながら歩く。

 

小木曽さんは俺を庇って死んだ。

俺のせいだ。

 

気がつくとまた涙が俺の目から溢れてくる。

声にもならない嗚咽が、喉から溢れる。

 

「っぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 」

 

力を持っていたのに。

"IS"という強大な力を持っていたのに。

 

「こんなもの……! こんなものォッ!! 」

 

誰かを守れないような力ならいらない。

少なくとも俺は、この"ギャプラン"を誰かを守るために使っていたつもりだ。

 

俺は"ギャプラン"のバックルを取り外し、柵の向こうへと投げようとした。

だが、それを為す事は出来なかった。

 

 

俺の腕を、千冬さんが掴んでいたから。

 

 

「離せ……! 離せよ!! 元から強かったアンタに、俺の何が分かるって言うんだ!! こんな力ならいらない! こんなものがあるから、人が死んじゃうんだよ!! 」

 

バチン、と千冬さんは俺の頬を叩いた。

 

「ふざけるな……ふざけるな!! こんな力だと!? お前は小木曽さんが汗と血を流し、片桐さんが創り上げた代物をこんなものと言うのか!! その力を創るのに、一体彼らがどれだけの命を削ったと思っているんだ!! 」

 

彼女は続けて俺の胸倉を掴む。

 

「私の事はいくらでも言え。だが彼らの事を悪く言うのは私が許さない。逃げるな、草薙。戦え!! お前にはその力がある! 彼らが創り上げた力を使って、次の時代を創ると約束しろ!! 」

 

握ったギャプランのバックルが、俺の手から音を立てて滑り落ちた。

気付けば千冬さんも涙を流しており、俺と彼女の顔の距離はとても近い。

 

「…………う、ううっ……! あぁっ……! くそっ……! くそっ……! 」

「今は存分に泣け。私の胸を貸してやる」

 

普段では聞けないような優しい声を出し、千冬さんは俺を抱きしめてくれる。

恥ずかしさはかなぐり捨てて、俺の泣き声だけが屋上に響いた。

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<病院内・廊下>

 

 

 千冬さんと共に戻ると、沈んだ顔を見せたシャルが一人佇んでいた。

俺達を見るなりまた彼女は目に涙を浮かべ、千冬さんはシャルを抱きしめる。

 

「……お前は優しいな。他人の為に涙を流せる」

「せ、先生……」

 

「デュノア、片桐さんはどこに行ったか分かるか? 」

「休憩室に行きました……」

 

「そうか、ありがとう。草薙、私はデュノアと少し話をしてから行く。先に行っててくれ」

「……分かりました」

 

二人に別れを告げ、俺は休憩室へと向かう。

そこには煙草と缶コーヒーを片手に項垂れる片桐さんと、その隣で優しく慰めているアルフレッドさんがいた。

 

「……彰久くん、落ち着いたかい? 」

「えぇ。俺の方は、なんとか。片桐さんの方は? 」

 

「僕はまだ、かな……惜しい人を亡くしたよ……」

「本当にな。孝則には、まだまだ生きていてほしかった」

 

悔しそうにアルフレッドさんは握り拳を作る。

 

「片桐さん。お話しがあります。ラーク・メカニクスの、テストパイロットの件についてです」

「……それが、どうかしたのかい? 」

 

「やらせて下さい。お願いします。俺は、小木曽さんに託されたんです。"君がISの未来を創る鍵"だと、小木曽さんは死に際に俺に言ってくれました」

 

片桐さんは目を見開いた後、フッと小さな笑いをこぼした。

 

「分かった。君が前を向いて進もうとしているのに、大人がいつまでも後ろを向いていてはダメだよね。きっと、社長ならそうするはずだ」

「はい。よろしくお願いします」

 

俺は頭を下げると、片桐さんとアルフレッドさんはそれに応えるように立ち上がる。

 

「……二人とも。孝則の病室へ行こう。ご家族の方は私が呼んでおいた。私たちには、彼の死を知らせる義務がある」

「はい。行きましょう」

 

俺を含めた三人は、小木曽さんの家族が待つ病室へと歩いていった。

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<病室>

 

 

病室の扉をノックして、応答が聞こえると同時にアルフレッドさんは扉を開ける。

そこには綺麗に寝かされた小木曽さんと静かに俯く彼の奥さんと娘さんが座っており、俺は顔を強張らせた。

 

「失礼します」

「…………」

 

奥さんは会釈をするだけでまた小木曽さんの遺体に眼を向ける。

彼女の目は赤く、涙の跡がいくつも見えた。

 

「初めまして。小木曽さんの会社でお世話になっていた、草薙彰久です」

「貴方が……草薙君ね。私は小木曽凌子(おぎそ りょうこ)。こっちは娘の薫です」

 

二人に挨拶を済ませると、小木曽さんの遺体に眼を向けた。

あの優しくて温和な笑顔は、もう見れない。

そう思うと、また俺の目から涙があふれる。

 

「すいませんでした! 小木曽さんがこうなってしまったのは、俺のせいなんです!! 俺を庇って、小木曽さんは……ッ!! 」

 

耐えられなかった。

自責の念と喪失感に襲われ、俺は二人に向けてその場で土下座をした。

 

「――――顔を、上げて? 草薙君」

 

俺は言われるがまま、顔を上げる。

凌子さんは俺の事を優しい視線で包み、俺に手を差し出した。

 

「夫が言ってた通りの子だわ。普段はお調子者だけど、人の感情には人一倍敏感で……。大丈夫、貴方のせいなんて微塵も思っていない。薫も、それは分かってるわ」

 

中年女性には見えないような美貌で俺に微笑みかける凌子さん。

そう言ってくれるだけで、俺は救われる。

涙を堪え、俺は立ち上がった。

 

「……そう言ってもらえるなら、とても有難いです」

「男の子に、涙は似合わないわ。貴方は笑ってなくちゃ」

 

「はい。……あっ、そうだ! 」

「どうかしたの? 」

 

俺はポケットを漁り、そこから一つのICチップを取り出す。

小木曽さんが俺に託したものだ。

 

「これは……? 」

「小木曽さんが俺に託したものです。片桐さん、解析する端末はありますか? 」

 

「君のギャプランに接続したいところだけど……。EMA-3は情報流出の可能性があるし、僕のスマホを使おう」

『……面目ないわ。私がもっと早く気づいていれば……』

 

「……誰のせいでもないわ、EMA-3。あなたは、自分に出来る事をしただけ」

 

凌子さんは俺の肩に乗るエマさんに向けてそう言い放つ。

しばらく彼女が声を発することは無かった。

 

「こ、これは……! 来年と再来年の会社方針に、新しい機体の設計図だ! 」

「彼は、ここまで考えていたのか……。つくづく脱帽させられる」

「お父さん……最期まで仕事の事ばっかり……」

 

薫ちゃんは立ち上がり、片桐さんとの距離を詰める。

 

「ねぇ、片桐さん。この機体を完成させてほしいの。そうすればお父さんは生き続ける。お父さんの信念と執念が、これに詰まってるから」

「勿論です。技術者魂に掛けて、僕はこれを死んでも創り上げることを誓いますよ」

 

「それから、草薙さん。この機体が出来上がったら、あなたにこれを使ってほしい。草薙さんはお父さんの遺志を託されたんでしょ? だから、これは私からのお願い」

「……当たり前さ。紳士は、男との約束を絶対に破らない」

 

俺は彼女の目を見据えた。

しばらくして薫ちゃんは俺と片桐さんに微笑む。

どことなく、雰囲気と面影が小木曽さんに似ている。

 

「私たちはこれからお通夜とお葬式の準備をしなくちゃいけないの。親戚も手伝ってくれるって言うから、心配は無用よ」

「はい。では、僕たちは失礼します」

 

「じゃあね、草薙さん。また会えることを楽しみにしてるわ」

「えぇ。またお会いしましょう」

 

凌子さんと薫ちゃんに別れを告げ、俺達は病室を出た。

 

 

「……そういや、片桐さん。その新機体の名前は? 」

「"アドバンスド・フライルー"さ」

 

 

小木曽さんの遺志が、この機体に込められている。

もう泣かない。

俺は、遺志を託された男だから。






フルドドの次はアドバンスドフライルーです。
ハイゼンスレイか迷いましたが、可変機構を失うのは少し気が引けました。

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