IS-突き進め!変態紳士-   作:「旗戦士」

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変態紳士、今回はシリアス回です。


慟哭

<日曜日、ラーク・メカニクス本社>

 

 

休みを一日挟み、セシリアとの買い物を終えた翌日。

俺は前々から約束していた小木曽さんの元へ尋ねる事になっており、私服姿でエントランスの入り口をくぐった。

 

「おはようございます、草薙様。技術主任の方へご用ですか? それとも社長でしょうか? 」

「えーと、先に片桐さんの方に……」

「分かりました。今繋ぎますね」

 

いつもの受付の麗しいお嬢さんは慣れた手付きで内線を掛ける。

 

「それよりお嬢さん。僕と一緒にどこか美味しいものでも食べませんか? 」

「あ、私年上好きなので。小木曽さんみたいな」

 

「その発言ここに勤めてる身としてはまずくないですか? 」

「大丈夫です、一度アタックしてフラれてますから」

 

お嬢さんは地面に膝を着いてがっくりと肩を落とした。

思わず俺は背中を摩りながら慰める。

 

「ぐすっ、社長はまだお取り込み中のとの事なので、先に片桐技術主任の所へどうぞ」

「あ、はい。今度詳しくお話し聞きますから、泣かないでくださいね」

「はい……」

 

受付のお嬢さんを優しくなだめつつ俺はエレベーターに乗って地下の研究室まで向かう。

目的地へ到着すると、研究員の人達の視線が俺に集中した。

 

「彰久くん! 待ってたよ! 」

「すいません片桐さん、遅刻しちゃって」

 

「いいよ、大丈夫さ。それより、君に見てほしいものがあるんだ」

「お、どんなものですか? 」

 

俺は言われるがまま片桐さんの後をついていく。

エマさんも道中で具現化し、俺の補佐をしてくれるみたいだ。

 

「これが、ギャプラン[TR-5]フライルーの追加装備パッケージ"フルドド"だよ。今のフライルーの装備とさほど変わらないけど、肩部にこの装備を取り付ける事で機動力が大幅に上昇する」

「変形の時に邪魔にはならないんですか? 」

 

「変形の際には自動的に量子化されて支障を来さないように設定してある。おまけに予備エネルギーパックもこの"フルドド"に搭載されているから、幾分か余裕が出来るよ」

「なら安心ですけど……。でもフライルーになってからあんまりエネルギーは気にした事ないんですよね、ほとんど切れることはないし」

 

「ま、念のためってことさ。EMA-3には更新プログラムを入れるから、そのバックルを貸してくれるかい? 」

「あ、はい」

 

言われるがまま俺は彼にフライルーのバックルを手渡す。

エマさんは何か操作を行った後、専用のドックに移された。

 

『彰久、ここで私たちは作業しているから先に小木曽の所へ行って来たら? 』

「そうするといい。さっき戻ってきたばかりだし」

「んじゃあお言葉に甘えて。よろしくお願いします」

 

俺は片桐さんにお辞儀をすると、エレベーターに戻り社長室のフロアのボタンを押す。

久しぶりに会えるとだけあって、不思議と俺の気分は高揚していた。

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<ラーク・メカニクス本社、社長室>

 

 

「小木曽さん、彰久です」

「おお、入ってくれ」

 

数回のノックで小木曽さんは応じ、俺は部屋に入る。

相変わらず笑みを崩さずに俺を迎え入れ、俺と彼は向かいのソファに座った。

 

「最近顔を出せずにすいません、ちょっと学校行事が忙しくて」

「いいんだよ。本来なら学生は学校に集中すべきだからね。紅茶、飲むかい? 」

 

コクリと俺は頷くと、いつものポットでお湯を沸かしティーカップを目の前のテーブルに置く。

ほのかな香りが俺の鼻を刺激し、気分を良くさせた。

 

「それで、俺を呼び出した理由ってなんですか? 」

「以前片桐くんが彰久君に連絡しただろう? うちの専属パイロットにならないかって」

 

「はい。一応両親には話したんですけど"自分で決めろ"っていう一点張りで……。正直、俺もまだ決めかねているんです」

「そうだろうね。たくさん悩んでくれて構わない。私たちは君の意見を尊重するよ」

 

小木曽さんは優雅に一口紅茶を啜る。

 

「……すいません。まだ決まってなくて」

「いいんだよ。大人は待つことに慣れてる。存分に時間を使って、答えを出してくれ」

 

沈黙が部屋を支配した。

まだはっきりとは決断できない気まずさと申し訳無さが混ざって、俺は黙ってしまう。

 

だが、小木曽さんの方も何故か思い悩んだ表情をしていた。

まるで、何か別の重要な話を隠しているかのように。

 

「…………彰久君。私は、君に謝らなければいけない事がある」

 

謝らなければいけない事?

俺は瞬時に脳を加速させ、記憶を辿る。

 

いや、彼が俺に何か悪いことをした記憶はない。

むしろ良い事ばかりを提供されている。

 

「そ、それって……なんですか? 」

 

俺は恐る恐る尋ねた。

 

「"亡国機業"という組織を君は知っているね。何度か戦ったこともあるはずだ」

「え、なんでそれを……。ま、まあそうです。死にかけたこともありました」

 

「……君は疑問に思ったことはないかい? 何故連中は君たちだけを狙って侵入できるのか」

「確かに思いますけど……考えるくらいなら訓練した方がいいと思って考慮してませんでした」

 

 

そうか、と小木曽さんは俯く。

俺は疑問に思った、なぜ彼が亡国機業の存在と襲撃の件を知っているのかを。

 

 

 

「その原因は……君の"ギャプラン"に組み込んである"EMA-3"の仕業だ」

「…………はっ? 」

 

 

 

数秒の沈黙の末に出た言葉は、俺の脳をひどく冷やさせる。

じゃあ……ここ最近の襲撃の原因は、俺だっていうのか?

俺は立ち上がった。

 

 

「なんで……なんでそんな事を」

「……正確には、"EMA-3"に組み込まれたシステムが亡国機業に現在地とギャプランと交戦した機体のデータなどを送信していた」

 

「そういう事を聞いてるんじゃない!! 俺を騙していたのか……それもアンタの保身の為に!! 」

「そうだ。私を殺してくれたっていい」

 

俺の中の怒りの感情が一気に爆発し、胸倉を掴む。

今までのヅダやウーンドウォート、オータムの襲撃の原因が奴だとしたなら、俺は自分の身を犠牲にしてでも情報流出を止めねばならない。

 

「じゃああの装置さえなければ、一夏達も戦う必要はなかったじゃないか! ふざけるな!! どうするんだよ、取り返しのつかないことをしたんだぞ!! 」

 

「私の命を以て、けじめをつける。もう、私は連中の言いなりにはならない。今、片桐君が"EMA-3"の更新プログラムをインストールしているだろう。これで情報は流出しないはずだ」

 

「命を以て……だって? 」

「あぁ。私が亡国機業に協力している事は無論口外厳禁だ。君が、初めて打ち明けた人物となる」

 

俺の頭は更に真っ白になる。

もしこの会話が聞かれていたなら、真っ先に亡国機業は彼を消しに来るはず。

 

「死ぬ気かよ!! 散々風呂敷を広げておいて死ぬなんて、俺は許さねえ! 」

「だから君に託す。私の遺志を、私の知るすべてを」

 

「自分勝手にも程があるぞ!! 」

「重々承知している。だから私を殺してくれ。連中に殺されるくらいなら、君に殺された方がマシだ」

 

未だ俺と彼の顔の距離は近いままだ。

だが彼の目は覚悟を決めている。

 

たかが16歳のガキに何が出来るって言うんだ?

少しISを動かせるだけの子供が。

 

「なんで、連中に加担したんだ」

「……家族と社員全員を殺すと脅迫された。そして君も拘束する、と」

 

俺は胸倉を掴んでいた手を離す。

彼はその場に立ち尽くし、俺を見つめていた。

俺は俯いた顔を上げる。

 

「本当に、死ぬつもりなのか? まだ保護とか手段があるはずじゃ……」

「いや。私はこの生きている間、少しでも多くの事を君たちに託すつもりだ。これを受け取ってくれ」

 

彼は俺にデータチップを渡した。

恐る恐る手を延ばして受け取ると、それをポケットに仕舞う。

 

 

その瞬間であった。

 

 

社長室の窓ガラスが全て割れ、その向こうに黒いISが視界に入る。

おそらく、亡国機業の刺客。

 

 

「もう、来てしまったようだな……」

 

 

彼がそう呟いた瞬間、刺客のISが動く。

右手に装備された盾から尖った棒が俺に向けて射出された。

 

ISを装備していないと、こんなにも反応が遅れてしまうのか。

俺は恐ろしさに怯え、その場から動けずにいた。

 

死ぬ、怖い。

 

 

「彰久君ッ!!! 」

 

 

俺に放たれた棒が直撃する一歩手前で、小木曽さんが俺を庇う。

純白のシャツから一直線に銀色の棒が伸び、徐々に赤く染まっていった。

 

刺さったことを確認した刺客は、その後そそくさと透明になって消えていく。

その場に残されたのは、死にかけている小木曽さんと俺だけであった。

 

俺は我に返り、彼の元へ駆け寄る。

 

「小木曽さん! 待っててくれ、今救急車を――――」

「い、い……。こ、この、まま、で……」

 

「ふざけんな!! このまま死なれてたまるか!! アンタ俺に全部託したんだろ!? 見届けなくていいのかよ、進化を見なくていいのかよ!! 」

 

俺の頬から自然を涙が流れた。

 

「ありがと、う……。き、みが……次のISの世界を、つく、る……鍵……」

 

小木曽さんはだらりと首を垂れる。

目は見開かれ、口からは血を流していた。

 

 

死んだ。

俺の目の前で。

 

 

 

「う、あ……。あ、あぁ……」

 

 

他の人がこの社長室に来るまでの間、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。

救急車とパトカーのサイレンが、聞こえるまで。




本当は死人を出したくなかったです。

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